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03-17 二人目

あれから数日が過ぎた。

迷宮の混雑もそろそろ落ち着き始めて来た、そんなある日。


「さて、今日までみんながそれぞれの訓練を積んで来た訳だが、いよいよ迷宮でその成果を発揮する時が来た。つまり、ここからが本番と言える」


とうとう俺達も再び迷宮へと挑む時がやって来たのだ。


「予定通り、表層はワイルドとラウの実践に充てる。中層からはダグラスを加えた新生“ビースト”をメインにするからそのつもりで」


「応!」


「はいっ」


「ゼン様に生まれ変わった俺達を見せてあげますよ!」


「腕が鳴るぜ!」


「が、頑張る、ます」


「みんなの足を引っ張らないよう、全力を尽くすよ」


みんなの表情もやる気に満ちている。俺も今から楽しみだ。

後、心配なのはトラブルだが――


「俺たち“調教師”は、中層以降の子供たちの護衛と、いざという時のフォローだ。よろしく頼む」


「分かったわ」


「もちろんだよ~」


「うん任せて、チロ」


それは俺達が一手に引き受ける。

後々は自分達でやって貰うが、今日は初回だしな。様子見って事でいいだろう。


そして俺達の新たな挑戦が始まる。







「だーっ!」


気合いと共にワイルドは槍を一閃した。

ダグラスに教わっているだけあって、その動きはよく似ている。

近接戦闘を苦にしない、“全ての距離で戦える(レンジフリー)”鎗使い。

これまでも練習はしていたのだろう、すでに地下一階や二階は敵ではなくなっていた。


しかし、地下三階ともなると一度に遭遇する魔物の数も増えてくる。

三、四匹を同時に相手にしなければならない場面も増え、しかも出てくる魔物はゴブリンだった。

棍棒や錆びたナイフとはいえ、武器を持った敵が出始めたのだ。

目に見えてワイルドが手傷を負う場面が増えてくる。


「“傷を癒せ(キュアウーンズ)”」


そのワイルドの負った傷をラウが癒す。


「凄ぇ、傷が治っていく。もうラウも魔法師になったんだな!」


「違うよ、ワイルド。わたしは魔法師の真似をしているだけ」


ラウはそう言って謙遜するが、別に魔法師を名乗っても問題ないくらいには仕上げてある。

魔力操作も本人のやる気が影響したのだろう、俺の予想より早く習得した。

すでに治癒に解毒など初級の共通魔法なら使えるようになったのだ。


問題があるとすれば、今のままではこれ以上成長のしようがないって点だが…

本来使えない筈の人間が魔法を使うのだ。今でも充分と言えば充分と言える。

だけど、


――俺はラウを魔法師にすると約束した


決してそれを忘れてはいない。最後まで面倒みるさ。

彼女を本物の魔法師にしてみせる。


「さて、ワイルドの傷が増えてきたし、子供たちはここまでだな。充分過ぎる成果だ」


初日で地下三階まで到達した者は殆どいないって話だから、充分だろう。飽くまで“調教師(おれたち)”は例外だ。比べてはいけない。

だが、そんな俺の宣言にワイルドが噛み付いた。


「待ってくれよ、俺はまだ戦える!」


「ダメよ、ワイルド! 先生の言う事を聞くって約束でしょ!」


「そうだよ、ワイルド。見るのも勉強だと言ったろう。後は自分たちに任せて、よく見て勉強するんだ」


が、すぐさまラウがワイルドを(たしな)め、ダグラスが諭す。

いいコンビだな。それだけ付き合いが長いって事か。







そこから地下十五階までは早かった。

今までの“ビースト”でも充分だったところにダグラスが加わったのだから当然だろう。

圧倒的な実力差を目の当たりにして、さすがのワイルドも押し黙った。

ダグラスに言われた通り、見て勉強しているようで、目をしっかり開けて観察していた。




そして地下十五階を通過する。


「さて、ここからだ」


ここからは罠が立ち(はだ)かるエリアだ。

ダグラスの“獣化”を以てしても突破し得なかった、選ばれた者だけが先へ進む事を許された地だ。


「だが、それも今日までの話だ。これからは“技術”を持つ者なら誰でも進めるようになる」


俺の言葉に、仲間達は大きく頷いた。


「行くぞ」


『おう!』


『はいっ!』


俺達は満を持して地下十六階へと降りていく。




「ここだ。ここから先に罠が設置されている」


経験者であるダグラスがそう言った。


――さて、じゃあやるか


俺は頷くとルダイバーに声を掛ける。


「ルダイバー、判るか?」


どこにどんな罠があるか、判っているか? という質問だ。


「はい」


俺の質問に対し、ルダイバーはハッキリそれと分かる頷きで返した。


「よし、じゃあやれ」


俺はルダイバーに全てを託す。いや、俺だけじゃない。“ビースト”の仲間達の信頼を――それも違うか。これからの冒険者達全ての希望を託されているんだ。


「は、はい」


その事にルダイバーも思い至ったのだろうか。

返事をしたものの、動く気配を見せない。動けない。


ごくり


ルダイバーが唾を飲む。

緊張のせいか手が震えている。

考え過ぎて、余計なプレッシャーを感じてしまったか。


――ダメか


俺がそう思った時、アリスが動いた。


「どうしたの? 何も心配いらないわ。あなたの後ろにはチロがいる。あなたが失敗してもチロが罠を解除する。それとも自分が罠に掛かるのが怖い? でも、それもいらない心配ね。即死さえしなければ、チロがあなたを助けるもの」


そうよね? そんな言葉を込めた瞳でアリスが俺を見る。ここはアリスの企みに乗ろう。

俺は宣言する。


「ああ、任せておけ。例え即死したって生き返らせてみせるさ。俺を誰だと思っている。俺が命の保証をしてやろう。ルダイバー、お前は絶対に死なない。俺が死なせはしない」


そうだ、俺は月の神の化身ムーンジェスター。

お前の命は俺が全身全霊を以て保証しよう。絶対に死なせたりはしない。


「ね? あなたは今、これ以上ない環境で解除師としてのスタートを切れるのよ。命が保証された状況なんて、あなた以外誰も望めないのよ?」


ごくり


再びルダイバーが唾を飲み込んだ。

だが、これはさっきとは別種の緊張から来たものだ。

その時、アリスの声がルダイバーに届いたのが俺にも分かった。


何故なら、ルダイバーの目から怯えが消えた。

ルダイバーの手から震えが止まった。

ルダイバーの体に力が戻った。


「やる、ます。ゼン様、見ててくれ、さい」


「おう、ここで見守っていてやる。全力でやってみせろ」


「はい!」







――カチャカチャカチャ


狭い通路に小さな音が木霊する。

ルダイバーが罠を解除すべく、学んできた技術を駆使している音だ。


罠を一時的に作動しないようにして通過するだけなら、ここまで慎重になる必要はない。

だが、俺がルダイバーに望むのは罠の()()だ。無効化ではなく、解除。それこそが解除師としての役割だ。


考えてみて欲しい。もし、ただその場だけ無効化して済ませてしまったなら、と。

もし、この先で勝てない相手に出会ってしまったらどうする?

逃げるしかない。でも、そのまま逃げていいのか?

逃げた先で、罠を解除せず済ませた場所を走って通過しなければならないとしたら?


それを防ぐのが解除師であり、同時に斥候としての役割でもあるんだ。

俺は今まで、そんな心得をルダイバーに叩き込んできた。

それを理解しているからこそ、ルダイバーはプレッシャーを感じていたのだろう。


カチャカチャカチャ……


ふとルダイバーの手が止まった。

仲間達に緊張が走る。


ごくり


誰かが喉を鳴らした。

再びルダイバーの手が動く。


カチャカチャカチャ…


ふーっと誰かが息を吐いた。

気持ちは分かる。酷く緊迫した空気になっているからな。




やがて、その時がやって来た。




――カチャカチャカチャカチャ……カチリ




罠の外れた音が、その場に小さく響いた。


「――できた、ました。ゼン様」


少し誇らしげにルダイバーが言う。


「ああ、俺にも聞こえたよ。おめでとう、これでお前も一人前だ」


多少時間が掛かったが、初めての実践と考えれば充分な出来だ。


「やったな、ルダイバー! おめでとう!」


「凄いぞ、あのゼン殿が認めたのだ。誇れ、ルダイバー!」


「二人とも、俺やったよ。これから、俺も二人に負けないくらい活躍できるんだ」


やはりコンプレックスはあったのだろう。二人の祝福に涙を浮かべながらルダイバーが応えている。


「すげーな、罠って外せるんだ」


「ワイルド、今まで家で何を見ていたの…」


実も蓋もないワイルドの感想に、瞳に涙を湛えたラウが呆れている。

でも、ワイルドは自分の訓練に必死だったから仕方ないと思う。

ラウは俺と一緒にいたからルダイバーの苦労を間近で見ていたし、他の連中より思い入れが深くなるのは当然だろう。


「凄い…鍵を開けたり罠を解除するなんて、初めて聞いた時は正気を疑ったけど、本当にこんな事ができるんだね」


興奮しているのか、割と酷い本音を吐くダグラス。


「自分は凄いチームに入ったんだなぁ。みんなの活躍に負けないよう自分も頑張るよ」


まぁ、やる気になっているみたいだし、折角のお祝いだ。さっきのセリフは聞かなかった事にしてやろう。




「ルダイバー、これでお前も一人前の解除師だ。だが慢心はするなよ? これから進むに従って、罠も鍵も難易度は上がっていく。精進を怠るな」


「はいっ!」




この日、この世界に二人目の解除師が誕生した。






 

ルダイバーは、どもり症と言う訳ではありません。

ゼンに対し敬語を使わなければと言う思い込みから緊張しているのです。

だから、仲間との会話では普通に話せます。

 

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