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03-16 デート

ギルドに封鎖されていた迷宮が、漸く解放された。

冒険者達は皆、挙って探索を再開している。


が、俺達の姿は迷宮には無い。

早速探索に出かけるぞ! と考える人はとても多く、酷く混雑しているからだ。


そもそも、毎日迷宮に入り続ける冒険者はいない。一日入ったら二、三日休むのが普通だ。なによりギルドがそれを推奨して――強制ではない――いる。

そこで彼らは自主的に迷宮に入る日をずらし、混雑を緩和していたのだ。


「それが今回の事件でリセットされちゃったんだな」


「結構な期間閉鎖されたから、待ち望んでいたのもあるんでしょうね」


「それで一斉に集まっちゃったんだね~」


そんな理由で、俺達は迷宮の混雑が緩和されるまで攻略中止は継続だ。

ラウとワイルドの訓練もあるから丁度いいっちゃ丁度いいか。


で、そんな俺が今何をしてるのかというと、アリス達とデートである。

事件からこっち、毎日訓練訓練だったから、今日は休日にしたのだ。

場所は市場や露店なんかも多い商店街だった。

迷宮都市と言っても差し支えない緩衝地帯だが、人が生活する地である以上、この手の場所は当たり前に存在する。




「最初はわたしからね~」


今回のデートは四人一緒ではなく、一対一の時間を三回繰り返すらしい。順番はくじ引きで決めたそうだ。


「ふん、ふふん~♪」


いきなり鼻歌…?


「随分と機嫌がいいんだな」


「もちろんだよ~。好きな人と二人でデートなんて初めてだもん。えへへ」


そう言いながらクミは腕を絡めてくる。うむ、素晴らしい感触、GOODです。

ま、二人って言ってもちょっと離れたところにはアリスとサエがいるんだけどな。それは言わない約束か。


そのまま二人でウィンドウショッピングよろしく出店を冷やかしていく。

見て回る店に一貫性はない。本当にウィンドウショッピングだな。


「せっかく来たのに、クミは何か欲しい物はないのか?」


「ないよ? カミくんと一緒にお出かけしてるのが嬉しいんだもん」


と、こっちが嬉しくなるような事を平然と言い放つ。

やばい、顔がニヤける。やっぱり好意を向けられるのは嬉しいもんだな。


「ところでさ、今日のサエちゃんおめかしして綺麗だったよね」


「…そうだな」


なんだ? 普通、親友とはいえデート中に他の女の子を話題にするのはNGなんじゃないのか? それくらい、いくら俺だって知ってるぞ。

なのに、敢えてそれを口にするクミの真意はなんだろう。


「あの髪飾り、キレイだよね~」


「あー」


その一言で、全てが理解できた。

あれは俺がプレゼントしたやつだ。日本で貰ったヘアピンのお礼として。


「いいな~、わたしも欲しいな~」


ちらり、と

クミは俺を見上げつつ、俺の腕を掴む力を強めてくる。あ、柔らかい…

じゃなくて、これはやっぱり公平にしろって事なんだろうなぁ。


「分かったよ、買ってやるから欲しいの持って来い」


「ちっちっち。解ってないなぁ」


俺の言葉に対し、クミは人差し指を立てて左右に振りながら、そんな事を言う。

なんか凄ぇイラつくポーズだよな、これって。


「カミくんが、わたしのために選んだ物が欲しいんだよ」


「むぅ」


難易度高ぇ。サエのアレだって、悩みに悩んだんだぞ。

だが、そう言われてしまっては断れない。二人の気持ちに応えるために頑張ると決めたのは、他ならぬ俺自身なのだ。


「ちょっと待ってろ」


「うん!」


その後、それなりに時間を掛けて選んだ物は淡い水色の宝石だった。


「クミの歌声をイメージしてみた」


「アクアマリンだね」


この世界にアクアマリンがあるのか知らん。それっぽい何かだ。


「クミの歌声は透明感があるから似合うと思った」


「えへへ、嬉しい!」


「喜んで貰えたなら何よりだ。で、プレゼントなのに悪いんだけど、これイアリングにしてくれないか?」


「わたしが作るの~?」


「だってここ、装飾品なんてないんだから仕方ないだろ」


装飾品が自国で生産されているのは魔国だけだ。狐族がそろそろそこに届きそうだけど。

この獣人族や人間の領域では迷宮から発見された極一部が、これまた極々一部に出回っているだけだ。こんな市場に並んでいる筈がないのである。


そう言って、魔国で手に入れた金を渡す。プラチナでもよかったんだが、それだとアクアマリンの淡い色がぼやけてしまいそうだからな。


「仕方ないなぁ」


口では文句を言いつつも、クミの顔はとても緩んでいる。


「でもイヤリングなのに一個なの?」


「その色の宝石がそれ一個しかなかったんだ。勘弁してくれ」


「そっか~。じゃあ、こんな感じで」


そう言って出来上がったのは実にオーソドックスな物だった。


「アクアマリンを目立たせたいからデザイン自体はシンプルにしてみました」


なるほど。クミは結構この宝石――アクアマリンっぽい何か――を気に入ってくれたみたいだ。


「ほら、付けてやるから耳出せ」


付けてくれって言われるのは目に見えていたので、先んじて言ってみた。


「うん!」


元気よく返事をしていそいそと右耳を差し出すクミに、俺はほっこりしながらイアリングを付けてやった。

片方にだけイアリングやピアスを付けるなら、男は左で女は右とネットで見た覚えが微かにある。クミも迷わず右耳を出して来たし、何か謂れがあるのだろう。


「どうかな? わたしじゃイヤリングは大人っぽ過ぎない?」


「そんな事ないよ、よく似合ってる」


「えへへ、ありがとう……でさ、カミくんは女の子が右耳にイヤリング付ける意味知ってる~?」


「やっぱり何か意味があったのか。女は右耳に付けるってネットで見た覚えがあるくらいだけど、どんな意味があるんだ?」


「男性はさ、並ぶ時に女性を左側に置くよね。それって、武器を持つ利き腕をフリーにしておく意味があるんだよ」


「武器って、そりゃまた古い時代の話だな」


「そ、古い風習だよ。女性はそんな男性の邪魔にならないように左に立つの。でね、そんな理由から男性は装飾品を体の左側に付けるようになったんだって」


「女も装飾品の一部ってか」


「違うよ~。でね、そんな理由から男性の左耳イヤリングは守る人、女性の右耳イヤリングは守られる人って意味を持つようになったんだよ」


「なるほどねぇ。そんな由来があった訳か」


「そそ」


クミはニヤニヤしながら更に話を続ける。


「でねでね、そこから男性が女性の右耳にイヤリングを付けるのは、婚姻を意味するようになったんだって」


この時、クミの顔はこれ以上ない程に緩んでいた。







「俺が言うのもなんだけどさ」


「うん?」


「クミは俺とこういう関係になって後悔してないのか?」


「全然、全くしてないよ?」


かなり意を決した問いだったのに、えらく軽く返されたな。


「ほんとかよ」


「ほんと、ほんと」


ほんとに軽いな、おい。


「俺は日本に帰らないぞ。それでもか?」


俺が割と本気で聞いていると解ったのか、クミもちょっと真面目な顔になる。


「わたしはさ、別にどっちでもいいんだよ。最初は帰りたかったけど、今はみんなが一緒なら、どこでもいいかなって思ってるんだ~」


やっぱりそうか、普段のクミを見ても気負った感じがないもんな。


「日本にいた頃は幸せだったからね~。帰りたいっていう気持ちが強かったけど、今日本に帰っても、あの頃には戻れないもんね」


「そうだな」


戻れない……様々な思いが込められた言葉だと感じた。


「こっちに来てよく解ったよ。あの幸せを支えてくれていたのはカミくんだったんだね。あの幸せな日々は微妙なバランスの上に成り立っていたんだって、こっちに来て気付かされたよ」


「…………」


「今なら解るよ、バランスが崩れた理由が。それはこっちに来たからじゃなくて、カミくんがいなくなったからだったんだって」


「買被り過ぎだよ。こっちに来てから色々あったんだろ?」


「そうだね。けど、それでもカミくんがいてくれたなら、あそこまで三人の心がバラバラになる事はなかったって思うよ」


俺の内に苦い思いがこみ上げてくる。

クミはきっとそんな事を思って言っている訳ではないと分かっている。それでも――俺のせいだと言われている気がしてならなかった。


「――済まなかった。間に合わなくて」


俺は間に合わせる事ができた筈なんだ。

俺が間に合っていれば、俺達は今のような関係になっていなかった。そう責められている気がした。


「カミくん、勘違いしないでね? 責めてるんじゃないんだよ? 今、わたしは幸せなんだからね?」


「だけど、だけどさ――」


「むしろ、わたしは今がいいな」


「――え? まじか」


「まじまじ。こっちでならサエちゃんとも争わずに一緒にカミくんに愛して貰えるし?」


「お前、自分が何言ってるのか理解しているか?」


「だってさあ、日本に帰ってもわたしを選んで貰えるとは限らないし。仮に選んで貰えたとしても素直には喜べないと思うんだよ」


「それは、選ばれなかった方が気になるって事か?」


「そうだよ。わたしはサエちゃんも一緒に幸せになって欲しい。サエちゃんに悲しい思いをして欲しくないんだよ。でも、それは日本じゃ叶わない願いだもん」


「俺よりもっと良い奴が現れるかもしれないぞ?」


「その人が現れるのはいつ? いったい、いつになったら選ばれなかった方は幸せになれるのかな?」


「でも――それが普通だ」


「日本ではね。でも、こっちではそんな事ないよね? カミくんが二人とも貰ってくれれば済む話だよね?」


「あのなぁ…」


「そんな事言ってるカミくんは、わたしたちがいなくても四人も五人もお嫁さんにするんだよね?」


「ぐはぁっ!?」


「なのに、わたしたちだけダメなんて酷いよ。一緒に可愛がってくれてもいいじゃない!」


いつもと違って、畳みかけるように自分の意見を告げてくるクミに、彼女の本気を見た気がした。

なら、それならこれ以上は何も言うまい。俺だって覚悟は決まっているのだから。


だけど――


「お前はそれでいいかもしれない。けど、サエはどう思ってるか分からないだろ。日本に帰りたがっているのもアイツなんだし」


――サエもそうとは限らない。


俺の見たサエの日本に帰りたいと言う気持ちは本物だった。


「そうかな~? わたしは時間の問題だと思うけどな~」


「…その根拠は?」


「だって、今のサエちゃん幸せそうだもん」


「なんで…」


「酷いなぁ、カミくんが可愛がってくれるからに決まってるじゃない」


「ぶっ」


こいつ、何てこと言いやがる。


「だからね? 一緒にサエちゃんを篭絡しようよ。本心を気付かせてあげれば、きっと帰りたいなんて言わなくなるよ」


「篭絡って…お前も大概酷ぇな」


「カミくんだって満更じゃないよね? ちゃんと愛されてるって分かってるよ? カミくんは、ベッドの上でだけ愛せるなんて器用な事できない人でしょ?」


おい、ベッドの上って全然遠回しじゃないからな!? めっちゃ直接的な物言いだからな!


「順番は六番でも七番でもいいよ。平等に――とは言わないけど、でも蔑ろにはしないでね?」


「そんな事する訳ないだろ!」


「うん。じゃあ、末永くよろしくお願いします」


にっこり笑うと、クミはぺこりと頭を下げた。

畳の上なら三つ指でも付きそうな佇まいだ。


「俺は……まだ、お前たちに隠してる事があるんだぞ、それでもいいのか?」


クミはキョトンとした顔で首を傾げる。


「何となくだけど、そうかなって思ってたよ。教えたくないなら黙っててね。教えたいならそれでもいいけど…」


なんだ? クミらしくない、物が挟まった物言いだ。


「それが唯の自己満足にならないようにね? 自分が楽になりたいだけなら黙っていて欲しいかな」


「!?」


――見透かされている


そう感じた。

クミは既に色々な事に覚悟を決めている。決して感情に流されての言動ではない。

安易な秘密の告白は、その覚悟を汚す行為なのだと、俺は思い知らされた。


「…俺の覚悟が決まったら話す」


そう口にするのが精一杯だった。


「うん、それでいいよ」


にっこり笑って返事を返すクミに、そんな強がりすら見透かされている気がした。







「クミが嬉しそうね」


開口一番、そんな事を言われた。今度はサエの番である。


「アクセサリーを強請(ねだ)られた」


隠してもしょうがないので事実をありのままに告げる。


「あのイヤリングね。似合ってるじゃない、カミくんが選んだの?」


「何で分かるんだ」


「だってデート中からだし、あの喜びようはそうだろうなって思ったのよ」


「……サエの髪飾りも似合ってるぞ」


「えっ!?」


おや、意趣返しのつもりで口に出したら、思いの外動揺したな。


「そ、そう。 ありがと…嬉しい」


蚊の鳴くような声でそう告げるサエの顔は真っ赤だった。

うわ、ナニコレ。凄ぇ可愛いんだけど。


サエは赤い顔を隠すように俯きながら、それでもしっかりと俺の腕を取り自分の腕を絡めてくる。


「デートなんて初めて…」


やっぱりか。きっと日本ではヒデと三人で出かける事はあっても、二人きりでって事はなかったんだろうな。


クミの時と違って、サエに対して日本の事はデリケート過ぎて話題にできない。結果的に無言の時間が長くなる訳だが、サエは気にした様子もなく、機嫌も良さそうにしている。


――デートって言っても相手によって対応が変わるもんなんだなぁ


経験してみないと分からない事ってあるよね。

非リア充代表とも言える俺には無縁だったジャンルだけに、経験するまでのハードルが高すぎたのが原因だな。


そんなサエとの時間は俺にとっても過ごし易く、たまにちょっとした会話を挟みつつも穏やかに過ぎていった。







「チロ、あれは何?」


「ああ、あれは――」


そして、今はアリスの番である。

アリスの腕は俺の腕に絡んではいない。だからと言って、別に離れて歩いている訳ではなく、実態はむしろ逆だ。

アリスの腕は俺の腰に回っていた。当然、俺の腕もアリスの腰に回る。

これだと、お互いの密着度が半端ない。匂い袋の香水とアリス本来の匂いが混ざって、やたら色っぽい。酷くクラクラ来る。




アリスは好奇心の塊だった。

普段は俺の邪魔をしないようにとの配慮からか控えめにしているが、今日はいつものアリスに戻っている。


「どうしたの、チロ? 顔に締まりがなくなっているわよ」


「ほっとけ!」


なんて事を言いやがる。


「魔国に戻ったみたいで、いいなって思っていたんだよ」


魔国を出てから二人きり――少し離れた所にサエとクミがいるが――になる事なんて無かったからな。


「そうね。でも私はサエとクミも好きよ。初めてのお友達だし、仲良くできてると思うわ」


「そうだな」


あの二人も、そんなアリスに助けられている部分は多分にあると思う。


「チロにとっても大切な子たちなんでしょ?」


「ああ」


俺達を取り巻く環境も状況も変わったが、それは間違いない。


「これからも二人の面倒を見てやってくれ」


「うん!」




穏やかな休日は終わりを告げ、また明日から慌ただしい毎日が始まる。







 

感想貰えなかったなぁ…(ノ_・。)

 

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