01-03 好転
「これでいいでしょう。 さあ、外して見せて頂戴」
そう言って魔王様が仕切り直し、周囲の目が俺に集まった。
(ピッキングツールは見られたくないな、何か針金でもあれば…)
さりげなく周囲を見渡すが、それらしい物は見当たらない。
(当たり前か、ここは謁見の間だもんな)
そんな小物――ゴミ――が落ちている筈もなし。
また俺の勘が、ここで「針金をくれ」と頼むのは悪手だと訴えていた。ここは自力で解決しなければならない場面だと強く意識する。
俺は前髪を留めていたヘアピンを手に取った。
(ありがとう、サエ)
このヘアピンが無ければ、俺は真っ先に奥の手であるピッキングツールを衆目に晒さなければならないところだった。俺はサエに心からの感謝を送りつつ解錠の作業を始める。
“カチャカチャカチャ…ピン”
“…ピン”
“…ピン”
俺は僅か数秒で手足の枷を全て外して見せた。謁見の間に立つ人々は、声を失くして静まり返っている。
「…まさか、これ程だったなんて」
真っ先に我に返ったのは、さすがと言うべきか魔王様だった。
「イチロー、あなたはこれ以外の鍵も開けられるのかしら?」
来たよ、俺の見せ場だ。カッコよく決めるぜ!
「俺に開けられない鍵は無い」
決まった…
無論、ハッタリだけではない。この世界でなら、俺はどんな鍵でも開ける自信があった。
「その自信の根拠はどこにあるのかしら」
あ、それ聞いちゃう?
言ってもいいけど長いよ?
俺、語っちゃうよ?
「まず、鍵と言うのは四つに分類される。これは、鍵と言う構造上絶対だ。どんな鍵でも、鍵である以上、必ずこの四つになる」
「え、ええ…」
「そして、どれほど発展しようとも、鍵である以上この四つの応用または複合型と捉える事が出来る。そしてそれは――」
俺は語った。
鍵に込める熱い思いを。そして鍵を外した時の達成感と開放感を。偉大なる先達にして達人である心の師、ハリー・フーディーニの素晴らしさを。
全てを語り尽くして満足した俺の目に映ったのは、疲れ果てた魔王様とその側近達だった。
「全てを理解出来た訳では無いけれど、イチローが鍵開けの達人なのは分かったわ」
約十分後、我を取り戻した魔王様が、開口一番そう言った。
「そんなイチローに、開けて欲しい物があるのよ」
ははあ、なるほど判ってきた。つまり、それがメイン。それが為の謁見の場と言う事か。
魔王様の合図を受けてワンレン美人さんが持って来たのは小箱だった。またしても周囲が騒めくが、もはや俺もワンレン美人さんも気にも留めない。
小箱は何の装飾も無い、言ってしまえば身窄らしいと言う表現が当て嵌まる箱だ。
「――この箱は?」
「イチローも魔族なら知っているでしょう。迷宮、地下百階の扉の鍵と言われている箱です」
いえ、さっぱり分かりません。首を傾げていると、
「え!? まさか、知らないの!?」
と、隣にいるワンレン美人ちゃんが驚いていた。よほど驚いたのか、仮面が剥がれて素が出てますよ、ワンレン美人ちゃん。
魔王様の許可を受け、ワンレン美人ちゃんが語ってくれたところによると、この世界には三大迷宮という多くのダンジョンがあるらしい。
それらは天の三宝の名を取って、“陽の迷宮”“月の迷宮”“星の迷宮”と言うそうだ。
天の三宝と言うのは神の属性で、人間の神は“陽”、魔族の神は“月”、他に亜人や動物達の神々は“星”と分かれている。
“陽”と“月”は唯一無二。
“星”は大勢いるとか。
三大迷宮なのに三つじゃないのは、そう言う理由からだな。“陽”と“月”は一つだけど、“星”は沢山って事だ。
で、この城の地下――崖の下の更に下――に“月の迷宮”があるそうだ。同様に人間の国には“陽の迷宮”が、亜人達が支配する地域には“星の迷宮”があるのだと言う。
そして、ここからが本題。各迷宮は、各々の種族の発展に密接に関わっている。
簡単に言うと、迷宮の攻略階層を増やす程に、その種族は発展するのだ。魔族で言うなら、“月の迷宮”を攻略する程に魔族は発展し、生活は豊かになる。
ユスティスに聞いた話の中で、ずっと引っかかっていた事があった。
人間と魔族は争っていないとアイツは言っていた。テンプレなら争うどころか、血で血を洗う関係でもおかしくないところだろう。
そこが引っかかっていた部分なのだが、その理由がはっきりした。
確かに、お互いに争うよりも、迷宮を攻略した方が効率がいいのは間違いない。発展も約束されている訳だしな。
だからこそ、余計に解らなくなった事もあった。何故人間の国は勇者を召喚した?迷宮を攻略させるためだと言うのなら理解出来る。
だがユスティスは言った。魔族と争わせて民の不満を解消するためだと。
その齟齬に問題の根本が隠されている気がしてならない。
閑話休題。
今は、あの見窄らしい小箱の役割だ。
月の迷宮、地下百階の扉の鍵。攻略階層百階と言うのは、三大迷宮の中でもダントツの数字なのだそうだ。この世界で一番発展している種族は魔族だと言う事である。
だが、そこでストップした。ここ二十年程魔族の発展は止まっている。なぜか?原因は判っている。何故なら百階の扉が開かないからだ。開かない理由も判っている。鍵が無いからだ。
強引に開ける事は出来ない。それは禁忌だ。一度、亜人が“星の迷宮”でそれをやり、発展するどころか退化したと言う。攻略を進めるには、発展するに相応しい英知を示さねばならないのだそうだ。
で、あの小箱である。あの中に扉の鍵があるだろう事は判っている。だが開かない。
この二十年、あの小箱の鍵を探して、“月の迷宮”を散々探索し尽くした。だが、鍵は見付かっていない。
途方に暮れていたところに現れたのが俺、と言う事だった。
「開けて貰えたなら、もちろん褒美を出すわ。何でも言って頂戴」
魔王様は、そう請け負った。何でもとは大盤振る舞いだが、ここは謙虚に行こう。変に目立って今後の行動の妨げになるのは御免だ。
「無罪放免をお願いしたく――」
平身低頭お願いしてみた。
「あら、それだけでいいの? 無欲なのね」
そうだろうか。話を聞けば、その場で首を切られてもおかしくないシチュだったみたいだし。五体満足でここを出られるなら充分過ぎる報酬と言えないだろうか。
「では、これを」
ワンレン美人さんが俺に小箱を差し出した。受け取ると結構重い。中に何が入ってるんだ、これ。
鍵穴と思われる部分にヘアピンを突っ込んで細部を確認する。自らの進退が掛かっている場面だ。慎重に解析した。
その結果、三つの鍵の複合型と判明した。こりゃ鍵が無ければ開く訳がない。
さっきは手枷足枷に使われていた鍵が一番堅固だと言っていた。鉄で出来てるから物理的に堅固、とか言うトンチな落ちでも無ければ、あれが最新式と言う事だろう。
あれは基本の型の一つ、それも初期型だ。あれで最新と言うなら、この箱の鍵は未知の技術だろうよ。
「どうかしら? 開けられそう?」
痺れを切らし、声を掛けてくる魔王様。
「はい」
俺はハッキリキッパリ、是と返事をした。周囲がどよめく。
この世界では未知の技術でも、俺から見れば過去の遺物だ。鼻歌しながらでも開けてみせる。
“――カチャ…ピン”
俺はニヤけそうになる顔を必死に堪えながら、小箱を魔王様に向けて開けて見せた。
そこからは大騒ぎだった。そりゃそうだろう。二十年ぶりに迷宮攻略が先に進みそうなのだ。それが種族の発展に直結しているとなれば尚更だ。やれ確認を、やれ部隊編成を、等々、皆が大忙しだった。
俺はと言えば、実際に扉が開く事を確認するまで扱いは保留となった。しかし、これまでとの待遇は雲泥の差だ。まるで賓客扱いである。
久しぶりに風呂に入り――この城には風呂があった――ふかふかのベッドでゆっくりと眠る事が出来た。
翌朝、寝転がりながら今後の事を考える。
小箱から出てきたのは、奇妙な形状のブロックだった。鍵と言われればそうかもしれないと思う。
仮にあれが百階の扉の鍵では無かったとしても、何かしらの進展はあるだろうと思われる。牢屋に逆戻り、と言う事だけは無いと思いたい。
朝食を取った、お代わりもした。久しぶりのまともな食事だ、有難い。当たり前だが、食事は牢屋にいた頃とは比べ物にならないくらい豪華になった。味付けも問題無さそうで安心したわ。食事が不味かったら異世界に来たことを後悔したくなるよね。
具材が何かは知らない方が幸せかもしれないと言う思いと、教えて貰って自分でも作れるようになりたいと言う思いが鬩ぎ合っていた。世の中、知らない方がいい事って結構多いと思うんだ。これがソレに当て嵌まるかどうか、そこが問題だ。
午後からは鈍った体を解すために軽く運動しながら時間を潰す。幸い部屋は広かったので充分に体を動かせた。
そんな日が三日も続いた頃、魔王様から呼び出しがあった。
(また謁見の間かよ。 って事は結果が出たんだな)
魔王様を前に跪くべきなんだろうが、どうもしっくりこない。なので正座にしてみた。家は祖父の関係で和室が多かった。俺にとって、正座は苦では無いのである。
「イチロー、よくやってくれました。先程百階の扉が開いたと連絡がありましたよ」
俺の正座を見て、ちょっと不思議そうな顔をした魔王様が労ってくれた。相変わらずフランクな魔王様だが、周囲はもう諦めたのだろうか。先日と違って騒がない。
「おめでとうございます。では、俺は約束通り、無罪放免と言う事で宜しいでしょうか」
念を押す形で確認を取る。
「もちろんよ、約束は守ります。でも、それとは別に報酬を与えなければいけないわね」
「――はい?」
何でそうなる? 訳が分からない。そんな呆けた俺の顔が面白かったのか、笑いながら魔王様が言った。
「無罪放免は、あの小箱を開けた報酬よ。地下百階の扉を開けた報酬がまだでしょう?」
はい?
…………
知らねぇよ!そんな事全く話してなかっただろうが!あああ、叫びたい!だけど、ここで叫んだら俺の人生は終わる!
そんな俺の内面の葛藤を見透かしているのか、魔王様はまだ笑いながら俺に聞いてくる。
「以前、イチローは一人だと言ったわね?」
「はい」
それがどうしたって言うんでしょうかねえ。内心で不貞腐れながら答える俺。
「それは天涯孤独と言う意味に受け取っていいわね?」
「はい」
いつまで続くんだよ、この問答。
「では、今からあなたを私の息子にします。いいわね?」
「はい」
――あれ?
「ちょま、はいい?」
「ついでに聞くけど、あなたは魔王の因子を持っている。間違い無いわね?」
「――っ!?」
ちょっと待て、なんでバレた!?
「何故知っている? って顔だけど、その答えは最初から、よ」
「はあ?」
「魔王の因子を持つ者はね、周囲に威圧を与えるの。それに抗えるのは同様に因子を持つ者だけなのよ。あなた、最初から私達と普通に接していたわよね?」
あの時の周囲の騒めきは、それが理由か!
「最も威圧感の強い者が魔王。その影響が、他の因子持ちより強い者を王族と呼ぶわ。そしてそれに耐え得る者となると…ね?これ以上は言わなくても分かるわね」
そう言う事か、あの時壇上にいたのが王族。
そして、そのうち二人――ゆるふわ美人とワンレン美人が隣にいても平然としていた俺。あの時点でバレバレだったって事かよ。
「更に教えちゃうとね、魔神様から神託があったのよ。ちょっと事情のある子を託すからよろしくって」
「な!?」
誰だよそれ!?初めて聞く名称だぞ!?魔神って誰だよ!?
「あら、知らなかったの? 魔族の神、魔神ユスティス様の事よ」
あ、あ、あ、あの野郎ぉぉぉおおおお!言われてみればピッタリ嵌るよ!ああ、確かに魔族は眷属だって言ってたよ!月の神に“月の迷宮”って、まんまじゃねえか!
内心悶絶している俺に、魔王様が止めの一言を口にした。
「だ・か・ら。絶対に逃がさないから、観念しなさい」
そう言ってウィンクした魔王様の顔は、とても美しく可愛かった。
一斉投稿はここまで。
次回より、まったり更新しますです。