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03-15 その背景

ギルドと言えば、当然だが騒ぎの当日に俺も取り調べを受けた。

もっとも、すぐに釈放されたけどな。

被害者――迷宮の受付兼警備員――が人間の冒険者が犯人だと証言した事と、ダグラスも自分が頼んで来て貰ったのだと庇ってくれたからだ。


人間が緩衝地帯に入り込んだと言う事実に、ギルドは騒然となった。

例え犯人が地下二階というランク外の階床で全滅したとしても、直接の原因はモンスターハウスによる魔物の蹂躙だ。そのため彼らの実力が計れない事も、この事案を複雑な物にしていた。


「――それで、迷宮へはいつ頃入れるようになるのかしら」


「俺の話を聞いていたか? 不明って言ったつもりだったんだけど」


「ごめんなさい。理解はしていたけど、それでも聞きたかったのよ」


ひでぇ、なんて理不尽。


「しっかし、人間かぁ。予想していたより随分と早く来たよなぁ…」


伸びをしながらベッドに倒れ込み、そんな感想を口にする。

すると、すぐさま女性陣からツッコミが入った。


「ちょっと待って、今なんて言ったの?」


「それはちょっと、このまま聞き流せないセリフだよ~」


「そう、チロはこの事態を予想していたのね?」


「うん、まぁね」


別に、それだけなら隠す事でもないので肯定する。

実際、ペッテルにいる頃から予想はしていたよ。

この緩衝地帯に来た目的の二割は、それに対処するためと言えなくもない。

割合が少ないのは、よその国の争いに積極的に介入する気がなかったからだ。

それでもこうしてここに来たのは、情報収集に適した地だから混乱させない方がやりやすいってのと、やはり切欠を作ったのが自分だから多少の責任はあるかもなぁって気持ちからだ。


「どういう事か教えて貰えるのよね?」


「他言無用を守れるなら」


余所でぺらぺら喋られても困るので、一応条件を付ける。彼女達が情報を漏らすとは頭から考えていないが、これもお約束というやつだ。


「それはもちろんだよ」


「了解よ」


「チロがそういうなら、私は絶対喋らないわ」


「ならいいか。えーと、まずどこから話すかな…」


今回の事態は俺がペッテルで仕込んだネタの結果だ。ここまで早く事が進んだ理由の一端は、王様がそれに乗っかったからだろう。

と言っても緩衝地帯を混乱させるのが俺の目的じゃなくて、結果的にこの地も巻き込んでしまいそうだったって話なんだ。


「俺はペッテルで魔道具を浸透させるべく動いていた。それも何ら特別な物じゃなくて、一般家庭にウケるガスコンロとか冷蔵庫とか、そう言った家電――実用品の類だ。今回の事態は、そこに端を発している」


「城下町で噂には聞いていたわ。暮らしに役立つ便利な道具が売られ始めたって」


「うん、それの事だ。元々はペッテル国に対して経済戦争を吹っ掛けるために始めた事だったんだけど、王様とは和解したからさ、相手が変わったんだ」


「相手が変わった?」


「うん、周辺国家…違うな。人間の国家全てに対して、だ」


そう。この作戦は、ペッテルが首長国となるための布石として使われる事になった。


「ペッテルが魔国侵攻をやめたら一番脅威と感じるのはどの国だと思う?」


「それは隣国じゃない? いくつあるのか知らないけど」


「普通はそう考えるよな。だけど、そうじゃないんだ」


俺は話を一旦区切り、三人を見渡す。ちゃんと話に付いて来ているな。


「分かんないよ~、もったいぶらないで教えてよ~」


それを、俺が焦らしていると受け取ったのか、クミが先を促した。

まったく、少しは考える素振りくらい見せて欲しいぞ。


「一番脅威に感じているのは、間違いなく現首長国アークランドだ」


「どうしてそうなるの?」


「アリスは分からなくても仕方ない。人間の国の事情なんて知るはずないもんな」


「わたしも分かんないよ」


「ごめんなさい、あたしも分からないわ」


まさかサエまで同じ答えを返すとは、こっちが驚いてしまった。


「自分のいる国の背景を、少しは調べようと思わなかったのか?」


「だって、そんな余裕なかったんだもの」


あー、そりゃそうか。これは俺が無神経だったかもなぁ。


「ごめん、俺が悪かった」


「いいのよ、気にしてないわ。それより話を進めましょう」


「うん。えっと、ペッテルは魔国侵攻に走る以前、首長国に王手をかける一歩手前にまで伸し上っていたんだ。シーラが生まれる前だから、十年以上前の話になるけど」


「…そうだったのね。だから、ペッテル国の目的が魔国ではなく、人間の国としてあるべき立ち位置に戻った時、一番脅威に感じるのは現首長国という事になる訳か」


「そういう事」


「でも、それが今回の事件とどう繋がるの?」


「現状の国家の関係性から考えると、まず力で抑えにかかるよな。戦争大好きだし。近隣の国が勝手に攻めるとか、どこぞの国が唆すとかしてね。実際はどうだか知らないけどさ」


だが、それは勇者のパーティー、ザヴィアによって防がれる。

というか、攻めて来た国は勇者(ヒデ)一人によって壊滅させられる。今のヒデにはそれだけの力がある。

そして、すでに壊滅した国があるはずだ。でなければ、人間がここに来るはずがない。


「武力では勝てないと分かったら、次はどうする?」


「交渉かしらね」


「そうだな。だが、その舞台(そこ)はあの王様の独壇場だ。なんせあのおっさんは、外交こそが一番力を発揮する場所っていう変わり種だからな」


「外交が変わり種っていうのもどうかと思うけど~?」


「それが人間の領域(このせかい)の現状だから仕方がない」


「ねぇ、チロ。それから?」


アリスが積極的に先を促す。意外にこの手の話に興味あるのかね?


「八方塞がりで仕方ないから様子見でも…なんて思っていると、実はその間もペッテルの猛攻は続いていたりする」


「あ、それが?」


「そう、一般家庭用の魔道具たちだ」


あの魔道具類はギルドの手によって、すでに国家間を流通している。

元々ギルドの経済復興の一手として端を発していた側面もあるからだ。

安くて便利な道具類。それは流通を開拓する商人により口コミで他国にまで広まる。そこに現物が追い付き、ギルドによって販売されるとそれが事実だと分かる。その事実は更に噂となって広まっていき……

気が付けば経済を牛耳られているという寸法だ。


「流通を止めようにも、それをやっているのは冒険者ギルドだ。当然、その背後には神殿がいる。止める事などできはしないさ。強行しようものなら、今度こそ神殿はその国を見限って出ていくだろう」


「以前とは違って、今は受け入れてくれる国があるものね」


「なるほど~!」


「でも、安く済ませられる程度の魔道具なんて、いくらでも真似できるんじゃないかしら?」


「ところが、それは魔族であるアリスだからこその意見なんだよ」


「どうして、チロ?」


「今の人間の発展は戦争によるものだ。迷宮攻略の恩恵によるものではない以上、魔物の素材を利用した魔道具を真似するなんて、できる国は一つもないんだよ」


「うわぁ…」


「でも、魔物の素材でできているって事は判るんでしょう? なら、迷宮を攻略しようって考える人も出てくるんじゃないかしら」


「うん、実際出てきたから今回の事態になったんだろ」


「あっそうか!」


「せめて経済くらい取り戻さないと、全てペッテルの思いのままになっちまうからな」


アークランドだって他の国だって、目の色変えて迷宮攻略に乗り出すだろうよ。


「ちょっと待って。まだ納得いかないわ」


だろうな。サエなら気付くと思ったよ。


「人間の国にはたくさん迷宮があるじゃない。“陽の迷宮”だけじゃなくて、初級から上級まで、あっちこっちの国にたくさんあるんでしょう? なぜ、危険を冒してまで獣人の領地(ここ)に来るのよ」


「それはその通りだ。でもさ、考えてみてくれ。今まで戦争に(かま)けて、迷宮なんて入った事ない連中ばっかりなんだぜ? 初級迷宮ですら罠があるんだ。そんな連中には荷が重いと思うよ」


「あー、そういう事なのね」


さすがに、ここまで言えば分かるか。


「つまり、人間たちは迷宮攻略のためのノウハウが欲しい」


「そうだ。だが、全ての国に初級迷宮がある訳じゃない。持たない国は、スタートからして不利だ。だが、そこで周りに目を向けてみれば…」


「隣の獣人の領地に丁度いいのがあるじゃない…って?」


「そう考える奴も出てくるだろうな、とは思っていた」


「なるほどね~」


もっとも、ここまで早い時期に来るとは思ってなかったんだよな。

王様と話した時には、もう少し後に来ると予想していたんだ。

これは王様による動きじゃないだろう。恐らく、パウライン達が思ってた以上に頑張っちゃったんだろうなぁ。


魔道具の普及するスピードが速いと言う事は、製造速度が速いと言う事だ。

いくら魔力石が大量にあると言っても、そこに供給する魔力は――


――あれ?


そういや、パウラインから出発前に大量に魔力供給して欲しいと要請を受けたな。

大量の魔力石をゲットしたばかりだったし、あまり深く考えずに手伝ったけど……


「あれは、もしかして…」


俺の背中を冷たい汗が落ちていった。

いやいやいや、そうと限った訳じゃないし……ないよね?

ははは、気を取り直して話を進めよう。


「もっとも、この話は続きがあってな?」


「チロが変な顔しているわ」


ほっとけ! 気持ちを切り替えたくて俺も必死なんだよ。


「迷宮の攻略が可能になったとして、迷宮(そこ)で魔物の素材を手に入れてもさ」


「うん?」


「その魔道具を作るための技術は、実は魔国から提供されているんだな、これが」


「ええええ~!?」


「そ、そうなの?」


「え!? 知らなかった」


「果たして、真似できる国なんてあるのかねぇ。けけけ」


欲の深い人間なんて、どいつもこいつも道化に振り回される愚か者って事さ。







迷宮はまだ封鎖されている。そんなある日。

ラウとワイルドの訓練の合間にギルドへと足を運んだ。

勿論、二人のパーティー登録をするためだ。


同行者は子供たちの他はアリスのみ。

サエとクミは教える楽しさに目覚めたらしく、カーティスの特訓継続中だ。決して別の事に目覚めた訳ではないと信じたい。


「この二人のパーティー登録を頼む」


「え? この子たちだけで、ですか?」


最近、すっかり俺達にお馴染みになった猫族の受付嬢――名をリリアンと言った――が訝し気に問い返してくる。


「そうだよ。“ビースト”に加える訳にはいかないんだろ?」


「それはもちろんですけど、“調教師(あなたがた)”に加えるとは言わないんですね?」


「俺達はギルドに目を付けられてるからな。子供には肩身の狭い思いをさせたくないんだ」


ちくりと言葉の棘で刺してみる。

すると、そんな俺の言葉にリリアンは今にも泣き出しそうな顔になった。


え、いきなりどうした!? あれだけ言っても俺達のランクアップを突っぱねた、あの面の皮の厚さは何処に消えたんだ!? いったい何があったんだ!?


「その事なんですけど……騒動の前日、地下十五階であなた方を見かけたと言う噂を耳にしまして」


ほー、まぁ一日中あの階でウロウロしていれば、他の誰かの目に付いたとしてもおかしくはないな。


「それで?」


「本当なんですか?」


「さあね? 仮に本当だとして、それがギルドに何か関係あんの?」


「ありますよ」


ちょっと意外な答えがリリアンから返ってきた。

影響なんて、俺達がランクアップの恩恵を受けないだけだと思ってたよ。


「例えば?」


「冒険者の実力を正しく見極めるのが緩衝地帯(ここ)のギルドの役割ですから、あなた方にそれだけの実力があるのなら認めない訳にはいかないんです」


「常に公平でなければ存在意義がないと」


「はい」


なるほどねー。


「でも、“ビースト”と一緒だったんだけど、それは不正にはならないのか?」


元々それが理由で俺達のランクアップは却下されていたんだよね?


「いくらカーティスさんたちでも、足手纏いを連れて地下十五階を一日中探索するなんて事はできないでしょう」


――いやいや、あいつらにはそれくらい楽勝でできるようになって貰うつもりだけど?


勿論そんな内心は表に出さず、俺はリリアンと話を続ける。


「結局、どうしたいんだ?」


このまま腹の探り合いをするのも面倒なので本題に切り込むと、リリアンは真面目な顔をして立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。


「この度は、私の不手際によって大変ご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます」


――ザワッ


リリアンのその姿に、俺達ではなくギルドにいた冒険者達が目を見張った。


「まさか受付嬢とは言え、ギルドの職員が頭を下げるなんて…!」


誰かが口にした、その言葉が全てを物語っている。


ギルドは常に正しく、公明正大である。

それが、この緩衝地帯での不文律。


新人を鍛えると言う義務がある以上、その発言がころころと変わるようでは、人は従わない。簡単に意見を変える奴――組織でも個人でも――は信頼できないからだ。


人間の領域と違い、この地におけるギルドの地位は高い。

若い冒険者の育成と安定した供給により、諸国に認められているのだから当然と言えば当然だ。


そんな背景もあり、いつしか例え間違っていたとしても謝罪はせず、訂正するだけとなっていた。

そのギルドが謝罪した。それも頭を下げてだ。周りが驚くのも当然だろう。


「そして感謝を。ロイドとモリンズを助けて頂いて、ありがとうございました」


そう言って、受付嬢は再び頭を下げた。


「ロイドとモリンズ?」


誰?


「あなたに救われた犬族の警備員です。お陰で犠牲者は一人も出ませんでした」


「あー、あの人たちか」


そういや助けたわ。今の今まで忘れてたけど。

なるほど、この受付嬢が頭を下げるのはともかく、それを見ていた他の職員が何も言わないのはその事があったからか。ギルド全体が納得ずくって事ね。


「はい。本当にありがとうございました」


リリアンは再び感謝の言葉を口にし、深々と頭を下げた。







その後、リリアンから話を聞けば、あの二人はもう回復して職務に復帰しているそうだ。

警備を任されているだけあって、実は結構な実力者らしいのだが、あの人間達には敵わなかった。

傷の深さから死を覚悟していたそうだが、助かった事実に本人達が一番吃驚していたと言う。


「あの二人が死を覚悟する程の深手、それを跡形もなく癒せる魔法師。そんな人が実力者でないはずがありません」


それで、この手の平返しなのか。納得したよ。




そんな訳で俺達はDランクになった。

青銅(ブロンズ)となった冒険者証を眺めながら、帰路に就く。


「青銅ねぇ、何が変わるって訳じゃないんだけどな」


木製の仮証だから地下五階までしか入っちゃダメというルールはないのだから。


「あくまでも評価なんだよな。それで新人が躍起になって頑張るなら、有りっちゃ有りか」


「ちゃんと評価して貰えてよかったね、チロ」


「まぁ、そうだな」


屋敷に戻ったら、サエとクミにも更新するように言っておこう。


「実はすげーんだな、この兄ちゃん」


「さすが先生です」


ギルドからの帰り道。ワイルドとラウがキラキラした目で俺を見ていた。

ランクアップした事より、子供たちに褒められた事の方が嬉しいな。







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