03-14 Night time Flowers
互いの決意と覚悟を確認し合った俺達は、その後、街と砂漠の境界へとやって来た。
これから師弟として、と言うと大袈裟か。もう少し控えめな表現で家庭教師と生徒にしよう。うん、それがいい。
――って事で、家庭教師と生徒としてやって行くに辺り、もう少しお互いを知っておいた方がいいと思い、雑談を交わしながら散歩していたのだ。
「ここ、わたしのお気に入りの場所なんです」
「ここが?」
ここ、何もないんだけど。
けど、これで終わらせてしまっては、何のために親睦を深めようとしたのか分からなくなってしまう。
会話はキャッチボール。これ基本。俺には試す機会は殆どなかったけどな。
「理由を聞いてもいいか?」
「はい。わたしは四耳だから、どこにも居場所がなくて、よく一人になりたくてここに来たんです。いつもは夜に来るんですけどね」
「おいおい。危ないなぁ、襲われたらどうするつもりだ」
「ふふ、他種族の――しかも混血の娘なんて、誰も襲いませんよ」
他種族との間に子は儲けられない。故に情欲を抱く事はない。
他種族にまで情欲を抱くのは人間だけだ。
けどなぁ、
「憂さ晴らしとか、痛めつける事自体が目的なんて事もあるかもしれないぞ」
「あ、そうですね。以前までの“ビースト”の方たちみたいに」
「…そうだけど、それをあいつらには言うなよ?」
ラウの口からそんな言葉が出たら泣いちゃうよ、あいつら。
「はい、分かってます」
くすくすと笑いながら頷くラウ。
結構いい性格してるよな、この子。ワイルドは頑張らないと尻に敷かれるぞ。
「この草の花が好きなんです」
一頻り笑った後、ラウはこの砂地に疎らに生息している草を指してそう言った。
「この草は夜に花を咲かせるんですよ。だから、一晩中眺めたりしてました」
「月見草……いや、宵待草かな。ラウ、花は何色だった?」
「薄い紫ですけど、この草の名前、ヨイマチグサって言うんですか?」
そう思ったんだけど、違う気がしてきた。
アレは確か黄色か白だった筈だ。いや、ピンクだっけ?
あ、でもこの世界では紫なのかも…
「俺も詳しくは知らないんだけどさ。夜を待って咲くからそう言われるのかもな。後、その中でも月の光を受けて咲くのを特に月見草って言ったりするみたいだよ」
そこだけ聞くと月の神と何か関りがありそうな気がするが、それは間違いなく気のせいだ。
「ヨイマチグサ…宵待草ですか。ふふふ、いい名前」
「ここで一句。“ゆらゆらと待つは何れか宵待草”…字余り」
即興で詠んでみたが、ダメだな俺、センスないわ。
「何ですか、それ?」
「宵待草が待っているのは、夜ですか? 月ですか? それとも他の誰かですか?って意味の歌だ」
「うわぁ~、何だか凄いです!」
自分で解説するのは赤面物だったが、喜んでもらえたのなら何よりだ。
絶対に余所で話しちゃダメだからね? 俺が恥を掻くからね、お兄さんとの約束だ。
「――ワイルドは、本当はタイガーウィンドっていう名前だったんです。でも、その器じゃないって言われて、成人する前に大人たちに奪われました」
タイガーとはまたえらい名前だな。
一族の名を持つとは、相当期待されていたんだろう事が伺える。
「なぜ、わざわざ成人前になってから?」
「獣人族は成長が早いので、十二の歳には迷宮に入る事が許されます。一族の名を持つ者が迷宮であっさり死んでは不名誉だからって…」
「その前に奪ったと」
「はい」
「それでも分からないな。なぜその歳まで待つ必要があったんだ?」
耳尾だからという理由なら、産まれてすぐに別の名を与えればいいだけの話だろう。
「ダグラス兄さんも持つ、“獣化”能力のせいです。あれは“弱者”が何かのきっかけで備わる事が多いと大人たちが話しているのを聞いた事があります」
「つまり、産まれた子が耳尾だった事で、返って“獣化”を得るチャンスが増えたんで様子を見た。だけど、不名誉と天秤にかける程のリスクは抱えたくないと」
酷ぇ話だ。
そんな大人の勝手で、どれだけ子供が傷つくかなんて考えてないみたいだな。いや、実際考えてないんだろうなぁ。
「そんな扱いを受けているわたし達を見兼ねて、ダグラス兄さんがここに来る際に引き取ってくれたんです。ダグラス兄さんも記憶がなくて、あそこには居場所がなかったから。ふふふ、よくわたしたちと一緒にいたんですよ」
なるほど、それが馴れ初めか。漸く虎族三人の関係性が見えて来たな。
ラウを含めた虎族三人を取り巻く環境に関しては、大体こんなところか。
そろそろ話題を切り替えよう。初日から飛ばし過ぎてもよくないだろうしな。
「魔法師について、少しおさらいしようか」
「は、はい」
「そんなに緊張しなくていいよ。まず、魔法師とは神の眷属――まぁ、神の庇護を受けた種族だな――が、その神と契約して様々な奇跡を起こせるようになった者の事だ」
「…はい」
「当然、契約できなきゃ話にならないんだが、契約するためには才能が必要だ」
「……はい」
「この場合の才能とは、神と契約するための才能ではなくて、魔法師としての才能だ。言わば神の代理として奇跡を揮うだけの器があるかどうか、だな。才能が有れば神は契約に応じる」
「………はい」
そこには例外が存在するんだけどな。アリスのように魔法師より大きな才能を持っている場合とかね。ユスティス以外に、そんな事をする神がいるのか知らんけども。
もっとも、ラウはそれにも当て嵌まらない。
混血の彼女は、そもそも神の庇護下にない。契約するべき神がいないのだから魔法師になれなくて当然だ。
しかも質の悪い事に、身体的特徴はしっかり虎族と来ている。しかも白虎だ。
これでは他の神を信仰できるなんて思いもしないだろうし、その上で白虎を恨んでいると言うのだから八方塞がりだ。
神からアプローチする事は禁に触れるし、ラウとバイウーの仲を取り持つのは至難と来た。
改めて考えると、酷い難問を引き受けてしまった事を今更ながらに痛感する。
「やっぱり、わたしでは魔法師にはなれないのでしょうか」
気が付けば、ラウが俺の顔色を窺っていた。
俺が難しい顔をしていると取られたようだ。いかん、いかん。今は目の前の事に集中しなければ。
「難しいのは確かだが、真似事なら今でもできる」
「えっ!?」
「基本的な魔法を魔道具にしてしまえばいい。後は魔力操作の訓練だな。魔力操作は魔法師になってからも必要になるから、今後魔法師になっても無駄にはならない」
「魔道具!? そんな事ができるんですか!?」
今後魔法師になるって部分はスルーかい。
「難しいが、できる」
並の素材じゃ作れないが、後でシュルヴィから鱗を数枚引っ剥がせばいいだろう。
ポンコツだろうが千年ドラゴンなのは間違いないんだし。
「魔道具は俺が用意するから心配しなくていい。言っておくが、魔力操作の訓練はきっついぞ?」
俺がそう脅すと、ラウはキョトンとしていた顔を挑むような笑い顔に変えた。
何、この凄み。子供の表情じゃないんだけど。
「何もできなかった今までに比べたら、やれる事があるだけで幸せです」
「なるほど、いい覚悟だ。では厳しくするから、そのつもりで」
「はいっ!」
ホント、子供の考え方と態度じゃないよね。それだけ厳しい環境にいたって事か。
翌日、朝から虎族の屋敷に集まって、皆で訓練する事となった。
敷地が広い上に、住んでるのがラウ達三人だけなので、気兼ねしなくて済むのがいい。
“調教師”とダグラスは、それぞれが受け持った生徒を教えていく。
俺の受け持ちは、勿論ラウとルダイバーだ。
ルダイバーは、かなり仕上がってきた。もうそろそろ初級迷宮の罠や鍵なら開けられるだけの技量が身に付いてきている。
――地下十五階から先へ進むのも時間の問題かな
ルダイバーは俺の知識をなぞっているので、迂遠な自画自賛と言えなくもないのがちょっとアレだが。
「この、色の付いた水を魔力を使って掻き混ぜてごらん」
「はい、先生」
一方、ラウはラウで、これまた地味な訓練を施す。
昨日はああ言った物の、これは飽くまで訓練であって虐めや扱きではないのだ。
必要のない部分まで厳しくするつもりは毛頭ない。
やっている事は簡単だ。俺のような特殊能力がなくてもできるように、魔力の触れた部分だけ色が変わる特殊な水溶液を使って魔力を物理的に可視化させ、ひたすら掻き混ぜさせている。
今は掻き混ぜるだけだが、段階的に難易度を上げていく予定だ。
ちなみに、この方法はアリス達姉妹によって効果が実証されている。最近だとサエとクミ、あとはテアも二人に交じってやっていたっけ。
俺はその合間に、魔道具作りだ。
実際のところ、魔法を魔道具にするのは難しい。
当然と言えば当然だけどな。魔道具で代用できるなら、あそこまで魔法師が人気職になる訳がない。
また、元になる魔力回路が存在しないから、一から作り上げなければならないのもネックだ。
眷属全体に己の神を敬う気持ちがあるから、そんな不遜な事はできないと思っている事実も魔法の魔道具がない一因かもしれない。
「ゼン様、それは宝石か、ですか?」
俺が何をしているのか興味を持ったのか、ルダイバーが聞いてくる。
「惜しいけど違う。ラージ・サファイアドラゴンの鱗だよ」
「ふぇ!?」
「なぜラウが驚く…」
魔法を魔道具にするのに、そこらで手に入るような物で勤まる筈がないだろうに。
「だ、だって、ドラゴンって言うだけで危険な魔物なのに、その上位の宝石種? それどころか千年ドラゴンって何ですか!?」
「まぁ、普通はそうなのかもしれないけどさ。俺の場合、頼めば貰える間柄の奴がいるんだよ」
「そ、そうなんですか……」
「それはそれで凄い話だと思う、ますが、ゼン様ならばと納得できてしまう、です」
それは勘弁してくれ……俺は期待されない、地味なポジションが好きなんだ。
そうだ、話題を変えよう。そうしよう。
「ところで、ラウ」
「何ですか、先生?」
「それなりに魔法を使えるようになったら一緒に連れて行くから、ワイルドと組むパーティー名を考えておいてくれ」
「え!? わたしとワイルド二人だけのパーティーなんですか!?」
「うん、そう」
「そんなぁ……先生と同じパーティーじゃダメなんですか…?」
「うちは色々と問題があるんだよ」
そんな泣きそうな顔する程の事か?
「ああ、そうか。別に二人だけで攻略しろって言ってる訳じゃないから安心してくれ。一緒に行くけど別パーティー扱いにするってだけだから」
「あ、そうなんですね」
白地にほっとしている。ちょっと誤解を招く言い方しちゃったかな。
うちだとギルドに睨まれてるからランクが上がらないんだよね。
「かと言って、ダグラスや“ビースト”とも組めないしな」
ランクに差があり過ぎて俺達と同じ事になるのが目に見えている。
それに、ダグラスは“ビースト”入りが決まっているのだ。
「そうですか……でも、わたしが勝手に決めていいんでしょうか?」
「ワイルドよりネーミングのセンスあるだろ?」
「それは……あうぅ」
ラウよ、その反応だけで俺の予想通りだって解るからな。
しかし、このままじゃ埒が明かないな。助け舟を出すか。
「どうしてもって言うなら俺が決めてやってもいいけど」
「本当ですか!?」
あれ、何この喰い付き。
「そんなに嫌か?」
「だって、後でワイルドに文句言われるに決まってますから」
「そうかぁ?」
「だからってワイルドに決めさせたら、子供っぽさ全開の名前になるに決まってます!」
あー、うん、そうだね。
「だから、先生にお願いします!」
「分かった。じゃあ二人のパーティー名は――
――“夜に咲く花”だ」
日の当たる場所を大人達に奪われた二人の子供。その子供達の反撃が始まる。
その狼煙に丁度いい名前だとは思わないか?
”夜に咲く花”は意訳です。
※追記
奴がるんだよ ⇒ 奴がいるんだよ