03-12 追跡行
「あいつら、家出したんだ!」
そう言ったダグラスの顔は酷く消耗してるように見えた。
「まぁ、落ち着け。こんな時、二人が行きそうな場所に心当たりはあるか?」
「分からない、今までこんな事なかったんだよ、初めてなんだ」
だよねー。心当たりがあれば、ここには来ないよな。まずそこに行くよって話だ。
「となると、手当たり次第になるんだが、それじゃ効率悪いよなぁ」
どうしたもんかね…
この街に詳しい、ダグラスに意見を聞こうと思ったら
「どうしよう、どうしよう…」
ダメだ、こりゃ。こいつ、テンパるとポンコツになるのな。使えねぇ。
「ん? ポンコツ?」
ふと俺の頭を過る姿があった。
――そういやアイツ、人探しが得意だとか言ってたっけか
あれ? 得意なのは索敵だったっけ? まぁ、どっちでもいいか。
『シュルヴィ! 今すぐここに来い!』
《ふぇ!?》
『三十秒だけ待ってやる。いーち、にーい…』
《ふぁ!? 待って、待ってー》
何故だろう、アイツの慌てふためく姿が目に見えるようだ。
『――と言うのは冗談だ。でも早く来い。目いっぱい、急いで来い』
《わわわ、分かりましたよぅ》
そこで気が付いた。今は夜じゃないか。
『いや、いい。やっぱそこで待ってろ。俺が迎えに行ってやる』
《え!? は、はいぃ!?》
迷宮の帰還で戻ってから地上に出て、そのまま“位相転移制御:月光”でこっちに来ればいいんじゃないか。
「ダグラスは、ちょっと待ってろ。すぐに人探しの手段を連れてくる」
「え!?」
俺は部屋に戻るフリをして死角に入ると帰還を起動する。
「シュルヴィ、すぐに出かける準備だ」
瞬時にペッテルの上級迷宮最深部へと到着した。
《わ!? は、早い》
「早くしろ」
《何があったんですかぁ!?》
「行方不明の子供二人を探す。手伝え」
《えええ!?》
「お前、以前俺に自慢しただろう。人探しが得意だって」
《アレは広範囲の索敵ができるって言ったんですよぅ。もちろん人探しもできますけどぉ》
「ならいいじゃないか、どっちでも」
《うわっ、酷い適当!? いいですよぅ、やりますよぅ》
「当然だ。そういう約束だったからな」
《はぁい》
そう、約束したのだ。
以前、シュルヴィとはドラゴンのブレスの種類について討論した事があった。その時、コイツはこう言ったのだ。
《ライトニングブレスは真っ直ぐしか飛ばない。だから、ドラゴンブレスの癖に敵一体にしか当てられないので役に立たないとか言う人がよくいるんですよぅ》
「その通りじゃないか」
《違いますぅ、雷属性は汎用性で勝るんですぅ》
「ほー、言うじゃないか。例えば?」
《雷は電気ですから、大抵のモノをスキャニングできるんですよぅ》
「それは確かに便利そうだな」
《そうでしょぅ? それを応用して広範囲の索敵にも使えるんですよぅ》
「それの精度はどうなんだ? 大まかにしか判断できないのか、それとも個別に判断がつくのか?」
《もちろん、個々に判別できますよぅ》
「それは凄いじゃないか。見直したぞ」
《えへへ~、上空からでも地下二十メートルくらいなら索敵可能ですよぅ》
「おー、それはいいな。今度何かあったら手伝って貰うとしよう」
《はぁい》
「その約束を今果たして貰うぞ」
また必要になったらやらせるけどな。
《何やら不穏な空気を感じましたよぅ》
「気のせいだ」
《ううっ》
「さあ行くぞ、“位相転移制御:月光”」
次の瞬間、俺達は緩衝地帯の上空にいた。
「よし、このまま緩衝地帯を索敵…じゃなくて、捜索だ」
《はぁい》
「捜索対象はこの二人だ」
そう言って、俺はワイルドとラウの記憶をイメージにしてシュルヴィに渡す。
《捜索対象の情報受け取りましたぁ。捜索に入りまぁす》
「よし、やれ」
その結果、どうやら二人は緩衝地帯にいないようだった。
またポンコツがやらかしたか? と思ったが、ふと思い付いて捜索範囲を迷宮にまで広げてみたところ、二人の反応を発見する。
「よし、ご苦労だった。またすぐ頼むかもしれないから、そこいらで遊んでいろ」
《ううっ、御役目がぁ》
「俺が許す。迷宮は放っといて構わん」
《はぁい。しくしく》
再び転移し、宿屋に入るとダグラスに告げる。
「ダグラス! 迷宮に行くぞ、そこに二人がいる!」
「ゼン!? 何で外から!? 確か部屋に戻ったはずじゃ!?」
「そんな細かい事に拘ってる場合か! 二人は迷宮内にいるんだぞ!」
それも深度から言って、地下一階じゃ済まない、恐らく二階だ。
「た、たいへんだ!」
「だから、そう言っている!」
見れば、幸いダグラスは自分の武器――オーソドックスな槍だ――だけは持って来ていた。
強行すれば、そのまま行ける。
俺は近接しないし、そもそも無限収納袋があるからいつでも準備万端だ。
「すぐに行くぞ」
「おう!」
アリス達を呼ばないのは、アレだ。もう何て言うか、実に色っぽい恰好だったので、人に見せたくないと言うか、着替える時間がないと言うか――なので声自体を掛けなかったのだ。仮に来ると言っても却下するに決まってんだろ。
「はぁっ!」
気合いと共に槍が揮われる。その度に魔物が地に倒れ伏す。
ダグラスは強かった。
迷宮に入った途端、先程までのポンコツぶりが嘘のように勇猛に戦っている。
ちなみに、入り口で倒れていた受付兼警備の犬族二人――あの、最初に俺達に声を掛けてくれた二人だった――は息があったので助けてある。結構ギリギリのタイミングだったので危なかったが助ける事ができて本当に良かったと思う。
閑話休題。
何と言っても地下一階なので、出てくる魔物は雑魚なんだが、それでもダグラスの実力はよく分かった。
動きは独特だが、無駄が少ない。槍なんて長柄の武器を使っているのに、近接でも苦にせず戦うのだ。狭い通路も苦にしないのは凄い。
――上手いな、それにあの槍
一見すると古ぼけた――ゴホン、年季の入った唯の槍に見えるが、魔物を攻撃した時の重量感が凄い。アレはきっと一体成型の完全金属製だろう。
穂先だけが金属で、柄は木製の一般的な槍と違って、重量が物凄いために扱いはとても難しい。が、その分攻撃は重くなり、大ダメージを与えられる筈だ。
――獣部分に頼らなくても、ここまで強くなれるんだな
扱い辛い筈の槍を、実に自然に揮う姿は見惚れるほどだった。
地下二階に入ると様相が変わった。
この迷宮には何度も入ったが、これまで見た事のない魔物がひしめいているのだ。
「ムカデ? 初めて見るな。ダグラスは見たことあるか?」
「いや、自分も見たのは初めてだ。――ふっ!」
俺の質問に答えながらも、巨大ムカデをその槍で屠っていく。
ムカデの体は凄く硬そうなのに、よくもまあ一撃で倒せるもんだな。
ィィィィィィィィィ
「あれ? 何だ、この音?」
さっきまで、少なくとも地下一階では聞こえなかった甲高い極小の音が聞こえている。
「ああ、それは自分だ。耳障りだったら済まない。必要な処置なんだ、我慢して欲しい」
「大丈夫だ、我慢できない程じゃない」
「ならよかった」
――ふーん、何か秘密がありそうな…
少し注意して見てみるか。
「はっ!」
ィィィイイイィィィ
暫くダグラスの戦闘に注意してみていると、攻撃の瞬間だけ音が僅かに大きくなっている事に気が付いた。
これは…
――まさか、高周波?
あの大ムカデの甲殻を容易く切り裂く攻撃を見るに、そうとしか思えない。
高周波か、それに類する効果があるのだろう。
これも“隠されっ子”の能力なのだろうか。それとも虎族の固有能力か何かなのか。
まぁ、いいや。まだ知り合ったばかりだし、そこまで追求しても不信感しか与えないだろう。自分から教えてくれるのを待つ事にする。
「誰か倒れてるぞ」
暫く進むと人間の死体を発見した。
そう、獣人じゃない。人間だ。
「緩衝地帯に人間がいるのは、よくある事なのか?」
「そんなはずはない、これは異常事態だ。いったい、何が起きているんだろう」
「詮索するのは後にしよう。今は二人を見付けるのが先決だ」
「あ、ああ、そうだね。早く見つけないと、こんな場所にあの子達を置いておけない」
迷宮内だと、何かスイッチでも入るのだろうか。
あの二人の事になると動揺はするのだが、すぐに切り替えができている。
――根っからの戦士なのか
事迷宮内では悪い事じゃないので問題視はしない。
それより、先を急ごう。
「このすぐ先に複数の気配があるね。それもムカデだけじゃない、人の気配もあるよ!」
すげーな。そんな事まで分かるのかよ。俺じゃ数までが限度だ。気配の種類なんて分かんねー。
普段、ヌイグルミに頼っている副作用か? あれ止めてみるかなぁ。
そんな事を考えながら、走るダグラスを追いかける。
すぐに、その場へと辿り着いた。
「ワイルド! ラウ! 無事か!?」
迷宮内に二人を発見したダグラスの声が響き渡った。