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03-11 間話 ワイルドウィンド




ワイルド視点です。


 

くそ、くそ、くそ、イライラする。何だよ、あんな弱気な兄ちゃんなんか、俺の好きな兄ちゃんじゃないやい。


家を飛び出して来たのは午後も遅くだった。もう日も暮れる頃だ。

そろそろ周囲に夕飯の臭いが広がってくるだろう。


――あのお菓子美味かったな


飛び出さなければ、お代わりできたかもしれない。そう考えると勿体ない事したと後悔したくなる。


いやいや、そんな弱気じゃだめだ。俺は本当に怒っているんだ。兄ちゃんに分からせるには、今までみたいなプチ家出じゃダメだ。本気だって分からせないと。


――ああ、でも腹減ったな


お小遣いは一昨日使い切っちゃったから残ってないや。失敗したな、家出するなら次のお小遣い貰ってからにすればよかった。でもそれだと来週になっちゃう。


「ん? 何だ、アイツら」


早くも漂ってきた夕飯のいい匂いから逃れるようにフラフラと街の外れまで来たら、この街じゃ見た事ない連中がうろついているのを見かけた。見るからに怪しい。


最初は新しい冒険者候補がやって来たのかと思った。

だけど、おかしい。彼らは皆、結構な歳に見える。それだけなら、たまにいる人生やり直したいおっさんだ。珍しいけど、今までにいなかった訳じゃない。

でも、目の前の連中には決定的におかしな点がある。


――アイツら、人間だ!


そう、目の前の男達には揃って身体に獣部分がないのだ。

それを言ったら大好きな兄ちゃんにだって身体に獣部分はない。それを口にすると兄ちゃんは悲しそうな顔をするので、決して口に出したりしないけど。

そうだ、兄ちゃんは特別なんだ。あんな冴えないおっさん共が兄ちゃんと同じな訳がない。


まだ本国の集落にいる頃に、婆ちゃんに聞いた事がある。大昔には人間と争っていたと。

今と違ってその頃には、もっともっと大勢の虎族がいたらしい。その戦いでも虎族は勇猛果敢に戦って大活躍したのだと婆ちゃんが嬉しそうに話していたっけ。


そして、その戦いに決着を付けたのは、何と大神(バイウー)様だと言うのだ。

これは禁忌に触れるから誰にも話しちゃいけないよって口止めされた。だったら、最初から話すなよって思ったけど、言ったらきっとまた家から追い出されちゃう。機嫌のいい婆ちゃんを態々怒らせる事もない。


じっと身を潜めていたら、完全に陽が暮れて暗くなった頃、アイツらが動き出した。

そのまま隠れて追いかけたら迷宮に着いた。


――アイツら、迷宮に何の用だ?


だいたい、入り口にはギルドの見張りがいて中には入れない。以前、こっそり入ろうとして摘み出された俺が言うんだから間違いない。


なんだ、何か事件でも起きるかと思ってたのに、これで終わりかぁ。

と思ったら、くぐもった悲鳴が聞こえた。


「敵襲! だれか、ぐああっ」


――え!?


まさか!? そんな思いで確認に行くと、見張りと思われる犬族が二人倒れていた。それも血塗れで。


「ち、思ったより粘られたな。見張りとは言え、迷宮の()()を押さえているだけはある。さては精鋭か」


――何言ってんだ?


()()の見張りはギルドの職員で、コイツらに負けるのはランク外の初心者くらいだぞ? コイツら、実は初心者だな。

そう思ったら気が抜けた。


じゃり


俺の靴が擦れる音が響く。


「誰だ!」


びくぅ!


――やばい、見つかった!?


咄嗟に逃げようとしたが、慌てていたから足が縺れて転んでしまった。


「くそっ、早く逃げないと」


「おっと、逃がさねぇよ」


だけど、起き上がる前に出てきた男に押さえ込まれてしまった。

そこに、もう一人が顔を出す。


「どうだった?」


「ガキが一匹だけだ、脅かしやがって」


「離せー! 離せよ!」


「騒ぐな、静かにしていろ。死にたくなかったらな」


「ひっ」


ナイフを突き付けられて、みっともなく悲鳴を上げてしまった。

くそう、こんな初心者共に! 悔しいっ!


「どうする? バラすか?」


「いや、これ以上時間を食うのはまずい。連れて行こう」


「本気か? 足手纏いにしかならないぞ」


「いざと言う時の囮くらいにはなる。餌として見れば、魔物も子供の方が美味そうに見えるだろうさ」


――囮…? 餌…? 俺が?


俺、ここで死ぬのか?

まだ、冒険者にもなっていないのに?

兄ちゃんとだって仲直りしてないのに…?

ラウだって、俺が強くなって守ってやるって約束したのに…?


「嫌だーっ! 離せ、離せよーっ!」


「騒ぐなって言ってんだろうが!」


「ぐえっ」


おえぇ! 腹を思いっきり殴られて、腹の中の物が全部出ちゃった。


げほっ、げほっ


――気持ち悪い


口の中が酸っぱい、殴られたお腹が痛い。

その後も、憂さ晴らしのように何度も何度も殴られながら、迷宮の中を連れ回された。

ちくしょう。







――コイツら、やっぱり初心者だ


殴られながらも連れ回されたお陰で、近くで見てたから判る。

迷宮の中に魔物が出るなんて当たり前なのに、戦うための準備が全くできてない。

魔物と遭遇してから戦闘に入るから、いつも先制される。だから怪我が増える。だから魔物と遭遇する度に戦力が落ちていく。


――何しに来たんだろう


頭に浮かぶのはそれだ。こんな弱っちいのに迷宮に来て、何がしたかったんだ。

そんな事を考えていたら涙が出た。そんな弱っちい連中にさえ、俺は歯が立たないのだ。




そして、その時はやってきた。




魔物の群れ。

初級迷宮とは言え、地下二階になると魔物は一匹とは限らない。

冒険者を目指す俺に、兄ちゃんが口を酸っぱくして語って聞かせてくれた。


例えば二匹。通常でも数回に一回の割合で遭遇する。


或いは三匹。数十回に一回くらいの割合で遭遇する。

これに遭遇して死ぬパーティーも一定の割合で存在し、故に初心者殺しと呼ばれている。


そして魔物の住処(モンスターハウス)。極々稀に、魔物が大勢住み着いた部屋が現れる。

()()()()()()()冒険者では、絶対に勝てない。故に、これに出会うのは“ツキのないヤツ(ハードラック)”。そう呼ばれる存在(へや)だ。




そして、彼らは“ツキのないヤツら”だった。




「うわぁっ!」


「逃げろ!」


「ぎゃあぁっ!」


「ガキだ、そのガキを囮にしろっ!」


阿鼻叫喚。

その言葉は知っていたが、経験した事はない。だけど、今が正にそれだと理解できた。


連中の殆どは魔物に襲われて死んだ。残りがどうなったかは分からない。

俺は連中の誰かに突き飛ばされて魔物の群れの目の前だ。それどころではなかった。


――俺は死ぬのか、こんなところで?




「ワイルド! 何やってるの!? 早く逃げるのよ!」




「え!? ラウ!?」


――何でラウがこんなところにいるんだ!?


「いいから、早く逃げるの!」


俺の手を引いて、ラウが走る。

いつもの、のほほんとした顔じゃない、必死の形相だ。


「ワイルド!? 本気で走って! このままじゃ死んじゃうんだよ!?」


「お、おお。分かった」


初めて怒ったラウを見た。

その剣幕に驚いて、つい返事をしてしまった。

でも、ラウの言っている事は正しい。逃げなきゃ死んじゃうんだ。


だけど、子供の足で魔物の群れから逃げ切れる訳がなかった。




「はあっ、はあっ、はあっ」


散々連中に殴られて、連れ回された俺の体力が先に尽きたのだ。


「もうダメだ、俺はもう走れない。ラウだけでも逃げろ」


「バカな事言わないで! そんな事できる訳ないでしょうっ!」


「でも、もう無理なんだ。足が痙攣して立つ事もできないんだよ」


殴る蹴るの暴行を受けた上に、迷宮内を散々連れ回された。そのツケが足にきている。

ラウの顔が歪んだ。泣きそうになっている。


「ごめん…ごめんね」


「何で、ラウが謝るんだよ?」


「だって、わたしが魔法師じゃないからワイルドを治せないんだもの。わたしが魔法師だったらワイルドを治してあげられるのに。だから、ごめんね…」


――違う! そうじゃない!


「謝るのは俺の方だ」


「どうして? ワイルドは何も悪くないよ?」


「どうしてもだ!」


――だって、


俺がこんな場所にいるのは、俺が家を飛び出して来たから。


――だって、俺が悪いから


俺が家を飛び出したのは、俺が兄ちゃんの言う事を聞かなかったから。


「ワイルド!」


俺の思考を止めたのはラウの悲鳴。


カサカサカサカサ


キシキシキシ


そんな音が聞こえ、すぐに大きくなった。

それは魔物の群れ。そいつらが出す音。


魔物――大ムカデの群れが、すぐそこまで迫っていた。


「ワイルド!」


ラウが動けない俺を庇うように覆い被さってきた。


「何やってんだ!? さっさと逃げろよ!」


「いやっ! ワイルドを置いてなんて行けない!」


「バカ野郎!」


「バカでもいいもん!」


「バカ、やろう…」


涙が出た。

ラウのバカな態度に。何より自分のバカさ加減に。


――俺がもっと強ければ


そんな有り得ない妄想が頭を過る。

そんな妄想、今考えたって意味がない。

だけど、止まらない。止められない。


――俺がもっと強ければ


俺がラウを守るのに。


――俺がもっと強ければ


こんな魔物、俺が倒してやるのに。


――俺がもっと強ければ


あんな連中じゃなくて、俺が兄ちゃんと一緒に戦うのに。


――ああ、そうか


俺は、兄ちゃんが一人で戦うのを辞めたのが嫌だったんじゃない。俺()兄ちゃんと一緒に戦いたかったんだ。

一緒に戦えるようになるまで、待っていて欲しかったんだ。


「兄ちゃん……ゴメン」


ずっと言いたくて、でも言えなかった言葉が口から零れた。




その時、




「ワイルド! ラウ! 無事か!?」




聞き違える筈のない、大好きな兄ちゃんの声が聞こえた。







 

王道パターンですが、やっぱり盛り上がるので。


それはともかく、今回は間話です。

本編に連なるので閑話ではありません。たぶん、きっと。


実は一人称で話を書くに当たって、本編に他者視点は入れないと自分で決めていました。

これまでは、他者視点が欲しい場面でも何とか工夫してきました。

(王城動乱辺りに、その工夫の跡が伺えます)


ですが、今回だけは散々悩みましたが、いいアイデアが浮かびません。

かと言って、この話を入れずに強引に主人公視点だけで話を進めると、スカスカで空っぽな話になってしまいます。

今回だけ(だといいなぁ)は、泣く泣く自ら課したルールを曲げ、他者視点を入れます。

ああ、敗北感が…orz

何の策もなく、三章の主軸にワイルドとラウを入れた自業自得ですけどね。


だからと言う訳ではありませんが、明日次話をUPします。

仕事が押した場合は深夜になるかもですが…

 

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