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03-09 抱える闇

 

「ああ、太陽が黄色い…」


翌日、へろへろになった体を引き摺るようにして、みんなとの約束の場に向かった。

ちらりと連れの様子を伺えば、俺と違って三人共活き活きとしている。肌もつやつやだ。


「何だか理不尽な物を感じる…」


「ん、なぁにチロ?」


「何でもない」


そんな幸せそうな顔をされたら文句も言えないだろ。はぁ…


「えへへぇ…」


「ふわぁ…凄かった…」


クミとサエも同様だった。むしろ、もっと酷い。心ここに在らずだ。すでにどこかに飛んでしまっている。

この二人は、今日はもう使い物にならないだろうな。


――今日を迷宮攻略に充てなくて本当に良かった


それは紛れもない俺の本音だった。

ヒデの思惑通りになっているのが少々癪に障るが、こうなった以上、俺にできるのは二人の選択を後悔させないようにする事だけだ。頑張ろう。







今日の目的は迷宮攻略ではない。今日はダグラス達――虎族との顔合わせだ。

まず、俺達とダグラスが今後一緒に行動すると言う事をワイルドとラウへ伝える。

次に、カーティス達に二人へ謝罪する機会を与える。

最後に、俺からラウへ魔法師としての助言を与えたり、相談を受ける。

大きくこの三つを達成するために一日を費やす。


だが、三つ目に関しては今日一日では終わらない可能性が高いと考えている。一朝一夕でどうにかなるような問題ではないからだ。

まずは顔を合わせ、徐々に信用を取り付け、それを信頼にまで高める。それでも、解決するかどうかは彼女次第だ。俺にできる事は、所詮手伝いでしかないのだから。




まずはいつも通りにカーティス達“ビースト”の面々と合流する。

彼らとは一緒に行動するようになったが、宿は別々のままだった。彼らと俺達では宿に対して求める物が違うから仕方がないんだよ。

彼らが宿に求めるのが寝床であるのに対し、俺達が求めるのは安心と安全――後、美味しい食事――であるからだ。求める物が違う以上、別々の宿屋になるのは必然だろう。


「悪いな、待たせたか?」


遅れたつもりはないのだが、待ち合わせ場所に着くと彼らはすでに揃っていた。


「いいえ、我らが早く来過ぎただけですので気にしないで下さい」


「そうか? じゃあ、行こうか」


「――はい」


カーティスにしては珍しく、返事まで一瞬の間があった。


「どうした?」


「いえ、姐さん達の様子が変なので、どうしたのかと思いまして。ですが、ゼン様は気にしていないご様子…」


「……お前達も気にするな」


「了解です」


きっと、カーティスは気を遣ってくれているんだろうけど、気まずいったらないな。俺の思い過ごしだと思いたい。







「いらっしゃい。よく来てくれたね」


目的の場所に着くとダグラスが出迎えてくれた。

ここは彼らの家、と言うか屋敷だ。かつての栄光と言ってしまうのはアレだが、この緩衝地帯には虎族の拠点があるのだ。

ちなみに、ここに拠点を持つ種族は珍しくない。虎族に限った話ではなく、勢力の大きい種族は大抵持っている。

勿論、黒狼族にもあるのだが、カーティス達は過去の罪状もあって周囲に距離を置かれているため、居心地が悪くて飛び出してしまったそうだ。


「お招きに預かりまして――これ、お土産な」


一応、礼に則って挨拶をする。お土産は以前俺が焼いたお菓子だ。今とっさに思い付いた。無限収納袋万歳。


「悪いね、気を遣わせて。子供たちは出かけないよう言い含めてあるから、今日はよろしく頼むよ」


「はいよ」


すると奥からどたどたと走って来る足音が聞こえた。


「そいつらがお客さんか? 兄ちゃんが人を呼ぶなんて珍しいよな。――あっ!?」


予想通り、来たのはワイルド少年だ。俺達を見て固まっている。

あんまりいい印象はないだろうからな。この反応は予想できた。


「お前ら、何しに来やがった!?」


仕方がないとは言え、最初からケンカ腰だ。それをダグラスが宥める。


「まぁ待つんだ、ワイルド。彼らは争いに来たんじゃないから」


「兄ちゃん!?」


「ワイルド? 騒がしいわよ。兄さん、お茶の用意できたわ。もうお客さん見えたの?」


そこへラウ少女がやって来た。


「ラウ、来るな! 奥に隠れてろ!」


「え? 何、どうしたの?」


「ラウ、心配いらないからこっちへ来なさい」


ダグラスは二人に話を通してなかったのかよ。場が混沌としてきたぞ。


――もういいから、このままやっちゃおう


俺はカーティス達に目で合図を送った。すると俺の意を受けてカーティス達が動く。


「この前は済まなかった。この程度では気が済まないとは思うが、どうか許して欲しい」


カーティス達三人は、子供二人に向けて土下座をし、床に額を擦り付けるようにして頭を下げる。


「済まぬ、この通りだ」


「ごめん、なさい」


フォルダンとルダイバーも謝罪を口にした。


「「え!?」」


大人三人に頭を下げられた二人は面食らっている。そりゃそうだろうな。

そこへダグラスが更に後押しする。


「二人と諍いがあった事は聞いているよ。だけど、彼らもこの通り反省しているし、許してあげないかい?」


すると、まずラウが折れた。


「分かりました。もういいですから、頭を上げて下さい」


元々この子はワイルドを心配していただけで、カーティス達に隔意を持っている様子はなさそうだったからな。


「――分かった。兄ちゃんが言うなら、そうなんだろ」


そして不利を悟ったか、仏頂面ながらワイルドも折れた。


初っ端からどうなるかと思ったが、何とか目的の一つは完了したか。やれやれ。




舞台を居間に移し、引き続き目的の完遂ミッションコンプリートを目指す。


「わぁ、美味しい! こんなに美味しい物食べたの初めてです!」


ラウが、お土産の焼き菓子を食べた感想を興奮気味に述べた。ワイルドは黙々と食べている。あの勢いからして、喜んでいると見ていいよな。

そんな二人に微笑みながらダグラスが話し掛けてくる。


「本当に美味しいな、今度自分も買って来よう。どこの店で買ったんだい?」


「買ったんじゃない、俺が作ったんだよ」


「へ?」


何だ、その間抜け面は。


「オレが自分で焼いて作ったんだよ」


信じられないと言った表情で仲間達の顔を伺うダグラス。そして、皆は揃って頷いた。


「まさか、本当なのかい。雑用なら何でも熟すと聞いてはいたけど、こんな事まで…」


「凄いです! わたしにも作れるでしょうか?」


「簡単な物から徐々に慣れて行けば誰にでもできるよ」


「ぜひ、教えて欲しいです!」


「ああ、いいとも」


「わぁ! 嬉しい!」


ラウの表情は、本当に嬉しそうだ。

俺の目的(ミッション)は、この子と仲良くなることだ。取っ掛かりとしてはまずまずだろう。


「それにしても兄ちゃんは凄ぇよな! こいつらに頭を下げさせるなんて、やっぱり兄ちゃんは世界一だぜ!」


ああ、ワイルドの中ではそうなっているのか。らしいと言えばらしいけど。


「それは違うぞ、ワイルド。自分は何もしちゃいない。彼らは自ら自分の行いを反省したんだ」


「分かってる、分かってる。そういう事にしたいんだろ? 大人には面子があるからな」


中々こまっしゃくれたガキだ。存外、苦労してきたのかもしれん。

なんて感心している場合じゃなかったな。ちょっと早いが、いいタイミングかもしれない。


「ラウ、簡単な物なら今からでも作れるよ。試してみるか?」


「本当ですか!? 作ってみたいです!」


フィッシュ(かかった)


「じゃあ、台所に案内してくれ」


「はい、こっちです!」


ラウに続いて席を立ちながら、俺は残るダグラス達に目で合図する。

彼らが頷いたのを確認して、俺はラウの後を追った。







作戦としては、こうだ。

まずラウだが、彼女が抱えている問題は根が深い。そして、恐らくワイルドがいる場では絶対に本心を明かさないだろう。しかも二人は常に一緒だ。ワイルドはともかく、ラウは決して離れようとしない。まずは二人を切り離さなければならなかった。


――そのためには彼らのテリトリー内に入り込む必要がある


すぐ傍に保護者(ダグラス)がいる事と、我が家にいると言う安心感から、案の定ラウは俺と二人きりで台所に立つ事を許した。


そしてワイルドだが、彼の言動からダグラスに対して強い思い入れがある事が伺える。

彼からすれば、ダグラスが俺達を従えるのではなく、対等な関係になると言う事は我慢ならないのではないかと考えられるのだ。

今後の事を考えれば、ワイルドの説得は必須と言えた。


俺はラウを、残りの面子はワイルドを、それぞれ説得すると言うのが、今回の作戦の全貌である。

大の大人が八人も雁首並べて子供二人を説得するのだ。

大人気ないが仕方がない。割り切って行こう。


「まずは簡単にクッキーから行こうか」


「クッキーですか?」


「簡単に言うと小麦粉を焼いたお菓子だ」


「小麦粉であんなに美味しい物が作れるんですか!?」


「焼き菓子の大部分は小麦粉が使われてるもんだよ」


「わあぁぁ」


「但し、美味しく作るには一手間かける必要がある。小麦粉から薄力粉を分けるんだ」


「もう分からないです。はくりきこって何ですか?」


「粒の小さい小麦粉の事だ。こういう目の細かい網を使って篩い分ける」


以前、アリスに作って貰った目の細かい金網を張った特製の(ざる)を使ってやって見せる。


「一言で小麦粉って言っても、結構大きさに違いがあるもんだろ?」


「本当ですね」


「パンを焼く時も、こうやって目を揃えると食感が変わるぞ」


「そうなんですね! 今度やってみます!」


「美味しい物を食べたいなら、手間を惜しんではいけない。食事(もの)作りの基本だ」


「はい!」


ラウの反応が実にいい。

仲良くなるには胃袋を掴めとはよく言ったものである。至言だわ。




さて、簡単にクッキーを作ると言っても食材があるかどうかなんだが、それは杞憂であった。思いの外、簡単に揃った。

ファンタジーだと生卵がダメとか、砂糖がないとか、あっても高くて手が出ないってのが定番だった。人間の領域では確かにその通りだったんだが、事獣人の領域それも緩衝地帯では無駄な心配であった。

これだけの他種族が一堂に会すると、食べ物の好みとかもあって一筋縄ではいかないものなのだが、自分達の食べたい物が食べられないのは我慢ならないのだろう。すぐに苦情が来るのだ。ギルドに。

実に災難だと思うが、ギルドとしても食事事情(そんなこと)で争いになっても困るので、必死に冒険者を使って揃える訳だ。

その結果、食材なら緩衝地帯と言われるほど豊富に揃っていたりする。


「ここ、俺には暮らしやすい土地だな」


「…なぜですか?」


「食材が豊富で料理の研究が捗るから」


「なるほどー!」


納得したと言う感じで明るく応えるラウだが、何故かと問い返した時の瞳の奥に映った影を俺は見逃さなかった。

彼女にとっては、緩衝地帯(ここ)は暮らしやすい土地などではないと言う事だろう。いや、虎族の領域ですら、ラウにとっては暮らしやすい場所ではないのかもしれない。


俺は彼女の抱える闇の深さを垣間見た気がした。







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