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03-08 虎族の現状

 

「自分はダグラスと言う。助けてくれてありがとう、本当に感謝している」


あの後、目を覚ました虎族の青年――ダグラスは、状況を理解するとそう礼を言った。


「いいさ、緩衝地帯(ここ)じゃ助け合うのを推奨してるしな」


「そうは言うけど、君らは、その……」


ダグラスは、ちらりとカーティス達を一瞥すると言葉を濁す。

ああ、黒狼族と虎族は反目しているからか。

ここで冒険者をしているくらいだ。ランクもDと高いし、カーティス達のこれまでの乱暴な振舞いも知っているのだろう。


「“ビースト”の事なら気にしなくていい。こいつらは心を入れ替えたんだ。もう乱暴狼藉はしないってさ。な?」


折角なので、本人達に振ってみた。


「ゼン様の言う通りだ。俺達は真っ当な冒険者になると誓った」


「オレ達の以前の振舞いによる被害に遭われていたなら、済まん」


「申し訳なかった。心から謝るぜ」


俺に対するのと違って微妙に不遜な物言いだが、彼らの謝罪の気持ちは本物だ。

それはダグラスにも伝わったのだろう。彼は首を振った。


「いや、いいんだよ。こちらこそ済まなかった、気を悪くしないで欲しい。噂は聞いていたんだけど、すぐには信じられなくてね。こうして目の当たりにすると分かるよ。本当だったんだな」


「その目で見ないと信じて貰えないってのも凄いな。どんだけ暴れてたんだか」


「ゼン様、そこまでにして下さい!」


「自業自得でしょうに」


「姐さん、勘弁してくれ!」


「姐さん言うな!」


「ははっ、変われば変わるものだね。あの“ビースト”が」


気が付けば、この場はコメディと化してきた。どこの漫画だ。







落ち着いたところで話を聞くと、ダグラスは地下十五階から先に進んだが、罠に引っかかったので戻る事にした。だけど地上に戻るより先に毒が回り、途中で力尽きたと言う事だった。

うん、予想通りだな。


「なんと! “獣化ビーストメイクオーバー”では突破できなかったと言うのか!」


それを聞いていたフォルダンが酷く驚いている。

いや、フォルダンだけではない。カーティスとルダイバーもだ。

獣人族にとって“獣化ビーストメイクオーバー”とはそれほどの能力(モノ)なのか。


「アレは色々と制限があるんだ。ここぞと言う時の一手であって、そこまで万能じゃないんだよ」


なーるほど、やっぱりそうだったか。

獣化ビーストメイクオーバー”と言うと聞こえはいいが、だったら初めから全身獣でいいじゃないかと思ってたんだ。予想通り、変身能力でなければならない理由があるようだった。


「一つ聞きたいんだけどさ。ダグラスは冒険者としてソロでなきゃいけない理由は何かあるのか?」


「え? いや、そんな理由はないけど…」


「じゃあ、俺達と一緒にやらないか?」


「「「「え!?」」」」


俺の出した提案に驚いたのはダグラス一人ではなかった。カーティス達も一緒だ。


「何だよ、カーティス達は反対なのか?」


「そうではありませんが、無理強いはよくありませんよ!?」


「別に、命を救ってやったんだから言う事を聞けなんて言っていないだろ」


「カミくんなら言いそうだよね~」


「そこ、うるさい!」


「そんな事ないよ。チロは優しいから、その人の不利益になるような事は言わないもの。すぐにみんなにも分かるよ。終わってみたら、きっとその人にとって一番いい結果になっているはずだから」


「そこまでは言い過ぎだと思うけど……ありがとな、アリス」


「ううん、私は本当の事しか言ってないもの。それでも感謝してるって言うのなら、ぎゅってしてくれてもいいのよ?」


「……あー、後でな」


「うん!」


「ああっ!? しまった、ついいつもの癖で……失敗したぁ」


「そうだったよ。居心地がいいから忘れがちだけど、わたし達はチャレンジャーだったんだよ」


落ち込み始めたサエとクミは暫く放っておこう。少しそこで反省してるがいい。


話を戻すが、俺としては、このまま“ビースト”達三人だけで進んでも、いずれ行き詰ると考えている。

だから補強のための人材に関しては、常に目を光らせていたんだよね。


今、カーティス達には地力を上げる訓練を課している訳だけど、それは言い換えれば地力で上回る相手と対峙した時には全く敵わないと言う事でもある。

そこに“獣化ビーストメイクオーバー”と言う起死回生の一手を持っているダグラスが加われば、不意に強敵と遭遇して戦闘になっても余裕が持てる。

そこに術師が加われば更に安心なんだが、獣人族に術師は滅多にいない。むしろ狐族が異例なんだよ。


「君は虎族の噂を聞いた事がないのかい? 口の悪い奴なんかは呪われた種族なんて言ってるくらいなんだけど」


「本当に呪われてるなら俺が払ってやれるんだけどな。でも、別に呪われてる訳じゃないんだろ?」


「もちろんだとも」


「なら問題ないさ。こっちとしても、死ぬ確率を少しでも下げたいんだ」


「そうなんだ。…なら、済まないけど世話になりたい」


「よし、決まりだ! じゃあ、これから俺達は一緒に迷宮を攻略する仲間だ。――みんなもいいな。カーティス達もだ」


アリス達だけでなく、カーティス達に念を押すのも忘れない。


「うん」 「了解よ」 「分かったよ~」


「分かりました」 「ゼン殿がそう言うならば」 「分かった、ました」


よしよし。順調だな。







「しかし、君も変わってるね。俺を仲間に入れたいなんて言い出すとは思わなかったよ」


地上に戻り、親睦を図るために全員で夕飯を一緒に食べているとダグラスがそんな事を言った。


「そうか? “獣化ビーストメイクオーバー”なんて、みんなが欲しがる能力なんだろ?」


「今どき虎族を仲間に加えたいなんてのは、君くらいだよ。その“獣化ビーストメイクオーバー”だって、神に祝福された訳じゃないからね」


“隠されっ子”に黒髪化は悪い方にインパクトがあったようで、どうやら虎族の集落でも受け入れられずにいたらしい。


「……そんな君を見込んで、一つ頼みがあるんだけど、いいかな」


何だろう? 少し言い辛そうにしていたが、意を決して口に出した感がある。


「聞いてみないと何も言えないけど、何だ?」


「うちの――虎族の巫女の事なんだ。ちょっと事情があって、魔法を使えずにいるんだけど、その子に魔法を教えてやって貰えないだろうか」


「ああ、あのラウって女の子か」


「知っているのかい!?」


「顔見知りって程度だけどな」


俺とダグラスの言葉にカーティス達は気まずそうにしている。別に今更責めるつもりはないけど、自分達でしでかしたことだ。ここは我慢して貰おう。


「知っているなら話は早い。あの子は人間の血を引く巫女なんだけど、魔法が使えないのは、やはりそのせいなのかい?」


やっぱり、そう言う話になっているんだなぁ。見方によっては、その通りなんだけど、ここはやっぱりこう答えるべきだろう。


「そんな事はないさ。魔法師の才能は、あくまで本人の資質だよ。混血かどうかは関係がない」


「本当かい!? あ、いや、でもそうすると、あの子には才能がない…?」


「それも違う。あの子には才能があるはずだ」


「本当かい!?」


これも本当だ。あの白い毛がその証拠だろう。


「白虎が巫女にのみに現れると言うのなら、それは魔法師の才能を持っていると言う証だ。間違いない」


人間や獣人の言う巫女とは、魔族で言う因子持ちと同義だ。ならば魔法師の才能は必ずある。あの因子持ちとしては最底辺にいるシーラですら魔法師としての才能を持っているんだ。シーラが魔法師になれた時点で混血だからってのは理由にならない。


ここにはアリスがいるから口に出しては言わないが、アリスやケイト姉が魔法師になれなかった理由は別にあるんだ。


『魔神様はね、あたしには魔術師の才能があるから、魔法師になれなくして下さったの』


以前、ケイト姉はそう言った。

俺はその言葉を魔法師になれなかった子供へ掛ける慰めの言葉だと受け取った。

勿論その理由もあるんだろう。本当に才能のない子供に対してならば。


だけど、それは因子持ちには当て嵌らない。何故なら魔王の因子を持つと言う事自体が魔法師の才能を持つと言う事と同義だからだ。つまり、あの言葉は字面通りの意味も持っていたんだ。

アリスには錬金術師の、ケイト姉には魔術師の才能があった。それも魔法師の才能を上回るほどの才能が。


だから、ユスティスは二人の声に応えなかった。より大きな才能へと導くために。

言ったところでアイツは絶対に認めないだろうけどさ。本当に眷属に対しては甘いよな。あれで本当に悪の魔神なんだろうか。


話を戻そう。

俺はダグラスに向かって告げる。




「あの子が魔法を使えないと言うのなら、その理由は別にある」




問題があるとするなら、俺にその理由を取り除く事ができるのかって事だな。

あの子の根底にあるのは神への不信感だ。

こればっかりは俺にもやってみないと解らないぞ。












夜、宿のベッドの上で俺はアリスを抱き締めた。

そう、迷宮での約束を履行中なのである。


「チロぉ……うふふ、幸せ」


アリスは満足気だ。もう、甘えまくりのふにゃふにゃである。

だが俺としては気が気ではない。勿論、サエとクミの視線が突き刺さっているからだ。

二人とも事の経緯を解っているからか、ここまでは大人しくしているが、いつ爆発するか分からない怖さがある。

早いとこ終わらせたいと思っても仕方ないだろう? まぁ、そのお陰でムラムラ(リビドー)が抑えられているのは確かなんだが…


「はいはい、もういいか?」


「だめぇ、このまま朝までぇ」


おいぃ!? それはいくら何でも、俺の理性が保ちませんよ!?


「ひ、一晩中~!?」


「ダメよ、そんなの!」


さすがに、それまで黙って見ていたクミとサエが声を上げる。

いいぞ、もっと言ってやれ!


「カミくぅん、あたし()にも“ぎゅっ”を下さい。ちょっとだけでもいいからぁ~」


「ちょっ!? クミ!?」


「サエちゃんはして貰いたくないの~? わたしはもう我慢できないよ~」


「そ、それは……して欲しい、けど…でもぉ」


「ほらぁ~、ならみんなでして貰おう? 自分だけして貰えなくてもいいの~?」


「あ、あたしだけ抱き締めて貰えないの!? そ、それはダメぇ!」


「ほら~。それなら、みんなで一緒に幸せになろうよ、ね?」


「そ、そうね。みんなで一緒に幸せに――」


「待て、二人とも!クミもサエもアリスに当てられているだけだ、正気に返れ!」


あのサエまでもがこうなるのか!? 恐るべし、たかが雰囲気と侮るなかれ。

この部屋の異常(ピンクいろ)な雰囲気に、俺は及び腰になる。アリスの背に回していた腕を解き、すぐさま逃走の体勢に――


「ダメよ、チロ。逃がさないからね?」


「おわっ!?」


――入れなかった。

逆にアリスに抱き締められ、逃げられなくなってしまったのだ。


「今よ、二人とも。あ、順番を待っている間はチロを逃がさないようにするのを手伝ってね」


「う、うん!」


「はいっ!」


「おい、アリス!?」


「チロ、不公平はダメ。みんなを幸せにしてくれなくちゃ」


そもそも、そこが間違いだってーの! サエとクミは嫁候補じゃないんだよ!?

ああ、もっと早く説明できていれば…

今更後悔しても手遅れだ。くそ、どうすれば――


「カミくぅん」


「カミくん……」


必死にこの場を丸く収める手段を探すが、すでに考えを纏める余裕はなかった。目を潤ませながら頬を赤く染めたクミとサエがアリスに混ざって俺を抱き締めてきたからだ。


俺は雑用と言い切るほど細々とした職に手を出しているが、その中に前衛職はない。

魔族としての身体だからと言うだけでなく、決定的に向いていないのだ。

この期に及んで何が言いたいかと言うと、女の子とは言え、三人に押さえ込まれたら抵抗できませんって事だよ。

ああっ、自分が混乱しているのを自覚するなんて、何て半端な魔神の能力なんだ。


――お互い怪我をしてでも徹底抗戦して逃げ出すのと、このまま成すがままになっているのと、果たしてどっちが優しさと言えるのだろう


そんな事を思いながら、俺は考える事をやめた。

魔国での経験から、女性がこうなったら止まらない事を知っているからだ。






●蛇足

ゼンはハーレム持ってるくせにイケイケではありません。むしろ現代日本人男性らしく草食系です。開き直るまでに時間が掛かる、めんどくさいタイプ。

アリスとクミは、どちらかと言えば肉食系。決意してしまえば自分の欲求に忠実です。

サエは肉食系ではありませんが、躊躇っていると自分だけ置いて行かれるので必死に追い縋っているだけだったり。


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