03-07 虎族の事情
虎族は、元々緩衝地帯に隣接する領地を持つ種族で、この地の立ち上げに大きく貢献しているらしく、発言力が甚大だった。
「だった」と過去形で言ったのには理由がある。
虎族は、過去に人間側との紛争――敢えて戦争とは言わない――にも率先して参加し、獣人族からの信頼も厚かったのだが、最前線で戦い続けた虎族は戦士だけでなく、魔法師として帯同した巫女の命までも落としていった。虎族は勇猛さと引き換えに殆どの巫女を失ったのだ。
更に不幸は続くもので、その紛争中に巫女一族に唯一残った後継者が拉致されて――記録では行方不明とされている――しまい、巫女を失った事で一族の力が大きく落ちたのだと言う。
巫女を失った影響は甚大で、迷宮でも怪我から復帰できなくなった虎族は、更に人口を減らし続け、今では規模の小さい弱小種族に成り下がってしまった。
「あのラウって女の子は? ホワイトタイガーって事は、あの子は巫女の家系なんだろ?」
俺の仕入れた知識では、ホワイトタイガーは虎族の神――白虎――と同じ毛色であることから神聖視されていた筈だ。
「四耳って事から分かるでしょう? あの子は拉致された巫女の末裔、つまり混血なんです」
女性陣が顔を顰めたのが雰囲気で分かった。
つまり拉致され、暴行を受けて無理矢理産まされた子供が緩衝地帯に辿り着き、今に至ると。
「ですから、あの家にはその後、一度も巫女は誕生していないと聞きます」
「それ故、戦闘で受けた傷を癒せる者がなく、怪我による死亡や引退を余儀なくされる者達が後を絶たずに…」
「種族そのものが今も減り続けている、です」
「勇猛を馳せて拡大を続ける黒狼族とは真逆と言う事か。なのに、悩みは同じ巫女不足と。片や巫女を失って数を減らし、片や人口が増え続けて巫女が不足している」
そうなのだ。黒狼族は勇猛果敢な種族故に冒険者として大成する者が多い。
その勢力は拡大の一途なのだが、そのため全てのパーティーに配置できる程巫女の数が揃わず、常に人材不足の状況なのだった。
当然、暴れん坊で構成された“ビースト”に巫女など与えられる筈もなく、これまでカーティス達は自分達でポーション等を使って遣り繰りしていた。
「お前らと仲が悪いのは、もしかして?」
「はい。ゼン様の考える通り、我らと虎族は元々反目し合っていたのです」
黒狼族もまた、緩衝地帯と隣接する領地を持つ種族だ。
お互いに昔からよく知っている上に、同じ戦闘種族と来たもんだ。元々ライバル心があったんだろう。それが今では立ち位置に大きく差が開いてしまった。
「お前らの心が荒んでただけって訳じゃなかったんだな」
今度はカーティス達が顔を顰める。
「それはもう言わないで下さいよ」
実に苦々しい顔でそう言われた。
その日の内に地下十五階に着いた。
勿論ランクアップのためのメダルは手に入れている。
「このまま二十階目指すの~?」
「いや、この先から罠が出始めるから、ルダイバーの育成が済むまで保留にする」
この辺りの魔物なら売り物になるから、懐も痛まないしね。
ここまで急いだのは攻略のためじゃなくて、育成に集中しても生活に支障を来さないで済むようにと言う意図があったからだ。
「俺のせいで済まねえ、です」
だと言うのにルダイバーは落ち込んでしまった。
「勘違いするなよ。この先、安定して攻略を進めるためには、お前の完成が必須なんだ。急いで先に行ったって全滅するだけだぞ。実力を身に付けるまで待つのも仕事の内だよ」
「そうだぞ、ルダイバー。俺達が今後上を目指せるかどうかはお前にかかっている。ここは腰を据えて臨むべきだ」
「そうだ。その時が来たらゼン殿が指示してくれるはず。それまで、お前は自分の仕事に専念するのだ」
「カーティス、フォルダン…分かったぜ」
うんうん、いいねぇ。男達の友情、熱いねぇ。
「悦に入ってるところ悪いけど、誰か来たんじゃない?」
良いところに水を差すなよ。
これだからサエは冷たいとか冷ややかとか言われるんだよ。
「何よ」
じろり
「いえ、何でもありません」
思わず顔を背ける俺弱ぇ。
まぁ、確かに誰か近付いて来てたしな。
「あれ?」
俺達が足を止めて待ち構えていると、ホールに入って来たのは例の虎族の青年だった。
「!?」
青年はちょっと驚いたような表情を見せると、チラリと俺達を一瞥し、ぺこりと頭を下げて階段を降りていった。
「なーんか挙動が日本人臭いんだよな」
「そうだね~。髪も同じ黒髪だし」
「そう言われればそうね……違和感がなかったから注目してなかったけど、黒髪だったわ」
「チロと同じメッシュだったわね。逆側だけど」
「そう言われて自分がメッシュだった事を思い出したわ」
普段、鏡なんて見ないからなぁ、本気で忘れてたぞ。
「こっちにはブラックタイガーがいるのか?」
地球じゃ遺伝子だか色素だかに異常を来した虎だって話だった気がするけど、こっちじゃ種として確立されているのかも。
「いいえ、神隠しに遭うまでは金髪だったと聞いていますよ」
「おろ、そうなんだ」
「きっとメッシュ部分の金髪が地毛なのね」
虎族は普通金髪がデフォらしい。稀にプラチナブロンドもいるみたいだが。
ちなみに、ラウ少女はハッキリそれと解る白だった。
「それにしても、地下十五階を素通りするとか、あいつもCランクなのかい?」
「確かDランクだったと思いますが」
「Dランク以上、Cランク未満なのかな~?」
「どっちにしろ、体力で押し切るタイプなんだろう」
“獣化”なんて希少能力持ってるんだしな。
「参考にならないのは放っといて、俺達は俺達のやり方で攻略しよう」
「「「おう!」」」
「はーい」
「そうね」
「分かったよ~」
俺達は、ルダイバーが解除師として実用レベルに達するまで、地下十五階で各々の戦闘技術向上と連携の確認を繰り返し続けるだけだ。
そうやって、地下十五階をあっちへこっちへと移動を続ける俺達。
そろそろ地上へ戻ろうかと言う頃にソレを発見した。
「誰か倒れてるぞ」
第一発見者は俺だ。ヌイグルミで先行してるから当たり前だが。
ちなみに緩衝地帯のギルドでは、初級迷宮に挑むのは初心者ばかりと言う事情を鑑みて、できるだけ助け合う事を推奨している。
「って事だから助けに行こう」
「バカな事言ってないで早く行くわよ!」
のんびり構えてたら怒り気味に急かされた。
場所は、すぐそこなんだけどな。ヌイグルミを先行させるのに、そこまで遠くにはやらないから。
「あら、この人」
現場に着くと、アリスが声を上げた。
「どうした、アリス?」
「この人って、朝チロたちが話してた虎族の人でしょ?」
「え?」
見れば、倒れている人の髪は黒い。助け起こしてみると、確かにあの青年だった。
「助かりそう?」
アリスが心配そうに聞いてくる。
そうだ、話している場合じゃなかった。まずは、ぱぱっと診断しないと。
「大きな外傷はないな。となると考えられるのは……」
「空腹?」
「「「「ぶふっ」」」」
クミの言葉に男性陣が残らず吹いた。俺も含めて。
この場でクミの天然が炸裂するとはっ。
「クミっ! ふざけるのはやめなさい!」
「ご、ごめんなさ~い」
「でも、迷宮だし、あり得なくもないわ」
もう後は放っとこう。俺は診断を続ける。
息はある。大丈夫、死んでない。だけど、呼吸は浅く脈拍も早い。大きな外傷はないが、細かな傷は全身にある。
「ん、これは…」
左脇に真新しい小さな刺し傷を見付けた。しかも傷口が変色している。
となると――
「毒だな」
毒針か毒矢の罠にでも掛かったんだろう。
体調に異変を感じて地上に戻ろうとしたが、ここで力尽きたってとこか。
「治せるの?」
サエが心配して聞いてくるが、それは心外と言うものだ。
「俺を誰だと思っている?」
俺は魔神の化身だぞ? 教えてないんだから知らなくても仕方ないが。
「“解毒”」
一般的な解毒の魔法を使う。けど、毒を受けてから結構時間が経ってそうだから、
「あーんど、“毒素排出”」
すでに体内に溶け込んでしまった毒素を分離させて体外へと排出させる。これにより即時の回復が可能だ。自慢じゃないが、結構上位の魔法だから使える魔法師は希少だと思う。
「どう、チロ?」
「毒は中和したし、体内に取り込んだ毒素も排出させた。後は、落ちた体力が戻れば――って事で、“体調回復”」
アリスに応えつつ魔法でスタミナまで回復させる。これも結構な上位魔法な。
死に難くなるから、もっと低レベルで使えてもいいのにって思うけど、この手の魔法が使えると延々と戦えてしまうからなのか、使えるようになるのは結構ハイレベルになってからだ。この世界の魔法って意外なところで不便なんだよ。
「チロの事だから心配はしてなかったけど、さすがね」
「ありがとさん」
アリスとそんな会話をしている間にも青年の呼吸が落ち着いてきた。うん、もう大丈夫。
「後は休ませとけばいいだろ」
と、治療を終えた事を宣言した。
暗い話で終わらせる気はないです。念のため。
今後の展開を考え、これまでのゼンたち四人のスタンスをここで紹介しておきます。(姑息)
・ゼン:自分以外の三人を日本へと戻してやりたい。けど、ヒデに関しては諦め気味。
・ヒデ:自分以外の三人を日本へと帰したい。後は、ゼンとサエかクミをくっつけたい。
でも今は三人が幸せならどこでもいいか、と考えが変わった。
ゼンの王子と言う立場から、三人が纏めてくっつけばいいと思い始めている。
・サエ:四人で日本に帰りたい。自分だけが帰りたい訳ではない点に注意。
・クミ:四人が一緒ならどこでもいいと思い始めている。