03-06 愛されし者 -Beast Makeover-
迷宮探索の合間にルダイバーに鍵開けと罠解除の技術を叩き込む事になった。
口で言うのは簡単だが、実行するのは困難だ。
罠はともかく鍵開けとなると、見た事も聞いた事もない技術な上に、そもそも解錠――鍵を使わずに施錠された鍵を外す――と言う考え方そのものがこの世界にはない。
だけど物は考えようで、幸いこの世界の鍵や罠は地球に比べると造りがとても粗い。俺から見れば鍵の歴史の初期の頃のチープさなのだ。
てことは、ルダイバーに俺と同等の知識と技術を持たせる必要はないんだ。この世界で通用するだけの技量を叩き込めばいい。
「とは言っても、予備知識ゼロから始めるのは至難だろう」
俺の言葉にルダイバーは緊張した面持ちで言う。
「どうすればいいんだ、です?」
やる気はあるのだが、俺の言葉に不安が大きくなっているのだろう。
だが、これは人心掌握のためのテクニックの一つだ。マルチ商法なんかでよく使われる手口だな。
不安やストレスに晒しておいて、それを大げさに取り除く。そうする事で相手からの信頼と自身への依存心を植え付けるのである。やり方次第では洗脳に近い効果を得られるので注意が必要だ。
無論、今は安心させるのが目的なので、そこまではしない。…本当だぞ?
「簡単な事だ。これから洗脳の応用…オホン、催眠で俺の知識を一時的に植え付ける。後遺症が出ない程度に抑えるからすぐ消えちゃうけど、訓練にはそれで充分だ」
「はぁ」
「……非人道的ね」
「……地球なら糾弾されるところだよ~」
サエとクミの視線が痛いが、我慢して先を続ける。
この世界ならではの画期的な方法だし、俺がやるから失敗や後遺症の心配はゼロだ。やらない手はない。幸い、ルダイバーはよく解っていないのか、気の抜けた返事をしているし。
「知識が消えない内に目一杯実践して経験を積み、自分の物にしろ」
これは簡単に言うと、俺の植え付けた仮初の知識を使って実践し、体に覚え込ませて自分の経験に置き換えてしまおうと言う荒業である。
「分かった、ました」
こうして、(ルダイバーにとっての)地獄の特訓が始まったのである。
それはともかく、特訓自体はルダイバーに限らない。
解除師の特訓をルダイバーが行うと言うだけで、迷宮の攻略に関しては“ビースト”の連携に重点を置いて行うため、彼ら全員が対象だ。
「ルダイバー、弓はボスクラスとの戦闘まで必要ない。仕舞っておけ。お前の役目は、斥候としての情報収集。それと解除師としての鍵開けと罠解除だ」
「はい」
「無理して戦闘に参加する必要はない。仲間の強さを信じろ。それより周囲の警戒だ。お前の役目は戦闘中、非戦闘中に関わらず、仲間に不意打ちを喰らわせない事だ」
「はいっ」
「但し、状況によってはお前の弓が必要になる事もあるだろう。また、今より上を狙うには警戒しつつも戦闘に参加できるようになる事も必要だ。焦らず上を目指そう」
「はいっ!」
ルダイバーには俺が直接仕込み、
「あなたは私と違って魔力が少ないから、オンオフの切り替えをマメに行う必要があるわ」
「なるほど」
「メリハリも大事ね。使う、使わないの判断も必要よ」
「難しいものだな」
「あなたの判断一つで仲間を危機に陥らせる…ううん、それどころか失う可能性があるの。それを忘れないで」
「ぬう…分かった」
ヘイトコントロールの技術を持たないフォルダンには惑わせし宝玉を与え、アリスが盾役代わりとしての技術と心得を伝える。
「だから! 闇雲に突撃するんじゃないって、何度言えば分かるのよ!」
「今のは盾役のヘイトコントロールを待つタイミングだったよ~」
「うぐぐ。し、しかし一番槍と言うのはアタッカーの誉れであって…」
「うるさい! あんた、いったいいつの生まれよ! そんなカビの生えた考えは忘れろ!」
「連携を養うって言ってるのに、自分が目立っちゃダメなんだよ~」
「わ、分かった……」
カーティスにはサエとクミがアタッカーとして、攻撃タイミングや連携のコツなどを叩き込んでいた。俺なら膝を抱えて落ち込むレベルのスパルタで。やれやれ。
そんな事を続けていると、気が付けば迷宮攻略深度は地下十階に到達していた。
でも、相変わらず“調教師”のランクは上がっていない。
そもそも申請すらしていないからな。地下二十階まで申請しない事にしたんだ。揉めるだけで時間の無駄だから。
一応、各メダルは持っておく事にしてるけどね。
そんな、ある意味平和な日々を満喫していたとある日の事。
「何でだよ! 何でダメなんだ!? 俺はもう十二なんだぜ!?」
いつものように迷宮に向かう俺達の耳に、誰かの言い争う声が飛び込んで来た。
「ケンカ…なのかな?」
「子供の声ね」
「デジャヴ――と言うか聞き覚えのある声だな、これは」
「あ、あそこ」
アリスが示す先には、見覚えのある子供二人と言い争う黒髪の青年の姿があった。
「――――」
青年の声は聞こえない。声が小さい――と言うよりは、ワイルド少年の声が大きいのだろう。その証拠に、ラウ少女の声も聞こえてこなかった。
なんとなく、その光景を眺めていた俺は、ある事に気付き目を疑った。何故ならその青年は、この緩衝地帯では誰もが持つモノを持っていなかったからだ。
――身体に獣部分がないなんて、まさかの人間?
俺が愕然として見ていると、言い争いを強引に終わらせたらしい青年が、ワイルド少年を振り切って行ってしまった。
「くそっ! 俺は諦めないからな!」
「待ってよ、ワイルド~」
捨て台詞を吐きながら、俺達に気付かず脇を走って通り過ぎて行くワイルド少年。それを追いかけるラウ少女。いつか見た光景をなぞりつつフェードアウトする子供二人。
「声を掛けるタイミングを失ってしまったな」
「オレ達があの子らに謝る事ができるのは、いつになるのだろうか」
俺達同様、カーティス達も呆然と子供達を見送っている。
そうか、そういやあの子達にちゃんと謝れって言ったのは俺だったな。
人間がいたインパクトが強過ぎて、そこまで考えが及ばなかったぜ。
「しかし、驚いたな。まさかこの緩衝地帯に人間がいたなんて」
「ゼン様、それは違います。彼は獣人族ですよ」
俺の言葉が誰を指しているのか気付いたのだろう、呟きを拾ったカーティスが教えてくれた。
「ええ!? でも見た限りじゃ、どこにも獣部分が無かったぞ?」
まさか、見えない部分が獣なのか? きゃー!?
――なんてオチじゃないだろうな!?
「カミくん……何を考えているの」
実に白けた目でサエに見られた。
何故だろう、睨まれるよりダメージが大きいのは。
「彼は神に愛された獣人なんです」
「獣部分が無いのにか?」
「はい」
意味が分からない。獣部分が多いほど身分が高いと言う風潮が根強く残っている彼らにここまで言わせるなんて、どうなっているんだ?
その疑問の答えは、すぐにカーティスから齎される。
「彼はウェアビーストなんですよ」
ウェアビースト
――それは狼男などに代表される、獣に変身する者の事だ。
獣人族においては、身体の獣部分が多い程身分が高い。(と言う風潮が根強い)
そんな中で、例外的に身体の獣部分の数に左右されず、最高位の身分を与えられるのが“獣化”の能力を持つ者だった。
”獣化”の能力は生まれ付きとは限らない。後天的に持つに至った者もいると記録に残っていると言う。どちらにせよ、千人どころか万人に一人と言われる稀有な能力だ。神に愛された者だけが持つと言い伝えられるほどなのだから、その貴重さが分かると言うものだろう。
しかし、それにしては不可解な部分がある。
「変身前に獣部分が全くないのはどう言う事なんだ?」
俺が知らないだけで、実はそんな獣人がいるのか?
「俺も噂でしか知りませんが、何でも彼は“隠されっ子”だったとか」
「隠されっ子?」
“取り替えっ子”ではなくて?
そんな俺の考えが顔に出ていたのだろうか。カーティスが続けて説明してくれる。
「“取り替えっ子”は赤ん坊のころに妖精の子供と取り替えられると言われる現象です。ですが、“隠されっ子”とは“神隠し”に遭い、数年後にひょっこり帰ってくる者を指すのです」
「それはまた…」
“神隠し”とは意味深な言葉だな。特にこの世界では。
「“取り替えっ子”と共通しているのは、双方ともに才能の一言では済ませられない程優秀な能力を持っている事です」
「ふーん、失踪している間は何をしていたんだ?」
「それが、“隠されっ子”は決まって失踪している間の記憶がないのです」
「なんだそりゃ!? 失踪って二、三日じゃないんだろ? 数年なんだろ?」
その間の記憶が全くないって大問題じゃないか。今後の生活に支障が出るレベルだぞ。
「ですが、普通なら失踪したまま戻らないのが“神隠し”です。戻って来れた事自体が幸運と考えられています」
「そりゃそうかもしれないが…」
「彼が再び人前に現れた時には獣部分が全て失われ、代わりに“獣化”を得ていたそうです」
「待てよ、あのワイルド少年と話していたと言う事は――」
「はい。彼は虎族です」
「はあ…」
虎族は虎族で、色々問題を抱えていそうだ。
カーティスに話を聞いた時から、関わり合いになりたくなくなってきたのだが、そうも言ってられないんだろうなぁ。
ちょっと文章の表記方法を試行錯誤しています。見辛かったらごめんなさい。
蛇足ですが、ライカンスロープとは厳密には狼男を指すようですよ。
今では広義で使われる事の方が多くなっているようなので、使わせて貰いましたけど。
余談ですが、今日はお休み。朝から執筆できて嬉し~。
※追記 聞いた事も技術 ⇒ 聞いた事もない技術
造りがてとも粗い ⇒ 造りがとても粗い