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01-02 謁見

「あー、痛ってえ。 こりゃあ折れてるな、左腕」


先程、階段出口でタコ殴りに遭った際、利き手を庇ったせいで左手を強打されたのだ。それ以来、痛みと痺れが酷い。正直に言えば、泣きたくなるほど痛い。でも泣いたところで事態は良くならないので我慢だ。

まずはここから脱出する。晴れて自由の身になったら思う存分泣こう。

()()()の脱走に失敗し、独房で横になりながら、俺はそう決意した。







最初の脱走に失敗した後、俺はあの独房に舞い戻った。今度は両足に鎖が嵌められている。別に数を増やされても問題無く外せるのだが、あれ以来頻繁に見回りがくるようになったので、タイミングを見計らう必要があった。

荷物は取られたが、ピッキングツールは隠して持っているので、いつでも抜け出せる。独房に入れられる際に身体検査っぽい事はされるのだが、杜撰なのでどうにでも誤魔化せるのだ。


その後、二度脱走に挑戦したのだが、失敗している。

この階層の警備が杜撰な理由が判った。階層が牢獄になっていると言う予想は当たっていた。でもあの時、出口に騎士達が待ち構えていたのは、お嬢様が下りていたからじゃ無かったのだ。つまり、唯一の出入り口であるあの場を固めていれば脱出は不可能、と言う事らしい。

実にバカらしいが、俺は三回ともあの場で捕まっている。これでは文句も言えないだろう。


見回りの周期を計り、タイミングを合わせて抜け出しても、あの出入り口をどうしても抜けられない。

俺は身体能力に自信が無い。伊達に引き籠もってはいないのだ。況してや、今は肉体が五歳にまで若返ってしまっている。大勢の屈強な騎士達を相手に、逃げ(おお )せる気がしなかった。それでも何とか脱走をと三度目を挑んだ結果、左腕骨折と言う間抜けな代償を払う事になったのだった。







「おい小僧、出ろ」


考えても妙案は浮かばず、うんうん唸っていたら、見回りだと思っていた巡回兵士から声が掛かった。

新しいパターンだ。余りにも簡単に抜け出すから、別の場所に移されるのか?まあ、ここで逆らっても勝てないので素直に従う。


(チャンスだけは逃さないようにしよう)


決意を新たにしていたら手枷を追加された。俺は項垂れながら、言われるままに移動した。




そうやって連れてこられた場は、何と謁見の間だった。


「魔王様の御成りである」


その宣言と共に複数の気配が動いたが、よく分からない。何故なら、この場に連れてこられてすぐに「頭が高い」と言われて兵士に押さえ付けられたからだ。それでも、その状態で何とか周囲を確認する。


正面の一番高い所にある椅子――玉座――に座っているのが魔王だろう。

何と驚け、女性だ。しかも若くて美人だ。どう見ても二十歳くらいにしか見えない。

赤毛の緩いパーマが掛かった髪を後ろで結っている。目は黒。


その両脇に、これまた若い女性が立っている。

一人は、ピンクブロンドの髪を背中までのゆったりウェーブに揃えた美人。目は鳶色。

雰囲気がゆるふわ系、クミの同類っぽい感じだ。美人と言うより可愛い系だな。

その雰囲気を別にすれば、魔王様によく似た顔立ちだ。姉妹かもしれない。

歳はハイティーン、高校生くらいだろう。


もう一人は肩までのワンレン黒髪が決まっている美人だ。目はダークブラウン。

性格キツそうな、これまた美人。うん、美人。

歳は中学生くらい、俺達と変わらないだろう。ああ、今の俺は五歳だったか。

日本にいたら、サエとタメ張る存在感だ。女子に人気ありそうと言う意味でもサエとタメ張りそうだ。


で、そこから一歩外に立っているのがお嬢様。例の、イメージが不思議の国のアリスな子だ。

歳は今の俺より少し上かなって感じ。七、八歳ってところか。


壇上――玉座と同じ高さ――にいるのがその三人だ。


床から壇上まではゆったりした階段状で、所謂お城の謁見場と言われて想像するであろう絵面で間違いない。そこからずーっと離れた所に俺だ。

周囲の装飾も派手では無いが、明らかに上物と判る品が使われている。

そして謁見場の両脇には、大臣っぽい偉いさん達に上級騎士っぽい方々がずらっと揃っていた。壇から離れた位置から列が始まってる気がするが、正式な並びなんて知らないので、判断のしようがない。


(俺みたいな小僧相手に、何でこんなに物々しいんだ?)


そんな疑問を頭に浮かべていると、声が掛かった。


「そこの子供。あなたの名は何と言うのかしら?」


魔王な女王様からの質問のようだった。

脇に並んだ大臣達がざわざわと囁き合っている。どうやら魔王様と直に会話するのが恐れ多いとか、そんな栄誉を盗人の子供に与えるなんてとか、そんな感じだ。やっぱり、そう言うのあるんだね。


「黙りなさい!魔王様の御前です!」


騒ついた空気を鎮めるべく、ワンレン黒髪の美人さんが一喝した。途端に場が静かになる。


「どうしました?名乗りなさい」


続けてワンレン美人さんが俺に言うが、俺は兵士に押さえ付けられてて声が出ないのよ。


「――押さえ付けなくて結構です。下がりなさい」


必死に目で訴えていたら、気持ちが通じたらしく俺を押さえ付けていた兵士を下がらせてくれた。

キツそうなんて言ってごめんね?君は優しい子だったよ。


「これでいいでしょう?名乗りなさい」


これでもう名乗らないと言う選択肢は無い。だが、そのまま本名を言うのは躊躇われた。ここを脱出した後で指名手配とか掛けられたら厄介だしな。


「俺はイチローと言います」


さりとて嘘ではなく、またヒデ達が絶対に呼ばない言われ方を選んで口にした。


「イチロー、珍しい名ですね。出身はどこかしら?」


またしても魔王様だ。何と言うか、肩書に似合わないフランクな人だな。


「分かりません。俺は一人でした」


決して嘘ではなく、しかし、どうとでも取れる言葉だけを選んで答える。


「…そう」


魔王様は少し考えてから、次の質問を口にした。


「あなたは、どうやってこの城に入り込んだのかしら」


ああ、やっぱりそれ聞くんだ。重要な案件だもんね、そりゃ聞くよね。でもね、俺にも答えようが無い訳よ。


「分かりません。気付いたら牢屋にいました」


途端に、再び周囲が騒つき始めた。そりゃそうだろう。


「静かに!」


ワンレン美人さん、大変だな。




いっその事、自分がどうやって見つかって牢屋に入れられたのか聞いてみる事にした。

場は三度(みたび)騒つき、周囲からは「不遜」「無礼」「殺せ」などの声が聞こえた。そして三度一喝するワンレン美人さん。


結果は、ある程度予想した通りだった。突如城内に見知らぬ子供が現れた。それも絶対に立ち入れない筈の王族の居住階に。


意識の無い俺を捕らえるのは簡単だった。問題は警備に不備が無いかの確認だったのだ。

その最中に、例の脱獄騒ぎである。今度は手引きした者や抜け穴が疑われた。しかし、それらを確証するだけの情報は得られず、ついに俺自身へ直接の詰問となった。


(いやいやいや、どう考えてもおかしいだろう。なんで謁見の間でやるんだよ)


尋問、拷問でもすればいいのである。態々魔王様が出張って来る理由にはならない。その疑問を口にすると、


「その疑問はもっともね。幾つかこの目で確認したい事があったのよ」


「直接確認したい事、ですか」


何だろう。魔王様が態々自分で確認しなければならない事なんて。


「ええ。イチロー、あなたは牢獄の鍵と足枷の鍵を自分で外した。この事に間違いは無いわね?」


それが、魔王様が態々謁見の場を(しつら)えてまで確認したかった事なのか?


「――はい」


ここで嘘を言っても意味は無いと思い、正直に答えた。またしても周囲が騒めくが、無視だ無視。魔王様も、周囲に構わず言葉を続けた。


「――そう。城の牢獄だけあって、あれらはこの国で一番堅固な鍵が使われているのよ。あなたは、それを開けてしまえるのね」


溜息を吐きながら、そんな事を言われた。


(え? あれで?)


そんな鍵をあっさり開けた俺は、もしかして超危険人物?


「実演して貰えるかしら。その手枷足枷を外してみてくれる?」


外したら危険人物認定されて即斬首とかないだろうな…不安が頭の隅を過る。

だが一方で、閃めきもあった。これはチャンスだ。チャンスならば有効に使わなければ勿体ない。

そこで魔王様の言葉に対して、俺は首を()()振った。


「あら、何か不都合があるのかしら」


「はい、左腕が折れています。 これでは細かい作業はできません」


上手くいけば、これで治療をして貰える。時間も稼げるかもしれない。仮にダメでも失うものは無い――筈だ。


「それはいけないわね。 ジョセフィーナ、治してあげて」


「は、はい」


ジョセフィーナと呼ばれたのは、ピンクブロンドふわふわウェーブの可愛い系美人さんだ。

恐る恐ると言った感じで俺に近付いてくる。また周囲が騒めいた気がするが、近付いて来るゆるふわ美人にそれどころではない。

どこぞの神官のようなゆったりした服を着ているので目立たないが、この人グラマーだな。主に胸が。

雰囲気だけじゃなく、体形もクミと同じか。おどおどした感じもよく似ている。


「あのー、治してくれるって人を襲ったりしないから、そんなに怖がらないでもいいよ?」


仕方ないので、そう声をかけた。


「え!?…は、はい!」


ゆるふわ美人さんは、俺が声をかけると吃驚していた。次いで徐々に顔が綻んでいくと、最後は嬉しそうに、にっこりと微笑んでくれた。

そんな光景に、何故かワンレン美人さんが驚愕し、アリスちゃんも同様に驚いていた。

魔王様は、うんうんと頷いている。なにこれ?


「“接合(ジョイニング )”――“治癒(ヒーリング )”」


周囲を観察していた俺に、いつの間にかゆるふわ美人さんがすぐ傍まで来ていた。

おお、魔法だ。紛う事なき治癒魔法だ。凄いな、あんな一言二言で骨折が治っちゃうなんて。

ゆるふわ美人さんが名残惜しそうに元の位置に戻る頃には、俺の腕は泣きたい程の痛みと痺れが嘘のように消えてしまっていた。







 

※久美→クミに修正。

 

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