03-04 合流
攻略は順調過ぎるほど順調だった。
午後も遅い時間から始めたのに、すでに地下四階を通過しようとしている。
「何て言うか、張り合いがないな」
「そうね、上級迷宮と比べちゃうとね」
「それは仕方ないよ~」
「チロは何かしたい事でもあるの?」
俺の呟きに追従してきたサエとクミとは違い、アリスは俺がその先を見据えている事に気が付いている。うん、さすがだ。
「昨日の話じゃないけどさ、誰か新人でも育てたいなぁと思ってね」
せっかくの初級迷宮なのだから、ただ攻略するだけでなく、それを活用してみるのもいいかもしれないと思ったんだ。
「例えば、昨日の子たちとか?」
「あの二人か。それでもいいけど、本人たちがそれを望むならだな」
「その口ぶり……チロはもう誰か当てがあるのね?」
「鋭いな、でもこっちも本人たちが望まないとダメなのは同じさ」
俺一人がやる気になったってしょうがないだろう。
でも、俺としては子供二人よりは望みがあると思っている。
俺の見立てでは、あの子達は男の子――ワイルドが跳ねっ返りで人の言う事を聞きそうにないし、女の子――ラウは、ワイルドを放ってまで別行動を取りそうにない。悪く言えば依存しているように思う。
「俺の予想通りに動いたと仮定してって事になるけど、早ければ二、三日中には動きがあると思うよ」
「え!? そ、そうなんだ…」
「もう他の人と合流するの!? 展開が早いよ~」
「チロのやる事だから、今更驚かないけど」
「あ、この先にゴブリン五匹な」
「うん」
「おっけ~」
「了解よ」
暢気に会話して油断しまくりに感じるかもしれないが、実際には出てくる魔物をきちんと倒しながらだったりする。当然だよね。
パターンとしてはこうだ。
まず、先行させたヌイグルミ――ムーンジェスター人形――で状況を把握。
今回を例に取るとゴブリン五匹を発見し、仲間に警告する。
「惑わせし宝玉」
次に、アリスが惑わせし宝玉を起動させながら接近。
魔物――ゴブリンがアリス目掛けて寄って来る。
「“泥濘”」
「“電流”」
そこへクミとサエのコンボが炸裂する訳だ。
言う程大げさな物ではないけどね。何せ単小節だし。
しかし威力は充分で、哀れゴブリン五匹は、あっという間に昇天した。
とまあ、完全に作業になってしまっている。
これに張り合いを感じる人は少ないだろう。
実際は、この面子での連携の確認と言う意味もあるのだが、それにしたって張り合いが無さ過ぎる。
初級の浅瀬だから実になる訳でなし。サクサク進んでしまうのだ。
それに、実はちょっと思うところもあるんだよね。
また【鍵が掛かった扉のせいで先に進めずにいる迷宮】だしさ。
思えば、この世界に来た最初のイベントもそうだった。
魔国の“月の迷宮”の扉が閉ざされ先に進めないでいたんだ。
人の領域に来てからも同様だった。ペッテル国の初級迷宮もまた鍵に閉ざされていたため踏破されずにいた迷宮だった。テアに聞けば、他国にある迷宮もそうだと言う。
種族の発展と鍵の難易度が噛み合っていない。もしくは――
「地下五階に着いたけど、これでランクアップするのかな~?」
そんなクミの声に、俺は思考を中断させられた。
「違うよ。この先、地下六階に続く階段の手前にメダルが置いてあるんだ」
「それを持ち帰れば昇格って事ね」
「うん、その先も同様だ。行く先々にメダルが置いてあるから、それを持ち帰るんだ」
「そっか~」
「でも、ここは地下二十階までしか攻略されてないんでしょう? ギルドはその先にどうやってメダルを設置したのかしら」
「そこはさすがに倒した魔物の部位を持ち帰ったりとか、証拠になる物を提出するんだろうなぁ」
実も蓋もないサエのツッコミに、俺は苦笑しながら答えてやる。
恐らくその場合はランクアップの承認がされるまで日数もかかるだろう。確認に時間を取られるからな。そう考えると、メダルを持ち帰ればいいってのは、効率の面でも有効なんだな。
その後も作業を続ける事数十分。
俺達はMAPを埋めつつ地下六階へ続く階段を探していた。
ちなみに、地下二十階まで攻略済のこの迷宮だが、MAP情報の売買は禁止されている。
理由は、攻略のノウハウを身に付けるための迷宮なのに、そこを横着しては意味がないからだそうだ。横着しないで、全て自分で探索して手に入れろと言う事らしい。もっともな話ではある。
すると、ムーンジェスター人形から目的の部屋の映像が飛び込んで来た。
「見つけた。メダルのある部屋だ。この先にある」
「やっとなのね」
やっとって……サエよ、たった三時間で鉄証取得した冒険者は過去にいないんだぞ? 五日から十日で地下五階まで到達すると優秀って言われるんだぞ?
と、心で思っても口には出さない。人とは学習する生き物なのだ。
「……チロ、どうして?」
目的の部屋に着くと、アリスが俺に疑惑の混じった声で問い掛ける。
なぜなら、その部屋で待ち構えていたのは、
「来たか」
「待っていたぞ」
「アンタたちなら初日でここまで来ると思っていたよ」
魔物ではなく、例の狼族の三人だったからだ。
「受付嬢の言っていたCランクの凄腕って奴はいないようだな」
三人を眺めながら独りごちる。
ヌイグルミで確認済みではあったけど、念のため周囲の気配を探った結果、ここにいるのは目の前の三人だけのようだった。
これは期待通りの展開かもな。
アリスを含めた女性三人は、いつでも戦闘態勢に移れるようにしている。
さっきのアリスの疑問は、なぜこの三人がいるのを黙っていたのかって事だろう。
だけど、俺はそれに答えず狼族の男達を見る。
すると彼らはその場に跪き頭を垂れた。つまり土下座だ。
「この世界にも土下座ってあるのね」
「ね~。驚いちゃったよ」
つい先ほどまでの緊張など完全に霧散させてサエとクミが小声で妙な感心をしている。
「油断しないで、二人とも」
アリスは緊張を解かずにサエとクミに注意を促す。
うん、この辺は経験の差かな。でも今回はサエとクミが正解だ。
「大丈夫だ、アリス。この三人は騙し討ちなんてしないよ」
「チロ?」
そんな俺に狼族の三人は顔を伏せたまま答える。
「その通り、です」
「オレ達は改めて詫びを入れに来たんだ、です」
「ご迷惑をおかきぇ、しました!」
「…無理して敬語使おうとしなくていいよ。そこまでしなくても真摯な心ってのは伝わるものだし」
何より、噛まれると聞いてるこっちの心が痛むし。
「あ、ありがとう。昨日は本当に済まなかった」
「でも俺達とは別に、あの子供たちにもきちんと詫びは入れろよ?」
「分かっている、ます」
敬語はもういいってのに。俺は三人を立ち上がらせる。すると三人は足元が覚束ないのかフラフラしている。昼前まで伏せの体勢のままだったようだし、まだ足の感覚がないんだろう。よく見れば体もボロボロだ。暴行の痕だろう、痛々しいな。
「座ってていいぞ。“治癒陣”」
三人纏めて治療すると、彼らから「これも狐族の呪術なのか?」とか「魔法師だったのか」なんて呟きが聞こえてくる。が、スルーだ。
「チロ、どうして分かったの?」
三人を治療していたら、アリスは納得がいかないのか食い下がって来た。
「あ、それはわたしも聞きたいな~」
「そうね」
クミとサエもそれに便乗し、
「言っては何だが、俺も聞きたい」
「ああ、なぜオレたちを疑いもせずに受け入れたのか」
「ぜひ、聞かせて欲しい、です」
狼族の三人まで流れに乗って聞いてきた。
「う~ん、なぜって言われてもな……強いて挙げるなら、一日で反省したから、かなぁ」
これは本音だ。
「それだけ!?」
サエが驚いている。そんなに驚く事かな?
俺にとっては充分な理由なんだ。
過去の経験から解るんだよ。本当にどうしようもない奴は、どれだけ怒られようが押さえ付けられようが反省なんてしない。
この三人は弱肉強食、強さが全てと言う価値観の中で生きて来たはずだ。
強さだけが全てではないと言う、この緩衝地帯においてもその価値観を変えず貫いてきた。
その彼らが心の底から反省したのだ。それも、たった一日で、だ。
そう、俺からすれば丸一日もかけて、ではないんだ。たった一日で、なんだ。
「――だから、俺は彼らの謝罪を受け入れる。いや、むしろ、それができる彼らを尊敬すらしているんだ」
それまで自分の全てだったはずの価値観をぶち壊し、反省できる彼らは素晴らしい。普通なら報復や復讐に走るところなのだ。それこそ、日本で会ったような連中ならば。
だからこそ、俺は本当に自分がまだまだだと痛感させられた。全く人を見る目がない。困ったもんだ。
『…………』
「ん、どうした?」
自分の思った事、心情を語って聞かせていたら場が静まり返っていた。
あー、これは、またやらかしちゃったか? どうも俺は語り出すと止まらないみたいで、これまでも同じような事が何度もあった。
でも、おかしいな。いつもならアリスなりサエなりが止めてくれるのに、今日は自分で気付くまで止まらなかった。
周りを見渡せば、アリスは笑っていた。そりゃもう、にこにこと笑顔だ。
サエは苦笑だ。仕方ないなぁって感じの顔。
クミは泣いていた。ボロボロと涙を流して、ハンカチ代わりのタオルでその涙を拭っている。今の話に泣くとこあったか?
狼族の三人は……号泣だった。あれぇ? 君らまでどうした?
「俺たちをそんな風に思ってくれていたなんて!」
「一生付いて行くぜ! いや、付いて行かせて下さい!」
「兄貴と呼ばせてくれ! ください!」
こうして、俺達は狼族の三人と一緒に行動する事になった。
それは俺の期待通りだからいいんだけど……
あれぇ、やっぱり何かちょっと予想と違うよ?
※追記
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