03-03 活動開始
俺の情報ソースは狐族だ。
緩衝地帯で活動するにあたり、予め魔国と付き合いのある狐族から詳しい人物を紹介して貰い話を聞いた。一部ユスティスから聞いた話もあるにはあるが、大部分は狐族から聞いた事である。
「昔から、この地を巡って獣人と人間による争いが絶えないらしい」
それにしたって、こんな砂漠を欲しがる理由は何だろうね?
狐族の領域で調べた限りでは、そこまでは分からなかった。
「種族間の争いって禁じられているんじゃなかったの?」
サエの疑問は、至極最もだ。
「小競り合いで済んでいるから、お互いにペナルティが課せられずにいるみたいだ。もっとも、昔は今よりもっと酷かったようだな。四耳は、当時の名残りって事になる」
人間に捕まって奴隷にされて……とか口に出せないような事も色々あったんだろう。
その結果、混血が生まれ捨てられて、緩衝地帯に辿り着き、生き延びた者がいた。でも、ここでも疎まれ蔑まれ、居場所がない。
サエが眉根を寄せる。クミは顔を顰めた。
二人とも俺の言葉の裏にある意味に気が付いたんだろう。
「根深い問題なのね」
「そう言う事だな」
だからと言って俺達にできる事はない。
そもそも、一朝一夕で解決できるような問題じゃないんだ。
部外者である俺達が首を突っ込んでいい話でもないのだし。
ペッテルに戻ったら王様に伝えるくらいしか俺達にできる事はないだろう。
部屋の中がシーンと静まり返ってしまったな。
俺は話題を変える事にする。
「はい、重い話はここまで。それより、俺達の今後の活動方針だ」
サエとクミにはショッキングな話だったろうが、俺達の本来の目的はそこにはない。
「前にも言ったが、ここでの目的は情報収集と、その後の活動をスムーズにするために冒険者のランクを上げる事だ」
この緩衝地帯は星の神々が治める領域において、例外的に多くの種族が集う中立地帯だ。要は初級迷宮を共有財産として扱っている訳だな。
迷宮攻略のノウハウを身に付けるため、新成人が多く集まって来る。また大人でも、心機一転冒険者で身を立てようなんて考える奴は、ここに来る事が多い。
そんな事情を抱える緩衝地帯の冒険者ギルドの特色として、冒険者ランクと言うのがある。
初級迷宮の攻略深度に応じてランク付けをしているのだが、このランクが各々の領域に戻った際に本人の実力を示す目安になるのだ。
当然ランクが高い程、実力者として優遇される。
他にも種族に依らず、どの領域の迷宮でも攻略できると言う恩恵がある。
緩衝地帯の冒険者ギルドが身元と実力を保証してくれるため、異種族でも受け入れてくれるのだ。
自国の攻略深度が深い場合、自分の実力に合った国へ出稼ぎに行く者もいると言う。
じゃあ、どの程度攻略を進めたらどのランクになるのか。
やっぱり気になるところだよな。
ざっくり説明すると、まず仮証は木製でランク外。
地下五層到達で冒険者証が鉄製のFランクとなり、以降五階層進む毎にランクアップしていく。
十層で赤銅のEランク、十五層で青銅のDランク、二十層で銀のCランクとなる。
ちなみに、これまでの最高はCランクらしい。
受付けのおっちゃんがCランクになれば引く手数多と言っていた理由がこれだ。
もっとも、ここは初級迷宮だ。全部で二十五階層あるはずなのである。
当然、迷宮には更に奥があり、二十四層到達で金のBランク。
最下層である二十五層で護り手を倒し、踏破すれば白金のAランクに認定するとギルドの規定にある。
だから、二十層までしか到達していないのに、二十五層までのランクが決められているのだ。
二十層までしか到達できていない理由は、例によって例の如く、先へ行くための扉が閉ざされているから、らしい。鍵が開けられないから先に進めないと。
何だかなぁ。
ぶっちゃけ、上級迷宮を踏破した俺達からすれば難易度はかなり低い。
だけど、ここでランクを上げる理由は、その後の活動がしやすくなるからと言う以外の意味はないので、踏破までするかどうかは決めていない。
「この地には、星の神々の領域に住まう中でも、ほぼ全ての獣人族が集ってくる」
星の神々の眷属には獣人族の他に妖精族があるのだが、ドワーフやエルフ、ノームと言った妖精族の亜人間は、すでに各々独自に発展した文化を築き上げており、同じ星の神々に連なる者でも他種族との交流が極端に少ないと言う。
「つまり、妖精族の少数派は置いておくとしても、獣人族の情報は、ここにいれば集められると言う訳だな」
大多数の情報が、この地だけで収集できるなら、ここを活動拠点に選ばない理由はないだろう。それが、この緩衝地帯に来た最大の理由だ。
ここでヒントを得て、実際に現地に向かい詳細を調べ、違っていたら、またここに戻って来て、情報収集を続ける。これが基本方針だ。
「私達は冒険者ランクを上げながら、たくさんの種族と交流を深めて固有の特殊神聖魔法の情報を集めればいいのね?」
「そうだ」
確認するように聞いてきたアリスに頷いてやる。
別に、この地で詳細を知る必要はないんだ。下級の特殊神聖魔法の効果が判るだけでも、その神の能力の傾向は知る事ができる。その上で詳細を調べる必要があるかないかを判断すればいい。
「今のあたし達は仮証なのね」
「でもさ~、わたし達ならあっさりと踏破できちゃいそうだよね。そうしたらどうするの? ここにいる理由が無くなっちゃわない?」
クミよ、そんな心配をしていたのか。
「そこはそれ、新米さん達を教え導くとか、いくらでも理由は付けられるだろ?」
「なるほど、良い手ね」
「だろ?」
とは言え、ある程度ランクを上げたら、目的を情報収集にシフトするけどな。
翌日、町で細々とした用意を整えながらギルドに顔を出す。
迷宮内での制約の有無と、昨日の連中がどうなったかを確認するためだ。
昼過ぎと言う時間もあって、ギルド内はガラガラに空いている。
「あれ、いない?」
ホールから狼族の三人がいなくなっていた。
おかしいな。結構キツめに言霊で縛ったんだけどなぁ。
「こんちは。ちょっと確認したいんだけどいいかな?」
今日は狸族のおっちゃんが受付にいなかったので、別の女の人――猫族かな――に話掛けた。
「あ、昨日の…」
俺を見て呟く。
どうやら、この人も昨日あの場にいたらしい。
「知ってるなら話が早い。あの三人、どうなった?」
猫族の受付嬢は、恨めしそうな目を向けると口を開いた。
「たいへんだったみたいですよ。あの後、動けなくなったカーティスさん達は他の冒険者の方々から暴行を受け続けていたとか。そんな暴動を押さえるためにエルヴィスさん達は一晩中ここに残って見張っていたんです。お陰で今日は人手不足で…」
「エルヴィスって誰だよ…」
「昨日受付にいた狸族の男性です」
「あのおっちゃんかよ!」
エルヴィスって、似合わねぇな! そっちの方がびっくりだよ!
そんなツッコミを入れている俺の内心には気付かず、受付嬢は話を続ける。
「カーティスさん達は……あの人達は、強さを鼻にかけて威張り散らしていたから」
「あらら」
その辺は自業自得だからどうでもいいけど、それにしたって無抵抗になった途端に暴行するような連中は救いがないな。
「昼前くらいに漸く立てるようになったみたいでした。三人してフラフラした足取りで出ていくのを見かけましたよ」
「へぇ」
あの三人に掛けた言霊の縛りは“反省するまで”だった。つまり――
「ほぼ一日掛けて、漸く反省したのね」
俺の言霊を知るアリスが、そんな感想を述べた。
「――そうだな」
俺としては思うところがあったのだが、この場では話を合わせておいた。
「いい大人が丸一日掛けないと反省できないなんて、人としてダメダメね」
すると、昨日のやり取りと今の俺達の会話からある程度推測したのだろう、サエがそんな感想を口にした。
「強さが全て。強さが自慢。そんな連中だったんだろうな」
それが丸一日か、俺もまだまだだなぁ。
「そうなんです。だから注意して下さいね」
サエの感想に対する俺の呟きを拾った受付嬢が注意を促して来た。
「どういう事?」
「カーティスさん達はDランクです。とても強いんですよ。でも彼らと同じ黒狼族には、もう一人Cランクの方がいるんです」
「そいつが仇討ちに来ると?」
「はい。狼族はプライドが高く、それは個人だけでなく種族としても同様ですから…」
種族のプライドを掛けて俺を討ちに来るってか。
「ありがとう、注意しておくよ」
受付嬢に礼を言い、その後迷宮に関しての注意点を確認するとギルドを後にした。
さて、いよいよ迷宮攻略だ。
「とは言っても、この面子だし、何と言っても今更だよな」
サエとクミは上級迷宮を踏破した経験がある訳だし、アリスに至っては魔国で”月の迷宮”を最前線で攻略していたんだ。
「ま、油断だけはしないで行こう」
「うん」
「はい」
「は~い」
入口脇にある受付で仮証を見せると中に入る。
「新人か。自分の限界を見誤るなよ」
「生きて戻ってくる冒険者が本物の冒険者だと言う事を忘れるな」
ギルドの職員なのだろうか。
受付けと警備を兼ねているのだろう犬族の二人が俺達に声を掛けてくる。
「ありがとう、頑張って帰ってきます」
「肝に銘じるよ、ありがとう~」
そんな彼らに気分を良くしたのか、サエとクミがにっこりと笑顔を向けた。
まぁ、昨日から虐めだ重い話だと明るい話題がなかったからな。
「ありがとう。行って来る」
二人に習って、俺も礼を言って奥へと足を運んだ。
少し進んで、受付から死角になった位置で準備を開始した。
「膨張」
アリスが指輪を展開する。
精神感応金属の黄金の指輪がアリスのイメージ通りに膨張増殖して纏わり付く。
先日の顔まで覆う全身鎧とは違い、某ギリシャの女神に仕える金色の闘士みたいな姿になった。
「うわ~、うわ~、かっこいい!」
「凄く綺麗ね!」
そんなアリスを見たサエとクミは興奮気味だ。
「ありがとう。――チロ、あれ頂戴」
あれとは、俺の作った魔術回路を組み込んだ魔道具だ。
事前に話し合って、作っておいたブツである。
俺はそれをアリスに手渡す。
“惑わせし宝玉”
それは手の平に乗る程度の大きさの水晶で出来た玉だ。
アリスは錬金術師であって、盾職ではない。守りは堅くてもヘイトコントロールができない。それを補うのが、この魔道具だった。
アリスは宝玉を盾に組み込むと、
「いつでもいいよ、チロ」
にっこりと笑って、そう宣言するのだった。
しかし、俺は俺でやる事がある。
無限収納袋からヌイグルミを取り出すと操作を開始した。
ひょこひょこひょこ
その動作にユーモアを交えつつ、ヌイグルミに先行させる。
「あれって、シーラ姫がいつも大事そうに抱えているヌイグルミよね? 何をさせる気?」
「それより、何でカミくんが持ってるの~?」
えー!? 今更それを聞く!?
上級迷宮でも使っていたんだけど……ほんと今更だな。
「今のはシーラが持ってるのとは別の奴だよ。二つ作って、一つをシーラにあげたんだ」
「ああ、あのヌイグルミ、カミくんが作ったんだ。なるほど、通りで…」
「シーラちゃんが大事にする訳だよね~」
訳知り顔でニヤニヤする二人。
すっげームカつくんだけど、ここで怒ったら思うつぼなので我慢する。
「あれにも魔道具が組み込んであって、視覚がリンクしてるんだよ」
先行させることで、迷宮の情報を先取りできるって訳だ。
やばい奴がいたら”操られる道化”で動きを固めてもいいし、便利なんだよな。
「とりあえず、今日は地下五階まで行って鉄証貰おうか」
緊張など欠片もなく、迷宮の攻略が始まった。
帰ろうとしたタイミングでトラブル発生。
ツイてないわぁ…