03-02 耳尾と四耳
「“お勧めの宿屋を知っていたら教えてくれないか”」
言霊を織り交ぜつつ聞いて回った結果、アーデンと言う宿屋に決めた。
値段はそこそこ張るが、防犯とサービスがよく、飯が美味いと言う話だった。
宿に着くと、恰幅のいい女将が出迎えてくれた。どうやら狸族らしい。
緩衝地帯に来てから、妙な縁があるな、狸族。
「こんちは。四人泊まりたいんだけど」
「いらっしゃい。冒険者かね、何日くらいご利用だい?」
「んー、とりあえず一月。その後、継続するかはその時決めるよ」
どれくらいの期間世話になるかは不明だが、とりあえず一月毎の更新でいいよな。
貨幣は付き合いのある狐族に換金して貰ったので充分に有る。
初期費用さえあれば、後は迷宮で稼げるしな。
「分かったよ。部屋の希望はあるかい?」
「二人部屋を二つ」
勿論、俺とアリス、それにサエとクミと言う部屋割りだ。
「待ちなさい!」
「それは聞き捨てならないよ!」
何故か二人から待ったが掛かった。しかも表情が険しい。
「そこは普通、一人部屋と三人部屋でしょう!?」
ああ、男女に分かれるべきだって事か。
「ところが、そうは言ってられない事情があるんだよ」
アリスの威圧の問題があるから、俺とアリスが同部屋になるのは決定事項だ。
それを理解しているアリスが二人の説得を買って出る。
この辺りは、阿吽の呼吸だ。
「ごめんね、二人とも。これは必要な事なのよ、私はチロのそばにいないとダメなの」
俺だと何を言っても聞いてくれそうにないし、無難にアリスから二人の説得を試みる。まぁ、それでも二人は喰い付いてくるが。
「何で? 何でなの~?」
「アリス? カミくんに何か言いくるめられてない?」
サエ!? 何を人聞きの悪い! 俺のせいじゃないっての!
「ううん、これはチロじゃなくて、私の事情なの。私達姉妹は、チロがいないと城の外には出られないのよ」
「そうそう、決して下心からじゃないぞ」
「カミくん、うるさい」
「カミくんは、黙ってて」
ひでぇ!
聞く耳持たずどころか、一刀のもとに切り捨てられた!
そんな俺を放置して、三人の会話は進んで行く。
「そしてチロがいない状態の私を知ったら、きっとサエもクミも私を恐れるか嫌ってしまうと思うの。あなた達に嫌われたら、私は悲しくて泣いちゃうわ」
アリスは切々とこれは必要な事なのだと訴える。
「アリス…」
「そっか~、何か事情があるんだね」
説得の甲斐あってか、サエとクミが纏う空気が弛緩した。
いったい何だったんだよ。さっきまでの、あの“戦闘準備完了”って雰囲気は。
その標的は俺か? 俺なのか!?
何となく納得いかない気はするが、ここで蒸し返しても俺に利はない。
せっかく説得できたんだから、話を進めてしまおう。
「じゃあ、そういう事で――」
再び手続きを進めようとすると、
「だめだよ。そうはいかないからね~」
「そうよ、それとこれとは話が別よ」
またしても二人から待ったが掛かった。
「どうしろって言うんだよ…」
俺が疲れた目を向けると、
「そんなの」
「決まってるでしょ」
サエとクミはニンマリと笑い、
「「四人部屋で!」」
実にいい笑顔でそう言い切りやがった。本当にそれでいいのか、お前ら。
俺としては呆れるしかなかった…
アリスは、そんな俺達をにこにこと笑って見ている。
女将に案内された部屋で落ち着くと、我に返った二人は案の定、身悶えていた。
「あたしったら何て事を…」
だとか、
「うわぁ、うわぁ、うわぁ……やっちゃったよぉ~」
とか言った具合に、勢いだけで取った行動に落ち込んでいる様子だったりする。
一頻り身悶えた後、今度は二人してベッドの上で膝を抱えている。
その姿に、そのうち自己に埋没して戻って来なくなるのではないかと心配になってしまう俺だった。
まぁ二人の心情としては、膝を抱えると言うより、頭を抱えているのだろうが。
「ヘンなの。どうしてチロがテレてるの?」
そしてアリスは笑顔で俺にツッコミを入れる。
「ほっといてくれ…」
サエとクミがアリスと顔合わせしたあの時以来、お馴染みとなったやり取りだ。
告白されてからというもの、二人の言動に新鮮さを感じてしまい、俺はドギマギする事が増えた。
友人の彼女と言う立場を離れた途端、女の子ってのはこうも変わって見えるのかと一々動揺してしまうのだ。
同級生の女子って奴は普段学校と言う特殊な日常でのみ顔を合わせる存在だ。
サエとクミに限らず、教室以外で同じ場所にいる事が不思議に感じるなんて感覚は、誰でも覚えがある事だろう。
同級生の私服姿にドキドキするのと同じ感覚だ。俺は引篭もり気味だったので、親しい友人であるサエとクミであっても、それを感じるのだろう。
まぁ、それだって今更な筈なんだけどな。
だって、当然だろう? 俺にとって二人は恋愛の対象ではない。
“対象にしてもいい”と“対象になった”とでは、また別なのだ。
あー、もう。実に俺らしくないとは思うのだが、頭の中が整理できていない内にどんどん話が進んじゃったから混乱しているんだな。
それもこれも全部――
「なぁに、チロ?」
――原因を作ったのはアリスだ。
恨めしい気持ちを込めて睨むも、肝心のアリスはどこ吹く風だった。
恐ろしい事に、アリスはサエとクミを六番目と七番目だと認識している節がある。
早いところ誤解を解こうとは思うのだが、中々二人きりになれない。
なぜかって? アリスと二人になろうとするとサエとクミが邪魔をするからだ。
そして、緩衝地帯に着いた今も説明できずにいる。ああ、負のスパイラル。
(もう、どうしろと…)
俺も頭を抱えたくなった。
「ところでさ、耳尾と四耳ってどう言う意味なの~?」
暫くして、回復したクミがそんな質問を投げ掛けた。
サエも同じく疑問に思っているようで、頷いている。
「それが、あの子達を指していたのは分かるけど、どんな意味があるのかしら」
「ああ、それな。詳しく説明すると長くなるんだが……ここに来て分かったと思うけど、一言で獣人って言っても色々とタイプがあるんだよ」
「あ~、それは思ったよ」
「そうね。正に獣人って感じの全身動物な人から、腕や足だけが動物って人もいて、様々だったわ」
「そう。で、獣人ってのは動物を神と崇める連中の事だ。動物の神、言わば獣神だな。その獣神の加護を受けた眷属。それが獣人なんだ」
一同を見渡す。ちゃんと話に付いて来ているかの確認だ。
ここまでは前提。ここからが本題だ。
「動物ってのはさ、強い奴ほど偉いだろ?」
「そうだね~」
「弱肉強食だものね」
そうそう、弱肉強食。そこが肝。
「つまり獣人も、強い奴ほど偉いって風潮が根強く残っているんだよ。で、基本性能として、人より動物の方が強い。だから、動物の身体パーツを多く持っている奴ほど偉くなるんだ。強いから」
「うわぁ、野蛮」
「全くだわ」
「当然、種族が発展する程に、そんな風潮は減ってきてはいるんだけどな。ところが、ここは冒険者を目指す者が集まる緩衝地帯だ。迷宮で魔物を倒す以上、強い奴ほど偉いって事は冒険者にも当て嵌まるんだよ」
もっとも、単純に強ければ迷宮探索が捗るかと言うと、そんな事はない。
ギルドもそれをよく解っているから、強者が全てと言う風潮に反対している。もっとも、一定以上の強さが必要なのも確かだから全てを否定する事も出来ずにいるって訳だ。
痛し痒しと言ったところだろうか。ちょっと違うか。
「で、本題だ。耳尾ってのは文字通り耳と尻尾が動物の奴の事だ」
「わたしが想像してた獣人がそれだよ~」
まぁ、ありがちだよな。ラノベやweb小説では定番だし。
「ところが、耳と尻尾ってのは、殆どの種族にとって、戦闘能力に関わらない部位だ。つまり、動物の部位の数が同じなら他の奴より弱い。だから蔑みを込めて耳尾と呼ばれる」
「なるほど~」
「ちょっと待って。あたし達も耳と尻尾が狐なんだけど!?」
「殆どって言ったろ。狐族は妖術を得意とする種族で、その魔力の源は尻尾だと言われている。狐族にとって尻尾があるのは誇るべき事なのさ。尻尾の数が多い程偉いとされているくらいだ」
「じゃあ、王様は九尾とか?」
クミが茶化すが、それは俺も思った。
「ところが王様の尻尾は代々三つか四つらしい」
実際には王様じゃなくて、長だけどな。
「な~んだ」
がっかりしたのは分かるけど、それを外で口に出すなよ。
狐族が聞いたら気を悪くするぞ。
「耳尾は分かったわ。なら四耳って言うのは――」
脇に逸れた話をサエが元に戻す。
「――今の話の流れからすると、動物の部位が一つしかない上に、役に立たない飾りの耳ってところかしら」
「まぁ、そう考えるよな。でも四耳に関しては、もっと単純だ」
「そうなの?」
「ああ、四耳ってのは――」
皆の意識が俺に向いたのを確認して告げる。
「――人間との混血の事なんだよ」
この地で人間が敵視される理由の一端がそこにあった。
ほんの数日書かないだけで下手になる。
元から下手だけど。
元から下手だけど、更に下手になる…やばい。
※耳鼻 ⇒ 耳尾 に修正。とほほ。