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03-01 前途多難

この世界には世界地図と言う物が存在しない。

なぜなら、他種族との交流が殆どないためだ。


種族間の交流がない理由はいくつかある。

まず、生活が自領だけで完結していると言う事情が挙げられるが、それとは別に領域自体が剣呑な山脈に囲まれていたり、広大な樹海が横たわっていたりと、大自然に阻まれている地理的な事情が大きい。


とは言え、殆どと言うからには、交流もあるところにはある訳なのだが、それは例外と捉えても構わない程に少ない。

その数少ない例外が、領域が隣接している魔国と獣人の狐族であり、今から俺達が乗り込む“緩衝地帯”と呼ばれる地域だった。


緩衝地帯は個別の種族が治める地ではない。

幾つもの種族が集まる雑多な、言わば中立地帯だ。

領域としては星の神々の治める地であり、この地で生活する人々は、ほぼ全てが獣人である。

構成する職種は大部分が冒険者で、残りは冒険者を補佐する商売を生業としている者達だ。

何故こんな偏った構成かと言えば――


「ねぇねぇ、カミくん、あそこじゃないかな?」


「お、そうだな」


クミの指差す方を見ると、周囲の建物の数倍はあろうかと言う大きな建物が見えた。

その建物には、多くの武装した獣人達が出入りしている様子が確認できる。


「さっさと済ませるか」


「あっちでもこっちでも登録しないといけないなんて、面倒くさいね~」


「それは仕方ないのよ。本来、他種族同士の横の繋がりなんてないんだから」


「だから種族毎にギルドを持つ、か。つまり、ここが異質なのね。何でかしら?」


「ここには初級迷宮があるんだよ」


――ここが星の神々が治める領域において、唯一迷宮攻略のためのノウハウを学べる地だからだ。







俺は大きな建物――冒険者ギルド――に入り、受付にいた狸族と思われる親父に声をかけた。


「ほう、珍しいな、狐族が自領から出てくるなんて。出稼ぎか?」


「ああ、まあね。四人だ、仮登録を頼む」


俺の言葉に狸親父は羊皮紙――羊じゃないかもしれないが――を四枚よこす。冒険者登録のための申し込み用紙だ。

各々で各項目を埋めていると、狸親父――受付のおっちゃんが話しかけてくる。


「しかし、狐族はどいつもこいつも甘ったるい匂いさせているな」


「いいだろ。匂い袋って言うんだぜ」


おっちゃんの言葉に、俺は自慢げに言い返した。

《匂い袋》とは、言わば香水の前身だ。

実用度優先のこの世界で、唯一魔国だけが嗜好品と言う概念に辿り着いている。

その魔国と交流のある狐族は、種族単体でも発展が著しく、嗜好品と言う考え方に理解を示し始めていた。


俺達が狐族に扮している――当然、俺の”物真似ピエロ(ミミックザクラウン)”による変装だ――理由は、魔国と交流があると言うのもそうだが、この匂い袋により人間の体臭を誤魔化せるからだ。

この緩衝地帯は人間を()()している地だからな。無用なトラブルは避けたい。


「ほらよ、頑張ってCランクになるんだな。そしたら、どこでも引く手数多だぞ」


提出した羊皮紙を受け取ると、受付のおっちゃんはポイっと木片を四つ投げてよこした。

俺は木片――ギルド証を掴むとおっちゃんに礼を言う。


「あんがとさん。おっちゃん、ついでに幾つか聞きたいんだけど――」


そのまま雑談気味に情報を聞き出そうとすると――




「邪魔だ! ここはガキの来る所じゃねぇって言ってんだろ!」




――そんな罵声がギルド内に響き渡った。


「何だ?」


声のした方を見ると、どうやら揉め事のようだ。

大人三人と子供二人が言い争っている。

いや、違うな。大人が子供を一方的に虐げている。


子供の一人は倒れ、もう一人が心配そうに助け起こしている。

そこを大人三人が取り囲んでいる構図だ。

イラッとする。虐めはよくない。

見たところ子供二人は虎の獣人で、大人三人は犬…いや狼かな、の獣人のようだった。


「俺はガキじゃねぇ!」


床に倒れた子供が強気に言い返す。

いや、いくら何でもそれは無理があるだろう。誰がどう見てもお前はガキだ。




「煩せえ、口答えすんじゃねぇ! この耳尾(じび)四耳(よつみみ)風情が、俺様に逆らうな!」




おっと、そいつは聞き逃せないぞ。

その言葉は、この緩衝地帯において歴とした差別用語だ。


とは言え、この世界では平等とか人権なんて言葉は浸透していない。と言うか、産まれてすらいない。

現に、ここにいる冒険者達は誰一人憤る事なく、むしろニヤニヤしながら事の成り行きを見守っているだけだ。


いや、一部例外がいるな。ギルドの職員達だけは、その言葉に眉を顰めていた。

幾つもの種族を纏めているだけあって、教育と理解が行き届いているのだろう。


「何あれ~」


「いい大人が子供を虐めて、カッコ悪いわね」


そんな雰囲気の中、クミとサエの声は妙に大きく聞こえた。

いいぞ、もっと言ってやれ。

当然、当事者の耳にも、その声は届く。


「何だと…?」


狼獣人達(かれら)の視線が子供から俺達へと移る。


「おいおい、狐の小娘風情が狼の俺達に何か言いたいらしいぜ」


「そうか、俺にはよく聞こえなかったな」


下卑た表情で狼族の男達が仲間と視線を交わす。

そして、ゆっくりとこちらへとやって来る。


「そうだな。もう一回、周りにも聞こえる声で、ハッキリと――」


一言一言を区切りながら、この場にいる全員を威嚇するように近付いて来た。


「――言ってみてくれよ!」


ギルド内がシーンと静まり返っていた。

どうやら、この狼族の冒険者達は結構な実力者らしい。

周囲にいる冒険者達が視線を合わせようとしないし、ギルドの職員達も息を呑んでいるのが判る。

まぁそれならそれで、ユスティスには好きにやれと言われている事でもあるし。




「では、お言葉に甘えて――三べん回ってワン、だ」




その場の空気が凍った瞬間だった。


「――何だって? おい、お前。今、何て言ったんだ?」


リーダー格の男が凄んだ。見れば、こめかみに血管が浮いている。

周囲の冒険者達の動揺が伝わってくるようだ。


「お、おい。狐族のあいつ、カーティス達に殺されるんじゃないか?」


「あいつ、狼族は犬扱いされるのを一番嫌うって知らないのか? 自殺行為だぞ」


いやいや、知ってるよ。

知ってて、敢えて挑発したんだ。


「てめぇ、もう一遍言ってみろよっ!」


態々目の前まで来て凄む狼族の男達。

威勢のいい事だ。


「何だ、聞こえなかったのか? “三べん回ってワン”だ。ほら、さっさと“やれ”」


俺は再び同じセリフで、今度は言霊を込めて男達に命令する。


「て、て、てめぇ…! ――え!?」


「おわ! 何だ!? 体が勝手に…!」


「ななな、何で!?」


狼族の男達――カーティスと言ったか?――は、その場で勢いよく回っている。その数、()()

そして、回転が止まると…




「「「ワン!」」」




またしてもギルド内の空気が凍った瞬間だった。

但し、そのベクトルは真逆だ。


「…ぷ」


「く…くくっ」


「わ、笑っちゃ悪いよ、くすくす」


凍った空気はすぐに弛緩し、今度は生温くなる。

そして、狼族の男三人の周りは灼熱と化していた。


「て、て、て、てめぇっ!!」


「殺すっ!」


「絶対に殺すっ!!」


あ~あ、熱くなっちゃって、まぁ。

もっとも、これ以上こいつらに付き合う気はないけどね。

俺は、再び言霊を紡ぐ。


「“伏せ”」


男達三人は、ばばっ! と反射的に床に伏せた。

勢い余って頭を床にぶつけるほどに盛大に。


「ぐはっ」


「げぇ」


「な、何で」


さて、一丁上がりだが、この後はどうするかな。

ああ、そうだ、こうしよう。


「“しっかり反省するまで、そのまま”だ。“静かに”な」


「「「――――」」」


男達は何か言いたげだが、伏せの姿勢から動けず声も出せない。

うん。これでよし、と。


「ん、あれ?」


男達から視線を外し、顔を上げると何故か周囲の目が俺に集中している。

それも信じられないモノを見るような、畏怖の込められた目だ。

あれ、おかしいな。どうしてこうなった?


「くすくす。容赦ないのね、チロ」


すると、それまで一言も発さず様子を見ていたアリスが声を掛けてきた。


「だってさぁ、こいつらに情けをかけるような所があったか?」


百歩譲って差別発言は見逃したとしても、子供を虐めるわ、周囲に威圧をばら撒くわ、やりたい放題だったじゃないか。

暫く緩衝地帯(ここ)での活動を余儀なくされる俺としては、こんな輩と慣れ合いたくはない。

動物と上手に付き合うには、上下関係をしっかり教え込むのが肝要と言うし。


(とは言え、居心地悪ぃ。ユスティスの言う通りにやってみたけど、やっぱり俺にこう言うのは向いてないんだよな)


遠い目をしながらそんな事を思っていると、虐められていた子供の一人に声を掛けられた。


「…あの」


「ん?」


こっちからじゃ分からなかったが、この子はどうやら女の子みたいだ。

この子には側頭部の人間の耳とは別に、頭に虎の耳が二つ付いている。いわゆるケモミミと言う奴だ。しかも、毛が白い。ホワイトタイガーだ。


「あの…助けて頂いて、ありがとうございました」


おお、礼儀正しいな。ぴこーん。俺の心象UPだ。


「気にしなくていいよ。俺は威張り散らすあいつ等が気に入らなかっただけだから」


「でも…」


尚も言い募ろうとする女の子を、もう一人の子供――こっちは男の子だ――が遮る。


「ラウ! そんなお節介野郎に礼をいう事なんかない!」


男の子の口から出た暴言に、女の子――ラウと言うらしい――が目を丸くする。


「だめだよ、そんなこと言ったら!」


「煩い! 文句言うな!」


男の子は聞く耳持たず、走ってギルドから出て行ってしまう。


「あ、ワイルド、待ってよ~」


ラウは、男の子――ワイルドを追いかけて行こうとするが、思い出したように足を止めるとこちらを振り返った。


「あの、ごめんなさい。ワイルドも悪気はないんです。助けてくれて、ありがとうございました」


そう告げて、ペコリと頭を下げると、今度こそワイルドを追いかけて行ってしまった。


「忙しないね~」


「そうだな」


残された形になった俺達は、相変わらず視線を集めてしまっている。

ギルド(ここ)で宿を紹介して貰おうと思っていたけど、狼族や連中と仲のいい種族に夜襲されても面倒なので、余所で聞く事にしよう。


ポカンとしている周囲を尻目に、そそくさとギルドを後にする俺達だった。







 

3章開始。


2月一杯はリアル繁忙期が続きそうです。

 

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