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続・旅立ちの前に

 



「――ウソだろ?」




信じられない、と言うよりも、信じたくないと言った顔で、ヒデは俺に問い掛ける。

いや、それは問いではなく、口から零れただけの独り言だったのかもしれない。

けれども、俺は追い打ちを掛けるようにその問いに答える。


「本当だ。だから、俺は日本には戻れない」


そう、とうとう俺は、自分の身に起こった事をヒデに伝えたのだ。







サエとクミの同行を許した翌日。

そう、翌日だ。

慌てて準備して忘れ物でもあろうものなら――八つ当たりされて――困るので、出発を一日伸ばした。

当初は無限収納袋もある事だし、持って行く、行かない、の判別だけで済むと思っていたんだが――


「かっ、カミくんに全部持たせられる訳ないじゃない! エッチ!」


「デリカシーがないんだよ~」


――等々サエとクミからの散々な言われように溜息を吐きながら出発の延長を決めたのだった。

この隙に――と言うと語弊があるが、俺は出発前にヒデに秘密を打ち明ける事を決めた。


以前から考えてはいたんだ。ヒデには全て話しておくべきじゃないかと。

ヒデはシンシアの事もあり、この世界に残る決意をしている。

そうなると当然ペッテルに居を構える事になるだろう。

隠し続ける理由がない。


ならば全てを話してしまおう、それも俺の口から伝えるのが筋だろう。

でも、怒るだろうなぁ。俺なら怒るもんなぁ。

「何で今まで黙ってたんだ!」って。

しょうがない。二、三発くらい殴られる覚悟はしておこう。




そう意を決して告白した結果、ヒデはキャパシティオーバーで呆然自失となっていた。

その両手は、わなわなと震えている。漫画みたいだ。

数分後、ようやくヒデの口から言葉が絞り出された。


「ゼンが、この世界の出身…?」


「魂だけな」


「…この世界の神様?」


「厳密には化身だけどな。それに、こっち来てからの話だぞ」


ああ、一度十年前に跳んだって事を話し忘れたな。

まぁそれは後でもいいだろう。

今はいっぱいいっぱいのようだし。


「――待て。サエとクミはどうするつもりなんだ。一緒に行くんだろ?」


おや、そこで正気に返るんだな。

そんなに大切な二人を何で――まぁこれ以上は言っても仕方ないか。


「耳が早いな。一緒に行くのは確かだけど、だからってどうもしないぞ」


今言った通り、俺は日本には帰らない。

いや、帰れないんだから、どうにもしようがないと言うのが本音だ。

と、ヒデの不安そうな顔が目に入った。


「そう心配するな。二人は無事に帰すから」


「そうじゃねぇよ! ……そうじゃねぇんだよ」


正気に戻ったと思ったら、また落ち込んでしまった。


「……俺は、お前ならって、そう思ったんだよ…くそっ」


すまないな。

でも恋愛って結局はお互いの気持ちだろ? 幼馴染とは言え、第三者の思惑が入り込む余地のあるシチュエーションってそうはないと思うんだ。


「はぁ…で、何で今まで黙ってたんだ」


来たよ。想定より大分遅かったけど。


「お前に日本に帰る気があったなら今でも黙ってたよ。そんな訳だから、サエとクミには絶対に言うなよな」


「理由になってないだろ! はぐらかすなよ!」


こりゃあ、熱くなってるなぁ。


日本(むこう)に戻って、ふと思い出した時にさ」


「うん?」


「自分の意思で残った俺と残らざるを得なかった俺。どっちがキツいよ?」


「そりゃあ…」


つまり、そう言う事だ。


「俺は帰ったやつの負担になりたくないんだよ」


「だから、残る俺には打ち明けたって言うのかよ?」


「そうだ」


「コノヤロウ…一発殴らせろ」


やっぱり、そうなるよなぁ。

仕方ないか。


「分かった」


俺は頷いて頬を差し出す。


「えっ!?」


「ほれ、さっさとやれ」


「お、おい、いいのか?」


自分から言い出しておいて、何を戸惑っているのやら。


「いいよ、俺がお前なら殴りたくなると思うし」


「全く悪びれないあたりが腹立つな!」


「ひでぇ――」


ガスッ! どんがらがっしゃーん!


俺は、椅子と一緒に吹っ飛んだ。

緩い会話の合間を縫ってヒデに殴られたのだ。


「痛ってぇ…」


油断したわ。いや、油断を誘って殴ったのか。やるなぁ。

と言うか、そこまでして殴るって、こりゃ相当怒ってるな。


「――治さないのか?」


は?


「何を?」


「その顔だよ。腫れてるぞ」


「お前が思いっきり殴ったからだろ。いてて、喋らせるなよ、痛いんだから」


喋ろうと口を動かすたびに頬の肉が引っ張られて痛みが走るのだ。

ついでに顎もがくがくしている。


「お前は魔法師だろ? 治せばいいじゃないか」


「治せる訳ないだろ。俺への罰なんだから」


治しちゃったら殴られた意味がなくなるだろうに。


「はぁ…もういいや。お前のそう言うところが嫌いになれない理由なんだよ」


「訳分かんねぇ」


「こっちのセリフだ!」







そんなこんなを経た現在。


「なぁ、どうしてもダメなのか?」


飽きずにヒデが食い下がってくる。


「ダメだな」


俺は無限収納袋から取り出した氷で腫れた頬を押さえながら答えた。


「けどさあ、仮に帰るとしても、こっちにいる間だけでも――」


「尚更ダメだ。未練になって帰らないなんて事になったらどうするつもりだよ」


「そうなれば、ハッピーエンドだろ? それに、まだ帰れるかどうかも分かってないんだしさあ」


「旅の意義そのものを無くすつもりか、バカたれ。いいか? よく聞けよ――」


サエかクミが俺と結ばれるためには幾つものハードルを乗り越える必要がある。

まず、日本への帰還を諦めなければならない。次に、俺のハーレムを容認する必要がある。なぜなら、俺はアリス達を優先するからだ。

更に言えば、今の俺は魔族だ。三百年近い寿命を持つ。つまり、異種族となった俺を受け入れる事ができるかどうかって問題もある訳だ。


「な? 今ざっと思い付くだけでも、これだけの問題があるんだ。よく考えればまだまだ出てくるだろうよ」


「ぬううぅ」


「俺に好意を持って貰えた事は素直に嬉しいけどさ。それはそれ、これはこれ、だ。二人が本当に大切だからこそ、突き放すべきなんだ」


「だけど、だけどよぅ」


これだけ言っても、まだ粘るか。


「さっきも言ったが、今度の旅は二人を日本へ帰す手段を探す旅だ。これ以上、俺のやる気を削がないでくれ」


ヒデとしちゃあ俺を含めた三人に日本へ帰って欲しいのだろうが、それは初めから叶わない願いだ。

ヒデは自分に負い目を感じているが、その負い目は俺にもある。

ヒデが使徒に狂わされる前に合流できなかったのは痛恨だったが、それは俺が負うべき責任なのだから。


「……それでも帰る方法が見つからなかった場合は――」


「ヒデ!」


俺はヒデの弱気から出た言葉を遮る。


「それは、今言っていい言葉じゃないぞ」


「――そうだった。すまん」


ダメかもしれないなんて気持ちで探したら見つかる物も見付からない。


「今は帰る方法を見付ける事に全力を尽くす。それ以外はその後の事だ」


「――分かった。なら俺も今は自分にできる事に全力を尽くす」


「うん、ペッテル国とザヴィアを頼むよ」


「ああ、任せろ」




やれやれ、何とか山場を越えたか。

秘密を打ち明けた上でヒデに納得して貰うのが一番の難題だったからな。


「ふぅ…」


自分一人の胸に抱えておくのも、そろそろ限界だった。

心のしこりを落とした今、今度こそ本当の意味で安心して出かけられると言うものだ。







ヒデの部屋を辞した俺は、次にアリスを伴ってシーラの部屋を訪ねた。

単にお茶に誘われたからだが、明日からしばらく会えなくなる事だし、丁度いいからアリスの紹介も兼ねて挨拶くらいしておこうと思ったのだ。


「お兄さま!」


部屋に入るとシーラは、たたたっと小走りで近付き、抱き付いて来る。

うん、可愛い。実に癒される。


「ふぅん、その子が例の子?」


アリスが興味深げにシーラを見やりながら訪ねてくる。


「そうだよ、この子がシーラだ。シーラ、こっちはクリスティーナ。俺の家族だ」


「魔族で魔王の妹のクリスティーナよ。あなたと同じ、チロのお嫁さん。よろしくね」


「まぁ! これはご丁寧に、ありがとうございます、お姉さま」


アリスの挨拶は実に簡素なものだったのだが、それに返したシーラの言葉に衝撃が走った。


「お姉さま!?」


主にアリスに。


「はい。お兄さまのお嫁さんですから、わたくしにとってはお姉さまですわ」


ずきゅーん! と言う描写がピッタリの様子でアリスが感動に打ち震えている。

さすがはシーラだ。ピンポイントでアリスのハートを撃ち抜いた。


「わたくし、お姉さまも欲しかったのでとっても嬉しいのですけど、ダメですか?」


「ううん、私も妹が欲しかったの。凄く嬉しい!」


ちょっといきなりな展開だったんで驚いたが、仲良くやれそうで何よりだ。




二人は今日初めて会ったとは思えない程仲睦まじい。

意外な所で十年来の望みが叶ったアリスはハイテンションだった。

シーラもそんなアリスに臆することなく、よく懐いている。


「ねぇ、チロ。シーラも一緒に連れて行こう?」


するとアリスがこんな事を言い出した。


「ダメに決まってんだろ、何を無茶言ってんだ」


「えー!」


「えー、じゃない!」


俺と出会ったばかりの頃ならいざ知らず、今のシーラは立派な王族だ。求心力もある。

特に騎士団からの信望が厚い。

あの動乱の際、彼らを魔法で支えた事が大きいのだろう。

実際、騎士達の態度は、信望と言うより信奉と言って差し支えない程である。


だいたい、今の王城にシーラを悪く言う者などいない。

シーラによる“神降ろしの儀”は、多くの人が目にしている。

彼らは自分達がシーラに救われた事を理解しているのだ。

と言うか、今のシーラを勝手に連れ出したりしたら俺が悪者になるっての!


「わたくしも、お兄さまと一緒に行きたいのは山々なのですけれど、今は城に残り、わたくしを頼って下さる皆さんに応えたいと思います」


うん、シーラは自分を見誤っていない。実に大人だ。


「えー!」


「えー、じゃない!」


それに比べてアリスの残念そうな顔はどうだ。子供か!




この後、アルフとテアに挨拶をして、今度こそ出発の準備が整ったのだった。







 

幕間終了。次回から3章開始。

また飄々としたゼンを描きたいと思います。

そうは思うんですが、リアル繁忙が終わりません…orz

気長にお待ち下さいませませ。

 

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