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旅立ちの前に

旅の支度は、大して時間を掛けることなく整った。

無限収納袋があるから、荷物の選別をしなくていいのが楽だ。


「カミくん、少しいいかしら」


「ちょっと、お邪魔するね~」


旅の準備を終えた俺()が自室でのんびりしていると、サエとクミがやって来た。


「いいけど…」


先日のヒデとの会話が思い起こされ、気まずい空気を感じてしまう。


「あら、何この甲冑?」


「置物かな~? デザインがかっこいいね~、でも金色って成金趣味っぽいよ?」


「うるさいな。そんな事より何の用だよ」


それには、あんまり注目されたくないんだよ。

だから、つい口調も乱暴なものになってしまったが、さっさと部屋を出て行って欲しい俺は、そのまま二人に要件を促す。


「あ、うん。それなんだけど、ね?」


サエが俺に応え、クミを見た。

クミは頷いて俺に話を切り出す。


「ヒデちゃんから聞いたと思うけど、わたし達も旅に連れて行ってくれないかなぁ」


なるほど、ヒデによる説得が失敗に終わったと知って直談判に来たのか。

なら答えは一つだ。


「そのつもりはないな」


ハッキリと拒絶の言葉を告げる。

大体、未知の場所に行くのに足手纏いを二人も連れて行くとか、どんな縛りプレイだ。

これが前衛なら考えもするが、二人揃って後衛と来た。

うん、二重の意味でいらんわ。


「取り付く島もないわね」


「ちょっとは考える素振りを見せようよ~」


さくっと切り捨てた俺に、サエとクミは文句を言う。


「考える余地がないからな」


そんな二人を、またしてもあっさりと切り捨てる。


「そこを何とか考え直してくれない? 私は自分の我儘でカミくんに危険な真似をして欲しくないのよ」


「だから自分も一緒に行くって?」


「そうよ」


サエは本当に解っているのだろうか。

それがもう更なる我儘を言っている事に気が付いていない。

何よりも――


「――それは嘘だ。サエは本気でそう思ってはいない」


その気持ちが全くないとは言わないけどな。

でも俺には解るんだよ、それがただの建前だって事が。


「なっ!?」


「そんな上っ面の言葉じゃ、俺の心には届かないよ」


相手の言葉の真偽が判る俺だ。

本気で俺を説得したかったら、建前じゃなく本音をぶつけるしかない。

少なくとも、それが最低条件だ。


「じゃあ、本当の事を言うよ」


それまで、俺とサエのやり取りを見ていたクミが口を挟んできた。


「カミくんと離れたくないから一緒に行きたい」


確かに嘘じゃない。

嘘じゃないんだが…本当にヒデの事はもういいのか?

俺には解らない。


「嘘じゃなさそうだが、まだ弱い」


「うぅ~、カミくんはイケズだよ~」


一言で切り捨てると、顔を赤くしてクミは俯いてしまった。耳まで赤い。

と思ったら、その赤い顔を持ち上げ、意を決したように声を張り上げた。




「カミくんが好きだから傍にいたいの! 離れたくないの!」




それは紛れもなくクミの本音だった。

俺だからこそ判る。疑いようのない本気の言葉だ。


「まじか…」


実に間抜けだが、それが俺の口から漏れた言葉だ。

ヒデから聞かされてはいたけど、俺はどうしても本当だと思えなかったのだ。


(失恋したからって、そんなに簡単に他の男を好きになれるものなのか?)


俺には解らない。


「その…ヒデの事は、もういいのか?」


だから、悪いとは思ったけど、それだけは聞いておかなきゃいけないとも思った。


「うん、もう気持ちの整理はついたからね」


クミは気にした素振りも見せず、実にさっぱりした顔で言った。


「自分でもあっけないと思うけど、本当なんだよ~」


その言葉に嘘は見えなかった。


「けどな、魔国には俺の婚約者が四人もいるんだ」


本気の言葉を告げられた以上、俺もそれに応えないといけない。

自分の口から婚約者がいる事を告げる。


「ヒデちゃんから聞いたよ。それにシーラちゃんとの婚約も解消しないって?」


「ああ。計五人だぞ? 酷い奴だとは思わないのか?」


「地球でだって、日本でだって、そんな時代はあったよ」


それはそうだけど、だからって普通、割り切れるもんじゃないだろう?


「“まだ”婚約者なんだよね? なら振り向いて貰えるように頑張るだけだよ~」


「そうか、クミは強いんだな」


「失恋して勉強したんだよ。もう後悔したくないからね~」


それは、裏を返せばヒデとの間には悔いが残ったと言う事だ。

引き摺っている部分が全く無い訳ではないのだろう。

そりゃそうだよな。それでも前に進もうって事なのか…

これは難題だ。俺はどうするべきなんだろう。


「さ、わたしは言ったよ。今度はサエちゃんの番だね~」


「く、クミ!?」


俺が考え込もうとすると、クミがサエを促した。

そうだった。まだサエもいたんだ。

そう思い、改まってサエを見ると――


「そ、そんな真面目な顔で見詰められたら…そ、その…」


――見る見るとサエの顔が赤く染まっていく。

何これ、面白い。漫画みたい。


面白がって見詰め続けたのがいけなかったのか、サエは耐え切れなくなり、俯いてしまった。

掛ける言葉も見付からず、暫くそのままでいたのだが、サエも覚悟を決めたのか、赤い顔を持ち上げると俺を見詰めて“その言葉”を紡ぐ。




「あ、あたしもカミくんが好き。だから、あたしも一緒に連れて行って下さい」




サエらしからぬ弱々しい物言いだが、意志の篭もった言葉だった。

そしてクミ同様、その言葉に嘘はない。

だけど、俺にはその想いに応える言葉がない。


「あー、……どうしたもんか」


つい、そんな言葉が口から漏れた。

すると、サエとクミは不安そうに俺を見る。




「今のやり取りに悩むところあった? 二人とも連れて行こうよ」




突然掛けられた声にサエとクミの身体がびくりと震える。


「だ、誰!?」


「び、びっくりした~、あれ?」


二人はきょろきょろと周囲を見渡すが、声の主が見つからない。

いや、見つからないのではない。

二人は初めから()()を見ていた。

ただ、それを人として認識していなかっただけだ。


「悪趣味だぞ、アリス」


「ごめんね。黙っているつもりだったけど、つい口を出しちゃった」


俺に返事をしながらアリスがその姿を現す。


「あ、甲冑が…」


「うわ、すっごい美人だよ~」


そう。

二人が置物だと思った甲冑。それこそがアリスだ。

今夜出発するつもりだったので、今朝、月のあるうちに魔国から連れて来ていたのだ。

甲冑姿なのは、俺とのコンビで盾役を兼ねられるようにと予てから修練していた成果を見せていた最中だったからだ。


「優柔不断なんて、チロらしくないところ見ちゃった」


くすくすと笑いながら甲冑姿を解いていくアリス。

金色の甲冑は見る間に十個の指輪となってアリスの両手指に収まった。

質量保存の法則はどこに消えたのかとツッコミたくなるが、“質量をも自在に操る事”こそが錬金術師の神髄だと言われたら納得するしかない。

超一流の錬金術師に成長したアリスには造作もない事らしいし。


黄金の無敵甲冑――ヒデが聞いたら歓喜しそうな厨二名だ――を身に纏い、数多の術を行使する錬金術師(アルケミスト)


十指の黄金の指輪(テン・ゴールドリング)


それがアリスの二つ名だった。


「優柔不断て…俺だって予測していない事態になったら迷いもするさ」


「好意を寄せられるのが予測していない事態なの?」


「そうだよ、悪いか」


女子から告白されるなんて、日本じゃ唯の一度としてなかった経験だ。それどころか普通に会話する事すら――サエとクミを除けば――皆無だった。

これで自分がモテるなんて思えるなら、そいつは気が触れているに違いない。


「チロがモテるなんて、今に始まった事じゃないじゃない」


それなのに、アリスは全く逆の感想を持ったようだった。

そりゃアリス達は、そう思うのかもしれないけどさ。


俺だって家族四人には愛されている自覚がある。

今では弟としてだけではなく男としてもだ。

だけど、それで俺がモテると言う事にはならないと思う。

アリス達は特殊過ぎる環境にいるからな。


「――もう、いいけど」


俺が複雑な顔をしているのを見て取ったアリスが強引に会話を終わらせた。


「カミくん、その子誰なの?」


それを見て、すかさずサエが問い質して来る。

おい、目が据わってないか?


「あ、ああ、俺の婚約者でアリス――じゃなかった、クリスティーナだ」


つい癖でアリスと紹介しそうになってしまうが、アリスの本名はクリスティーナだ。


「初めまして、魔族で魔王の妹のクリスティーナよ。同じ旅の仲間になるんだし、気軽に接してね」


「は、はい。あたしはサエコです。サエって呼んで下さい」


「わたしはクミです。そのままクミって呼んで下さい~」


「ありがとう。私の事はアリスと呼んでね」


俺が口を挟む暇もなく、あれよあれよと言う間に話が進んで行く。

なし崩し的にサエとクミが同行する事になっているのは何故だ。

おのれアリス。


「でも、何でアリスなんですか? 普通なら愛称はクリスになるんじゃ…」


「そんなに畏まらないで? その質問の答えは私も知らないの」


ちらっと俺を見ながらサエの質問に返答するアリス。

悪かったね、全部俺のせいだよ。


「なるほど、カミくんの仕業なんだね~」


仕業とは何だ、人聞きの悪い。


「でも、今では気に入っているの。チロが愛情込めて呼んでくれるもの」


アリスは幸せそうな顔でそう言った。何だか惚気ているみたいだ。


「その“チロ”って言うのは?」


「ゼンイチローのチロだ。家族になった時にお互いを愛称で呼ぶ事にしたんだよ」


自分の事なので俺が答えた。

もうこの流れではサエとクミの同行を断る事はできそうにない。

サエとクミも解っているんだろう、初見だからと言うだけでなく、アリスに対して一歩引いているような印象を受ける。

アリスの威圧は当然ながら俺が中和しているので威圧のせいではない。

もっと別の…威厳とも言うべき迫力を感じているのかもしれない。




余談だが王族の威圧ともなると、どれだけ高級な素材を使っても、分解する魔道具は作れない。

魔力に乗った威圧が強過ぎて魔力回路(サーキット)自体を破壊してしまうのだ。


だから魔国では謁見の場は滅多に設けられない。

僅か一時間程で高価な宝石が何個も消費されてしまうからだ。

それを押して謁見の場を設けても、数メートル距離を空けないと常人は耐えられないと言うのだから、王族の威圧がどれだけ強いか判ると言う物だろう。


十年前、俺に対して二度も謁見が許されたのは破格の対応――と言うか、初めから王族として迎え入れる前提があったからに他ならない。


その後、俺さえいれば威圧を与える事なく常人と対面できると知ったベル母様は、頻繁に謁見の場を設けるようになった。

その成果か、ベル母様は歴代魔王の中でも一番の人気を誇っていると言う。




閑話休題。


俺が現実逃避から戻ると、不安そうにしているサエとクミの姿が目に入る。

それでも二人は意を決して話を続けた。


「それで、あの、旅の件なんだけど…」


「どうしてもダメ、かなぁ」


それでも不安そうなのは仕方ないところか。


「――ふぅ」


俺が溜息を吐くと、二人の肩がびくっと跳ねた。

そこまで緊張しなくても。


アリスは黙って俺を見ている。

俺が何と答えるか分かり切っていますって顔だ。

おのれ、掻き回してくれやがって。


「アリス」


俺はアリスに言葉を掛ける。


「何、チロ?」


澄ました顔は変わらない。にゃろう。

なら落とし前はアリスに付けて貰おうか。


「旅の間、この二人を守ってやってくれるか?」


「うん、任せて! 絶対に守り切って見せるから!」


輝くような笑顔でそう言ってのけた。

これだけ自信満々なら、きっと有言実行してくれる事だろう。


「と言う訳だ。二人とも早く旅の準備をして来い」


「――――」


「――――」


俺の言葉が呑み込めていないのだろうか。サエとクミが呆然としている。


「サエ? クミ?」


「…あ」


「わ!」


再度俺が声を掛けると、漸く我に返ったように声を出す。


「あ、ありがとう! カミくん!」


「すぐ用意してくるよ! 絶対に置いて行かないでね~」


サエとクミは、そう言って慌てて部屋を出ていく。


「慌てなくていいから、忘れ物するなよ?」


「うん! ありがとう~!」


「分かったわ。絶対だからね? 待っててね?」


俺の言葉に念を押していくのは何故だ。そんなに信用ないのか。


「くすくす…変なの。何でチロが照れてるの?」


アリスが揶揄ってくる。

俺は、その言葉に返す事ができない。アリスに振り向く事ができない。

なぜなら、俺は自分の顔が赤く染まっているだろう事に気が付いていたからだ。


(あの顔は反則だろう…)


一緒に行けると分かった時の二人の顔は、アリスに負けないくらい輝くような笑顔だった。







 

感想(誤字報告)感謝の投稿。


幕間は後一話で終わり。その後3章突入。

…の予定。


余談ですが、この回を執筆中、初めて「キャラが勝手に動く」と言う現象――その片鱗――を体験しました。

いやぁ、本当にあるんですねー。

 

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