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SS 思惑 ~女子の場合~

「ああ、やっと戻って来れたのね。疲れた…」


「へとへとだよ~、人使い荒いよ~」


城の復興の手伝いを終えて冴子と久美が自室へと戻って来た。

それぞれ個室を与えられているのだが、冒険者になって以来、二人は同じ部屋で寝起きしていた。

自室へ戻って来た安心感からか、二人は疲れを一時棚上げして会話を楽しんでいる。


「クミは錬金術師だからね、引っ張りだこなのも仕方ないわよ」


岩や金属をその場で加工できる錬金術師は建築現場では重宝される。

それは、この世界の常識だった。


「魔力切れで休めると思っても、いつの間にか満タンになってるんだよ~」


だから休憩なしでこき使われるのだと愚痴っている。


「あれ、絶対カミくんの仕業なんだよ。シーラちゃんに聞いたもん、月の魔法師には自分の魔力を他人に渡せる魔法があるんだって」


「え? そ、そうなの? ふぅん…そうなんだ…」


「サエちゃん?」


突然挙動がおかしくなった冴子を久美が訝しんだ。


「最近、多いよね。カミくんの名前が出てくるとサエちゃんがおかしくなるの」


「そ、そんな事ないわよっ!?」


「ほらね」


「むぐ」


明らかに挙動不審だった。否定されても説得力がない。


「……カミくん、魔国の王子様なんだって」


「うん、わたしも聞いたよ。あの変な名前は魔国の人が守久(かみく)を発音できなかったからなんだってね」


禅一郎が聞いていたら「変な名前って言うんじゃねぇよ!」と怒り出しそうな事を、久美は立て板に水と言った体でさらりと述べる。


「カミくんは、日本に帰らないつもりなのかな…」


「どうだろ? 王子様って言っても世襲制じゃないって話だよ?」


「でも、シーラ姫と婚約…」


「誤解って言っていたけど、満更でもなさそうだったよね。やっぱり小さい子が好きなのかな?」


久美の言葉に冴子は唇を噛んで俯いてしまう。

そんな冴子を覗き込みながら久美が決定的な一言を口にする。


「サエちゃん、カミくんの事好きになっちゃった?」


「なっ!?」


がばっと頭を持ち上げた冴子の顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。


「やっぱりね~」


「そう言うクミはどうなのよ。やけにカミくんに甘えているみたいだけど?」


冴子の性格上やられっぱなしと言う事はない。すぐに反撃に出た。

確かに久美は禅一郎と再会して以来、抱き付く等のスキンシップが増えていたのは事実である。


「日本にいた頃のカミくんと違って好印象だよね~、ちゃんと踏み込んで来てくれるって言うか、距離が近付いたなって思うよ」


「それは、あたしも同じ意見よ」


「それに王子様って事は、カミくんは向こうでいい生活をしていたって事だよね。発展した種族の文明で悠々自適な暮らしだったと思うんだ」


「それは、そうでしょうね」


「なのに、その生活を放り出してまで、わたし達を助けに来てくれた」


「……そうね」


漸く落ち着いたらしい冴子に対し、久美も真面目な顔で正面から見詰めると再び口を開いた。


「ヒデちゃんの事で頭がぐちゃぐちゃになってた時にね、カミくんの夢を見たんだ」


久美の言葉に冴子の身体がぴくりと反応した。


「『もう大丈夫だ、俺が何とかしてやるから』って言って頭を撫でてくれたの。それで朝起きたらスッキリしてた。あんなに気が狂いそうになってたのにね」


その時の事を思い出しているからなのか、久美の顔は清々しい。


「その日の午後にカミくんと再会したんだよ。思わず抱き締めちゃった」


てへぺろ、と舌を出しておどけてみせる。


「じゃあ、やっぱりクミも――」


「うん、カミくんが好き。サエちゃんとは、またライバル同士だね」


「…何でそうなるかなぁ」


冴子の顔は苦笑いだ。

酷い失恋から同じタイミングで立ち直り、再び同じ相手を好きになる。

確かに想像もしなかった展開だろう。


だが、これには事情があった。

禅一郎の手で密かに掛けられた“精神治癒リカバリーオブザハート“だ。

これは傷ついた心を癒す月の神の特殊能力だが、使徒によって手を加えられた分だけでなく、失恋による痛手まで回復させていたのである。

禅一郎とて、予想もしていない出来事だった。


とは言え、“精神治癒リカバリーオブザハート“には禅一郎に好意を持たせる効果などない。

そもそも治癒とは、飽くまでもマイナスをニュートラルに戻す事を言うのだ。


失恋から立ち直り、改めて周りを眺めてみれば、それまで親友だと思っていた禅一郎が魅力的に見えた。しかも不満に感じていた部分まで改善されていたのだ。

そして、不安定だった英雄がまともに戻っているとなれば、それが禅一郎の手によるものだろうと察するのは難しい事ではない。

頼る者のない異世界で、これは決定的となった。


「今度はもっと厳しい戦いだよ? ライバルが多いし、強力だからね~」


「シーラ姫?」


「あと、テアちゃんもだよね」


「それだけじゃないわね。カミくんは、魔国に思い人がいるみたいだし」


「うわぁ、ならその人が一番のライバルだね。魔国じゃ王子様だもん、きっとカミくんの告白成功率高いよ~」


「うっ…そ、そうか、要注意ね。その前に何とかこっちに振り向かせないと」




だが、この二人はまだ気が付いていない。

禅一郎にとって、これまで冴子と久美は“英雄の彼女(候補)”と言う認識だった。

つまり、自分の恋愛の対象として見ていないのである。


さすがのこの二人も、自分達がスタートラインにすら立たせて貰えていないなどとは知る由もなかった。







 

イブの早い時間にこっそり更新。「思惑 ~男の場合~」は一話挟んだ後で。


章タイトルは”幕間”ですが、三章を開始するにあたっての状況整理も兼ねています。

 

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