ドロテア
なんと感想を頂いてしまいました。
感謝の更新。
頑張って急いで書き上げました。ぜぇぜぇ。
これとは別に年内にもう一回くらい更新したいと思っています。
※ 今話は三人称です。
ドロテアは家族を欲している。
幼い頃に本当の家族と死に別れたからだ。
家族だけではない。生まれ育った村ごと失った。
原因は戦争だった。
村は裕福ではなかったため、近郊が戦場となった際に避難できなかったのだ。
結果、村は蹂躙された。他でもない自国の軍隊によって。
戦争は人を変える。
いつも村に見回りに来ていた優しかった兵士さんが、狂ったように村の家屋を破壊し、村人を殺していった。その兵士も戦争で死んだらしい。
だからドロテアは戦争が嫌いだ。
一人生き残ったドロテアは神殿が運営する孤児院に引き取られた。
そこで生活するうちに巫女の才能有りと認められ、神殿で修行する日々を送る事となる。
巫女の大半はドロテアのように孤児院からの移籍組だ。
そのため、戦争に出向く事を良しとしない者が多く、戦場での役目には一般の魔法師が携わる事が多かった。
ドロテアもそんな戦争拒絶派の巫女だ。
だが、巫女とは言え修行だけをしていればいいと言う訳にはいかない。
仕事をしなければ収入が無く、生活が貧しくなるのは一般人と同じなのだ。
では、何をするか。
一つは戦争に同行して治癒魔法を担当する魔法師。
もう一つは、冒険者としての魔法師である。
孤児院とは別に神殿の運営するもう一つの団体、冒険者ギルド。
そこでドロテアは冒険者として登録し、魔法師としての腕を磨いた。
「いいか、魔物と比べて俺達人間は身体能力に劣る」
「はい」
「そんな人間を憂いた神様は特殊な魔法を人間に与えてくれた」
「それが身体強化ですか?」
「そうだ。だから魔法師の役目は、まず何より初めに身体強化。これは絶対だ」
「分かりました」
冒険者となったドロテアが組んだのは、親子ほども年の離れた男達だった。
戦争を嫌い、神の説く正統なる発展を望んだ者達。
そんな人間が僅かだが存在していた。
彼らは周辺国の迷宮で実力を身に付け、ついに“陽の迷宮”へと進出して来た冒険者パーティーだ。
“陽の迷宮”攻略に際して万全を期するため、魔法師を仲間に加えるべく神殿を頼った際に紹介されたのがドロテアだった。
「このアークランドは首長国だ。“陽の迷宮”へ潜るにも苦労しない上に、国は神殿への建前として迷宮攻略を拒否する事ができない」
「おかげで国は俺達が迷宮に籠っても手を拱いて眺める事しかできないって訳だ」
「神殿様々だな」
「違いねぇ」
パーティーのリーダーにして盾職のマードック。
アタッカーでムードメーカーの槍戦士エイハブ。
冷静沈着にしてパーティーの頭脳、魔術師リーバイ。
目端の利く弓師のカラム。
彼らは人間の冒険者の中でもベテランの冒険者だった。
有能な冒険者がすぐにスカウトされてしまう中で、これは異例だ。異質と言ってもいい。
しかし、その理由は実にシンプルだった。
「俺達も戦争で家族を失ったんだよ」
初めて会った際にマードックが言った言葉だ。
ベテランの冒険者と言う、異質な彼らに疑問を持ったドロテアの質問に対する答えがこれだった。
一度は兵士としてスカウトされた。
だが戦争で家族を失い、彼らは間違いに気付いたのだ。
「だから、戦争には行きたくねぇ」
「種を滅ぼす後ろ向きな行為に賛同はできない」
「金儲けじゃねぇんだ。これは俺達の覚悟であり、誇りさ」
ドロテアは、そんな事を真顔で言う彼らに好感を持った。
だから彼女の答えは一つしかなかった。
「これから、よろしくお願いします」
こうして、ドロテアは再び仲間を得た。
彼らはドロテアを自らの娘のように扱った。
いきなり“陽の迷宮”へと入らずに、周辺の初級や中級の迷宮を渡り歩く。
冒険者としての基本を彼女にきっちりと教え込み、生存率を上げる事を重視した。
踏破せずに移動する事から、一つ所にいられない理由でもあるのかもしれないと思いつつも、ドロテアは彼らに付いて行った。そして技術を吸収していく。
「しっかし、嬢ちゃんの言葉遣いは片っ苦しいな」
「もっと自然に喋れないもんかね?」
「そんな事を言われても…」
神殿で散々礼儀作法などを叩き込まれて来たのだ。
時には王城へと出向いて侍女見習いとして働く事もあるほど本格的なものだった。
そう簡単に変えられないのも無理はない。これでも頑張っている方だった。
ドロテアにとって、失った家族を取り戻したかのような幸せな時間。
だが、そんな時間も長くは続かなかった。
「おじさん、これ下さい」
ドロテアは雑貨屋に薬草を買いに来ていた。
「はいよ。魔力回復促進の薬草を二十だね。体力回復の薬草はいいのかい?」
「うん」
魔力には限りがあり、いざという時のために温存するのが冒険者だ。
その流儀に従って、軽度の怪我や解毒などは薬草で補うのが彼らの流儀だった。
「しかし、こんなに買い込むなんて、またすぐ迷宮に潜るのかい?」
「ううん。今、ちょっと行き詰ってるから、暫く街にいるんだって。薬草はテアの練習用」
「そうかい。じゃあ、今はみんな街にいるんだね」
「うん」
彼らは探索をいったん打ち切り、宿へと戻って来ていた。
もっとも、ドロテアだけは自室がある神殿に帰らせている。
ドロテアは一緒に泊まりたがったが、収入の少ない冒険者家業故に節約できる部分は節約しないと、あっという間に貧困で苦しむ事になるのだ。
マードック達は、宿で顔を突き合わせて相談していた。
「なぜだ! なぜ、これだけ探しているのに閉ざされた扉の鍵が見つからねぇ!」
“陽の迷宮”で彼らの行く手を阻んだのは鍵の掛けられた扉だった。
これまでの経験から言っても、鍵はここまでのどこかに隠されている筈である。
なのに、それが見つからない。
無理やり開けようとすれば、罠に掛かり死ぬだろう事は明白だった。
「まるで、故意に誰かが隠し持っているかのような――」
パーティーの頭脳であるリーバイが告げた言葉にマードックが反応する。
「おい! まさか!?」
アークランドに限らず、国にとって冒険者は目の上の瘤だ。
況してや“陽の迷宮”を攻略する冒険者など、あってはならない存在だった。
「――ならば、攻略できなくしてしまえばいい」
「例えば扉の鍵を奪ってしまえば、冒険者は攻略を進められない…と?」
彼らがその考えに至った時、部屋の外に突如として多くの気配が現れた。
「どうやら、この推理は的を射ていたようだな」
「部屋の外だけじゃない、宿も囲まれているみたいだ」
マードックとカラムが冷静に状況を確認すると、エイハブとリーバイが希望を口にする。
「テアがいなくて良かったな」
「彼女はただの魔法師じゃない、巫女だ。さすがに巫女を殺せば神殿も黙っちゃいないだろうからな。国としても慎重になるだろうさ」
「まぁ何にせよ、巻き込まなくて良かった」
自分達が死んでも、ドロテアが生きていれば希望は残る。
そう信じて疑わなかった。
そして戦闘が始まる。結末の見えた戦いだ。
いや、これはもう一方的な殲滅と言うべきだろう。
兵士や貴族のお抱えとしてスカウトできない冒険者の行く末。
――それは暗殺だ。
そして、その事実は闇に葬られ忘れ去られる。
こうしてドロテアの知らぬところで、彼女はまたしても家族を失った。
失意に沈む彼女を引き上げたのは神からの神託だった。
『もうすぐペッテル国に魔国の王子がやってくる』
神託によると、この世界は異世界からの脅威に晒されているらしい。
彼らは生贄を捧げて勇者の召喚を行うなど、着々と侵略を進めていると言う。
そんな勇者を正道へと引き戻し、脅威を払うだろう人物。それが魔国の王子だ。
しかも神託によれば、ドロテアが頑張って役に立てば、彼は家族になってくれると言う。
神託に従いペッテル国に赴いたドロテアは冒険者ギルドで件の人物を待ち受けた。
当然、そこへ現れたのは禅一郎だ。
(あれが魔国の王子、ゼン=イチロー・カミン・クー。――いい男)
一目惚れだった。
そして、その事が神託を狂わせた。
(テアが頑張れば、家族に――お嫁さんにして貰える)
神が聞いていたら「そんな事は言っていない」と反論したに違いない。
バーセレミは太陽神であって恋愛神ではないのだ。
まさかそんな事態になるとは、神でも予想できなかったようである。
そんな下心もあって禅一郎に接触したドロテアだが、最初こそ疑われたものの禅一郎の自分に好意を向けてくる相手を無下にできない性格も手伝って、順調にパーティーに溶け込んでいった。
だが、禅一郎が勇者たちと同じ世界からやってきた事を知り、ドロテアは二人の間に深い溝が横たわっている現実を知る。
(人として差があり過ぎる。このままでは、これ以上ゼンの傍に近寄る事ができない。彼らの会話に入り込めない)
この差を埋めるには種の発展が欠かせないのではないか。
ドロテアが、そう考えるようになるのは自然な流れであった。
『家族になるだけなら、とっくに達成できていたのに』
バーセレミが、そんな溜息を吐いていたとは知る由もなく、自らハードルを上げてしまったドロテアの頑張りが報われる時は、果たしてやって来るのだろうか。
その背景の見えて来ないテアの半生をダイジェストでお送りしました。
じっくり描けば、これだけで1章かかりそうな話ですが、それが許されるほど時間がないですし…
溜息しか出ませんね。
今話に限らず、本編以外では主人公が不在の回は他者視点か三人称になります。
SSか閑話、幕間ですね。