SS 継承
「そこ、腕の角度が違う。で、手首はこう」
俺はここ数日、シーラの“神降ろし”の練習を見るために部屋を訪れていた。
その都度修正点を洗い出し、完成度を高めていく。
何せ二か月超と言う長い期間に渡って城を開けるし、何時仕掛けてくるかのタイミングは相手が握っているのだ。
できるだけ早く物にして貰わないと安心できない。
“神降ろしの舞”自体は俺が作った。
”操られる道化”の応用だ。“操られる道化”も動作に意味を持たせて、それを組み合わせる事で相手を催眠に落とす技だからな。
ちなみに祝詞も俺が作ったものである。
自慢じゃないが、俺はこの手の事に詳しい。
実家が噺家の大御所だけあって、何かイベントがあると神社の神主さん呼んで儀式やったり、祭事などがあると呼ばれて行ったりするのだ。俺もよく付き合わされた。
しかも爺ちゃんが大物だから、毎回結構偉い人が来るんだよね。
俺は人の話を聞くのが上手い子供だったから、色んな話を聞かされたものさ。
それが今になって役に立つんだから、世の中どこで何が意味を持つか分からないよな。
「難しいですわ…」
項垂れながら、シーラが溜息を吐いた。疲れているのだろう、割と本音だ。
頑張っているのだが、思い通りに動けない自分に苛立っているのかもしれない。
「動きの一つ一つにそれぞれ意味があるんだ。間違えれば動作の持つ意味が変わってしまう。儀式として舞う以上、ミスは許されないんだ」
本番では補助の魔力回路を動かすからもっと楽にできるようになるけどな。
今は練習中なので、魔力回路の効果は切ってある。
「わたくしはずっとこの部屋にいたので、体を動かすのが得意ではないのです」
この手の練習は、正確なイメージを頭の中に構築できるかどうかにかかっている。
だけど、そのためには自分である程度動けないと、そのイメージ自体が作れないのだ。
シーラは最初の段階で躓いてしまっているんだな。
「俺がシーラの身体を操って、正しい動きのイメージを掴んでみようか」
「そんな事ができるのですか?」
俺を見るシーラの顔がぱぁっと輝いた。
「俺を受け入れてくれれば”操り人形”で動かせ――」
俺はセリフの途中で固まった。
「お兄さま?」
シーラがそんな俺を訝しむ。
俺はシーラに近付き、肩に手を置いた。
「シーラ、済まないがやる事が増えたぞ」
「え?」
ちょこんと小首を傾げるシーラ。うん、可愛い。
シーラには今の小動物みたいな動作がよく似合う。――じゃなくて、俺は閃いてしまったのだ。
「シーラには”操られる道化”も覚えて貰おう」
と言っても、”操られる道化”の全てを覚える必要はない。
周囲の者の動きを止める、金縛りの動作だけでも充分に保険になる。
これができれば使徒に先手を打たれても――いや、どうにもならない事態にまで陥ったとしても逆転の一手になり得る。
“魔力相滅”のようなAと言う手札ではない。
あらゆる状況に対応できる俺の切り札。それが”操られる道化”だ。
「俺だけのオリジナルだ。どうだ、覚えてみるかい?」
「お兄さまだけの? では、わたくしも覚えれば、世界中で二人だけの…」
「そうなるな」
「やりますっ! わたくしも覚えたいですわ、お兄さま!」
シーラは俺に好意を寄せている。当然、そう答えてくれるだろうと思っていた。
自分でもちょっとズルいと思うけど、シーラの気持ちを利用した形になったが、俺だってシーラには好意を持っているのだ。
恋愛感情は抜きにしても、こんな美少女に懐かれて悪い気はしないし、ここまで素直な好意を寄せられれば絆されもする。
しかし、そんな俺の目論見は外れ気味だった。
正しいイメージを構築できないシーラに、更に覚える事を増やそうと言うのだから当然である。
「うーん、俺の動きを見ても分からないとなると…客観的な視点が足りないのか?」
「きゃっかんてき、ですか」
「そうだな、ヌイグルミでやってみせようか」
そう言って、俺はシーラがいつも大事そうに抱いているムーンジェスター人形を“操り人形”で操作する。
むっくり、ひょこひょこ、ばったり
「まあ、まあ、まあ」
シーラは笑顔で見ていたが、暫くすると
「お兄さま、わたくしもやってみたいですわ」
と言い出したので、やらせてみる事にした。
ひょこひょこ、ばったり、むっくりひょこひょこ、くるりん
あれ? 思いの外上手いんだけど。
「以前、お兄さまがやってみせてくれた動きですわ」
だからよく覚えているのだと言う。
「なら、その動きをベースにして、更に必要な動作を加えるとするか」
こうして、“操られる道化”は実にあっさりと解決した。俺の切り札なのに…
まあいいや。
“操られる道化”はヌイグルミで行なう事として、やはりシーラには舞を頑張って貰おう。
俺の心情はすっかりシスコン兄貴になっていたため、厳しく教えるのには非常に骨が折れた。
シーラがそんな俺に頑張って応えてくれたおかげで、俺達が迷宮に出かける頃にはそれなりに形になっていた。
「よく頑張ったな。後は繰り返しの修練で完成度を上げていくだけだ」
「はいっ! お兄さま、ありがとうございます!」
こんな少女に全てを託さなければならないとは不甲斐ない限りだが、それでも今回の作戦はシーラにかかっている。
俺はシーラのネックレス――真珠に掛けた封印を解いて、魔力回路を稼働させた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「はい。行ってらっしゃいませ、お兄さま」
俺はヒデ達と合流するべく、城門へと足を向けた。
勿論シーラに手を振るのを忘れたりはしない。
あれ? おかしいな、来週辺りに投稿するはずだったのに。
二章を終えたら、がっつんがっつん評価頂いたみたいなので感謝の投稿です。
ボーナス支給日はノー残業デーらしいですよ。
この忙しいのに何言ってんだと思いましたが、おかげで何とか書けました。