02-30 次に目指す地
上級迷宮攻略は、その後恙なく終了した――と言うと、ちょっと語弊があるか。
何故なら、多少の問題が発生したからだ。
まず、迷宮の心臓部が宰相――使徒に乗っ取られていた。バーセレミは、これを検知して警告をくれたんだな。
その後、最深部と守護者のLSDを浸食したところで俺達と遭遇した訳だ。
実のところ、これはかなりやばい事だった。
宰相が、もう少し早く迷宮を浸食していたら…
そう、俺達が中層を彷徨っていた頃に深層まで掌握されていたなら、俺達は帰る術を失っていたのだ。
いや、むしろ宰相はそれを狙っていたのだろう。
単身俺達の前に姿を現したにしては、奴には余裕があった。恐らく俺達を迷宮に閉じ込めて、自分は転移で帰還すると言うのが計画だったに違いない。
俺達の前に姿を現したのは時間稼ぎ。あの間も浸食を進めていたのだろう。
搦め手って怖いわぁ。
ちなみに、迷宮は宰相が死んでも浸食の解除はされなかった。厄介な事しやがって。
仕方がないので俺が再浸食したのだが…
(ユスティスもああ言っていた事だし、俺が掌握してもいいよな)
控えめに言ってもユスティスの言ってる事は“傍若無人に振舞え”って意味だった。
種族本来の迷宮である”陽の迷宮”を乗っ取る訳じゃないのだし、一つくらい構わないだろう。そう思って作業を進めていたところ…
『お姉ちゃんって呼んでくれたら許可してあげるわ』
(うわお! びっくりした!)
何と神本人から直接交信が来たのだ。
とは言う物の、強気で行けと言う彼女の弟の言もある。
どうしたものかと考えていると…
『ごめんね? それで丸く収まるから、呼んであげてくれるかい?』
(おいぃ! お前もいたのかよ!)
さすがに実の姉を威せとは言えないのだろう、実に穏便な手段を薦めてきた。
(まあ、いいけど…)
殺していいよ、とか言われるより百倍マシだし。
その案に乗るのはいいが、問題は何と呼べばいいのか?である。
(考えても浮かばないし、いつも通りに――セレ姉でどう?)
勿論、バーセレミのセレである。魔国の姉達に対するのと同じノリだ。
『嬉しいわ、ありがとう。これであなたは私の弟よ、愛しい子。今後、人の領域での自由な振舞いを許可します』
(おいぃ! 何か大事になってるぞ!? この迷宮をくれるってだけじゃなかったのかよ!)
『もちろん、その迷宮はあなたにあげるわ。それに、私の弟が私の支配する地で自由に振舞う事に問題などないでしょう?』
『言い出したら聞かないから、諦めた方がいいよ』
(だめだ、こいつら…早く何とかしないと)
そんな訳で、この上級迷宮は俺の物となった。
攻略報酬は宰相に奪われていたので無しだった。実に残念だが仕方がない。
代わりと言っては何だが、ザヴィアには一体のドラゴンが与えられた。
「キュイ!」
「かわいい~、わたしにも抱かせて~」
「透き通るような真紅ね。とってもキレイ」
「幼竜が人前に姿を晒すなんて初めてではないでしょうか」
「そうなのかい?」
「ドラゴンはすぐに成長する。生物の覇者として、弱い時間を極力短くするためと言われている」
「へぇ~」
与えられたのは手乗りサイズの幼竜、それも宝石種である。
「ルビードラゴンか、奮発したもんだな」
《いいえ、あなた方の恩に報いるには、これでもまだ足りない》
俺の言葉に返したのはLSDだ。
使徒の浸食により、正気を失っていたのを治してやったらこうなった――と言う事になっている。建前上は。
真相は、ざっくり言ってしまえば俺がこの迷宮の主に収まったからだ。
本当はLSDをこき使ってやろうとしたんだけど――
《御役目があるので、ここから離れられません》
御役目とは、この迷宮の守護者の事だ。
「構わない、俺が許す」
もう俺の迷宮だしな。ここまで来れる冒険者などいないから問題ない。
するとLSDは
《勘弁して下さいぃ…》
と泣きながら訴える始末だった。
「なら代わりに何か寄越せ」
《では御役目のない幼竜を》
と言うやり取りの後、宝石種の竜の長と連絡を取ったところ、やって来たのが紅玉竜の幼竜だった。まるで人身売買だな。
《勇者と行動を共にする事が、この子の御役目です。あと一月もすれば騎乗できる程に成長するでしょう》
「キュアア!」
「おお! やったー!」
「わ~い!」
「それは楽しみね」
「ドラゴンに乗れる日が来るなんて、これは夢でしょうか」
「凄い。英雄譚の主人公みたい」
大好評である。あのテアでさえ目を輝かせている程だ。ドラゴンに乗ると言う事は、それほどの偉業なのだろう。
結局、上級迷宮の褒賞は竜亀の甲羅と、この紅玉竜だけだった。
「ヒデ、この子に名前付けてやれよ」
本当は竜族の名前があるのだが、発音が難しい上にやたら長い。
ルーヌなんちゃらかんちゃら…だった気がするが、聞いた瞬間覚える事を放棄した。
ちなみにLSDはシュルヴィなんちゃらかんちゃら…だった。もう面倒なので、そのままシュルヴィと呼んでいる。
「そうか、名前か! 何がいいかなぁ」
ルーヌ(仮)は、期待に目を輝かせている。
「じゃあ、アップル。お前の名前はアップルだ」
「キュイ!」
ルーヌ(仮)改めアップルは、元気に返事をしている。どうやら気に入ったらしい。
テアとアルフもにこやかだ。
対してサエとクミの表情は実に微妙だ。そりゃ、そんな顔にもなるだろう。
「可愛い響きですね。とても似合っています。どんな意味があるのですか?」
そんな中、アルフが地雷を踏んだ。
「うん、俺達の国ではルビーの事を紅玉って言うんだけど、リンゴと言う果物にも紅玉って言う品種があるんだよ。ルビーみたいに真っ赤なところから名付けられたんだろうね。で、リンゴの事をアップルとも言うんだ」
そう、ヒデの頭の中で【ルビー ⇒ 紅玉 ⇒ リンゴ ⇒ アップル】と言う連想がなされた事は想像に難くない。
「なるほど、だからアップルなのですね」
理由を聞いたアルフは感心している。あれ? 思ってた反応と違う?
見ればテアも同様に感心している。あれ~?
「勇者は学がある」
なるほど、テアのこのセリフで分かった。
俺達は安直だと思ったが、この世界ではそうやって連想できる人間の方が稀なんだな。
「本人?が喜んでいるならいいのかしらね」
「そうだね~。理由はともかく、かわいい名前なのは確かだもん」
恐らく同じ結論に思い至ったのだろう、サエとクミも納得したようだ。
王都へと戻ってくると、王城は落ち着きを取り戻していた。
実際の所は分からないが、傍目には混乱は収まっているように見える。
「お兄さま!」
城に戻るとシーラが俺の胸に飛び込んで来た。
そんな俺達を、王様が戸惑いの目で眺めている。
「婿殿、婿殿は一体…」
この城で、シーラの降ろした神が俺だと言う事に、唯一気付けるのが王様だ。
「みんなには内緒にね」と俺がジェスチャーで示すと、王様は渋々頷いた。ここで大騒ぎにはできないと思い直したのだろう。
シーラの頭を撫でる俺の右手は親指を取り戻していた。勿論、自分で再生したのだ。
使徒と言う脅威が去った事と、上級迷宮と言う拠点を手に入れた事で、緊急時の移動の手段が確保されたからだ。
それに、もっと修練を積めば、シーラは自力で俺を降ろす事ができるようになる。
真珠は“俺の指だった物”となったが、それだって触媒としては最上位なのである。現在進行形で神自身の肉体が触媒になるなど、イレギュラー以外の何物でもない。
そして、降ろされる神自身が降ろし方を手解きした巫女シーラ。
そんな巫女、世界中の何処を探したっている訳がない。
シーラは神々との距離が近いこの世界に於いても、非常に稀有な存在となったのである。
とは言え、太陽神の領域で他の神が幅を利かせるのはどうなのよ?
その神の加護を持つ国って異教じゃね?
そんな俺の疑問は不要であった。
何故なら、
『道化神ムーンジェスターは、我の弟神なり』
そんな神託をあのバカ神が下していたからだ。
王様の戸惑いの度合いが大きかったのはこれが原因か!
そんな訳で、ペッテル国は神の肝煎りの国として注目を浴びてしまったのだった。
「星の神々の領域へ行こうと思う」
あれから三月ほど経ち、俺は仲間達を集めると、そう告げた。
勿論、地球――日本へと帰還する方法を探しにだ。
「おう! 俺は、いつでもいいぜ」
「行く事自体は賛成だけど、まだ復興を手伝った方がいいんじゃないかしら」
「そうだね~、なんか外交も不安定って聞いたよ~」
その通りだ。さすがにあれほどの混乱と、重要な役職にあった者達が一斉に姿を消した事は隠し切れない。この国が混乱に陥っている事は外から見ても明白だった。
「勘違いするな。行くのは俺だけだ」
勇者と仲間達。
その名声は、今や人間の領域中に轟いている。上級迷宮を踏破する程の猛者として。
その勇者が身を寄せる国ペッテル。
その事実が、他国からの侵略を未然に防いでいるのは誰もが認めるところだ。
そんな彼らを連れて行ける訳がないだろう。
「みんなには、戦争の抑止力としてこの国に残って欲しいと考えている」
「ちょっと待てよ! いくらゼンの言う事でも、聞ける事と聞けない事があるぞ!」
「そうよ! だいたい、星の領域に行くのは私達の――いいえ、私のせいでしょう!? 私の我儘でカミくん一人を危険な場所へ行かせるなんてできないわ!」
「決めつけは良くないな。危険かどうかは分からない、未知の場所だ」
「尚更悪いわよ!」
そうかなぁ、魔国じゃ多少の付き合いがあるって話だったし、そこまで危険とは思わないんだけどなぁ。
「やっと会えたのに、またバラバラになるなんて嫌だよ~」
まさかの大反対だった。おっかしいなぁ。
神殿と冒険者ギルド、そして国。身近なところではザヴィアと言う信頼のおける仲間達。ヒデ達を取り巻く環境は、これ以上はないと言うほど整った。
俺としては実に安心して行ける状況になったと言うのに、何故これほどの反対を受けると言うのか。
状況を整理しよう。
まず、この国を放置していく事はできない。これは絶対だ。
俺達がいなくなった途端、他国に攻められてこの国は滅亡する。
神の加護? そんな物は持たない国から見れば脅威としか映らない。むしろ向こうからの侵略を早めるだけだ。
次に星の神々の領域探索を考えてみる。
俺一人いれば充分に事足りる。
状況整理終了。
「あれ、何も変わんないぞ?」
「何も変わんないぞ? じゃないわ! この、スカたーん!」
すぱーん! と頭を叩かれた。
「何をする、痛いじゃないか」
「痛くしたんだ、このアホたれ!」
「あのね、カミくん。何でそこで一人で充分ってなるの?」
呆れたようにサエが言う。
「この国に戦力として残す場合、いなくても一番痛くないのが俺だ」
お前達は、俺がいなくてもLSDを倒せることを証明して見せたろ?
「そして、未知の世界で生き残れる確率が一番高いのも俺だ。戦闘力こそ低いが、応用が一番利くのも俺だからな」
「それはそうかもしれないけどぉ…」
「ハッキリ言おう、お前達がいると足手纏いなんだ」
情報収集能力皆無な上、日本での生活を持ち込み過ぎる。お風呂とか。
星の神々の領域は人間でも魔族でもない生命体が治める地だ。大多数が獣人だろうと言う事を考えても、転移組を連れていく事はマイナスにしかならなかった。
「それなら、私かテアだけでも一緒に行ってはいけないのですか?」
「ダメだな。ヒデ達が十全に力を発揮するためには、二人の存在は必須だ」
アルフの提案も却下する。これは譲れない。
テアも何か言ってくるだろうか。反応を伺うと何かを決意した表情で告げる。
「テアは残る」
「テア!? 何故ですか、あなたが一番一緒に行くと言うと思っていたのに」
「それがゼンの望みだから」
「ゼンの!?」
「ゼンは、こう思っている。自分がいない間、テア達に”陽の迷宮”を攻略して欲しいと」
その場の全員が息を呑んだ。
そう、俺もだ。ちょっと驚いてしまった。よく解ったな、テア。
「前にゼンは言った。元の世界に戻る方法は二つあるって」
そうだ、一つは星の神々の特殊神聖魔法。そして、もう一つは――
「迷宮攻略による発展」
実は、俺は一つ勘違いをしていた。
それは太陽の属性。延いては人間の属性だ。
以前、俺はそれを“平均”だと考えた。だけど、それは違ったんだ。
ヒデはソルの力を解放し、重力を操ってみせた。
その際にソルは言った。
ソレが太陽の在り方に沿うならば、どんな事でも可能だと。
果たして、それが“平均”と言えるのか?
考えるまでもない、答えはノーだ。
なら、太陽の――人間の属性とは何だろうか。
「答えは、“可能性”だ」
弱点を持たないからこそ何にでもなれるとは、そういう事ではないのか?
地球に生命が溢れているのも太陽の恩恵だ。
でも、他の惑星に生命は存在しない。
それらが示している事こそ“可能性”、その結果ではないだろうか。
それに気付いた時、どこかで見知らぬ女性が柔らかな微笑みを見せた気がした。
「その通りだ。この国が復興すれば、王様は外交を推し進めていく。そして覇権を握るために、必ず”陽の迷宮”を手に入れるだろう」
実際シーラの事があるまでは、もう少しってところまで来ていたって話だしな。
「お前達には、その時に迷宮の攻略を進めて欲しいんだよ」
そして繰り返し言うが、その時に誰が欠けても攻略は上手く進まない筈だ。
欠けていいのは俺だけだ。俺だけが自由に動けるポジションなんだから。
「分かったか? これが一番いい分担なんだ」
俺がそう言うと――
「………くそっ」
ヒデは渋々と。
「――――」
サエは無言で。
「ううぅ~」
クミは唸りながらも。
「――ふぅ、分かりました」
アルフは溜息を吐いて。
「頑張る」
テアは力強く頷いて。
俺の愛すべき仲間達全員が承諾したのだった。
そうして、俺は皆の反論を無理やり捩じ伏せて議論を終える。
いや、議論するつもりはなかったんだよな。報告だけするつもりだったんだ。
なのにどうしてこうなった。
まずは情報収集からだ。基本は大事。
親交があり、情報も信頼のおける魔国に戻るところから始めようと思う。
懐かしい家族と会える。
それだけで俺の心は浮足立ってしまう。
話したい事はたくさんあった。
(ほんの数日だけ、自分の事に費やしても罰は当たらないよな?)
そんな事を思いながら、俺は帰国の準備を進めるのだった。
なんということでしょう。まさか連日評価を頂けるとは。
と言う事で感謝の連続投稿。そして二章終了。この先はないです、今のところ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
前にも書きましたが、12月と1月は仕事が繁忙となります。
実際には年度末までですけど、特に忙しいのがその二か月なのです。
その間は本編の投稿はせず、仕事の気分転換と言う意味でSSでも書こうかと思っています。
それでも半月に一度とかそんな頻度でしょうけど(未定)、今後とも忘れずにいていただけたら嬉しいです。