02-27 王城動乱
「次は、いよいよ守護者の間だな」
休憩しているとヒデが感慨深げに呟いた。
「そうねぇ、中層なんて凄く大変だったけど、終わってみれば成長を感じられて有意義だったわ」
「そうだね~。でも、やってる最中は嫌で嫌で仕方なかったよ~」
そうだな、キツかったけど皆が成長した有意義な探索だった。
「皆さん成長しましたよね。私は対大型相手の課題が残ったままですが…」
どんよりとした空気を背負ってアルフが項垂れる。
いやいや、そんな事ないから。アルフは頑張ってるから。
「テアも、もっとできる事を増やしたい。守りに徹すると回復が御座なりになりがち」
それも仕方ないところなんだよな。アルフは皆が安心して動くための要で、それを補佐できるのはテアだけだ。言い換えれば、テアに最も求められる役割がそれなんだ。
「ヒデは新たな厨二に目覚めたよな」
「おいっ! 俺だけ扱いが酷くないか!?」
「だってねぇ…」
「アレはねぇ…」
「ソル、みんなが虐めるよー!」
《泣くな、主よ。主の力は、未だ嘗てない強力なものだ。誇っていいのだぞ》
確かに能力そのものは凄いんだけどな。そこに至る経緯が余りに余りだったもんで、扱いがこんな風になるのは仕方がないんだ。
「そう言うカミくんは、いつから魔法師だったのかしら?」
「そうだよ~、わたしびっくりしちゃった」
やっぱりその話になるよな。まぁ、こいつらが魔国に攻める気がない事がハッキリした以上、もう隠しておく意味はないんだよね。
「魔国にいた頃からだ。契約した相手が魔神だから人間の国では隠していただけだよ。実際テアは知ってたしな」
「うん」
俺の言葉にテアが頷いた。
「確かにペッテル国は魔国への侵攻を謳っていましたし、隠さなければ危険でしたね」
アルフも話を合わせて擁護してくれる。
「確かに」
ヒデが納得した事で、この話は終わり――
「だからって、今の今まで内緒にする事ないじゃない。カミくんは、いつも水臭いのよ」
と思ったら、サエが不満を訴えた。
「確かに」
おい、ヒデ。
「単に忘れていただけだよ、他意はないぞ」
「ほんとかなぁ~?」
「ほんとだよ!」
我が事ながら人望ないな!
休憩が終わり、最深部のその手前、守護者の間へと通じる扉の前に立つ。
「最後の戦いだ。気を引き締めて行こう!」
守護者もそうだが、それ以上に気になっているのがバーセレミの警告だ。
ここまで、それらしい事が何もなかった。
曲がり形にも神の警告だ、気のせいや勘違いって事はないだろう。
“ごごごごご――”
守護者の間の扉が開く。鍵は掛かっていないようだ。
「これは…」
「もしかしたらと思ってはいたけど…ね」
「ふわぁ~」
「綺麗」
「相手に取って不足はないぜ」
上級迷宮の守護者。
それはドラゴンだった。
サエも言っているが、鱗を持つ魔物と言う法則に従えば、最終関門である守護者がドラゴンかもしれないと予測するのは難しい事じゃないだろう。
「だがこれは――」
ドラゴンはドラゴンでも、こいつは成竜だった。
「ラージサファイアドラゴンか」
それも宝石種――上位種だ。
所謂、普通のドラゴン――ドラゴンを普通と言うのもおかしな物言いだが――と比べると二段階も上の存在なのだ。
(つくづく難易度高ぇ…これが上級迷宮か)
“キシャァァアアアアアア!”
感慨に耽っているとLSDが雄叫びを上げた。
まさか!? 守護者は主とは違って試験官なのだ、先制を取る事はない。
だがそんな俺の考えを嘲笑うかのように、LSDは雷の息を吐いた。しかも横薙ぎにだ。まずい、全滅コースだ。
「”引力”!」
ヒデが叫ぶ。真っ直ぐ突き進むはずの雷の息の軌道が曲がる。
俺達を巻き込む筈の雷は軌道を変え、側面の壁に突き刺さった。
ずんずんずんずん
息が外れた事など気にも留めず――いや、初めから結果などどうでもよかったのだろう、LSDは俺達に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。
「蹂躙攻撃か!? アルフ!」
荷が重いのは理解しているが、あれに対抗できるのはアルフしかいない。
「”身体強化”――”全身体能力”」
見れば、テアがアルフに身体強化を掛けていた。自分達の役割を理解しているのだ。
本当にさすがだよ、君たちは。
「任せて下さい」
アルフは一言告げるとLSDに向かって走る。当然、テアも一定の距離を保って付いて行く。
だが、いかんせん体格差があり過ぎる。真面にぶつかればアルフが力負けするのは明らかだ。
「”重力”!」
再びヒデの声が響く。
ずん…ずん…ずん…ずん…
LSDの足取りが重くなる。先程までの勢いは完全に失っている。
「”突撃阻止”!」
そこをアルフがLSDの横っ面――それだけでアルフの五倍くらいある――を盾でぶっ叩いた。
凄ぇ、あの巨体がたたらを踏んでいる。
ヒデの援護があるとは言え、アルフはあそこまで強くなっていたのか。
『――お……さま――』
(――っ!)
突然、よく知る声が俺の脳裏に響いた。
シーラの祈りだ。微かだが、確かに聞こえた。
「やれやれ、宝石種の成竜がまるで相手になりませんか。覚醒した勇者とは本当に厄介なものですね」
守護者の間に俺達以外の声が響いた。
「誰!?」
サエが誰何する。
声はLSDの向こう側から聞こえた。そこに目を向ける。
「バルフォア宰相!?」
「宰相さん!? どうやってここに?」
ヒデとサエが驚愕の声を上げる。
そりゃそうだろう。俺達ですら、ここに来るまで二か月近く掛かってるんだ。一般人がここまで来れる筈がない。
言い換えれば、こいつは一般人じゃないって証明しているようなものだ。
ヘンリク・バルフォア
ペッテル国宰相。この国を牛耳っていた使徒の一人だ。
「覚醒おめでとう、勇者殿。いや、実に残念だ。我々の傀儡であれば生きていられたものを…もう君達を操る事ができない以上、死んで貰うしかない」
「何だ、何を言っている?」
「おや、彼は何も話していないのですか?」
「だから、何を言っている!?」
「随分と薄情じゃないですか、魔国の王子は」
使徒はチラリと俺を流し見る。
「魔国の、王子?」
サエが驚愕した顔で俺を見た。
「そう、彼はゼン=イチロー・カミン・クー。魔国の王子です」
「ぷっ! カミくん、なにその名前~」
笑うんじゃねぇ、クミ! 緊張感が削がれるだろうが!
「彼はシーラ王女を篭絡した。その上、ウィルベルト王までも」
それは誤解だ。と言いたいけど、客観的にはそう見えるんだろうなぁ。
「ねえ勇者殿、敵国の傀儡となった王も王女も国にとって害でしかない。彼らには、そろそろ退場して貰うべきとは思いませんか?」
なるほど、さっきのシーラの祈りはこれのせいか。
「もちろん、退場願うのは王達だけではなく、君達もだがね」
ついに始まったって訳だな。
使徒の反撃が。
そう、こうなる事は予測していた。
心変わりした王と、それを促した魔国の王子。
仲間が全滅した魔国。
そこの王子とこの国の王女を婚約させるとなれば、何が起きたか想像に難くない。
ついでに言えば、魔国の王子には正気に戻った勇者達が付いている。
彼らを再洗脳しようにも、俺の守りに阻まれ上手くいかない。
そんな折、魔国の王子と勇者達が揃って王都を空ける。それも二月超と言う長期間だ。
追い込まれた使徒が、そのタイミングを逃す筈がないだろう。
「最後にこんな趣向を凝らしてみました。おっと、変な考えは起こさない方がいいですよ。王都の大切な人に何かあっても責任は取れません」
「シンシア…くそっ!」
恍惚とした顔で宣うバルフォアの死角に回ろうとしたヒデを牽制すると、バルフォアは脅しを掛ける。シンシアを思うと、ヒデはそれだけで動けなくなる。
「ではその王都、王城の現在を御覧に入れましょう」
そう言ってバルフォアは何かの魔道具を床に置いた。
“ジジジジジ――”
魔道具が作動音を立てると空間に映像を投影する。王城と対になっている映写機か。
王城は一言で言えば擾乱としていた。
そこかしこで人々が騒ぎ、乱れ、争っている。
こんな光景は、日本でもニュースやドキュメンタリーで見た事がある。どこかの国のどこかの宗教の狂信者達が争う場面だ。
狂信者と同じ、つまり彼らは洗脳されている。ならば洗脳した奴らはどこにいる?
「酷い…」
「これがあの王城なのですか」
「シンシア! シンシアは無事なのか!?」
「うわぁ…」
ヒデ達が騒いでいる間に映像は場面を変えていた。
騒ぎに交じり、纏まって逃げる集団を追いかける異形の化け物達。
逃げる王様とシーラに重鎮達。追いかける使徒ども。アルヴィン騎士団長を始めとした騎士が数名奮戦している。
騎士団は非戦闘員と言う足手纏いを抱えながらもよく守っている。
それを支えているのはシーラだ。俺の教えた魔法を駆使してアルヴィン達をよく支えている。ほんの二月前に契約したばかりの魔法師としては目を見張る活躍だ。
これはシーラに才能があるからと言う訳ではなく、シーラのネックレスに仕掛けがある。
俺の指で作った真珠は全部で三つ。それぞれに役割がある。
一つは勿論、威圧分解だ。シーラを一般人足らしめるための最重要パーツである。
二つ目は増幅。シーラの能力や魔法をブーストする魔力回路が刻んである。
三つ目は補助。同じくシーラの能力や魔法を補う魔力回路を刻んだ。
この増幅と補助の魔力回路により、初心者のシーラでも熟練の魔法師のように振舞えていると言う訳だ。
だが経験不足だけは魔力回路でも補えない。
俺達の見ている前で、彼女達は徐々に追い詰められていった。
結果的に連続になってますが、今日は予定していた投稿です。
今月中に二章を終えるつもり。
※追記
句点(。)を読点(、)に修正。LSDとの戦闘シーン。