02-26 力の解放 ~勇者覚醒~
俺達がこの上級迷宮攻略に乗り出した理由。
――魔力石の元となる素材を見付けて回収する事。
それが目の前に存在していた。
「聞け。サエとクミは以後、術の使用を禁止する」
「え!? あ――」
「わ、分かったよぅ…」
俺の言葉に、今何が起きたのか理解できたのだろう。戸惑いながらも二人は了承の意を返した。そして俺は仲間達に更に追い打ちを掛ける一言を告げる。
「ヒデ! こいつの甲羅は持ち帰る! 傷一つ付けずに倒し切れ!」
まさかの素材回収宣言。それも魔術と錬金術の使用を禁止した上で、だ。
竜亀相手に普通なら死ねと言ってるようなものだろう。
「ちょ、ちょっとカミくん!? 何を言っているか分ってる!?」
「そうだよ~、やめてよ~、死んじゃうよ~」
当然、二人は反対する。だが、これは必要な措置なのだ。
「こいつの甲羅は魔力石になる。こいつを手に入れるために上級迷宮へ来た事を忘れるな」
つまりそういう事だ。こいつの甲羅は魔力石の素材として申し分ない。
「ゼン! 必要なのは分かるけど、いくらなんでも無茶だ!」
「お前がそんな弱気でどうする。二人の術が期待できない以上、お前がやるんだぞ」
「げ!」
何が「げ!」だ。
《主よ、いい機会だ。我の力を使い、倒して見せよ》
ここぞとばかりにソルがヒデに覚悟を求める。
例の問いの答えか。
そう言えば、結果を聞いてなかったな。ヒデは何か思い付いたのか?
「思い付いた事はあったけどさぁ…」
「なら丁度いいじゃないか、頑張れ」
「他人事だと思いやがって。くそっ、分かったよ! やりゃあいいんだろ!」
投げやりな返事だけど、どうやら覚悟は決まったらしい。
なら、上手くいくまでフォローするとしよう。
《では改めて聞こう。主よ、太陽とは何ぞや?》
「太陽とは恒星の事だ。恒星にも色々あるが、最強の恒星とは質量が膨大なのが特徴で、その行く末は超新星であり、黒洞だ!」
出たよ、厨二病。しかも説明が長い。
ある意味期待を裏切らない男だ。お前ならきっとそう言うと信じていたよ。
サエとクミは「うわぁ…」って顔をしている。アルフとテアはヒデの言う事を理解できていない。
《主よ、成功だ。宣言は受諾された。主は更なる力を手に入れた》
受諾されたのかよ! 俺が言うのも何だけど、いいのかよ、そんな答えで!
「はぁ――で、具体的には何ができるんだ?」
呆れながらも詳細を聞く事は忘れない。
当然、俺としてもどんな力か把握しておきたいからな。
「質量とは即ち重力。俺は重力を操る」
厨二め、ちょっと突っ込んでやろう。
「“質量”とは物体の持つ本質の事で、“重力”とは別物じゃなかったか?」
この場合、“重力”とは力の事だ。引力と言い換えてもいい。ちなみに“重さ”とは重力に対する抵抗の事である。
受験勉強の際にヒデに教わった事なんだが、後で高校物理の内容と知って愕然としたものだ。受験に必要ないじゃねぇか!
「黒洞とは何物をも捉えて離さない力――つまり重力だ。俺は重力を操る」
この野郎、言い直しやがった。悔しいので一言言ってやろう。
「ありがちだな」
「うるせぇよ!」
身も蓋もない俺の感想に、ヒデは顔を真っ赤にして怒鳴る。
この反応から察するに、自分でもそう思っていたんだろう。
ここまで使う事を躊躇っていた理由はこれか。
「その重力を使って、あの竜亀をどう料理するんだ?」
ぺしゃんこにするのは却下だ。甲羅を無事に回収しなければミッション達成とはならない。
「素材は、あの甲羅があればいいんだろ?」
「まあな」
「この力に慣れたいから、少し時間掛けていいか? ちゃんと甲羅は残すから」
「まぁいいか――了解だ。結果的に甲羅が手に入ればいい」
確かに練習が必要な力みたいだしな。
「サエとクミは適当に術を撃ってみてくれ」
何をする気だ? 術を撃ってもまたあのカウンター気味の火球がくるだけだぞ。
サエとクミも不安なのか俺を見る。「あんな事言ってるけど、やっていいの?」って顔だ。仕方ないので俺は頷いて許可を出す。
「何か考えがあるんだろう。やってくれ」
「分かったわ」
「うん」
そして二人は詠唱を始める。
「”痺れて”――”落ちろ”――”電撃”」
「”息を詰まらせろ”――”そして死ね”――”溺死”」
って、二人して三小節かよ。適当どころか、かなり本気だ。
恐らくヒデの「適当に~」って言葉が気に入らなかったのだろう、怖いわぁ。俺も言葉には気を付けよう。
しかし竜亀は、またしても二人の術を甲羅で受けて、魔力を吸収してしまう。
“ごああああああ!”
そして、火球が吐き出される。
俺は念のために、いつでも分解できるよう身構えるが、そこへヒデの声が響き渡る。
「”引力”」
その掛け声と共に、火球が軌道を変えた。
火球はUターン気味に竜亀へと襲い掛かる。
なるほど、竜亀自身の攻撃で倒そうと言う腹か。
しかし、また吸収されて終わりじゃないか? 堂々巡りは埒が明かないぞ?
「”斥力”!」
お?
ヒデの声と共に、竜亀の手が伸びた。伸びたと言うか、無理やり引っ張られた感じだ。
「重力とは即ち引力! 引力とは引き合う力だ。俺は斥力をも操れる!」
はい、厨二な解説をありがとう。なるほどね、引き合う力か。
しかし、思ったより応用が利いている。使い勝手はいいのかもしれない。
伸び切った竜亀の腕に火球が着弾する。
やはり甲羅以外の部位は脆いのか、腕は派手に弾け飛んだ。
その後、ヒデは宣言通り様々な実験をした。
その度に竜亀の腕や足が吹き飛ぶ。
見てて気の毒になったほどだ。哀れ、深層の主はモルモットと化した。
「よーし、これで最後にするぞ。アルフとテアは下がれ! サエとクミは目一杯強力な術を頼む!」
「分かったわ」
「うん」
そして二人は詠唱を始める。気のせいか目の色が違って見える。何かやる気か。
「”囲いて――”塞げ”――”石棺”」
クミの詠唱が先に完成した。巨大な岩壁が竜亀を囲い、押し潰していく。中々にエグイ。でも、それじゃあ竜亀は倒せないだろう。
案の定、“石棺”は竜亀の甲羅に吸収され消滅する。
「“雷よ”――”繋がり”――”回れ”――”雷鎖”」
クミの“石棺”が吸収され、消える直前にサエの詠唱が完成した。
なんと四小節の超大魔術だ。このタイミングを狙っての選択なのだろう。
しかし凄いな、サエは。この短期間にどこまで伸びるんだ。
サエが詠唱を終えると、雷で出来た幾つもの球体が乱舞する。右に左に、上へ下へと踊り狂う。
これはサエの意地か。竜亀の甲羅は乱舞する雷を吸収しきれず、徐々に傷を負っていく。
(にゃろう、サエめ、甲羅に傷を付けやがって)
だがまあいい、許してやろう。
気持ちは分かる。舐められたままじゃ終われなかったんだよな。
だけど、サエの奮闘もそこまでだった。
雷球は数を減らしていき、やがて完全に沈黙する。
「…悔しい」
ぽそりと零れたサエの本音。
負けず嫌いなサエの事だ、その悔しさは相当なものだろう。
でも、これはただの相性だ。竜亀が術師にとって天敵とも言える相手だっただけの事。
サエはこれから、もっともっと伸びる。成長した暁には、こんな亀如き何ほどの事もないくらいの魔術師になるだろう。
“ごああああああ!”
竜亀が大口を開けていた。今にも火球を吐き出そうとしている。
俺は再度、分解できるよう待ち構える。
(今度はどうするつもりだ、ヒデ)
“ぼぼぼぼぼっ”
サエとクミの術を飲み込んだ竜亀は、今までで一番巨大な火球を吐き出した。
「“引力”!」
身構える俺の手前で火球は急遽Uターンする。
狙いは竜亀の頭だ。これで終わりにするつもりか。
「”斥力”」
ヒデは竜亀の頭部を強引に引っ張り出す。甲羅の中には逃がさない。
しかし、火球が竜亀の頭に着弾するその瞬間――
“ばくん!”
顎は再度大きく開き、そのまま火球を飲み込んだ。こいつは口からも魔力を吸収できるのか?
だが斥力の呪縛からは逃れる事ができずにいるようで、その首は無様に伸び切っている。
「“極小黒洞”!」
あ、やっぱり使った。厨二のヒデなら、いつかやると思っていたんだ。
超新星の爆発を選ばなかったのは、血とか肉片とか飛び散って、それを被った女性陣から糾弾されるのが怖かったんだろう。うん、分かる。
だけど、こんな場所でそんな大技使って大丈夫なのかね?
“ぐしゃ――”
“ぐしゃぐしゃぐしゃ――ぷちゅん”
そんな俺の心配をよそに、竜亀は伸び切った首の先――頭部だけをくしゃくしゃに潰して息絶えた。
俺の要望通り、竜亀の甲羅は無事である。お見事。
「どうだ!?」
そう言って、ヒデは誇らしげな顔を俺に向ける。
(なんだかなぁ。どんどん人間離れしていくな、こいつは)
もう俺には、そんな感想しか出てこなかった。
すでに人間をやめた俺の言う事ではないのかもしれないが。
「文句なしだ。お疲れさん、ヒデ」
ドヤ顔のまま、ヒデは拳を突き上げる。
「ぃいよっしゃぁあああああ!」
大ホールにヒデの特大の雄叫びが響いた。
評価をありがとうございます。
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