02-25 素材
目の前の壁にプレートを嵌める溝がある。
どうやらこの先が深層主の部屋――恐らく大ホール――らしい。
あの後、俺達は慎重に慎重を重ね、進んで来た。
結果を言えば、ここまでは特にこれと言った異常は見受けられなかった。
バーセレミの警告は“この先――”としか書かれていなかったので、そもそも杞憂だった――すでに通り過ぎた――のか、それともまだこの先に危険が潜んでいるのかの判断がつかない。
(後悔しないためにも、この先に危険があると考えて行動するべきだろうな)
分かってはいるのだが、ここまで何事もなく来てしまったので、ここでもう一度気を引き締めないと油断してしまいそうな気がしたのだ。
「よし、じゃあ行こう」
休憩を終えて、ヒデが深層主との戦闘に入る事を告げる。
「恐竜、六つ首大蛇と来たけど、今度は何かしらね」
「わたし、ドラゴン見てみたいなぁ~」
「あら、いいわね」
ほんと余裕だな、この二人は。
「行けば分かる」
「ええ、行きましょう」
テアとアルフはいつも通りだ。緊張もなければ気負いもない。あれ、これも余裕なのか?
とにかく、俺達は深層主と対峙するべく部屋へと足を踏み入れた。
「亀だ」
「亀ね」
「亀かぁ~」
どことなくがっかりしているように聞こえるのは気のせいですか?
そう、深層の主は亀だった。
但し、その大きさは巨大だ。
某特撮大怪獣くらいの大きさと言えば分かって貰えるだろうか。
それだけで脅威だと思うのだが、仲間達の反応は暢気なものだ。
「あれは…亀は亀でも竜亀です」
「強い?」
「強敵ですよ。ほとんどの攻撃は効果がないと言われるほど守りが固いのが特徴です」
「さすがにそれは見れば分かるぞ」
何と言っても亀だしな。
「亀でも魔物で深層の主だ、慎重にいこう」
リーダーらしくヒデが皆に注意を促す。ついさっきまでのがっかりした様子など微塵も感じさせない。これも様になって来たと言えるのだろうか。
「よし、いつも通りに行くぞ。散開!」
ぶっ! 結局いつも通りなのかよ! 俺の感心を返せ!
「了解よ」
「分かったよ~」
「はい!」
「分かった」
「まったく――はいはい、了解了解」
号令に従っていつものポジションに着く仲間達。
「竜亀よ! 我らの糧となるがいい!」
いつもの宣言の後、真っ直ぐ竜亀に突っ込んで行くアルフ。
地味だけど一番危険なポジションなんだよなぁ。ほんとアルフには頭が上がらないよ。
「”身体強化”――”全身体能力”」
そのすぐ後ろを身体強化をかけながら追いかけるテア。
この二人には、すでに絶大な信頼関係が築かれているように感じる。
「行くよ、ソル」
《承知した、主よ》
ソルの強化を受けながら竜亀の側面へと走るヒデ。
「”電撃よ”――”降り注げ”――」
「“活動を”――“停止せよ”――」
サエとクミはそれぞれ三小節の術を詠唱する。先手必勝、本気の攻撃だ。
アルフが竜亀のターゲットを取るまで術を完成させずに待機する辺り、腕を上げたものだ。
二人共、もう一端の冒険者だな。
そんな二人を横目に、俺は俺でこっそりと準備する。
初めて対峙する相手なのだ。様々な状況に対応できるようにしておかなければならない。
況してや、今はバーセレミの警告もあるし、中層では余計な手出しは避けると言う自分への戒めも破ってしまった以上、躊躇する理由が何もない。
(攻略と言う体裁を取るために、止めだけは刺さないようにするか)
注意点など、その程度のものだ。
戦闘の気配を感じたのだろう。ずずずずず、と地響きを立てて、竜亀がのっそり動き出し、手足をその甲羅の中に仕舞い込んだ。
反対に頭部は目一杯首を伸ばし、その巨大な顎を開いて側面のヒデを襲う。
「うわっ!?」
まずい、タイミングを外された。
「”遮断”!」
竜亀が開いた顎を閉じる直前、ぎりぎり接近が間に合ったアルフはその攻撃を中断させる。
それを確認したサエとクミが術の凍結を解除した。
「――”雷の雨”!」
「――”氷の棺”!」
文字通り雷が雨あられと降り注ぎ、その直後――タイミングも絶妙だ――に巨大な体躯を覆う巨大な氷の棺が現れる。
「凄ぇ」
竜亀に切り掛かろうとしたヒデが動きを止めて魅入るほどだ。その凄さが分かろうと言う物である。
が、その驚愕は更なる驚愕によって塗り潰された。
「うそぉ、“氷の棺”が…消えちゃう?」
自信を持って叩きつけた大錬金術。その術が解除されようとしているのだ。
クミの声は弱々しく、呆然としている。
「まさか、あたしの“雷の雨”も効いていないの!?」
今度はサエが声を上げる。
氷が消えたその後に現れたのは無傷の竜亀だ。”氷の棺”が完全に消えると甲羅に収めていた手足が現れる。
「なるほど、絶大な防御力か。これは厄介だな」
そんな感想を述べた瞬間だ。竜亀が咆哮を上げた。
“ごああああああ!”
それは油断だった。
竜亀の守りが固いと言う事も一因だったのかもしれない。
“守りは固いが攻撃は大したことないだろう”
巨大ではあるが、その風貌は亀そのものだったせいもあり、心のどこかでそんな勝手な思い込みがあったのだ。
竜亀は、その大きな顎を完全に開いていた。
そこから吐き出されるのは火球。灼熱の劫火。
まさか、その攻撃方法まで某特撮大怪獣と同じとはな。
アルフは動けない。今更動いたところで、自身の数倍もの大きさを持つ火球から逃れる事はできない。
何より、仲間を守る事を信条とするアルフが逃げる筈もない。逃げれば背後にいるテアが火球に飲み込まれるのだから。
だが、そんなアルフの覚悟を嘲笑うほど、火球は巨大だった。
逃げようが逃げまいが、アルフは勿論、その背後にいるテアも同じ運命を辿るだろう。
「アルフ!」
「いやぁ!」
見守る仲間達が、二人の死を覚悟して顔を背ける。
「”魔力分解”」
アルフ達では対処できないと判断した俺は火球を分解する。
「はぁ、はぁ――」
アルフは息を乱し、青い顔をしている。
「―――あ」
テアの顔は蒼白だ。
然もありなん。死の淵へと片足を踏み込んでいたんだからな。
「さすがに深層の主か、一筋縄ではいかないようだな」
侮っていたつもりはないが、油断があったのは否定できない。
「ああ。まず、竜亀の能力を解明しよう。大技はやめて、小技で攻めるんだ」
ヒデの判断は正しい。まずはそこをハッキリさせない事には攻め倦ねるだけだ。
「私はいつも通り、足止めに専念します。危険な役目で申し訳ありませんが、テアは支援をお願いします」
「分かった」
「ゼン、万一の際は頼めますか?」
万一と言うのは、先程の火球の事を指すのだろう。無論、初めからそのつもりだ。
「任せろ」
「あたし達は単小節の術で攻めればいいのね?」
サエが自分達の役割を確認する。
「それでいい。解析が狙いだから、たまに二小節を混ぜるのもアリだ。キツいかもしれないが、甲羅より頭や手足を狙っていけ」
「分かったよ~」
方針が決まったところで戦闘再開である。
ここまで竜亀は動きがない。その巨体故に動きが鈍いのだろう。
さすがに何もかもが特撮大怪獣と同じと言う訳にはいかないようだ。
だが先程ヒデを襲ったような瞬発力を見せる事もある。油断は大敵だ。
「”蒼炎弾”」
「”石筍”」
まずは遠距離から術師二人が単小節の術を放つ。
確認も取らずに素材は二の次扱いになっている事に、少しイラッとするが文句は言うまい。
未知の能力を持つ敵に手加減するのは危険過ぎる。
俺達の意図を知ってか知らずか、竜亀は頭部や四肢を甲羅に収めてしまう。
当然、炎の弾や石の槍は甲羅に当たり、またしても霧散する。
(いや待て、何かおかしい)
霧散した? それなら魔力は空気中に残る筈だ。このホールの魔力は一時的に増す筈。
すぐに周囲に馴染み、均等化するにしてもだ。
「変化ないわね。次は二小節行くわよ、クミ」
「分かったよ、サエちゃん」
早くも二小節を使うらしい。短気だな、二人とも。
「”多段式”――”蒼炎弾”」
「”多段式”――”石筍”」
無数の炎の弾と石の槍が竜亀を襲う。
竜亀は先程から甲羅に籠ったままだ。お陰で近接職二人は手を出し倦ねている。
二人の術が着弾した。
ここからだ、よく見ろ。変化を見逃すな。
(甲羅に着弾すると霧散して――いや、霧散じゃない、消えている。それも魔力ごと)
消滅? そんな筈はない、魔力は循環する。吸収でもされない限り残る筈だ。
その自分の言葉にピンときた。
――そうか、吸収されているんだ!
すると竜亀の甲羅がほんのりと光を帯びている事に気が付いた。
「アルフ!」
ヒデも気付いたのだろう、アルフに警告を発する。恐らく、またあの火球がくる。
”夜の帳”では耐え切れない。俺は再び分解を試みる。
「”魔力分解”」
距離があるため吸収まではできない。分解された魔力は“霧散”し、空気中に溶け込んで分散していく。
「これでハッキリしたな。あの甲羅は魔力を吸収し、蓄える性質を持つ」
待ち望んだ素材が目の前にあった。それも大量に。
※追記
忠告 ⇒ 警告に修正。