03 決断
目が覚めた時、そこは真っ暗だった。そこに微かに月の光が差し込んでいる。
「どこだ、ここ?」
思わず口に出してしまったが、返事を期待した訳じゃない。伊達に長い間、引き籠もっていた訳ではないのだ。
『ここは夜の世界だよ』
だと言うのに、応えがあった。
声のした方を見ると、そこには色白な少年の姿があった。月の光が反射して、病的な白さに見える。髪は銀髪、目は金色。外人にしても、めったにいない整った顔立ち。
と言うか、こいつ日本語喋った?どう見ても外国人なんだけど…
『ここは精神の世界でもあるから、言葉は関係ないよ』
出た、いきなりファンタジー。
俺は引き籠もりだったからネット事情にも詳しい。模型にしろ、鍵開けにしろ、ネットで色々調べたからな。その際にネット小説なんかも読んだりしたんだ。
「あなたは死にました。そこで異世界に転生させましょうってか」
『惜しい、ちょっと違う』
牽制のジャブのつもりだったんだが、惜しかったのか…
『君の主観で言う異世界に行ってもらうのは確かなんだけどね。君は元々その世界の魂だったんだ。だから帰るって言うのが正しいよね』
色白な少年は、そんな事を宣った。
「俺は異世界出身だったって事?」
衝撃の事実だった。ってバカ言っちゃいけない。俺は正真正銘、両親の子だ。親父は出産に立ち会ったらしいから、間違いない筈だ。
『うん、肉体はね。でも魂は僕の眷属なんだ』
心の声と会話しないで頂きたい。ますます訳が分からなくなった。
『そうだろうね、だから順に説明するよ?』
だから心の声と会話するなと言うのに。
少年の話によると、俺の魂は元々異世界出身なのだそうだ。そこで生まれて、死んでを何度も繰り返し、なんと魔王の因子を持つに至ったと言う。来たぜテンプレ、お約束。
『それで、魔王として生まれる筈だったんだけど、それを嫌った奴がいてね』
そいつに異世界――つまり地球――へと追いやられてしまったのだそうだ。少年は、その魂――俺だ――を取り戻す手段を模索していたらしい。
「ちょっと待った。 お前は何者なんだ」
別に魔王の因子を持っていようが、魂一つを律儀に取り戻そうとか普通の人間が思うものか?
『僕は夜の神、または月の神でもいいけど、ユスティスって言うんだ。よろしくね』
そんな事を言う少年…じゃないな。うっすらそうじゃないかと思っていたが、やっぱり神様だったか…
『魔王を始め、魔族は僕の眷属だからね。取り戻せるなら取り戻したいと思っていたんだ』
「随分と親身なんだな。その世界の神様ってみんなそうなのか?」
『そうでもないよ。 人の神は徹底して不干渉だし、動物達の神もそう。亜人の神は――ちょくちょく手を貸してるかな? 僕としても、基本は不干渉だよ。眷属を異世界に追いやられたままなのは嫌だから、取り戻したけどね』
「あ、そうなんだ…」
手の届かない所にあるのは嫌だけど、取り戻したら後はどうでもいいらしい。釣った魚に餌はやらない…ちょっと違うか。
『それでね、君が異世界に追いやられたのは僕の不徳でもあるから、戻るに際してある程度は融通利かせてあげるよ?』
戻るの前提かよ。まあ、そうなんだろうけどさ。
「まず、状況を教えて欲しいんだけど」
いきなりの事態に驚いたけど、俺は三人の友人の事を忘れた訳じゃない。できるなら、彼らを助けたいと思っている。
ユスティスの話によると、人間の国で勇者召喚が行われたそうだ。それに選ばれたのがヒデだと言う。
さすが英雄、文字通り英雄様であったか。
召喚陣の仕様により、周囲を巻き込んでの召喚となったが、俺には魔王の因子があったために弾かれたんだとさ。サエとクミに至っては、完全な“巻き込まれ災害”だ。それでも召喚陣の効能で、異世界に着いた際には何か特別な能力とか才能を持つようになるらしい。勇者の仲間にはありがちな話だ。
「はいはい、テンプレテンプレ」
『うん、でもね、彼ら人間の国と僕の眷属である魔族の国とでは戦争なんて起きてないんだよね』
「はいはい、ワロス、ワロス…はい?どう言う事?」
なら何で勇者召喚なんてしたのかと言うと、どうも人間の国同士で争いがあるようなのだ。その結果、各国の治安は悪化し、国民の不満は上昇した。その不満解消に勇者を利用したと言う事らしい。
争ってもいない魔族の国を敵に仕立て上げて。
「でも、それで不満解消するのって、その一国だけじゃないか?」
『うん。 だから、その勇者は他国から狙われる事になるね。人間は他人を妬むのが得意だからね』
ユスティスは、そんな事を言う。俺は反論できない。日本、いや世界中でもそんな話はよく聞いた。それは歴史に留まらず、現代に至っても同じだ。
「いやいや、ちょっと待った。その上で魔族の国にまで手を出したりなんてしたら…」
『当然、魔族からも狙われるよね』
うわあ、リアル四面楚歌だ。当然だが、ヒデ達をそんな場所に置いておきたくはない。
「ど、どうすれば…」
『どうしようもないよ。 どの道、彼らはこの世界では生きていけない。弱いからね』
仕方ないよね、って感じであっさりと終了の言葉を口にするユスティス。
「そんな、簡単に言わないでくれよ。 俺の大事な友達なんだ」
『でも、今の君が助けに行ったところで犠牲者が一人増えるだけだよ?』
暗に俺が死ぬと言うユスティス。いや、暗にじゃないな。明確にそう言っている。
「なら、どうすればいいんだよ!」
半ば八つ当たりで、そんな言葉を口にしてしまう。
『そこまで言うなら、過去に飛ばしてあげようか?』
途方に暮れる俺にユスティスが妥協案を提示した。
「過去に、飛ばす?」
『うん。十年程度なら過去に飛ばせるから、その十年で強くなればいいよ』
そんな事ができるなら初めから教えてくれよ!素晴らしい案じゃないか!
待て…確かに素晴らしい案に聞こえる。だが、話が美味過ぎないか? どこかに穴は無いか?何故初めから、それを提案しなかった?
――あ、分かった
1. 十年過去に飛ぶ。
2. 十年修行する。
3. 英雄達を助けて再会する。
4. 英雄達十五歳、俺二十五歳。
うわあああああああ、そう言う事かあ!そりゃ十年遡れば十年ずれるよなあ!ジレンマがあ!
ヒデ達十五歳、ぴちぴち(死語)の若者。俺二十五歳、彼らから見たらおっさん。…友情を維持できる気がしねえ。
しかし、それを理由にやめてしまえばヒデ達は死んでしまう。もう俺に他の選択肢は残されていなかった。
「じゃあ、それでお願いします…」
『分かったよ』
了承の意を口にすると、ユスティスは何やらもごもごと呟き始めた。何かの呪文だろうか。暫くするとユスティスは顔をこちらに向けた。
『まずは君の体を魔族の体に再構築するね』
「はい?」
『その体じゃ時間朔行に耐えられないし、魂の力を十全に使えないから修行するにしても不便でしょ?』
「な、なるほど」
『死にたくなるほど苦しいと思うけど我慢してね』
「ちょっと待ったあ!」
今、さらっと超不吉な事言わなかったか、おい!
『ポチっとな』
「うぎゃあああああああああああ!」
死にたくなるとかの比じゃねえ!いっそ殺せ!いや、舌噛んで死んでやる!
そう思った瞬間、ユスティスの声が聞こえた。
『――いいの? お友達死んじゃうよ?』
ぐはっ!そうだった、俺が死んだらヒデ達も死ぬんだ。どれだけ苦しくても耐えるしかないんだ。今の俺には、死を選ぶ事すら許されない。
「ぐ…ぐおおおおお…」
必死に歯を食いしばって耐える。耐える。耐える。いっそ気を失う事が出来たなら、どれほど楽だったろう。
俺は永遠とも思える時間を苦しみ抜いた。
『お疲れさま。終わったよ』
ユスティスの告げた終了の言葉に、俺は意識を手放すべく精神を弛緩させる。
『――時間朔行もこれに負けず劣らず苦しいんだけど、丁度いいからこのまま飛ばすね』
そんなユスティスの声が聞こえた気がしたが、それに答えられる気力も体力も俺には残っていなかった。
(いつか一発殴らせろ)
そう思念で伝える事だけが、今の俺にできる精一杯の強がりだ。そして、今度こそ本当に俺は自分の意識を手放した。
ここまでが序章。
後数話投稿します。