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02-20 中層へ

村に戻り、村長さんの家で御馳走にありつく。

食費は国持ちだから気兼ねなく食べられるのがいい。これが国の強制で村に負担をかけて、となると素直に頂けないところだ。


村長宅には、俺達の世話と言う名目で村の若い女性達がやって来ていた。

配膳の間、女性達はヒデに色目を使っている。


(やっぱり、ヒデは異世界(ここ)でもモテるんだなぁ)


日本にいた頃は両脇をサエとクミが固めていたので、ヒデに近付く肝の据わった女はいなかった。だからつい忘れがちだけど、ヒデはモテる。

この異世界でも、それは変わらないようだった。


いや、思い返せば王都にいた頃からヒデの周りには女性が多かった。宿の女中やギルドの受付嬢、職員など、彼女達の視線がヒデへと向いていたのを思い出す。

ただ、王都にはシンシアがいたからな、ヒデの目はシンシアに向いていたから気付き難かっただけだ。


サエとクミの態度が余りにも普段通りだったから忘れかけていたけど、ヒデは答えを出したんだよな。サエでもクミでもない、シンシアと言う女性を選んだ。

サエとクミはどうするんだろう。


サエは絶対に日本に帰りたいと言う気持ちを見せたが、クミはどうなんだ?

ヒデは恐らく帰らない。帰還を選ぶと言う事は、シンシアと別れる事になるから。


そこは一度三人ときっちり話し合わないといけない案件だ。

だけど、その時には俺の事も話さなければならないだろう。

俺の身に起きた事、例え帰る方法が見つかったとしても、俺は帰れない事を。この世界の神になった事を。


(だけど、まだそこまで話す決心がつかない…)


いずれ話さなければならない。けれど、その覚悟が持てずにいた。







こう言っては何だが、辺鄙な村の割に美味しい食事だった。ありがたい。

ヒデとアルフとテアの恨めしそうな眼は見なかったことにしよう。うん。


「期待していたのによぅ」


「私も残念です。ぜひ、もう一度食べたいと思っていました」


「ゼンの手料理」


こいつら、目だけでなく口にまで出しやがった。

当然のようにサエとクミが反応する。


「手料理?」


「あ~! カミくんの?」


「そうです。以前、一度食べただけですが忘れられません」


「うんうん、カミくん料理上手だもんね~」


「ばっか、あんな家庭科で作る料理とは比べ物にならないんだって。ゼンの料理は更なる進化を遂げた!」


「え、そんなに?」


「見た目は普通の料理。でも味は空前絶後」


二人とも、それはいくら何でも言い過ぎだ。勝手にハードルを上げるんじゃない。俺的には、ハードルどころか走り高跳びをぶっちぎって棒高跳びにされた気分だが。


「カミくん、また腕を上げたんだ?」


「こっちの世界の料理を覚えただけだ。ちょっと工夫はしたけどな」


「そのちょっとの工夫が真似できないんだよ~」


あ、この展開はいかん。

このまま話が進めば、今すぐ作れなんて事になりかねない。話題を変えよう。


「腕を上げたと言えば、サエとクミは最後に()()()の術を使ったよな。いつの間に覚えたんだ?」


この世界の術は単小節の詠唱で発動する。

しかし複数の小節――多小節で詠唱する方が、より緻密に操れるし、高い効果が望める。

だが、多小節――詠唱が長くなるほど魔力の操作や精神の集中が難しくなるため、扱える術師は格段に減っていくのだ。


「呪文は覚えていたわよ? でも使えたのは今日が初めてね」


「わたしも~」


実戦の経験を積んだからか? それとも強敵との戦いで何かが目覚めたとか? それにしたって早い。


「そんな事は、どーでもいい! それよりゼン、お前の事だ!」


突然、ヒデが俺達の会話に割り込んできた。

どーでもいいって事はないだろ。これからの戦いに直結するんだぞ。

いや、待て。

何となくヒデの呂律が回っていない気がする。これはまさか…


「うぃー、ひっく」


「やっぱり酒かよ!」


いつの間に飲んだ!? 完全に出来上がってやがる。


「え、お酒なの、これ!?」


「おいし~」


って、おいぃ!?

お前らまで飲むんじゃねぇよ!


「おい、ゼン!」


「何だよ!」


ああ、もう。酔っぱらいの相手は、面倒くせぇな。


「お前に聞きたい事がある!」


始まったよ。どうせ、どこで何して指を無くしたんだ、とかそんな事だろ。


「お前の本命の子は誰だ!? どの子がタイプなんだ!?」


そっちかよ!?

それから、そこの女共! 興味津々って顔で聞いてんじゃねぇよ!


「やっぱり、シーラ姫ぇ? カミくんは~、小さい子がいいの~?」


「俺はロリコンじゃない! むしろ年上の色っぽいお姉さんに優しく包まれるのが好みだ!」


って、何言わせるんだよ!

くそ、クミまでできあがったのか。思わず釣られて答えちまった。


「おおー、そうだったのか! 知らなかったぜ」


そりゃそうだろ、今までこんな話した事なかったもんな。俺がその手の話題にならないように注意してきたんだ。お前たちの関係を崩さないようにな。


「残念ながら、ザヴィアには当て嵌まるタイプはいないな」


念のため釘を刺しておく事も忘れない。この話はこれで終わって欲しい。これ以上、男女関係で頭を悩ませるのは御免だ。


「その割には例えが具体的よね。今、脳裏に浮かんでいる人は誰なのかしら」


鋭い! サエの勘の良さは本当に油断できんな。

話題が止まらなかった事に落胆しつつもサエの勘の良さを称賛する。


俺の脳裏には今、ベル母様の姿が浮かんでいる。

優しくて包容力があって、たまに可愛い。モロに理想です。


いや、ベル母様だけじゃない。俺の脳裏にはいつだって魔国の家族の存在がある。

フィン姉の天然で柔らかな雰囲気も、ケイト姉の凛々しくもたまに抜けてるところも、アリスの意地っ張りなのに素直なところも、皆が魅力的で大好きだ。


「ふぅん…いるんだ、好きな人」


サエがぼそりと呟く。

皆が耳を(そばだ)てていたせいで、その呟きはやけに大きく響いて聞こえた。


「えええ~、カミくん本当に好きな子できちゃったのぉ!?」


「けしからん! 吐け、吐いて楽になってしまえ!」


「ゼン、ゼン! 捨てないで!」


「うふふ、実に興味深い。ゼンの想い人とはどんな女性なのでしょう」


一斉に場が盛り上がった。俺を肴にして。

脳内に警鐘が鳴り響く。ここにいては不味い。

止める人間がいない場でやり玉にあがるのは危険過ぎる――逃げよう。

俺は逃亡を選択する。


「“夜の帳(カーテンオブザナイト)”」


「うお!」


「きゃあ!」


「わわ」


「な、何が――」


実は“夜の帳”は御覧の通り視界を遮る事もできる優れものだったりする。

俺は皆が寝静まるまで姿を暗ます事に決めた。







無事に仲間達から逃げ切った翌日。俺達は再び迷宮に挑む。

表層はハーピーの先ですぐ終わりだったので、攻略期間は一日で済んだ。

ハーピーを乗り越えられなかった過去の冒険者達が他のエリアを虱潰しにしていたお陰で、最短ルートを進む事ができた。

つまり俺達にとっては、中層の今日からが本番と言う訳だ。


「さあ、今日から中層だ。気を引き締めて行こう!」


迷宮に入る前、仲間に向かってヒデが檄を飛ばす。

何だかんだ言って、この一日ですっかりリーダーらしくなっている。

元々ヒデは率先して引っ張るタイプだから、俺が出しゃばらなければこうなる事は分かっていた。


迷宮に入ると俺達はサクサクと表層を越えて行く。

そして昨日の大ホールを通過すると、迷宮の雰囲気は大きく変化した。


「様子が変わったな」


「そうね」


そう、表層の鍾乳洞のような通路は鳴りを潜め、材質はそのままに初級迷宮のような人工物然とした通路になっている。


慎重にその先へ進むと、すぐに小さなホールへと出た。


「これは…虹のようですね」


「キレイねぇ」


「キレイだね~」


「うん、綺麗」


そこには巨大で透明な三角錐が横向きで設置されており、どこからか採光しているのか、光が当たって俺達の足元に七色の光を照らしていた。


「プリズムか。随分と大きいけど、何か意味があるのかな?」


女性陣と違い、ヒデは冷静に観察している。


「ぷりずむ? ヒデさんは、これが何かご存じなんですか?」


アルフがヒデに質問している。まあ、この世界じゃプリズムなんて知らないよな。

そもそもガラスが少ないし、ここまで透過率の高い水晶だと更に希少だ。


「プリズムは光を分解するガラスなどの多面体の事だよ」


「光を分解!?」


「うん。光には様々な波長があって、それぞれ屈折率や反射率が違うんだ。普段はそれが合成されているんだけど、プリズムを通す事で分解できるんだよ」


「自然の中でも同じ現象が起こるわ。それが虹って訳」


「空気中の水滴がプリズムの役目をするんだよね~」


アルフはヒデ達三人が何を言っているのか理解できていない。

頭の上に“?”を何個も浮かべて戸惑っている。

もうその辺でやめてあげて、アルフのMP――誤字ではない――は空っぽよ。


くいくい


久しぶりの感触に振り向くと、やはりテアが俺の袖を引っ張っていた。


「ゼン。ゼンは勇者達が何を言っているのか解る?」


「そりゃまあな。俺達の世界では子供の頃に習う常識だし」


「そう」


ありゃ、テアまで凹んだ?


「やはりゼンも異世界人。二人の間には見えない溝がある」


俯いて何事かを呟いている。ちょっと怖いぞ。


「それを埋めなければ、これ以上近付けない」


頭を上げたテアは、何かを決意した顔をしていた。




その後、時間を掛けて部屋とプリズムを調べたが、特にこれと言った仕掛けは発見できなかった。


「無駄な時間を取らされたな」


思わず呟いた自分のセリフに驚愕する。まさか、それが狙いか!?


「アホか、そんな訳有るかい」


自分で自分に突っ込んでしまった。大分疲れているな。寝不足だ。くそう。


俺はヒデに合図する。


「先へ行こう。ここに得る物はない」


「了解だ。みんな、先へ行くぞ!」


俺達は中層へ足を踏み込んだ。

この先に最も過酷な仕掛けが待っているとも知らずに。







 

評価をありがとうございます。励みになります。

と言う事で、評価いただいた記念の投稿です。

この回から中層に入るので溜めに入ろうかと思っていたのですけど…

 

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