02-19 表層の主
「よーし! じゃあ、ここで準備するぞ」
ヒデの合図に俺達は足を止める。
準備? 何をする気だ?
「歌の事もあるけど、この世界のハーピーは、俺達の世界の伝説にあるハーピーとは別物だと考えた方がいいと思う。この歌による困惑はとても強力だ、充分に注意して行こう」
中々堂に入った演説だ。
これから一戦やらかす仲間への鼓舞として及第点をやろう。
俺が感心していると、ヒデは更に言葉を続ける。
「しかし! だからと言って、慎重になり過ぎる事はない。伝説には歌で惑わす魔物への対策も残っているからだ」
は? 対策?
見れば、ヒデの言葉を受けてクミが皆に何かを手渡している。
「はい、これ。カミくんの分ね~」
そう言ってクミが渡してくれたのは蝋だった。
「えーと…」
渡された蝋を手に戸惑っているとサエが声を掛けてくる。
「何、カミくん使い方分からないの? 温めて柔らかくなったら耳に詰めるのよ」
「やっぱりか! またえらく古典的だな!」
まさかとは思ったが本気だったのかよ!
「あたしもこれはどうかと思ったけど、有効な対策だからこそ伝説として残っているんじゃないかってクミが言うのよ」
「ええ、素晴らしい案だと思います」
アルフよ、お前もか。
アルフまでがクミの案を称賛するに至って、俺は反論を諦めた。これがザヴィアとしての策だと言うなら仕方ない。
心の中で嘆息しつつ、俺も皆に倣い耳に蝋を詰める。
ハーピーの凄さ、厄介なところ。
それは高い知能を持っている点だって事は前述した通りだ。
その中でも戦闘中に限定するなら、高度な連携をしてくる事だろう。
歌?
歌は元から俺達には効果がない。
蝋の耳栓を言ってる訳じゃないぞ?
ザヴィアのメンバーには俺の”精神防御”が掛かっているんだ。
それは使徒の洗脳すら跳ね返す強力な守りだ。
ハーピーの呪歌程度に破られるようなちゃちなものではない。
だから俺としては、ハーピーの連携を断ち切り、それを上回る連携を見せて欲しいと言うのが本音だった。
だと言うのに結果は御覧の通り、歌を封じての力押しと言うのだから泣ける。
いっそ手痛い敗北でも喫すれば…なんて思ったりもしたが、いざ戦いが始まれば彼らの力押しは尋常では無かった。
「“乱気流”!」
サエの風魔術によって起きた乱気流によりハーピーは飛ぶ事ができず墜落する。
“蒼炎弾”の乱れ撃ちをしないあたり、前回の反省を踏まえているのだろう。そこは成長が伺えた。
「えーいっ! “巨岩潰し”!」
墜落したハーピーに向かって、巨大な岩が降り注ぐ。
乱気流に負けない攻撃を、って考えたんだろうけど、実にエグい。
「なるほど、質量を増やして風の影響を抑えたのか」
クミの巨大岩石を見たヒデが呟く。
初迷宮と言う事でサエとクミが妙に張り切っているために、こいつも出番が無いのだ。
今の攻撃に何か感じるところでもあったのだろうか。
風を乱され飛べなくなり、そこを大岩に潰されたハーピー達は、すぐに戦意を失って敗走した。
魔物の方が高い知性を持っていると感じるのは俺だけか…?
俺は潰れたハーピーを眺めながら嘆息する。
無論、潰れた死体から取れる素材などない。
「クミ…」
「ご、ごめんなさい」
どうやらハーピーの連携に慌ててしまったらしい。
足止めより、早く止めを刺す事に比重が偏ってしまったようだ。
(焦りか…事前の打ち合わせ不足かな)
とは言う物の、今後予備知識のない中層、深層へと進めば、今まで以上に咄嗟の判断力が必要になる。
「ゼン、そこまでにしよう。クミも反省してるし、いいじゃないか。その反省を次に活かそう。な、クミ」
「ヒデちゃぁん」
「――分かった。リーダーがそう言うなら、それでいい」
どこまで理解して言ってるのか分からないが、ヒデがリーダーとして仲裁したのだと判断した俺はそれを受け入れる。
「クミは蝋の耳栓で大活躍したしね、落ち込む事ないよ。次また頑張ろう」
「う、うん! 頑張るよ!」
「そうよ、クミ。耳栓の効果抜群だったじゃない」
「そうです。全く歌に惑わされませんでした。一番の手柄だと思います」
「うん、凄い」
(えーっ!?)
蝋の耳栓、まさかの大絶賛である。
全くの誤解なんだが、今更言い出せる雰囲気じゃない。
いや、その気は初めから無いけどさ。
「それにほら、何か重要っぽいアイテム見つけたぞ」
「アイテム?」
ヒデの手に何かの金属でできたカードと言うかプレートが乗っていた。
俺は受け取って眺めてみる。
「魔力回路が刻んであるな」
「マジックアイテムなのか?」
俺の言葉に、ヒデが期待に満ちた眼差しを向ける。
残念、違うよ。
「いや、鍵だと思う」
俺の言葉に、ヒデは白地にがっかりした顔をする。
「この魔力回路に対応した仕掛けがあるはずだ」
「お、ならまだ期待が持てるな」
お前は何を期待しているんだ?
ソルなんてチートな剣持ってるのに、この上まだ何か欲しいのか。
その後、順調に進んでいるとサエが口を開いた。
「この迷宮の魔物って、なんだか爬虫類が多いと思わない?」
サエも気付いたか、俺もそう思っていたところだ。
が、俺が口を開く前にクミが答えた。
「でも、ハーピーはどっちかと言うと鳥だと思うよ~」
その、どっちかの“どっち”とは何を刺すんだ? まさか哺乳類か?
「でも、確かに蛇とかトカゲの魔物が多いよな。造りも初級と比べると鍾乳洞っぽい自然の感じだしさ」
確かに初級迷宮はピラミッドの中かと思うような整然とした造りだったな。
「どれも鱗がある」
テアがぼそりと呟いた。
確かにそうだな。鳥も足には鱗?がある。
「――あたし、嫌な事を思い出しちゃったわ」
「嫌な事って…何ですか?」
サエの言葉にアルフが問い質す。
「鳥って、先祖は太古の恐竜だって話。その名残りがあの足なんだって」
なるほど。
つまり、この迷宮のテーマ――魔物に限る――は、爬虫類だと、そう言いたい訳か。
その後、幾つかの部屋を越えると、魔物のいない小部屋のような空間が現れ、そこには通路を塞ぐ岩があった。扉の代わりか?
その岩の中央には窪みがあり、その窪みに合いそうなプレートを俺達は先程のハーピーの部屋で見つけている。
「ハーピーの部屋は、この先へ進む資格があるかどうかの試験だったのかも」
すぐに必要とならなかった点から言って、証明書じゃなく受験票だろうけどな。
「しゃらくさい! 俺達の力を見せてやろうじゃないか」
俺の言葉に、ヒデが闘志を燃やしている。
「また考えなしに突っ込むのはやめてよね」
そんなヒデをサエが冷静に窘める。
ヒデは手前の部屋で真っ先に突っ込み、魔物を蹂躙していた。
「あ、あれは二人だけでどんどん魔物を倒しちゃうから欲求不満で――」
「慣れるためなんだから仕方ないでしょう! バカな事言ってないで、さっさと指示を出しなさい!」
「――あ」
俺達がリーダーの指示を待っている事に漸く気付く。
ヒデは羞恥に顔を赤くしながらも何とかその言葉を口にする。
「こんな仕掛けがあるって事は、この先に強敵が待っていると思う。まずはみんなが無事に生き延びる事を考えて対処しよう」
「了解よ」
「うん、分かったよ~」
「必ずみなさんを守り抜きます」
「頑張る」
「はいはい、了解了解」
“ガコン!”
プレートを窪みに合わせると通路を塞いでいた岩が奥へと消えていった。
通路が出来上がると、ヒデが号令を出す。
「さあ、行こう!」
ヒデの号令に仲間達はいつもの隊列を組んで通路を進む。
すると、すぐに広い空間へと出た。
そこで俺達を待ち受けていたのは恐竜だった。勿論、肉食の凶暴な奴。
俺は詳しくないが、T.REXとか暴君とか言った奴だと思う。
ちょっとしたビル並の大きさがある。余りの体格差に笑ってしまう程だ。
「階層主ならぬ表層主ってところか」
初級迷宮にはいなかった存在だ。
「ほらぁ、サエちゃんが変な事言うからぁ…」
「何よ、あたしが悪いって言うの!?」
クミのぼやきにサエが食って掛かる。余裕あるな、こいつら。
“がああああああああっ!”
おっと、あちらさんはすでに臨戦態勢のようだ。唸りながらドスンドスンと地面を震わせ走ってくる。
「やばっ、散開しろっ!」
ヒデが指示を飛ばすが、T.REXの方が早い。
T.REXは俺達の手前でくるりと体を回転させると、尻尾を振り回した。
まずい、薙ぎ払われる。
「“突撃阻止”!」
間一髪、仲間達と尻尾の間に自らの体を滑り込ませたアルフは、盾だけでなく体ごとぶつかるような守りを見せる。
一、 二メートル程押し込まれたが、見事に防ぎ切った。さすが。
「ナイスだ、アルフ! 助かったよ」
「防御は任せて下さい。さあ、攻撃を!」
ヒデの賛辞にも眉一つ動かさず、自分の仕事を全うする覚悟を見せる。
アルフは元々凄かったけど、どんどん成長していくな。
実に代えがたい人材だ、あの偶然の出会いに感謝しよう。
「”身体強化”――”全身体能力”」
すかさず定番の身体強化を掛けるテア。位置取りも完璧だ。
皆が散開した時も、テアだけはアルフが守りに動くのを信じていた。
きっちりと魔法の届く距離を維持し、後に続いていたのだ。
巫女と言うだけでは、ああは動けない。巫女とは結局のところ素質でしかないからだ。魔法師としてきちんと修行し実践しなければ、あの動きはできない。
出自は不明の上、あの言動のどこまでが本気なのか謎だが、俺達の力になっているのは間違いない。
この二人に出会わなければ、俺はこの国で、もっと苦戦していただろう。
「“風刃”!」
「“岩壁”!」
大ホールにサエとクミの詠唱が響く。
“ごああああああああっ!”
しかし、T.REXは物ともせず暴れまわる。
“風刃”は表皮で弾き、“岩壁”は、その体躯で粉砕した。
「うそっ、弾かれた!?」
「岩壁が壊されちゃったよ!?」
ああ、うん。
この二人は純粋に経験不足だな。術の選択だけでなく、強度、精度の設定が甘い。
敵の実力を見抜けないから術の選択、設定が適切に行えない訳だ。
「うらあっ!――おわっ」
ヒデが隙を突いて斬りかかるが、逆サイドから尻尾に襲われ、回避を強要される。
攻防一体を体現するヒデと言えど、あれだけの体格差を覆すのは至難だろう。
と言うか、大型トラック数台分の体格であの機敏さは何だ?
体重だって数トンはある筈だろ?
体格差があり過ぎる上に俊敏なT.REXに、さすがのアルフも振り回されている。
アルフでも敵を固定できないとなると乱戦を覚悟するしかないが…
「”息を詰まらせろ”――”そして死ね”――
状況を覆す一手――”操られる道化”――をいつでも使えるように心構えをしていると、俺の耳に術の詠唱が届く。
――”溺死”」
クミの錬金術だ。
T.REXの口に巨大な水の塊――水球が纏わり付く。
T.REXは水球を振り解こうと首を振り回すが、錬金術で作られた水は、口元に吸い付いたように離れない。
「“痺れて”――“落ちろ”――“電撃”」
そこへサエの雷魔術が炸裂した。
苦戦しているのに、殺すのではなく気絶させようって辺りがサエらしい。
零点がよほど悔しかったに違いない。
“がああ、ああ、あ…”
さすがのT.REXも、このコンボはきつかったらしい。
随分と弱々しい咆哮――呻きか?――になったものだ。
「うらあっ! “破斬”!」
すかさずヒデがT.REXへ飛び込み、ソルを一閃する。
“ごああ、あ――――”
ずずううぅぅんん
その咆哮は途中で途切れた。
斬り落とされた巨大な頭部は地へと落ち、その衝撃が大地を揺らす。
あの太い首を一刀両断かよ。ヒデは、ますます人間離れして来たな。
そのまま巨大な体躯も倒れ、戦闘は終了した。
“操られる道化”を使わずに済んだか。クミとサエが頑張ったな。
「お疲れさん」
皆に労いの言葉を掛けるとヒデが振り向いた。すげー笑顔だ、嬉しそうである。
「久しぶりの強敵だったなー」
「そうだな、護り手以来か」
そこへアルフが加わってくる。
「このクラスになると力不足を痛感します。まだまだ頑張らなければ」
いやいや、充分だろう。あの初撃をアルフが止めてくれなければ、もっと苦戦した筈だ。怪我人だって出ていたに違いない。
「ねえ、何だか不穏な言葉が聞こえたんだけど?」
更にサエが加わった。 不穏な言葉?
「今の会話に何かおかしなところがあったか?」
「大ありよ。護り手以来の強敵って聞こえたんだけど、ここ表層よね?」
「ああ」
「と言う事は、この先にはもっと強い敵がいるかもしれない訳ね?」
「そうなるな」
下手をすれば中層、深層それぞれに主がいるかもしれない。その先には、更に護り手がいる訳だ。うへぇ、考えたくないぞ。
「どうするのよ、こんな早くに苦戦するなんて思ってなかったわ」
なるほど、そこを危惧していたのか。
でもそれは考え過ぎと言う物だ。
「ああ、それだけどな?」
「なによ」
「ここぞって時まで素材を気にして手加減する事はないぞ?」
「はあ?」
「だから、全力で倒していいんだってば」
「――っ!?」
俺が全力を許可すると、サエは俯いて震えている。
怪我はしていない筈だけど、体調悪いのか?
「どうした?」
心配になって声を掛けると、サエはくわっと目を見開き、俺を睨みつける。
「それを先に言いなさいよっ!」
うわ、怖っ!
怒りに震えるって本当にあるんだな、初めて見たぞ。
「そうだよ~、酷いよ~」
そこまで黙って成り行きを見守っていたクミも涙目で訴えてくる。
「カミくんに怒られないようにって、二人で話し合って頑張ってたのに~」
そ、そうだったのか。それは済まない事をしたな。
ヒデだって最初に「命大事に」って言ったし、それくらいの判断はできるだろうと思ったんだ。
言い換えれば、サエもクミもまだまだ余裕があるって事じゃないか。実に頼もしい。
「いや、もちろん素材回収は重要だから、簡単に全力に切り替えられても困るよ?」
「そうなの~?」
「そうだよ、クミも見たろ? この恐竜の表皮は魔術を弾く特性があるかもしれない。その特性が素材でも活かせれば、凄い金になるぞ。今回これを持ち帰れるのはクミとサエが頑張ったおかげだ」
「わたし、頑張れてた?」
「もちろんだ」
偉い偉いと頭を撫でてやる。
「そっか、えへへ」
クミの頑張りを褒めてやると、漸く笑顔を見せてくれた。
やれやれ、女の子のご機嫌取りは大変だ。
ちらとサエの不機嫌そうな顔を目の端で捉えたが、全力で気付かなかった振りをする。
「恐らく、この先は中層だろう。ここは一旦村に戻って体を休めよう」
ヒデの指示に村へと戻る支度を始めるザヴィアの面々。
確かに休憩は必要だ。だが体より心の方が重要だったりする。
これまで楽勝だったところに強敵が現れた。自覚症状は無くても、きっと心に負担を掛けている筈だからな。