02-18 新生ザヴィア
「”多段式”――“蒼炎弾”」
薄暗い迷宮にサエの澄んだ声が響く。
「あ、青い炎…? それも、こんなに」
そこにアルフの戸惑う声が重なった。
その視線の先には、数え切れない程の青い炎が浮かんでいる。
「発射」
“ずどどどどどど――”
数え切れない程の蒼い炎は、トカゲの魔物達に次々と着弾していく。
「”多段式”――”石筍”」
続けてクミの詠唱が始まった。
「こっちも凄い数」
テアの平坦な声が重なる。
そこには仲間達なら気付くだろう、小さくない驚きのニュアンスが含まれていた。
クミの足元の地面は細かく隆起し、それぞれの先端は槍の穂先のように尖っていた。
「いけ~!」
“ずどどどどどど――”
隆起した地面は先へ進むほどに太く大きく育ち、こちらも数え切れない程の石の槍がトカゲの魔物へと突き刺ささる。
サエとクミ、二人の手によって、僅か数秒で――表層とは言え――上級迷宮の魔物数十体が殲滅された。
「二人とも零点」
俺は、ドヤ顔で待ち構えている二人に採点結果を告げた。
『ええっ!?』
その結果が予想外だったのだろう、不満を滲ませた二人の声が重なった。
「どうしてよ!?」
「なんで、なんで~?」
この二人の反応は読めていたので、俺は殊更冷静に説明してやる。
「これを見ろ」
先程の二人の魔術と錬金術によって起きた惨劇の結果を示す。
サエの魔術によって死んだ魔物の死体は炭化しており、触るとぼろぼろと崩れた。
と言うか、形を保っている方が圧倒的に少ない。
また、クミの錬金術によって死んだ魔物の死体は串刺しになり穴だらけだ。
原形を留めないと言う点では似たり寄ったりと言える。
「どちらも素材として使い物にならない、従って零点だ。納得したか」
「ううっ…」
「ああっ…」
俺の説明に二人は頭を抱えている。
「成程なぁ、これからはそこも気にしなきゃだめなんだな」
「あ、あはは…アタッカーなのに全力が出せないって不憫です」
「過剰火力は魔力の無駄遣い」
そんな二人を眺める他の三人の感想は様々だ。
それぞれの立場が現れていて中々に興味深い。
「クミは直接攻撃するんじゃなくて、間接的に攻撃する事を覚えろ」
「え~、どう言うこと?」
「落とし穴を作るとか、壁で囲うとか」
「ああ! なるほど~」
俺のアドバイスに納得したのか、「つまり、動きを止めればいいんだね」なんて呟いている。実際、その通りだ。自分が止めを刺す必要はないんだよ。そこに気付けたなら冒険者の錬金術師として大成できるだろう。
「あたしには?」
それを聞いていたサエが詰め寄ってくる。
「ん?」
「あたしにも何かアドバイスは無いの?」
む、そうだな…
「サエはアレだ」
「何よ」
「今後、火の魔術は使用禁止」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
アドバイスと言うには余りにもアレな言葉にサエはショックを受けている。
その姿は“が~ん”という文字が背後に見えるアレだ。
「理由は言わなくても分かるな? 火に拘らなくても風とか他にもあるだろ」
「う~ん、風、風ねぇ、あれって血とか色々飛び散って嫌なのよね…あ!」
何かを思い付いたようだ。目には輝きが戻っている。
「…断っておくが雷も禁止だ。理由は言わなくても解るな?」
「ちょ!?」
やっぱりか。
お前の考える事などお見通しだ。
「うわぁ…サエちゃん大変そう~」
「ううっ…」
でも、ちょっと厳し過ぎたかな?
「電撃は威力を調節できるなら使ってもいいぞ。麻痺させる程度とか」
「本当!?」
うお! 凄い喰い付きだ。
ちょっと怖いぞ。
「あ、ああ…本当だ」
「感覚掴むまで、やり過ぎたり弱過ぎたりするかもしれないけど…いいの?」
「それは仕方ないだろ。努力した結果なら受け入れる」
「ありがとう、カミくん!」
何とかサエの顔に笑顔が戻った。
「あ! サエちゃん、わたしが落とし穴に落とした魔物で練習すればいいよ!」
「それだわ! クミ、冴えてる!」
「えへへ~」
どうやら方向性も決まったらしい。
俺はヒデを向いて頷く。
「じゃあ、次に行っていいかな?」
おずおずとヒデが聞いてくる。
実は今回から、ザヴィアのリーダーとしてヒデから指示を出すように伝えている。
これは今後――ペッテル国に留まらず、その先も見据えての試みだ。
「何でそんな弱気なんだよ。もっとはっきり指示を出せ」
「ぐ…次に行くぞ!」
「分かりました」
「分かった」
「了解よ」
「は~い」
「はいはい、了解了解」
まだまだ表層だが、俺達は危なげなく上級迷宮を進んでいく。
《先程の話だが、主よ、創意工夫と言うのは大切な事だ》
歩を進めていると、思い出したようにソルが口を開いた。
「確かになあ」
ヒデも思うところがあったのか、素直に相槌を打っている。
《そこで、一つ問う。主は太陽と聞いて思う事は何か?》
「ええ、何だそれ!? とんちクイズか何かか?」
《我は太陽剣だ。太陽を象徴する力を持つ》
「うん、そう聞いたよ」
《では聞くが、太陽の力とは何だ?》
「うっ」
《ある者は光と言った。その者は我を使い、光を操った》
「おお」
《また、ある者は恵みと言った。その者は大地を慈しみ、木々に恵みを齎し、人々に糧を与えた》
「へぇ~」
《さて主よ、主は何と解く》
「か、考えさせてくれ」
逃げやがったな。
どうせ変なところに拘りを持つヒデの事だ。今までの持ち主と被らないインパクトのある力を選びたいとか考えているに違いない。
「ソル、それはつまり、お前は主の思い描く力を操れるって事か?」
《然り。我が主の想像力が、創造者の意に沿っているならば、それは自在となる》
「何だそりゃ…」
ソルは俺が思っていた以上にチートな剣だった。
誰だ、ただのブーストアイテムだなんて言ったのは。
☆
俺達は首都から馬車で三日程の距離にあるハーリーと言う村に来ていた。
この村が上級迷宮に一番近い人里なので、攻略中のベースにしているのだ。
冒険者ギルドのギルド証と国王のお墨付きを示す書状により、村長の家に無料で泊めて貰える事になっている。
俺は村に着くとザヴィアの皆を集め、打ち合わせを始めた。
「迷宮の攻略を始めるにあたり、言っておくことがある」
まずは俺個人の事情を告げておかなければならない。
「今回の攻略では俺を当てにするな」
そう言ってグローブを外し、右手を見せた。
皆の息を呑む音が俺の耳に届く。
「おいっ、ゼン!?」
「ど、どうして!?」
親指の欠けた俺の右手を見て、皆が信じられないとの言葉を口にする。
「二、三か月後には治る目途が立っているから心配するな」
もう暫くすれば治ると教えると喧騒が静まった。
「そうなのか、びっくりした…」
「脅かさないでよ…」
「治るんだね、よかったよ~」
漸く安堵の声が広がる。心配かけてすまんね。
「だが、この攻略期間中は無理だ。俺はハッキリ言って役立たずに成り下がる」
実際、戦闘力ではザヴィア中でも断トツで最下位だ。これはいつもか。
だから、いなくなっても大して変わりはない。
なら、何が変わるかと言うと――
「宝箱や扉の鍵はどうするんだ?」
ヒデが俺に問う。
その質問に対する俺の答えはすでに用意している。
「迷宮は正攻法で攻略する。鍵が掛かっているなら、合う鍵を見付けるんだ」
つまり、そういう事である。
俺の解除スキルによる迷宮攻略は、言わば邪道なのだ。
本来、神々が想定していない方法なのである。
魔国では、それでもよかった。
俺を送り込んだのが、他ならぬ神自身だしな。
だけど他の領域では、そうはいかない。
他種族の手による想定外の方法での攻略は、神の逆鱗に触れる可能性がある。
初級迷宮では御目溢しされた。だけど上級迷宮でも同じと楽観視はできない。
タイミングとしてはただの偶然だが、今後のためにも俺がいない状況での迷宮攻略に慣れて貰う必要があると考えた結果だ。
「これからはヒデがリーダーとして指揮を執るんだ。みんなも補佐してあげてくれ」
「ちょっと待てよ、指揮を執るのはゼンのままでも問題ないだろ?」
「俺は本来、自由に動いてこそのポジションなんだよ。新生ザヴィアとして、このタイミングでの変更がベストと判断した」
「むぐぐ…」
屁理屈だが、それだって理屈だ。事実、ヒデは反論できずにいる。
元々リーダーシップの取れるヒデなら問題ないだろ。慣れだ慣れ。
「そうは言ってもサエとクミは迷宮初心者だし、ヒデの件も含めて、表層は色々と慣れる事に努めよう」
俺の言葉にサエとクミはホッとした様子を伺わせる。
ヒデの顔もまた、安堵の色を浮かべていた。へたれ。
☆
表層を進んでいくと、冒険者ギルドの記録に残る最後のエリアへと近付いた。
“♪~♪♪~~♪~~~”
すると艶やかなメロディーが耳に届く。
ギルドの記録が表層の一部で終わっていたのには理由があった。
この先の部屋にはハーピーがいるのだ。
この世界のハーピーは、歌声で冒険者を惑わし、弱らせたところを襲い掛かると言う。
(セイレーンと混ざってないか、それ)
とは思ったのだが、実際そうなんだからここで文句を言っても仕方がない。
問題は、表層の魔物の癖に高い知能を持っているって事なんだ。
何でそんなのが表層にって思うだろうが、つまるところ、これはバーセレミの親心なんじゃないかな。
ここでハーピーを下せる実力がないなら上級迷宮はまだ早い。
帰って修行しなおして来いって事だ。
ハーピーの高い知能はここでも発揮される。
奴らは逃げた相手を深追いしない。追い払うだけだ。
以前の冒険者の手記にそう書いてあった。
つまり、ゴブリンやオークと違って戦いにのめり込まないだけの理性がある。
これが最も厄介な部分だ。
この情報はザヴィアの皆に教えてある。彼らがどんな作戦を立てるのか。
今回の俺の隠れた楽しみだ。