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02-17 柵 ~しがらみ~

俺はシーラに自習を言い付けると、その足で冒険者ギルドへと向かった。

気掛かりを確認する為と、王様が俺との盟約を守って国を正常化すると言うなら、俺も盟約の履行に全力を注がなければならないからだ。


「上級迷宮の資料はどこだ?」


俺は受付業務をしていたマルグリットを捕まえると、資料の在り処を尋ねる。


「二階の資料室に御座いますが、その…あまり充実しているとは…」


マルグリットが言葉を濁す。きっと内容が薄いのだろう。

だがそんな事は予想済みだ。

とりあえず、分かっている情報だけでも頭に入れておいて損はない筈だ。


「少なっ!」


資料の内容は予想以上に薄かった。中身も表層の一部までしか記載がない。

これじゃ何も解っていないのと同じだわ。

話しておきたい事もあるし、先にパウラインにギルドの運営状況を報告させるか。


「ギルドは順調です。魔道具も既存の道具類と競合せず――と言いますか、独占しないよう共存できるレベルの物を売り出しました」


「いい感じだな、その調子で頼む」


売り出した魔道具類の目玉は保温瓶と調理台だ。

保温瓶のサイズは大中小の三つ。

敢えて冷やしたり、温めたりせず、保温に努めたのがポイントだな。

調理台も強中弱の三つだ。

これは、今ある窯の上に置くだけで火力を一定に保つ台である。

調理する際の最大のポイントは火力の調節なのだが、これがかなり難しい。

薪でやろうと言うのが土台無理な話だと俺は思う。

この世界で調理してみろ、現代のガスコンロがどれほどの革命だったのか思い知るぞ。


これらは氷売りや薪売りのシェアを奪わず、且つ使い勝手がよく、富裕層だけでなく、民間にも売れるだろう商品だ。

他にも幾つか開発した物があるが、それらは今後更に改良していく予定の物だ。

どう言った品が好まれるのか、売れ筋を調べるためである。

勿論使い捨て。テストだな。


「今後扱う商品を増やすにあたり、ネックになるのは魔力です」


「魔力石か…」


「はい。早急に魔力石を揃え、販売しませんと今後が続かなくなるでしょう」


魔道具は魔力によって稼働する。

魔族ならば、自前の魔力を注入して動かせる。

だが、人間はそうはいかない。

魔力の()()ができないからだ。

俺の考えが当たっているなら、今後もできるようにはならないだろう。


代わりに魔力を蓄え、魔道具に魔力を供給するモノが必要となる。

それが魔力石だ。魔力石は、魔力を蓄える性質を持つ素材を加工して作る。


この魔力石に魔力を再充填することで、魔道具自体を買い替えなくても使い続ける事ができるって訳だ。まあ、言ってみれば電池だな。

魔国でも、個人の魔力では賄いきれない大型の魔道具になると、魔力石を使って動かしていたりする。現状、ギルドで俺が魔力を充填している機器がそれだ。

人間の国では小型の物でも重宝される事だろう。


「魔力石が普及すれば、冒険者の収入も安定します」


迷宮に限らず、魔物は人間同様に魔力を持っている。

人間と違うのは、魔力袋と呼ばれる魔力を貯めておく器官があることだ。

魔国では、この魔力袋から魔力を吸い出す魔道具が存在し、集めた魔力を国の機関が買い取っている。

これなら素材として売れない魔物を倒しても金になるため、冒険者の収入は更に安定するのだ。

このシステムは冒険者ギルドの運営に置いて、素材の買取り以上に重要なポイントになるだろう。主軸と言っていい。

当然これにも魔力石が使われている。需要は多いのだ。


「ザヴィアに上級迷宮の攻略許可が出たから、上手くいけば解消できる」


「はい。期待しています、王子」


気持ちは分かるけど余計なプレッシャー掛けんなよ。

俺の推測が正しければ、人間の領域で魔力石を調達するのは難しいかもしれないんだ。


「で、実際のところ、新商品の開発は順調か?」


丁度話題が出たので本題を持ち出す事にする。


「え…先程申し上げた通り――」


「俺に嘘は通じない。知ってるだろ?」


「――申し訳ありません」


パウラインは項垂れた。実にやり難そうだ。ごめんな。


「ネックは魔力石ではなく、魔力操作だな?」


「ご明察です」


やっぱりか。

魔力石も嘘じゃないのだろうが、その先にある壁を乗り越える手段が見えて来ないのだろう。

魔国にある物を、ただグレードダウンさせるだけじゃだめだ。根本的な設計思想から変えないと。

だが、それは――


「近い内に城から使いが来る」


「えっ!?」


「国王との盟約でな、魔国の技術を伝授する事になった」


「お、王子、それはっ!」


「人間に使えるレベル、その線引きをしておけ」


教えても使えないんじゃ意味がない。

むしろ意地悪していると勘繰られかねない。


「それと、お前達は後継者を育てておくんだ」


「王子!」


人間の発展は人間が行うべき命題だ。魔族が先導してもいい結果は望めない。

結局、戦争で発展するか、他種族の主導で発展するかの違いだけだ。

発展の仕方が歪である事に変わりがない。


「行き過ぎた支援は(バーセレミ)の怒りを買うぞ」


「あっ!」


神に得意分野――属性があるように、その眷属にも属性がある。

種族の発展は、その属性に沿ったものでなければならないのだろう。

魔族は魔力に長けた種族。それ故に魔力の操作と魔道具による発展を遂げた。

それをそのまま人間に伝えても使い熟せない。


では、人間の属性とは何か。

肉体?

それは違う――違うと思う。

恐らくは、可もなく不可もない事……つまり平均。


ゲームなんかによくある設定だ。

あらゆる分野において、それなりの能力を持っている。

全てに適性があるが、万能ではない。

どんな職にもなれるが、突出したところの無い種族。


だから、きっと肉体に優れた種族は別にいるのだろう。

例えば獣人とか。


太陽の特殊神聖魔法、それに聖剣や迷宮制覇の褒賞。

それらは全てが強化によるブーストだった。

恐らく、これらはバーセレミから自分の眷属へのせめてもの恩情だ。

優れた能力を持たない人間が、迷宮で生き延びるように用意した物。


人間は、きっと魔道具もそれなりには使えるようになるだろう。

だが魔族ほどには発展できない。

人間は人間なりの発展を遂げなくてはならない。


「神の怒りを買わず、人間に扱えるラインを見極めろ。そこまでなら仕込んでいい」


それだけでも、この国は人間の領域において経済のトップに立てる。

そして、この国に経済を牛耳られれば、そのうち誰かが気付く。

ペッテル国一強の状況を打破するためには、この国を上回る知識と技術が必要だと。

だが、それに気付いた時には武力でこの国に対抗する事はできなくなっている筈だ。

国力の差は歴然としているだろうからな。


なら、どうするか。

答えは簡単だ。迷宮攻略による()()()()()()、その差を無くしてしまえばいい。

その時に”陽の迷宮”がどの国の管理下にあるか、そこが分岐点になるだろう。


元々王様は”陽の迷宮”を手に入れるべく動いていたって話だし、武力よりも外交や経済による融和政策を得意としているようだ。なら、この機を逃す筈がない。


けれど、それに彼女(パウライン)達を巻き込んでいいとは思えない。

人間たちの事は人間たちの手で片を付けるべきだ。


王様との盟約は果たす。

けれど、それで彼女達を犠牲にする事は話が別だ。

彼女達には無事に魔国へと帰って欲しい。


「だからって適当な人選はするなよ? これって人物に、正しい発展の道筋を教えてやれ」


「……王子」


「分かったか?」


「分かりました」


パウラインの返事を確認し、俺は冒険者ギルドを後にする。







ああ、もう。

王様が性急すぎるから、色々と計画が狂った。


(性急なのは俺もか…)


解っている。狂った理由の大半は俺の読みが甘かったせいだ。

そのつもりは無かったが、結果として王様を騙す事になったかもしれない。

こちらの予定と王様の期待値のギャップが大きければ不和の元と成りかねない。


(仕方ないな、この落とし前は付けよう)


俺は意を決すると、自分の右手の親指を噛み千切った。


「ぐぁっ!…ううぅ……」


ぺっ


俺は吐き出した自分の指を布に包むとポケットに入れる。

うっかり指を再生しないように注意を払いながら、治癒魔法で傷を癒しつつ城の自室へと足早に戻る。







夜になると、俺は再びシーラの部屋にお邪魔する。


「お兄さま!」


「こんな夜分にごめんな?」


「いいえ、それよりお兄さま、お顔の色が優れないようですけれど」


こんな暗い時分だと言うのに、シーラが俺の顔色の悪さに気付く。


「そうか? 夜だからじゃないかな」


「そうでしょうか…」


俺は誤魔化しながら会話を続けるが、シーラは納得のいかない顔をしている。

鋭いな。

さすがに自分の指――厳密には指の骨だが――を加工するのは気持ちのいいものではなかった。気分が悪くなっても仕方がないだろう。

だが素材としては、これ以上の物はない。

魔力との親和性に優れ、耐久力も抜群である。


「ま、それはいいだろ。仮に具合が悪くても、一晩寝れば治るさ」


「まあ。では、早くお休みにならないといけませんわ」


「その前にこれを――」


そう言って俺が取り出したのは真珠のネックレスだ。

ピンクパールと言うには赤が強いが、粒の大きい三個の真珠が並んでいる。

この真珠は俺の指の骨を芯にして、血で固めた物だ。

威圧分解の魔力回路(サーキット )を刻んである。


「常に身に付けて外さないように」


いっそ外せないようにロックしておこうか。


「…え?」


「これで、もうシーラは誰からも嫌われないよ。怖がられる事もない」


「え?」


「もう部屋に閉じ籠る事はない。自由にしていいんだよ」


「お、お兄さま…」


シーラは涙を浮かべている。ああ、今にも決壊しそうだ。


「…う、ううぅ……うわぁぁあああ――」


とうとう泣き出してしまった。俺の胸に顔を埋めている。

まあ、いいさ。

泣きたいだけ泣けばいい。

これからは、嫌われたくないからって、無理していい子でいる必要はないんだ。







一頻り泣いて落ち着いたシーラを寝かし付けた俺は、深夜のテラスで一息吐いた。

シーラのペンダントに俺の指を使った理由は王様への詫びだけじゃない。

もう一つの理由があった。

それは、この国のためになる事ではあるが、多分に自分のためだった。


「――ふう」


怒涛の一日だったな。

自己嫌悪に陥りながら一日を振り返る。

碌な事してないな。


「一体、何やってるんだろうな、俺」


「なあに、述懐してるの?」


思わず零れた言葉に応えがあった。


「独り言のつもりだったんだが」


「愚痴くらいなら聞いてあげるわよ」


そう言って廊下からこっちへ来るのはサエだ。


「寝なくていいのか」


「目が覚めちゃったんだもの」


ああ、そうかい。


「それで、カミくんは何を愚痴っていたのかしら」


「愚痴って訳じゃないんだが――いや、愚痴か」


素直に認める。

確かに俺は愚痴を言いたいらしい。


「この世界に来て、随分と(しがらみ)に捉われたと思ってね」


「ふうん?」


「日本にいた頃は、こんなんじゃなかった。自分と、お前らの事だけを考えていればよかった」


一度口にしたら止まらなくなった。次から次へと言葉が湧いてくる。

自分で思っていた以上にストレスが溜まっていたようだ。


「でも、この世界に来てから、考えなきゃいけない事が増えたんだ」


「うん」


「俺を家族と言ってくれた人達の事。俺を受け入れてくれた魔国の事。それは、このペッテルに来てからも同じで――ザヴィアの事、神殿の事、ギルドの事、シーラの事、それから――」


「うん」


「――この国の事」


こうして考えると、また随分と増えたもんだな。

実に俺らしくない。


「カミくんは、変わったね」


「この前と言ってる事が真逆だぞ」


変わらないって言ったのはお前だろ。


「うん、だから変わらない部分と変わった部分があるねって事」


「いつでもどこでも使えそうな言葉だな」


実に便利だ。


「あたしは、いい変化だと思う。ううん、もしかしたら――」


なんだよ。


「――いじめに遭わずに真っ直ぐ育ったカミくんは、こうだったのかも」


「――!」


サエの何気ない言葉が俺に突き刺さった。

きっとサエは思い付いた事を口にしただけなのだろう。


――だけど


俺がここに来て十年経った。俺だけが十年過ごした。

何故なら十年遡ったからだ。


十年前、俺は五歳。

初めて虐めに遭ったのはいつだ?

小学校に入学してから。つまり一年生の時。

それは何歳だ?


――六歳だ


虐めに遭う前まで戻った。人生をやり直した?

いや、さすがに考え過ぎか…


――だけど、この世界に来てから


向こうで虐めに遭ったのと同じだけ、俺はこの世界で家族に愛されてきた。

俺を必要としてくれた人達。俺が必要とした人達。

その関りは時が過ぎると共に広がって、対象となる人もまた増えていった。


――それはきっと、この国に来てからも変わらなくて


「――そうか」


「うん?」


「柵が増えるのも当然だったんだな…」


「ふうん?」


「何だよ」


にやにやしやがって。


「さっきより、いい顔してると思って」


「変わんねえよ」


「そんな事ないよ、いい顔してる」


珍しく、絡んでくるな。


「あたしは、今のカミくんが好きよ」


どきっとする笑顔でサエはそう言った。

何だか妙に色っぽい。


「そりゃ、前の方がマシだったって言われるよりはいいけどさ」


茶化しながら言い返すのがやっとだ。

でも、本気でそんな事を言われたら、きっと三日は立ち直れないに違いない。


「そう言う意味じゃなかったんだけどなぁ」


「なら、どういう意味だよ」


「何でもなーい! ――それで、少しは役に立った?」


「ん…ああ、ありがとな。ちょっと軽くなったわ」


「ふふ、どういたしまして」


「お陰で眠れそうだ。サエも寝とけ、寝不足は美容の大敵らしいからな」


「一言余計よ、もう! じゃあ部屋に戻るわ、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


ああ、お陰で少しだけやる気が出てきたよ。

ありがとうな、サエ。




俺は自室へは戻らず、暗躍を始める。

キーマンへの洗脳解除と精神防御を施すために。


(最大三か月不在にするからな。できるだけ守りを固めておかないと)


使徒の暗殺も続けた方がいいかもしれない。

やれやれ、まだまだ忙しいな。







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