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02-15 トップ会談

「わたくしはシーラと申します。よろしくお願いいたします」


シーラは俺達に自己紹介終えると、ぺこりと頭を下げた。


「姫様、王族がそう軽々しく頭を下げてはなりません」


シーラの後方でそう窘めたのは、今日からシーラの御付きとなったメイドのエスタだ。

シンシアの同僚で、歳も十代とまだ若い。ま、シーラが俺と一緒に自室の外へ出た時のみと限定しているんだけどね。

それでも大抜擢と言える人事なのだが、それには理由がある。




シーラは魔族の血を引いている。

最初は母親が魔族なのかと思ったが、どうやら母親の遠い先祖に魔族がいたらしい。

シーラには、その血が強く出てしまった。隔世遺伝だな。

そこに因子持ちの魂が宿ったのだが、純血ではなかったせいか変質してしまった。

他者を圧倒する威圧は鳴りを潜め、他者から嫌悪される体質となったのだ。

世間に対し、シーラがその存在を隠された理由である。


古くから城に勤めるメイド達はシーラを嫌っている。

もう大丈夫だからと言われても、すぐに「はい、そうですか」とはならない。

従って、事情を知らない若いメイドが選ばれたと言う訳だ。


そのシーラの威圧――便宜上こう呼ぶ――を押さえ込んでいるのは俺である。

以前、魔国の家族をもっと他者と触れ合えるようにできないかと研究した際の副産物だ。

俺の威圧で包み込み、取り込んだ上で分解し、放出している。

俺の威圧は外に向けていないので、周囲には気付かれない。


(後はこれを魔道具化できれば、俺がいなくても普通に過ごせるようになる筈)


と言う訳で、俺はそのための魔力回路(サーキット )開発に余念がない。

実のところ、当てはある。

シーラの威圧は微弱な上に変質しているため、魔力回路(サーキット )にそこまでの負荷かけずに済むのだ。

それでも媒体は宝石程度では耐えきれないのは実証済みであり、もっと耐久力に優れ、且つ魔力との親和性に富んだ素材が必要であった。

そんな素材がどこにあるかと問えば、帰ってくる答えが迷宮となるのは必然だ。


そんな訳で、俺は王様に早く迷宮攻略の許可を出せと詰め寄ったのだが、物事には順序があると言って突っぱねられたのだ。

今は、回答を待っている時間を使ったシーラのお披露目である。


とは言え、基本シーラは俺の傍にしかいられない。

お披露目の相手がザヴィアしかいないのは仕方のないところだろう。




「こちらこそ、よろしくお願いいたします、シーラ姫」


サエがザヴィアを代表して挨拶を返す。

一番卒なく対応できるのがサエだからな。次点がアルフか。

テアはマイペース過ぎて論外だ。何を言い出すか分かったものじゃない。

ヒデとクミは、お姫様相手と言う事で尻込みしている。


「まあ! そんな他人行儀はやめて下さいませ。もっと気を楽にしていいのですよ。ね、お兄さま」


そう言ってシーラの翠眼が俺を向く。


『お兄さま!?』


俺を除いた、ザヴィアの心が一つになった瞬間である。


「ゼン!?」


「カミくん!?」


「な、なんでお兄さまなの~?」


「ゼンがシーラ姫の兄…?」


「…………」


五人の疑惑の目が俺を捕らえて離さない。

うーん、どう説明したもんかね。


「あ、その指輪…昨日の!?」


俺がどう説明するかと悩んでいると、目敏いサエがシーラの親指に嵌った指輪に気付いたようだ。


「まさか、そんな!?」


「…なるほど」


いつも無表情なテアの顔が驚愕に染まり、アルフは納得したと言った体で頷いた。


「はい、お兄さまがわたくしに下さったのですわ」


驚きにどよめく女性陣に対し、シーラは心底嬉しそうな顔で言う。


「女性の瞳と同じ色をした宝石の指輪を送るのは求婚の証です。女性がその指輪を受け取り指に嵌めた時、婚約は成立します」


シンシアが、よく解ってないであろう転移組に説明する。


「つまり、お姫様とゼンが…」


「婚約したって事!?」


「ええええ~!?」


漸く状況を理解した転移組。

サエとクミ、それにテアの非難に満ちた目が俺を捕らえる。

ヒデは興味深げな、アルフは優しげな母性に満ちた目だ。


だって、仕方ないじゃないか!

そんな田舎マイナーな風習、誰が知ってるんだよ!







時は昨晩に遡る。


(それにしても、この王様にはシーラの変質した威圧が効いていないのか?)


微弱とは言え、その効果が発揮されているのは間違いないんだがな。

親には効かないなんて事はない筈だ。

体質的に効かないなんて事もないだろう。現に俺の威圧には屈した訳だし。


「そんなものは気合いでどうにでもなる。親が娘に会うのに障害にもならぬ」


聞けば、ただの子煩悩だった。


「ならば、やはり魔国を攻める理由はシーラか」


俺は本題の本質に切り込む。


「…そうだ。シーラは人の国では生きていけない。嫌悪され、爪弾きにされるだけだ」


「…何故魔国なんだ?」


シーラの変質した威圧が問題であるなら、どの国へ攻め込んでも一緒だろう。


「魔族は大小の差はあれど、皆がこの力を持って生まれると聞いた。むしろ力が強い程に地位が上がると言うではないか」


ああ、そう言う…

だが、それは大いなる勘違いだ――いや、唆されたのか。


「残念だが、それは違う。魔国でも威圧を持って生まれる者は極僅かだ。現時点で十人いるかどうか…」


「なんだと!?」


「むしろ、威圧を持って生まれた者は世間から隔離される。強力な威圧を持つ者は王族として保護されるが、シーラの威圧では程遠い」


「そ、そんなバカな…それでは俺のやろうとしている事は…」


「全てが無駄だ。その想いを利用されただけ」


つまり、そう言う事なんだろう。

ずっと疑問に思っていたんだ。魔族の領域と接している国ではなく、なぜ内陸のこのピッテル国なのかと。

この国には――いや、この王様には、それをするだけの理由があった。

奴らは、そこに付け込んだんだ。


「――いや、お前が俺を騙していないと何故言える!」


面倒臭え奴だな! この期に及んでそんな事言い出すか!?

いいだろう、こっちの腹を割ってやろうじゃないか。

シーラの親じゃなければ問答無用で俺の傀儡にしているところだぞ、この野郎。


「俺はゼン=イチロー・カミン・クー。またの名をムーンジェスター、魔国の王子だ。この無駄な争いを止めるためにやって来た」


「貴様が魔国の王子だと!?」


「お前はこの国が異界の化け物に乗っ取られて、いいように使われている事に気付いているか」


「…化け物か」


「ここ最近、行方不明になった者と同じ数だけ化け物の死体が発見されている――どうだ?」


「それを知っているとは、やはり貴様が我が臣を――」


いやいや、問題はそこじゃないだろ。


「俺は化け物を倒しただけだよ。あんたの部下には一切手を出していない」


むしろ、その周囲の人間の洗脳を解いて解放してやってるんだがな。


「ぬぅ……」


俺が立て続けに使徒を暗殺してきた理由。

イェルハルド以降、隠し切れない程の騒ぎを起こし、且つ周囲の人間の洗脳を解いてきた。

それは、使徒の正体である化け物の存在を国王に知らしめるためだ。


狙い通り、国王は化け物の事を知っていた。

俺の言葉を鵜呑みにはできなくても、全てを嘘と断ずることもできずにいる。

それならそれで、俺は自分の要求を突き付けるだけだ。


「俺からの要求は――」


1. 魔国への侵攻を即刻取りやめる事。

2. 勇者の後ろ盾となり、全力で支援する事。

3. 神殿の意に従い、神殿と冒険者ギルドを優遇する事。

4. 迷宮攻略にその力を注ぐ事。

5. 人間の国同士の戦争に加担しない事。

6. 無論、自国からも戦争を仕掛けない事。


「――以上だ」


俺の出した要求を聞き、王様は目を剥いた。


「バカな事を、そんな要求が通るとでも――」


「無論、その見返りは出そう。現在、冒険者ギルドには、迷宮による採算を可能とするため、魔国の技術の提供を始めているが――」


「な、なに!?」


「ここに国への税を噛ませてやる。無論、同じ冒険者ギルドだろうが他国への技術流出は厳禁とした上でだ」


本来、中立である神殿と冒険者ギルドは国への税は免除されている。

これまでは赤貧に喘いでいたので問題視されなかったが、これからは違う。


「それだけで経済が回り、この国は類を見ない程発展するだろう」


他国もそれを知れば、戦争にばかり(かま )けていられなくなる筈だ。

何せ、経済を牛耳られるのだから。


「後は――そうだな、あんたの最大の懸念を取り除いてやろうか」


俺はそう言うと、シーラの威圧を俺の威圧で包み込み、自身の威圧に取り込むと押さえ込んだ。

この王様の原動力、それはシーラだ。

彼女が心安らかに暮らせる場所を欲して魔国へ攻め込もうとしていたのだから。


「これでどうだ?」


「こ、これは――」


「俺の傍にいる限り、シーラは威圧を発しない」


厳密には俺が取り込んでいるんだが、説明が面倒なのでそう言う事にする。


「ぐっ…貴様…何だかんだ理由を付けて、結局狙いはシーラと言う事か」


「は?」


どうしてそうなる!?


「だが、貴様とならばシーラは幸せになれる――」


王様は苦悩に顔を歪めつつ、そう口にする。

いやいや、だから何の事?


「シーラがそこまで懐き、またシーラを恐れず忌み嫌わない貴様なら…」


「おーい」


人の話を聞け。


「いいだろう、要求を呑もう。だが、もしシーラを裏切ってみろ、その時は絶対に貴様を許さん! 地の底だろうが追いかけて嬲り殺しにしてやる!」


血の涙を流しながら言う事か!?

人の話を聞けと言うのに、この親バカ!


「お父様、大丈夫です。シーラはお兄さまと幸せになりますわ」


ここまで黙って成り行きを見守っていたシーラが口を開いた。

こっちもかよ!?

何だかんだ言って、あんたら似た者親子だな!




多少落ち着いたところで、本格的な話し合いとなった。

結局のところ、この王様の望みはシーラの幸せだ。


シーラは生まれた時から威圧を発していた。

シーラが生まれてすぐ、王妃はその異質さに気付いた。


「この子の味方になれるのは自分だけ」


自分が長くない事を察していたのだろう、その後は公務を取り止め、育児に全力を注いだと言う。死ぬまでの数年、シーラに様々な教育を施したのも王妃だそうだ。

当初、威圧による嫌悪感にシーラを遠ざけていた王様も、愛する王妃の必死さに考えを変えた。親が我が子を守らなければ誰が守るのかと。


そんな王夫妻と違い、周囲の反応は冷めたものだった。

産まれたばかりの幼子に敵意を持ち、忌み嫌うなど尋常ではない。

しかし、王様は自身も身に覚えがあるため強くも出れず、まだ幼いシーラを今の内に殺すべきと進言する者まで現れるに至り、この国にシーラの居場所が無い事を悟った。


「それでシーラの居場所を求めて魔国に侵攻するとか、短絡的過ぎるだろ」


「ベアトリスの忘れ形見であるシーラを幸せにするのが残された俺の義務だ」


「そこを奴らに付け込まれたんだ、騙されたんだよ」


娘に安息の場を与えてやりたい王を唆し、魔国を攻めるよう促して戦力を蓄える。

更に勇者と言う駒を用意して逃げ道を塞ぎ、実行に移す。

使徒にしてみれば、この国だって使い捨てだ。

戦争により魔国を戦場にさえしてしまえば、混乱に乗じて直接自分達の手で滅ぼす事も可能だろうしな。


「異界の神と、その使徒か…あの異形を見ていなければ信じられぬところだ」


「俺の目的は、連中の排除だ。その上で魔国への不可侵と勇者達の保護を求める」


奴らを取り除く事で、ヒデ達の身と魔国を危険から遠ざけるのが俺の目的だ。


「俺からの要望は、シーラの安寧だ」


この王様はブレないな。徹頭徹尾シーラの事だけだ。

まあ、それだけが理由で魔国侵攻を決める程の親バカだしな。


「交渉は成立って事でいいか?」


「よかろう」


実際にシーラの威圧を消して見せたのが効いたかな。

今度は迷う事もなく即決した。


「では、約束を履行するためにも勇者を含めたザヴィアの迷宮攻略許可を貰おうか」


「シーラのために迷宮の素材が必要なのだったな。それは強い魔物程条件を満たし易くなるのか?」


「そりゃまあな。中級の護り手あたりなら充分な物が手に入るだろう」


「ふむ、了解した。だがしばし待て、物事には順序がある。なに、心配には及ばぬ、一両日中には許可を出せよう」


こうして、俺とウィルベルト王は手を組んだ。

お互い、まだまだ信頼には程遠いが、それはこれからの行動次第だと思う。







そんな回想をしながら、俺はテラスのテーブルで新たな魔力回路(サーキット )開発に頭を悩ませていた。


(やっぱり、これ以上の改良はできないな。後は材質で補うしかない)


何にせよ、攻略許可が出ない事には始まらない。


「ふう…」


羽ペンをぽいっと放り投げて首を回すとシーラと目が合った。

同じテーブルの正面に座るシーラは、にこにこと見ているこっちが幸せになるような笑顔を振りまいている。


「こんなの見てても退屈じゃないのか? テラスから出なければ好きに遊んでいて構わないんだぞ?」


「いいえ、わたくしはお兄さまを見ているだけで幸せですわ」


「あ、そう…」


あれ? この子、友達が欲しいんじゃなかったっけか…?


「ぶー」


俺の左手、シーラと俺の間に座るテアが呻く。


「どうした、テア?」


「シーラばっかりずるい。テアも求婚して欲しい」


何度も言うが、俺に求婚した覚えはない。

困惑する俺をシーラの背後、別テーブルに着くヒデ達がにやにやと眺めていた。


「いやー、ついにゼンにも春がきたか~」


「ゼン様は…その…年下がお好きなのですね」


おい、シンシア。それでオブラートに包んだつもりか? 全然、包まれてないからな!

この二人は完全に他人事だ。おのれ、どうしてくれよう。


「…男共は真剣味が足りないのよ。ほんとに帰る気ある訳?」


「カミくんってロリコンだったんだね…ショックだよ」


「多少早いですが、問題ありません。充分に結婚できる年齢です」


「ええ~! そうなんだ?」


他、女性陣はそれぞれ勝手な事を言っている。

くそ、この状況から現実逃避するために魔力回路(サーキット )開発に逃げたのを忘れていた。


「ゼン殿はこちらか?」


そこにアルヴィンが入ってくる。

いつも気の毒な彼が、今の俺には救世主に見えた。


「ここだ、ここだ」


俺が声を掛けるとアルヴィンはスタスタと急ぎ足で近付いて来る。


「ゼン殿、国王より伝言を預かって来た」


そう言ってアルヴィンは声を潜める。

待ってたぜ、これで好奇の目に晒されずに――いやいや、暇を持て余さずに――いやいやいや、本来の目的に突き進む事ができる。


俺は目でアルヴィンに先を促す。

するとアルヴィンは頷き、緊張した面持ちでその言葉を口にした。


「貴殿らザヴィアの上級迷宮攻略を許可する、との事だ」


――何だって?

聞き間違いか? 上級って聞こえたんだが。


「…中級の間違いじゃないのか?」


言い間違いか聞き間違いだろう、そう思って再度確認する。


「上級だ、間違いない」


自分も聞き間違いかと思い、念を押して確認したと言うアルヴィン。


「……あの狸親父ぃ~」


――やってくれやがったな!








※追記

 使途 ⇒ 使徒 に修正。

 誤字指摘感謝です。

 

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