02 祝賀会
中学生に上がってから、俺は趣味を新たなステージへと昇華させた。模型作りを卒業したのだ。そして鍵開けに傾倒した。当然疑問に思うだろう、何故鍵開けなのか? と。
俺は一度、自分の机の鍵を失くしてしまい、鍵開けサービスの業者に頼った事があった。その際の鮮やかな手並みに惚れたのだ。以来、ピッキングツールを手に入れ、市販の錠を購入しては、空いている時間は鍵を開ける事に終始していた。
尊敬する人物は?と聞かれたら、俺は迷わず『ハリー・フーディーニ』と答えるだろう。ハリー・フーディーニとは歴史に名を遺す鍵開け名人の事である。そして、俺の座右の銘は『開けられない鍵は無い』だ。
よく勘違いしている人がいるが、鍵とは閉めるための物ではない。開けるための物である。
ここで『そんなバカな』と思った人は、よく考えてみて欲しい。何故そこに鍵をかけたのか、と。鍵をかけた理由は何だ?それは『他人に入られたくない』、『他人に触れられたくない』、そして『他人に取られたくない』と思ったからじゃないのか?それは裏を返せば、自分が再び開ける事をも意味しているとは考えられないか?
ならば鍵とは『しかるべき時に、しかるべき者が開けられる』ようにするための物とは言えないだろうか。だから俺は言う。『鍵とは開ける事を前提として作られている』と。それは古い南京錠も、最新の電子錠も同じ事だ。
ある時、それをヒデ達に語ったら、揃って呆れた顔をしていた。
「何だよ、趣味の話をしろって言うから話したんじゃないか」
「だからって、それは無いわー」
非難染みた目で睨んだら、ヒデに反論された。
「なら、お前らはどうなんだよ?」
聞くまでもなく解り切っていたのだが、様式美として聞き返したのだ。
「もちろん、俺は剣道だ」
ヒデが自慢気に言った。そうだろう、そうだろう。中学生で剣道二段とか、普通あり得ねえから。
規定でそれ以上は上げられないんだろ? 知ってるから。
ヒデはスポーツ万能だが、特に剣道が好きらしい。中学二年にして、すでにいくつもの大会でチャンピオンだ。いつでも優勝間違いなしと言われている。校内どころか、全国にファンがいる有名人である。
「あたしはファッションね」
これはサエだ。それも知ってるからな。
サエは中学生にしてモデルをやっている。俺の母親の紹介だ。虐めの一件で、俺の両親と知り合いになった事もあり、縁ができたのだ。
サエは女子としては背が高く、スタイルも良い。男子だけでなく、女子にも人気がある。いや、むしろ女子にこそ絶大な人気を誇ると言っていい。これまた全国にファンがいる、ある意味ヒデ以上の有名人と言えた。
「わたしは、お料理かなあ。まだまだカミくんには敵わないけど…」
最後に自信無さげに答えたのはクミだ。クミはあれ以来、食に興味を覚えたらしい。同じ材料で、同じ物を作ったにも関わらず、“違う物”ができたのが不思議だったようなのだ。
俺は知っている。謙遜しているがクミは努力家だ。レパートリーの数で言えば、すでに俺を越えているだろう。
元々ヒデやサエのような天才肌ではない。それでも、二人の傍にいようと必死に頑張っているのだ。勉強は常に三位をキープしているし(無論、一、二位はヒデとサエだ)、運動は苦手だが、それでも中の上くらいの成績は維持している。
サエと違って小柄で童顔なクミはマスコット的ポジションである。しかし、そんなイメージを裏切るかのような巨乳でもあった。この巨乳と言うのがポイントだ。爆乳とか魔乳などと言う人外ではない。その大きさが魅力として捉えられる範疇に収まっているのがいい。食べた栄養は身長ではなく、全て胸に行ってるのではなかろうか。それを口にしないだけの分別はあるので言わないが、そう思っている連中は多い筈だ。
小柄で童顔で巨乳。奇跡のコラボレーションであった。表立ってこそないが、当然男子には絶大な人気がある。ヒデやサエのような全国区ではないが、校外にもファンがいるようだ。
俺はと言えば、そんな三人と仲が良いので妬まれるポジションだ。つまり、今までと何も変わらない。ヒデ達が周りにいるので、表立って虐められる事は無いが、無視無言は相変わらずだ。まあ、それは俺も必要最低限しか話さないのでお互い様と言える。
そんな俺達だったが、実は俺は彼らとは違う高校に進学しようと思っていたのだ。彼らの希望校が県内有数の進学校で、しかも県立のために倍率がとんでもない事を知っていたからだ。
だって、普通は県立高校でどんなに人気があっても精々二倍に届くかどうかだ。それが約三倍ですよ?無理無理。
だって俺の成績、どう良く言っても精々中の下だったし。それだって、ちょくちょくヒデ達が一緒に勉強しようって誘ってくれたから維持できていただけだ。普通、皆が勉強する時間に俺は鍵開けてたし、それは当たり前の結果だと受け入れていた。
そんな俺の進路をどこで知ったのか。ある時、三人は家に押しかけて来て、こう言ったのだ。
「ゼン、一緒に晴嵐行こう!」
「いずれ道が分かれるにしても、高校くらい一緒に行かない?」
「私も頑張るから、カミくんも頑張ろう?」
実に彼ららしい説得の仕方だった。特にクミの言葉には言い返せない。俺は彼女が本当に頑張っている事を知っているからだ。だからこの時点で、俺の答えは一つしか残されていなかった。
「分かった、頑張ってみる。みんな応援してくれるか?」
それに対する三人の返事も一つしかない事を、俺は今までの付き合いから知っていた。
そこからは猛勉強の毎日である。常に三人の誰かが傍らにいて俺の勉強を見てくれていた。
勉強、勉強で、うっかり願書を出すのを忘れる程に打ち込んだ。締め切り当日の午後にそれを思い出し、猛ダッシュで現地の窓口まで出しに行ったのだ。さすがに、この時ばかりは本気で顔が蒼褪めた。
三人からは罵詈雑言の嵐だ。
「お前、何考えてんの!?バカだろ!?バカだよな!?」
「願書出し忘れる人がいるなんて、信じられない…」
「だから一緒に出しに行こうって言ったのに~」
比較的穏やかな例を挙げてもコレである。何を言われても黙って耐えるしかない俺だった。
そして半年間の猛勉強の結果、俺は彼らと共に合格したのだった。
合格証書と入学手続きの書類を受け取り、四人で母校へ報告に行った。
ヒデ達三人は兎も角、俺が合格した事に担任教諭は酷く驚いていた。ヒデ達は憤慨していたが、俺も自分で驚いている位だ、それも仕方ないだろう、許してやって欲しい。
今の俺は全てが許せる気分だ。やり遂げた気分とは、この事を言うのだろう。実に清々しい。
「なあ、せっかくだからお祝いしようぜ、お祝い」
清々しい気分でいたら、ヒデがそんな事を言い出した。いきなり何て事を言い出すんだ、この男は。俺は、これから家に帰って溜め込んだ鍵開けのノルマを熟さなければならないと言うのに。
「あら、ヒデちゃんにしては良い事を言うわね」
俺が反論する間も無く、サエが賛成してしまった。
「いや、俺は――」
「わ~い!賛成~!どこに行くの~?」
俺が反論しかけたところでクミまでもが賛成に回ってしまった。
「どうしたの、カミくん?何か希望でもある?」
サエが態々俺に名指しで聞いてくる。コイツ分かってて言ってるだろう?ニヤニヤしてるし、性格悪いぞ。
「――いや、任せるよ」
しかし、俺の口から出た言葉は白紙委任状であった。今更、俺一人が反対したところで覆ることは無い。流れに身を委ねるのが賢明だろう。
「よーし!じゃあ、まずはボーリングな」
ヒデがボーリングを主張した。確かヒデとサエはアベレージ200台後半だったはずだ。
俺とクミは蒼褪める。言わせるなよ? 俺達のスコアは聞くまでもないって事だ。て言うか、『まずは』って何だよ!まだ続くのかよ!
「その後はカラオケね」
俺とクミが何か言う前にサエが宣言した。クミはそれで納得したらしく、隣から文句を言う気配が消えた。俺? 俺はもう成すがままですよ。クミが納得した時点で俺の意見は無意味となった。
朝一で合格発表を見に行ったので、今はまだ昼前だ。私服に着替えたいと言うサエの主張に、一旦それぞれの自宅へ戻る事になった。四人で昼食を取る事もお祝いの一環らしく、食事は済ませず集合するようにとのお達しだ。
自宅に戻り、着替えを済ませた俺は部屋を出ようとして机の上に目が留まった。最近すっかり使われなくなったピッキングツール他鍵開け工具一式を鞄に入れて、改めて部屋を出る。
四人が揃うと、ファミリーレストランで軽く昼食を取る。一人ガッツリ食ってる奴がいたが、無視だ、無視。見ているだけで胃もたれしてしまう。
「カミくん、前髪邪魔じゃないの?」
ランチのハンバーグ定食を食べていたら、サエがそんな事を言ってきた。
「別に…」
受験が終わったら髪を切りに行こうと思ってたんだけど、何となくそのままにしていた。受験までは、勉強、勉強でそれどころじゃ無かったし、元々俺は不精なのだ。伊達に引き籠もってなどいない。
「見ていて気になるのよ。こっち向いて――」
そう言って俺の顔をサエに向かせると、ヘアピンで前髪を留めてくれた。
「似合わねえ…」
「そんな事無いよ。くすくすくす」
「笑ってんじゃねえか!」
そっちの二人も!笑ってるの見えてるからな!
ボーリングは案の定、ヒデとサエの一騎打ちになった。
「今日こそ決着付けてやるぜ」
「ふふっ。ヒデちゃんこそ、負けてベソ掻かないでね」
この二人は何やら因縁でもあるのだろうか。その戦いには鬼気迫るものがあった。その気迫と、プロかと見紛うばかりのスコアに、周囲の客が集まって来る。ちなみに、俺とクミは早々にリタイアしていた。
「わたし、もう無理~」
「俺も同じく…」
俺達のスコアを足しても彼ら一人のスコアに太刀打ちできないのだ。一体どうしろと言うのか。
彼らのゲームは白熱した。16ポンドと言う、くそ重たい球を腕力に任せて、やや対角に真っ直ぐ放るヒデに対し、変化球でスマートにピンを取りに行くサエ。しかし、結果は同じストライク。どっちが先にミスをするかと言う勝負になっていた。
「くっそー、また持ち越しかあ」
「粘るわね、ヒデちゃんの癖に」
結局3ゲームやって全て同スコアだった。いや、3ゲームやって全部スコア300とか有り得ないだろ。三連続パーフェクトって、今時のプロでも無理なんじゃね?完璧超人がここに二人もいやがった。
その後のカラオケは、ボーリングの鬱憤を晴らすかのようなクミのリサイタルであった。
とにかく、声が綺麗なのだ。あれは発声練習をしている人間の歌声だった。こんな所まで努力していたとは、頭が下がる思いだ。
「クミの声って綺麗よね」
「ああ、透き通っているって言うのかな?聞き惚れるよなあ」
サエとヒデも同じ思いらしい。
「えへへ、そうかな~?」
クミは嬉しそうに、はにかんでいる。努力が実る姿を見ると言うのは中々良いものだ。きっと俺の顔も綻んでいた事だろう。
もっとも、カラオケは歌の上手さを競う場では無い。各自が好きな歌を歌い、時にはデュエットして、時には人の歌に乱入したりもして、それぞれが思い思いに楽しんだ。
(久しぶりだな、こんな気分は)
久しぶりと言うか、こいつらに誘われなければ、こんな事は皆無なのだが。そこはそれ、言葉の綾と言うか、そう言うものだ。素直に楽しいと言えないあたり、根が深いのは仕方ない、勘弁して欲しい。
「あー、楽しかったー」
帰り道でヒデがそう言った。言い出しっぺは満足したようで何よりだ。
「そうね、またやりましょう」
サエは次を提案する。え? まじ?
「ボーリングは二人に付いて行けないよー。 今度はダブルスにしよう?」
クミが突然妙な事を言い出した。
「あら、いいわね」
「おお、乗った!」
クミの提案に、速攻で賛成するサエとヒデ。
「いやいや、待て待て待て」
さすがの俺も、ここで反論せずにはいられなかった。
「何だよ、ゼンは文句でもあるのか?」
「大ありだ! それって、そのまま俺とクミのスコアで勝負って事じゃないか!」
ストライクとストライクの間に俺かクミのスコアが挟まるだけだ。つまり、実質俺とクミの勝負と言う事になる。
「じゃあ、こうしましょう」
そんな俺の反論にサエが何か思い付いたらしい。
「1フレーム毎じゃなくて、一投毎にパートナーと交代するの」
「いや、それ何も変わらないからな?」
スコアが目立たなくなるだけで、根本的な問題は解決されてないだろ?
そんな弛緩した空気を狙っていたのか、それとも偶然なのか。その時、俺達の足元に――正確にはヒデの足元に――魔法陣が浮かび上がった。ただ、その魔法陣は巨大で、俺達全員を巻き込んでいる。その魔法陣の中心にヒデがいた。
だと言うのに、俺以外誰もそれに気付いていない。
「ヒデ!」
思わず叫ぶ俺。だけど、彼らは俺を見て訝しむだけだ。彼らには見えていないのだから仕方ないのかもしれないが、ちょっと寂しかった。
そして、その時は来た。何が起きたのか把握する間も無く、視界が暗転したのだ。次に来たのは浮遊感だった。
(浮いている?)
そして、魔法陣は俺達四人を包み込み――否、俺だけを弾き飛ばし、ヒデ達三人を包み込むと、彼方へと消えていった。
俺は暗闇の中、ただ落ちていくに任せるしか無かった。