02-13 討議
イェルハルドが使徒の正体を晒して死んだ。
余りにも筋書き通りに事が運んで、俺は内心笑いが止まらない。
羽交い絞めにされ、ローブを剥ぎ取られ、言霊で弓手を誘導する。
最後まで、俺の描いたシナリオ通りだ。
事情聴取の間、笑いを堪えるのが大変だった。
そう、俺達は一番近くで対戦していた事もあり、真っ先にアルヴィンに事情聴取を受けていた。
だが、観衆――騎士団の目の前で戦っていただけに、不審な点は無いとして先程解放されたのだ。
「やれやれ、やっと解放されたか」
「ただの試合が大事件になってしまいましたね」
「疲れた」
「それにしても、あれは何だったのでしょうか…あのような化け物の話は父からも聞いた事がありません」
「それを今調べているんだろ」
しれっと、もっともらしい理由で煙に巻く。
「そうですね…」
ちなみに、アルフが刺した騎士も重傷だったのだが、それはテアが治癒魔法で治した。
俺達がすぐに開放されたのは、その辺りを考慮された結果かもしれない。
「お、出てきた」
「お疲れ様、カミくん」
「カミくん、おつかれさま~」
「お疲れ様です」
騎士団宿舎を出ると、ヒデ達に迎えられた。待っていてくれたらしい。
「やっと顔が見れたわね。それはどう言う心境の変化なの?」
それ?
「似合ってるよ~、メッシュにしたんだね」
ああ、髪の事か。
「意図してした訳じゃない。気が付いたら、こうなっていたんだ」
嘘は吐いていない。
「何があったらそんな事になるのよ…」
「さあね」
これ以上追及されても答えられないので惚ける。
「ふぅん…それに、随分と逞しくなっちゃったみたいだけど?」
「凄かったよね~、魔術を消しちゃうなんて初めて見たよ!」
「おう、あれには驚いたよな、どうやったんだ?」
ほら来た、この質問は予測済みだ。俺は予め考えておいた答えを口にする。
「ああ、俺は人間とは別の――他の領域で迷宮に潜っていたからな。色々奥の手があるんだよ」
決して嘘ではない。けれど、決して真実には到達しないであろう言葉を紡ぐ。
心苦しいが仕方がない。
「へえ~、そうだったんだ~」
俺の言葉にクミが感心する。見ればヒデとアルフも同様に頷いていた。
「それよりさ、あの化け物は何だったんだ?」
そのヒデが話題を変える。またその話かよ。
「それは騎士団が調べています。急いでも結果は出ませんよ、ヒデさん」
おいアルフ、さっきと言ってる事が違ってないか。
「そうかぁ、でも最初からだったのか? 入れ替わっていたとしたらいつからだったんだろうな?」
「それを考えると怖いわね。誰も信じられなくなるかもしれないわ」
「怖い事言わないでよ~。夜、眠れなくなっちゃうよ」
確かに、意のままに操れなくなったと判断された場合、それもあり得るんだよな。
対策としては単純だが一人にならない事だ。
「今は一人にならないように、できるだけ多人数で行動するしかないな」
奴らは数が少ない。だからこそ組織のトップなど権力者に成済まし、部下の中でも要職にある者を洗脳して支配する。
だから多人数で行動するだけで自己防衛になり得るんだ。
もっとも、本気で潰す気になられたら無意味だけどな。蹂躙されて終わる。
でもヒデ達なら話は別だ。力には力で対抗できる連中なのだ。返り討ちにして終わるだろう。むしろ、そうなってくれないかな、なんて思ってしまう。
「お疲れのところ悪いんだけど、こっちの事情聴取にも付き合ってね」
話が落ち着いた頃を見計らって、サエが悪い顔でそう宣った。
俺達を待っていたのは、どうやら目論見があっての事だったようだ。
「俺だって全てを知ってる訳じゃないんだ、あんまり期待するなよ」
話せない事も多いしね。
「じゃあ一番広いし、ヒデちゃんの部屋に行きましょ」
「では、私はお茶の用意をしてから参ります」
俺は、それ以上口を挟めず、黙って従う事しかできなかった。
ヒデの部屋は確かに広かった。
学校の教室二つ分くらいあるんだけど…個人にこんな広さが必要なのか?
「早速だけど、カミくん。今までどこで何をしていたのか聞かせて貰えるかしら」
シンシアの入れてくれたお茶を一口飲んだら、早速サエによる尋問が始まった。
何これ? 俺、サエに責められるような事、何かしたっけ?
とりあえず、簡潔に纏めて述べてみようか。
「召喚魔法陣から落ちて、目が覚めたら魔国にいた。そこで気のいい家族に拾われて、この世界で生きる術を身に付けて今に至る」
うん、嘘は言っていない。
「魔国ですって?」
「ああ、俺は魔国に恩がある。だから、お前らがこの国の先兵となって魔国へ攻めると言うのなら――」
俺は意識して真面目な顔を作ると、続く言葉を口にする。
「――俺は敵に回るぞ?」
多分に警告を込めているが、本心でもある。
ヒデ達が裏にある真実を知ろうともせず、ただ魔国へ攻め入るようなら俺は袂を分かつ覚悟があった。
「この国が間違っている事くらい、とっくに気付いてるわよ。心配いらないわ」
「あ、そうなの?」
割と真面目にシリアスしてたつもりだったんだけど、拍子抜けする程あっさりと返されてしまった。
さすが、サエは勘がいい。とっくに真実に辿り着いていたみたいだ。
「な、なん…だと…?」
「ええ~!? そうだったの~?」
それに引き換え、ヒデとクミは酷いもんだな…心底驚きましたって顔で大騒ぎだ。
「そうだったのですか…」
「知ってた」
「…………」
地元組の態度は様々だ。
初めて知りましたと言うアルフ。知ってましたとテア。気まずそうなシンシア。
そのシンシアが口を開いた。
「…この国が、どこか歪なのは気付いていました。私がヒデオ様の専属になったのも監視のためでしたし」
ここでそれを告白するのか。やっぱりヒデへの気持ちは本物だったんだなぁ。
変なところで感心してしまう。
「えええ~!? そうだったの~?」
だが、これに驚いたのはクミだけだった。
「ええ~!? 何で? 何で、みんな驚かないの~!?」
むしろ、自分だけが驚いている事にショックを受けている。
「以前、本人から聞いた」
と、ヒデ。
「この国が信用できないと気付いてからは、予想していたから」
これはサエ。
「今の話を聞いて、そう言う事もあるのだろうと思いました」
付き合いが浅いからか、冷静に受け止めたらしいアルフ。
「驚く程じゃない」
そもそも動じていないテア。
「ううっ…これじゃ、わたしだけがおバカな子みたいだよぅ…」
「よしよし、クミはそれでいいんだ。天然癒し系だから」
より一層凹んだクミの頭を撫でて慰めてやる。
むしろ変わらずにいて欲しいと切に願う俺であった。
ついでとばかりに、俺は今後の行動方針を説明する。
「――って感じで、今はこの国の言いなりにならずに済むように、手を尽くしているところだ」
まずは冒険者として活動する。
これには、自分達が経験を積んで強くなる事の他に、冒険者ギルドの強化も含まれる。冒険者ギルドが大きく強く成長すれば、それは神殿にも還元される。
正に一石三鳥なのだ。
ここから先は皆に内緒だが、俺はその合間に使徒を減らしていき、ペッテル国自体を浄化する。この国が正常化すれば、国から狙われることも無くなるからな。
もっとも、俺はそれが済むまで冒険者だけでなく、ギルド特別顧問としての活動なども熟さなければならない。
うむ、考えただけでハードだな。逃げたくなってきた。
まあ、冗談は置いといて、この計画を成功させるためには俺一人じゃ無理がある。
「そこで、お前達に頼みがあるんだけど」
「ゼンが頼みって、珍しいな。何だ?」
「時間稼ぎを手伝って欲しい」
ギルドが力を付けるには、まだまだ時間が掛かる。
そのための時間稼ぎの一端をヒデ達に頼みたいのだ。
「自分達が力を付け、経験を積むと言う理由で、迷宮を攻略するまで待って貰えるよう、国と交渉して欲しいんだ」
この国には、まだ迷宮が三つある。
三つ全てとは言わないが、中級二つを制覇するくらいには時間が欲しい。
「迷宮攻略は俺も続けたかったから構わないぜ。ソルのパワーアップが狙えるって理由もある事だし、押し切れるさ」
アルヴィンへの雪辱を果たしたからか、ヒデは以前にも増して自信を付けたように思える。実際、アルヴィンとのやり取りを見ると、完全に力関係は逆転したようだしな。
「ねえ、一つだけ聞きたいんだけどいいかな、カミくん?」
そろそろ話し合いも終わりかと言うところで、サエが俺に問い掛けてきた。
「改まってどうした?」
「うん…あのね…」
「うん?」
「あの…えと…」
何だろう、あのサエが口籠るなんて、そんな聞きにくい事なんだろうか。
「……あたし達、日本に帰れるの?」
サエがその言葉を口にした瞬間、時間が止まったような錯覚に陥った。
サエ自身は勿論、クミとヒデ、そしてシンシアの動きが同時にピタリと止まったからだ。
「――その答えは…『分からない』だ」
詳しく教える気は無いが、限りなく不可能に近い『分からない』だ。
一番攻略が進んでいる魔国の迷宮でさえも、それを可能にする技術や魔術は発見されていない。
何より、あのユスティスにすらできなかった事なのだ。
人間にできるようになるとは思えない。
「方法はあるかもしれないし、無いかもしれない。今は無くても迷宮を攻略していけば、今後は可能になるかもしれない」
可能性だけを言えば、まだ残されている。
迷宮の攻略による発展と、もう一つ。
「少なくとも、同族で争っている国々で戦争に加担していても、その方法は見付からないと思う」
だから、俺はそう答えた。
「そう…なら、何でこの国はあたし達を召喚できたのかしらね」
「――っ」
俺は内心の焦りを顔に出さないようにする事に全力を注ぐ。
くそ、そうきたか。その矛盾に気付いていたなんて、やっぱりサエは切れ者だ。
それを説明するためには使徒の件を伝えなくちゃならない。
できればそれは避けたいところだ。
こいつらの事だ、知れば手伝うと言うだろう。知らんぷりなどできない連中だ。
人知れず窮地に追い込まれた俺を救ったのは、意外にもテアだった。
「勇者の召喚には邪神の魔法が使われたと聞いている」
「邪神!?」
それは事実だ。だが、テアはどこからそれを知った?
「そのために魔術師達三人の命が失われたともバーセレミは言っていた」
ああ、なるほど。神託の内容に含まれていたのか。
しかし、生贄が必要な術式だったのかよ。知らなかったぜ。
「その魔法は送喚できない、召喚だけの一方通行」
「え、そうなのか?」
思わず突っ込んだ俺に、テアはこくんと首を縦に振った。
元々当てにする気は無かったが、これですっきりしたな。
奴らと交渉する必要が出てくると今後の戦いに支障を来す。
元から手加減して戦える相手じゃないのだから。
「――そう」
俺とテアのやり取りを聞いたサエは、それ以上追及する気を失くしたようだ。
その一言を最後に俯いてしまった。
「サエちゃん…」
「クミ」
サエを慰めようとするクミを押し止め、俺は説得を続ける。
「帰る方法については今後も優先的に情報を集めていく、今はそれで納得してくれないか」
「……口先だけで慰めるのはやめてよ。当てなんて無いんでしょ」
「当ては無いが、可能性は残っている」
「可能性って何よ! ゼロじゃないって言うだけでしょう!」
「星の神々の特殊神聖魔法だ」
「――何ですって?」
「この世界の神々は、それぞれ得意とする分野がある。バーセレミは肉体、ユスティスは精神と言った具合にな」
「…………」
「星の神々の中に転移や召喚を得意とする神がいれば、或いは帰る事もできるかもしれない」
「……可能性なのね」
「そうだ、可能性だ」
確実性なんかこれっぽちもない、曖昧な希望だ。
でも、帰りたいならそれに縋るしかない。
どちらにせよ、迷宮を攻略できる実力を身に付けなければ始まらない。
星の神々の力を借りるにしろ、俺達に提供できる交渉材料はそれしかないのだから。
「――そう言うところ変わらないよね、カミくんは」
どう言うところだよ。
いきなり雰囲気が変わったな。
「適当な事言って丸め込んじゃえばいいのに、絶対嘘つかないよね」
「俺はお前達に嘘を吐きたくない」
どうでもいい連中ならともかく、大切な人に嘘吐いて平気でいられる奴はいないだろう。
真実を告げていない今でさえ、良心の呵責に押し潰されそうだ。
況してや、俺は人の嘘が判る。だからこそ、大切な人には誠実でいたいと強く思うようになった。
「だから頼む。サエの力を貸してくれないか?」
「…分かった。カミくんの信じる可能性を、あたしも信じる」
少し考えた後に、サエは頷いてくれた。
ほっと息を吐き、俺はちらりとクミを見る。
「もちろん、わたしもカミくんを信じるよ!」
そして、仲間達を見渡せば、それぞれが力強く頷いてくれた。
「俺は、初めっからそのつもりだ。任せろ!」
「お供します!」
「頑張る」
「わ、私も微力ながらお手伝い致します」
(やれやれ、一時はどうなる事かと思ったが、何とか纏まったかな)
なら次は、この国の残り――中級迷宮の攻略だ。
「ありがとう、当面は中級迷宮の攻略に力を注いで行きたいと思うんだが――」
今後の行動目標を皆に伝えながら、俺は一歩進んだ手応えを感じていた。
※追記
使途→使徒に修正。 何度目だ…orz