02-12 ザヴィアの実力 ~禅一郎の戦い~
ヒデの活躍により、俺達ザヴィアが勇者の仲間に決まった。
騎士団長アルヴィンは、ヒデに頭が上がらず言いなりである。
「団長殿、少し待って頂けませんか」
しかし、そこに待ったをかけるKY野郎が現れた。
例のちょっと洒落た装飾の甲冑を纏った騎士団の副団長――使徒だ。
「イェルハルドか、何だ?」
この使徒――KY野郎の名前はイェルハルドと言うらしい。
「勇者ショージの実力は分かりました。ですが、彼ら――」
チラリと俺達を一瞥するイェルハルド。
「――ザヴィアの実力は不明です。彼らが足を引っ張らないと言う保証はない」
「てめえ、俺の言葉が信用できないって言うのか!?」
白地な侮蔑に、俺達より先にヒデが切れた。
「落ち着いて下さい、勇者ショージ。そうではありません、要は我々に彼らの実力を見せて頂きたいのです。あなたが認めた程のパーティーならば簡単な事でしょう?」
「勝手をするな、イェルハルド。私の騎士の誓いを侮辱するつもりか」
「無論、そんなつもりはありません。我らは、ただ彼らの実力を見たいと言っているのです」
アルヴィンが威嚇を込めて窘めるが、イェルハルドはどこ吹く風だ。
巧みに話の焦点をズラしながらも自分の主張は曲げない。
その後も、あーだこーだと続くが結果は出ず、会話は平行線だ。
俺達に受けるメリットが全く無いのだから話が纏まる訳がない。
だがこれは俺にとってチャンスでもある。夜まで待たずに使徒を処刑できる上に、騎士団に使徒の存在を知らしめる事ができる。
(冒険者らしい言動で誘い込むか)
俺の心は決まった。
「やるなら、それに見合うだけのモチベーションが欲しいよな」
暗に報酬を寄越せと呟いてみる。
耳聡く俺の言葉を拾ったイェルハルドがこちらに話を振ってくれる。
「ほう、さすが冒険者は欲深い。何が望みだね?」
ほら、乗ってきた。ちょろい。
「俺達が勝ったら、負けた奴の給料を半年間俺達に提供する事。もちろん、あんたは参加だ、拒否は認めない。更にあんたには追加で、負けたら平騎士に降格、以後十年は昇進無しって条件を呑むなら受けてやってもいい」
飽くまで上から目線で条件を突き付けてやる。
挑発が目的だから条件は何でもよかったんだが、テアが一文無しになったのを思い出したのと、更なる挑発を加えてこうなった。
「おい、ゼン!?」
「ちょ、ちょっと、カミくん!?」
「危ないよ、副団長さんが本気になっちゃうよ~」
俺の出した条件に、ヒデはおろか、サエとクミまで慌てだした。
「ゼン、本気なのですね?」
アルフは慌てていない、ただの確認のようだ。
「頑張る」
テアに至っては、それすら必要なさそうだ。
「連中は俺達を甚振る気だ。動揺はするな、手加減もするな、やるからには殺す気でやる」
「――分かりました」
「分かった」
俺達が士気を高めていると、水を差すようにアルヴィンが口を出してきた。
「君達、バカな事は止めるんだ。イェルハルドは騎士団の副団長で、魔術師だ。それに、あれだけ挑発すれば一番の精鋭を用意してくるぞ!」
「そうよ! カミくん、バカな事は止めて!」
「そうだよ~、当たり所が悪かったら死んじゃうかもしれないんだよ? ごめんなさいしよう?」
一緒になってサエとクミまで止めに来る始末だ。
こいつら、揃いも揃って俺達が負けると決めつけやがって。
「何で負ける前提で話してるんだよ。迷宮じゃ、いつだって生きるか死ぬかだろうが。命の保証なんて誰も――それこそ神様だってしてくれやしねぇよ」
ヒデは、静かに睨み付けるような目で俺を見た。
「ゼン、本気なんだな?」
「おう、本気本気」
だから、俺も真っ直ぐに見返して答える。
「分かった、なら何も言わねぇ」
「ちょっと、ヒデちゃんまで何言ってるの!?」
「止めてよ~、やっと会えたんだよ!?」
「煩せぇ! ゼンがやるって言ってんだ! 黙って見てろ!」
「…ヒデちゃん?」
「わ~ん、ヒデちゃんが怒った~」
ヒデが一喝すると、不承不承と言った体で、漸く二人は引き下がった。
何だよ、立場弱かった癖に、こんな時ばっかりカッコいいじゃないかよ。
俺を惚れさせる気か。
「意見は纏まりましたか? もっとも、今更訂正は聞き入れませんがね。当然でしょう、あれ程の啖呵を切ったのですから」
イェルハルドが態々念を押しやがった。
余裕のつもりか、自分が処刑台に足を掛けている事に気付いていない。間抜けめ。
俺がこの戦いを仕組んだ理由は、勿論あのイェルハルドを殺るためだが、それだけが理由ではない。
ヒデがアルヴィンを叩き潰したように、俺達も周囲にその力を見せ付けておく必要があると判断したからだ。
舐められたままだと、今後の動きに制限が掛かる恐れがある。これまでのヒデがそうであったように。
俺は少しだけ本気を出す気になっていた。
騎士団からは四名が参戦。
重装備の盾騎士二名が前衛。
後衛に、こちらからの指名であるイェルハルド――魔術師と弓手の二名だ。
対するザヴィアは、ヒデを抜いた、俺、アルフ、テアの三名である。
見ている方は、実に頼りなく感じる事だろう。
事実、こちらの応援席ではサエとクミが目を瞑って祈り出す始末である。
誰に祈っているのか気になるぞ。
悪い事は言わない、ユスティスとバーセレミだけは止めておけ。
イェルハルドがこっちに近付いて来る。そろそろか。
「こちらの準備はできました。そろそろ始めましょうか」
「こっちは、いつでもいい」
「ふふ、その余裕が何秒持つか…楽しみですね」
ふん、悪趣味な奴だ。
「それでは――始め!」
開始の合図と共に、イェルハルドたち後衛が動いた。
“ピシュ――”
「“火炎弾”」
“――ピシュン!”
先手は向こうの後衛だ。
何気に弓手が二連射してやがる、いい腕だな。
これは予想していた通りなので、すでに対策は準備してある。
俺は左手指の間に挟み込んだ四つの宝石、その一つに魔力を通し、詠唱する。
「“夜の帳”」
すると俺達の前に魔力の幕が展開し、火炎弾を受け止め、矢を弾いた。
“夜の帳”は俺の新能力の一つだ。
無論、宝石はマジックアイテムに見せかけるためのダミーである。
魔力回路は彫ってあるが、ただ魔力を通過させるだけのイミテーションだ。
アルフが優秀だったんで、今まで出番がなかった能力だが、遠距離攻撃が主体となる今回の相手には相性抜群だろう。
その分、アルフには重騎士二人に集中して貰う。
「“身体強化”――“全身体能力”」
テアは変わらず自分の仕事を淡々と熟す。
うん、魔法師はこれでいい。
その方が味方は安心できるものだからな。思い返せば、フィン姉もそうだった。
「我はアルフリーダ! ザヴィアの盾なり! 精鋭とは相手にとって不足なし! 私を越えてみるがいい!」
準備が整ったアルフは名乗りを上げて前に出る。
うん、アルフの方が騎士らしくてカッコいい。
不意打ち気味に魔術と弓を撃って来るような奴は騎士の風上にも置けないと思う。
「”盾殴打”」
“ドガッ!”
――と思っていたら、やけに気合いの入ったアルフの声が響き――
どさっ
――気が付けば重騎士が一人、地に倒れ伏していた。
アルフは逆手に短剣を握っており、その刃からは血が滴っている。
「重装備に身を固めた騎士も、隙間を狙われれば脆いですね」
――なるほど。
“盾殴打”で動きを止め、その隙に短剣で鎧の隙間を刺したのか。
「守るばかりが騎士ではないと言う事です」
「これで三対三」
テアがどことなく誇らし気だ。さてはテアの入れ知恵だな?
アルフよ、それはどう見ても騎士道から外れて冒険者の流儀に染まっていると思うぞ。
「バカが油断しおって!」
イェルハルドが倒れた重騎士を罵る、だがそれはお前も同じ事だ。
「”操り人形”」
その油断を突き、俺はイェルハルドに肉薄する。
魔術を撃てば自分も巻き込まれる範囲まで一気に距離を詰めた。
「――っ!? “火炎弾”」
ちっ、中々練度が高い。一瞬躊躇しながらも最後まで唱え切りやがった。
仕方ない。俺は、もう一枚カードを切る。
迫りくる火炎の中に左手から宝石を一つ持ち替えた右手を突き出し、詠唱した。
「“魔力分解”――“吸収”」
すると魔術の火炎は霞のように消える。
実際には分解され、魔力にまで還元されて、俺が吸収したのだ。
これはユスティスの魔法師最上位クラスの特殊神聖魔法だ。
過去にここまで到達した魔法師はいないから、使ったところでバレる心配はない。
勿論、宝石はカムフラージュである。
魔術の炎を分解されると言う異様な光景に、さすがのイェルハルドも動揺した様子だ。動きが止まっている。
――仕掛けるならここだ
俺は小声で詠唱する。
(”物真似ピエロ”)
ちらりと仲間達を伺うと、前衛は互角の勝負を展開していた。
鬼気迫る重騎士の圧力に負けず、アルフは戦線を維持している。
アルフの功績は勿論大きいが、そのアルフを支えているのはテアだ。
「“盾の守り”」
「“物理防御”」
テアは様々な守りをアルフに重ね、テアの守りを受けたアルフは、まさに城塞の如く重騎士の前に立ち塞がる。
(実に頼もしいね。戦線を支えてくれる盾役は味方に安心感を与える。魔法師と合わせてパーティーを支える屋台骨だ)
「バカめ! 油断したな!」
侮蔑の言葉と共に、イェルハルドが俺を羽交い絞めにする。
「魔術師とは言え、騎士団だ。俺は冒険者と違って体も鍛えているんだよ!」
「くっ、離せ!」
俺は身を捩り、逃れようと藻掻く。
「誰が離すか――アーチボルト! こいつを撃て!」
おいおい、自分にも当たるんじゃないのか?
命令された弓手も躊躇している。
「し、しかし、これでは副団長にまで当たってしまうかも…」
「構わん、こいつが盾になってくれる。急所には当たらない!」
「わ、分かりました」
弓手――アーチボルトの説得に成功したイェルハルドは、俺のローブに手を掛ける。
「こそこそしおって、その無様な素顔を晒すがいいわ!」
そのまま、俺はローブを剥ぎ取られた。
「ふははは、どうだ! 隠しておきたいほど無様な素顔を晒された気分は?」
イェルハルドは勝ち誇り、俺へ侮蔑の言葉を吐く。
反対に周囲――戦闘中の者も含めて――は、静まり返っている。
「――副団長が、二人…?」
数秒後、信じられないと言った体でアーチボルトが呟いた。
そう、ローブの下から出てきた俺の顔はイェルハルドそっくり――否、イェルハルドそのものだった。
“物真似ピエロ”――俺の新能力だ。
姿形等を真似るだけだが、それは変身と言える程の精度を誇る。
「何…?」
興奮していたイェルハルドが、そんな周囲の反応に我に返る。
その隙を見逃す俺ではない。
「ふん!」
力任せに体を捩じり、イェルハルドごと地面に倒れ込む。
「く、往生際の悪い!」
慌てて態勢を整えようとするがもう遅い。イェルハルドの体はアーチボルトから丸見えだ。
俺はアーチボルトに向かって叫ぶ。
「“騙されるな! 俺が本物だ!”」
イェルハルドがぎょっとする。他人の口から自分の声が出たら、そりゃあ驚くよな。
「き、貴様、何を――」
「慌てるな、“こいつを撃ち殺せ!”」
イェルハルドが二人いると言う異常事態に虚を突かれたアーチボルトに、俺の言霊を跳ね除ける事などできはしない。
「はっ!」
“ピシュ――ピシュン!”
「ま、待て――
サクサクッ
――がぁっ」
狙い過たず、アーチボルトの放った二連射はイェルハルドの額と喉に突き刺さった。
「ぎざ……づぎ…げ………」
額と喉から血を吹き出しながらも怨嗟の声を上げるイェルハルド。
だが、次第に俺を掴むイェルハルドの腕から力が抜けていった。
「ふう」
俺はイェルハルドの腕を振り解くと息を吐きながら立ち上がり、”物真似ピエロ”を解除した。
すると――
「う、うわあああああっ!」
アーチボルトから悲鳴が上がる。
副団長を自らの手で射殺した事実に心が耐えられなかったのか?
いや、違う。
「ば、化け物だ!」
アーチボルトの目はイェルハルドの死体に向いていた。
死んだ使徒はイェルハルドの姿を維持できなくなり、その正体を衆目に晒したのだ。
その後はもう騎士団の訓練場は大騒ぎで、試合どころではなくなってしまった。