02-09 ギルド再建計画
エレインから冒険者ギルドのペッテル国支部特別顧問と言う肩書を得た俺は、その足で冒険者ギルドへと向かった。
理由は、ギルドスタッフとの顔合わせとギルドの運営状況を把握するためだ。
この国で活動するにあたっての最善策は、権威或いは権力を持つ既存の組織の庇護下に収まる事だった。しかし、それは失敗に終わった。
もっとも、あの神殿じゃ、仮に上手くいっていたとしても怪しかったけど。
エレインの話を聞いて解った。勇者の仲間に冒険者資格を持つ者を推したのは、国王からエレインへのメッセージだ。ウィルベルト王は、エレインとの約束を履行する用意が本当にあるのだと伝えるためだけに、あの条件を設定したのだろう。
「なあ、テア」
「何?」
「一般の魔法師と、巫女の魔法師とでは力の差はどの程度になるんだ?」
「比べ物にならない。個人差があるけど、巫女は普通の魔法師五人から十人分くらいの力がある」
「そうか」
やっぱりそうだ。
ただの魔法師に俺の言霊が耐えられる筈がない。
つまり、国王が求めたのは巫女だ。
魔力に劣る人間が魔族に対抗するためには、巫女の存在は不可欠。
それ故の神殿、延いては冒険者ギルドへの優遇措置だ。
(その言葉に信憑性を持たせるための勇者の仲間募集か)
最初の予想と随分違ってしまった実態に頭が痛くなる。
(俺の先入観が思考を鈍らせたかもしれない)
悪い意味で、日本でやったゲームのイメージが強過ぎたんだ。日本のゲームじゃ、神殿や冒険者ギルドは中立で不可侵な存在ってのがテンプレだもんな。一度リセットしないとまずいレベルだ、これは。
閑話休題。
現状、組織の庇護下に入って身を護る手段が取れなくなったって話だ。
俺がこれからやろうとしているのは次善の策だ。
俺は冒険者ギルドの特別顧問と言う地位を手に入れた。
ならば、ギルドを力のある組織に作り替えればいい。
手間も暇も掛かるので、本当はやりたくなかったが、こうなっては仕方がない。
使える人材を集め、まずは採算の取れる組織にする。国に対抗するにしても、まずは完全に独立できなければ意味がない。
実のところ、そのための案はあるんだよ。
問題は、それを実行できる土台が今のギルドにあるかどうかだ。その確認をするためにも、ギルド幹部との顔合わせは必要だった。
中に入ると、ギルドは先日と変わらず賑わっている。足の踏み場もない。
(これは今日話を聞くのは無理かもしれないぞ)
実にやる気を削いでくれる。現実は厳しい。
「混んでるなぁ」
「前来た時と一緒」
無駄足になる覚悟をしつつも素直に受付の列に並んだ。
待つ事、約一時間。
俺の番が来ると受付嬢はマニュアル通りの笑顔で応対してくれる。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件ですか?」
「ちょっとギルドについて話を聞きたいんだけどいいかな?」
俺の質問に対し、表情を曇らせた受付嬢は否定の言葉を口にする――
「申し訳ありません、本日は御覧のように混雑しておりまして、余り長くお時間を取る事ができませんが、それでもよろしいでしょうか」
――と思ったら、予想に反して短い時間なら対応して貰えるようだ。
「ああ、それで構わない」
望外の回答だったので、俺はそれを了承した。
「はい、それではご用件をお伺いしま――」
受付嬢もそれに頷いてお決まりのセリフを告げようとしたのだが、そこに待ったをかけた者が現れた。
「待ちなさい、ルシア。その方はいいのよ、奥へお通しして」
「――え、せんぱ…マルグリットさん?」
別の女性スタッフが受付嬢の背後に立っていた。
その女性は受付嬢を止めると、俺達を奥に通すよう告げる。
受付嬢は状況を把握できずに狼狽えていた。
「その方は特別顧問よ。今朝のミーティングで聞いたでしょう」
「あっ! この方がそうなんですか!?」
「そうよ。お待たせして申し訳ありません。私がご案内いたします、どうぞこちらへ」
後から来たスタッフは受付嬢に理由を告げると俺達を奥へと促した。
「あんたが俺達を案内するって?」
俺は不機嫌さを隠さずに、その女性スタッフ――マルグリットを睨み付けた。
「ゼン?」
テアは急に俺の機嫌が悪くなったので不思議そうにしている。
「ここでは人が多過ぎます。苦情なら後でお聞きしますので、申し訳ありませんが私に付いて来て下さいませんか?」
マルグリットは俺の睨みにも臆さず、ただ申し訳なさそうにしているだけだ。
これ以上は無駄か。
「分かった」
「ありがとうございます。――こちらです」
言われるままに付いて行くと、マルグリットは三階へと歩を進める。
俺とテアは三階の応接室に案内された。
“こんこん”
「特別顧問をご案内いたしました」
マルグリットが扉の前に立ち、ノックして要件を告げる。
「どうぞ」
すると中から応えがあった。女の声、それもまだ若い。
マルグリッドが扉を開けて俺達を中へと促す。
中に入ると豪華な調度品が目に付いた。
――賓客をもて成すための部屋か?
そんな感想を持ちながら部屋を見渡せば、テーブルに着いているのは四人。
先程返事をしたであろう女性と、三人の男がいる。
俺達が部屋の中央まで進んで来ると、その四人は立ち上がった。
背後で扉を閉める音がする。
その音を合図にしたように俺が立ち止まると――
五人――背後のマルグリットも含む――は一斉に跪いた。
『お待ちしておりました、王子』
五人の声が揃う。
俺を出迎えたこの五人は魔族だった。
「何でお前らがここにいる」
俺は不機嫌さを隠さずに問う。
どいつもこいつも見覚えがある。
こいつらは王国議会の議員達だ。本来こんな所にいていい連中じゃない。
俺の質問に、ギルドマスターのパウライン――テーブルの正面にいた女だ――が答える。
「王子のお気持ちはお察ししますが、これは魔王様の命なのです」
「ベル母様の?」
「はい。人間の国に手を回し、王子の手助けをするように、と」
確かにベル母様なら言い出しかねない。
「――何故この国にいると分かった?」
「王子が出国する五年前から、人間の領域に間者を送り出しておりました。魔国を敵視している国と言う情報は王子が下さいましたし、特定するのは難しくありませんでしたよ」
むぐぐ、確かに言われてみればその通りだ。
俺は自分だけの事情だからと、一人で全てを解決する気になっていた。
「特定したら、後は地固めですな。後から来る王子の助けとなるように、時間を掛けてこの国の冒険者ギルドを手中に収めましたわい。冒険者ギルドなら、他国出身の王子が出入りしても不思議ではありませんからな」
パウラインに代わって、一番の年長者であるグレンヴィルが、豊かな顎髭を撫で付けながら冒険者ギルドを選んだ理由を説明した。
こいつ自身はギルドスタッフではなく道具屋の主人らしい。
結構大きな店を構えていると言う話だ。
「魔王様は王子を溺愛しておられます。本気で一人旅を許すとお思いになっておられたのですか?」
これはギルドマスター秘書のゲイブストンだ。秘書と言うよりは執事のように見える。俺と違ってイケメンだ。実に絵になる男である。
――まあ、確かにそう言われりゃあ、その通りなんだけどさ。
「だからって人に言われると腹が立つんだよ!」
俺は八つ当たり気味に五人を怒鳴り散らす。
『失礼しました!』
またしても口をそろえて即座に平伏する五人。やり辛ぇ…
「魔王様は心配なんですよ。口では『他人に気を許さない』とか、『後で裏切られないように注意しておこう』とか言う癖に、王子はすぐ人を信じるお人好しだから」
十代の軽薄そうな男に見えるコイツはヒュイット。ギルドで情報整理を担当している。
「俺をチョロインみたいに言うんじゃねえ!」
身に覚えがあり過ぎてグサグサ突き刺さるんだよ!
別にいいだろ、俺は嘘を見抜けるんだから騙されたりしない。
「ゼンは自分に好意を向ける相手を嫌いになれない」
「そこ! どさくさに紛れてテアまで何言ってやがる!」
「王子は相変わらずですなあ」
うがー! 切れていいか? いいよな? 俺、おちょくられてるよな?
「はは。久しぶりに王子に会えたのが嬉しくて、はしゃぎ過ぎました」
「ええ、そろそろ本題に入りましょう」
「お前ら…」
絶妙なタイミングで話題を切り替えやがって。
マルグリットが煎れてくれたお茶を飲み、心を落ち着けると俺は話を切り出した。
「それほど以前から根回ししていたのなら、俺が何を求めているか解っているな?」
「はい、承知しております」
「順を追って説明しろ」
「はい。まず迷宮を中心にした利益の確保について――」
(いきなり切り込んで来たなぁ)
そう、迷宮を攻略させたいなら、迷宮で儲かる形を作らなければ始まらない。さっきも言ったが、結局はそこに行きつく。
何故、ベル母様が彼らを――王国議会の議員である彼らをここへ送ったか。
その理由がここにある。
俺が何をしたいのか。俺が何を求めているのか。
ベル母様にはお見通しと言う訳だ。
(確かに、力を貸すと正面から言われたら、俺はきっと断っただろう…)
だから内緒で進めていた。それが俺のためになると解っていたんだ。
(まったく、あれから十年も経ったって言うのに、まだ俺はベル母様の掌の上で遊ばれているのか)
人間の国には存在しない、迷宮産の素材による利潤を追求した事業。
正当な発展を遂げた魔国には、そのシステムが出来上がっていた。
この五人は、そのシステムを熟知したメンバーだ。しかも、すでに下地は出来上がっていると言う。ならば、後は動くだけだ。
俺は魔国の技術とシステムを使い、この国に冒険者ギルドの確固たる地位を確立する。
(利益を出せるようになれば人は集まる。人と金が集まれば国も無視できない)
「――以上ですが、幾つか重要なポイントで王子のお力を借りなければならない場面が出てきます」
「解っている。魔導機器類の魔力充填と施錠装置の類だな。場合によっては魔力回路もか?」
「ご明察です」
やる事は簡単だ。
迷宮で取れる素材を使って便利な道具や武器防具を造り出せばいい。
ゲームやラノベによくある冒険者ギルドを作ってしまえばいいのだ。
素材を加工するための機器は当分の間はフル稼働させる事になるだろう。そのための魔力は俺が賄う。何と言っても無限だし。
機密保持のためには扉の施錠は欠かせない。
これは錠と言う物を熟知した俺が設計する。この世界には魔国以外に錠が使われている国がない。そこに俺が設計した最高レベルの施錠装置を付けるのだ。誰にも開けられる事はないだろう。
また、俺はこの十年で魔力回路を研究した結果、魔道具の心臓部を造り出す事ができるようになった。
宝石などの魔力との親和性の高い物に魔力回路を組み込み、魔力を通す事で魔道具は機能する。
魔道具は、今後の事業の主力になる商品だ。暫くは無理をしてでも制作に注力しなければなるまい。ちなみにその魔道具はグレンヴィルの道具店に並ぶ予定だ。
他、細々とした組織の運営に関しては、プロのこいつらに任せておけば問題無いだろう。
「あ、そうだ。一つ質問」
俺は、ここ最近疑問に感じていた事を聞いてみる事にした。
「何ですか、王子?」
「今まで、このギルドはどうやって運営維持していたんだ?」
迷宮で採算が取れない。神殿には金が集まらない。
なら、ギルドスタッフの給料はどこから出ていたのだろうか?
「貴族や商人から依頼を受けて、それを冒険者に解決して貰っていました。
ギルドは仲介料を貰っていましたね」
なんだそりゃ。まんま俺のよく知ってる冒険者ギルドじゃないか。
「そういや、そんな話を聞いたっけ。フィールドの依頼ってやつだな。――それは今後も続けておけ」
「承知しました」
「あ、それで思い出しました。王子」
「何だ?」
「神殿に大量の寄付をしたでしょう? お陰でボーナスが出たんですよ。 ありがとうございました」
「おお、そうですな。さすがは王子ですわい、実に太っ腹だ」
なるほど、そうなるよう意図してやった事ではあるけど、やはりエレインはギルドにも還元したんだな。
「俺だけじゃない、その内の半分は、このテアが出した」
「うん」
「おお、そうでしたか。さすが、王子が侍らせるだけの事はある」
「誰が誰を侍らせた!?」
お前らは世界を滅ぼしたいのか!?
「それはそれとして、今後も依頼を受注するのなら、ロベルト・アシュトン大臣の名を覚えておくと宜しいでしょう」
「大臣?」
「はい。反戦派の侯爵で、ギルドの実質的なパトロンでもあります」
「その大臣の依頼でギルドは保っていたって?」
「国王の意に反するので、表立って動く事はありませんがね」
「ふぅん…でも、実際に会って話してみるまでは保留だ」
反戦派だからって俺達の味方とは限るまい。
一通り話を聞けたので、俺は宿に戻る事にする。
これ以上ここにいても俺にできる事無いし。
「じゃあ、俺は戻る。試作品の件は任せるから自由にやってくれ」
魔国で使われている魔道具をそのまま作ってしまうと人間には使えない物になってしまうので、人間用にグレードダウンさせる必要があるのだ。
だから俺は初級迷宮で集めた魔物の素材を全て提供した。
それを元に人間用の魔道具を作り上げ、売れるようならそのまま売ってしまえと言ってある。
そうする事で素材の価格が決まる。
価格が決まれば買い取り金額も決まる。
素材を買い取るようになれば冒険者は売るだろう。
素材の加工技術を極秘にすれば他に流れていく事もあるまい。
そこまで行くには、まだまだ時間が掛かるだろうが、一歩も二歩も進んだのは間違いない。
タイトルから「孤軍」の文字を削除しました。
魔国の人達を出そうと思ったら孤軍じゃなくなるからです。
悩んだけど、決めました。