表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/107

02-07 後手

次の日、俺とテアは神殿の前にいた。


「小さいな」


それが、この国の首都にある神殿を見た俺の、忌憚のない感想だった。


「どこの国もこんなもの」


それに対するテアの意見だ。

つまり、どこの国の神殿も小さいと言う事だろう。


「それはアレか。権威だけで権力が無いからか」


だから街の端っこに、小ぢんまりと佇んでいると。


「それもある。魔法師の数も少ない。後、お金」


個人的に後者の理由が大きいと見たぞ。

平民は戦争ばかりで男手がないから生きて行くだけで精一杯。当然、各家庭は神殿に寄進する余裕が無い。

国も表向きはともかく、裏では神殿と対立しているから寄付なんてしない。

大体、国も戦争費用で国庫はカツカツだ。他に回すような余分な金はないだろう。


うん、神殿を味方に付けるってのは俺の発案だったけど、神殿の事情を知れば知る程にダメな気がしてきた。


「帰るか…」


「だめ。まだ何も話してない」


振り返って立ち去ろうとした俺の手を掴み、逃走を阻止するテア。


「テアだって乗り気じゃなかった癖に」


「それでも、できる事はある。できる事はやっておくべき」


むむ。正論だな。


「仕方ない、会うだけは会っておくか」


「それがいい」


俺は、勝手知ったると言った感じのテアに付いて、神殿の中に足を踏み入れた。







神殿の中は、大きな礼拝堂を除けば、少し大きい屋敷程度の広さだった。

ここに住んでいるのは、巫女長さんから巫女見習いまで含めて四名。(テア情報)


「思っていた以上に少ないな…」


ますます、期待ハズレ感を募らせる俺だった。

そんな俺を置いて、テアは巫女見習いの少女に来訪を告げると巫女長への面会を申し出た。


「巫女長様に確認して参ります、少々お待ち下さい」


見習いの少女は、丁寧に笑顔で対応してくれた。中々好感が持てる。

少女を待つ間、俺はここに来てから思い付いた疑問をテアに聞いてみる。


「神に仕える資質を持つのが巫女って話だけどさ、男はいないのか?」


「いない。過去にもいた事は無いと聞いている」


そこも魔王の因子持ちと同じなんだな。何か理由でもあるのかな。

それとも、俺が男なのに特別な理由があるのか?

俺が他の因子持ちと違う事となると、一番に浮かぶのは地球に飛ばされた件だ。


自分の思考に耽っていたら見習いの少女が戻ってきた。


「お待たせしました。巫女長様がお会いになるそうです」


おや、あっさり許可貰えちゃうのね。

俺達は見習いの少女に案内され、巫女長の執務室に向かった。




執務室に入った俺達を迎えてくれたのは、勿論巫女長だ。

ここで料理長が出迎えるようなら、俺はこの神殿に入信したいと思う。


巫女長は四十前後の女性で、雰囲気の鋭い、やり手キャリアと言った感じだ。

気風のいいお姉さんタイプ。面倒見は良さそうだな。


「いらっしゃい、ドロテア。二週間ぶりかしら?」


「それくらい」


知り合いかよ! そりゃすぐ許可出るよ! あの見習いの子もグルかよ!


「それで、あなたと一緒にいる、その殿方が例のいい人なの?」


「そう」


俺が心中で見習いの子を糾弾していると勝手に話が進んでいた。誰がいい人だ。


「承諾した覚えはないぞ。テアが勝手に言っているだけだ」


別に勝手に言わせておいてもいいのだが、念のため否定しておく。


「あら、そうなの?」


「むー」


巫女長はわざとらしく驚き、テアは不満そうだ。


「二人は知り合いだったんだな」


テアの不満を放置して、俺は巫女長と話を進める。


「ええ、ドロテアが三月程前にここに来て以来のね」


みじかっ!

実態は、ただの顔見知り程度だった。


「ほぼ無一文で神殿の扉を叩いたのよね。伴侶を探してやって来たと理由を聞いた時は、そのまま外に放り出そうかと思ったくらいよ」


何気に口が悪いな、この巫女長。イメージ通りだけど。

まあ、腹を割って話せる相手と思えば好ましくもあるか。


「何でそうしなかったんだ?」


「そうしたいのは山々だったんだけどね。神託に従っているとなると、そうもいかないのよ」


ほほう。そういや初対面の時、そんな事も言ってたっけな。


「私の知る限り、この数百年、神託を授かった巫女はいないわ」


「バーセレミは下界には不干渉って話だしなあ」


最近はそうでもないようだけど。

それにソルの事もある。あんな剣があるって事は、不干渉なんじゃなくて、迷宮を通じてやり取りをする用意があったって事じゃないだろうか。

なのに、人間は戦争に夢中になって迷宮から遠ざかった。だから干渉しないまま時が過ぎてしまった。

考え過ぎかもしれないが、的外れでもないような気がするんだよね。


「他人事のように話すのね。では、あなたが魔族の王子と言うのも本当なのかしら」


やはり知っていたか。テアと知り合いで神託の内容も聞いているとなれば、その可能性は高いと思っていた。


“くいくい”


テアに袖を引かれる。


「ん?」


「ごめんなさい。協力を取り付けるためには全てを正直に話すしかなかった」


ああ、なるほど。ほぼ無一文って言ってたよな。


「俺と会う前の話だろ。別に怒ってないぞ」


「うん」


テアがほっと息を吐く。

これは本心だ。バーセレミの方が一枚上手だった。それだけの話だろ。


「ふふ、仲が良いのね。羨ましいわ」


「そう、仲が良い」


「あんたの目は節穴か」


“ぺしん!”


俺は間髪入れず、テアの頭を叩いた。


「…痛い」


テアは涙目で恨めしそうに俺を見上げるが無視だ。

調子に乗るからそう言う目に遭うんだよ。




ちょっとドタバタしたが、今日ここに来た目的は別にある。

とっとと本題に入らせて貰おう。


「それで、今日ここに来た理由なんだけど」


「ペッテルの初級迷宮を制覇した」


見習いの子が持ってきてくれたお茶を口にしながら本題を口にすると、テアも自分の役目を思い出したのか、真面目に話を始める。


「――え、今なんて!?」


その内容を理解するのに時間を要したのだろうか、少し間を置いてから巫女長――エレインと名乗った――は驚きを隠せず、確認の言葉を口にした。


「これが証拠」


巫女長を置いてき堀に、テアは話を進めていく。

テアが証拠と差し出したのは、あの長杖だ。最深部の祭壇に祀られていた杖。

テアの身長には長過ぎる、魔法師垂涎のマジックアイテム。


「あ!?」


“がったん”


長杖をエレインに差し出したテアは、バランスを崩して椅子から転げ落ちた。

ほら見ろ、言わんこっちゃない。


「没収」


「ああ!?」


俺は転がった杖を取って立ち上がり、頭より高く持ち上げる。


「ゼン、私の!」


テアは勢いよく起き上がり、俺から杖を取り戻すべくぴょんぴょん跳ねている。

だが、無論テアの身長では届かない。


「返して」


半泣きしながらぴょんぴょん飛び跳ねるテアの姿は滑稽である。


(柳蛙か…俺は風が吹いても垂れ下がったりしないけどな)


外道な考えの元、俺は杖を掲げたまま下ろさない。


「これから気を付けるから」


ぴょんぴょん


「もう転ばないから」


ぴょんぴょん


「許して」


ぴょんぴょん


そろそろ本泣きしそうな雰囲気なので、俺は杖を下ろしテアに返してやる。


「ほら、次またコケたら今度こそ没収するからな」


「分かった」


テアは涙目で杖を受け取ると、大切そうに抱えた。


「ふふふ、本当に仲が良いのねえ」


俺とテアのショートコントを見たエレインの感想だ。

どうやら落ち着いたらしい。だがその目は変わらず節穴だな。




テアのせいでまたもやバタバタしたが、ここからまた仕切り直しだ。


「凄いわね、ここまで高性能な物が初級の迷宮から発見されるなんて、確かに制覇の報酬としか考えられないわ」


長杖を手に効果を実感したエレインは、そんな感想を口にする。でも、もう驚くだけじゃない、その冷静さを取り戻していた。


「それで、その報告のためだけにここへ来た訳じゃないでしょう?」


「うん、頼みがある」


「言って御覧なさい」


「迷宮制覇は勇者を含めた四人で成した」


「あら、その実力には疑問符が付くと言う噂だった筈だけど、さすがは勇者と言う事かしら」


「勇者はとても強い。でも、それだけでは迷宮は制覇できない」


話題がおかしな方向へ流れ出した。おいおい、着地点から外れて行くなよ。


「勇者がどれだけ強くても、ゼンがいなければ迷宮は攻略できなかった」


「へぇ…」


エレインの眼が興味深げに俺を捕らえる。


「買い被りだな、勇者がいなければ護り手は倒せなかった。勇者の手柄だよ」


「勇者の代わりはできる、人数を増やすとか。アルフもテアも同じ。でも、ゼンの代わりは誰にもできない」


「ふぅん、テアにそこまで言わせるのね、あなたは」


「…おいテア、そんな事を言いに来た訳じゃないだろ」


「そうだった」


望む方向とは別の流れを強引に戻すと、テアは従った。


「ゼン、アレを出して。テアの報酬」


「む?――分かった」


俺は、テアの報酬を無限収納袋に入れていた。テアだけじゃない、俺はザヴィア全員分の報酬を持っていた。何故なら多過ぎて重くて持ち歩けないからだ。一人分だけでも一抱えはある。


“どがしゃーん”


テアに請われて、その報酬をテーブルの上に出した。


「こ、これは?」


「迷宮制覇の報酬。テアが貰った分」


「こ、こんなに? これが一人分だって言うの?」


「そう。エレインにあげる」


「――頼み事をする前にこれを見せるとは、やるわねテア」


「そうでもない」


「いいわ。頼み事とやらを言ってみなさい」


やれやれ、やっと本題に入れるか。長いんだよ、前置きがさ。


「国が募集している勇者の仲間。そこにテア達を推薦して欲しい」


「ドロテアと、ゼンと言ったかしら、彼を?」


「もう一人、アルフリーダと言う騎士見習いも一緒だ」


アルフを忘れられたら困るので、俺から補足する。


「テア達は迷宮を制覇する程相性のいいパーティー。それを理由にすれば可能な筈」


「なるほど、それなら確かに納得いくけれど…」


そう言って考え込むエレイン巫女長。

長考の末に、その口から告げられたのは拒否の言葉だった。


「でも無理ね、少し遅かったわ。神殿は――いいえ、私はウィルベルト王に屈したのよ」


ウィルベルト。それは、このピッテル国の王様の名だ。

すでに神殿は国に押えられていたらしい。

にしても屈したとは穏やかじゃないな。


「何があったんだ?」


「テアがここを出て少しした頃にね、ウィルベルト王が直談判に来たのよ。共も連れずにね」


まさか、一国の王が一人でこんな街外れまで来たってのか?


「神殿――いいえ、私に対して交渉を持ち掛けてきたのよ。国への助力と、その見返りのね」


「見返り?」


「魔国を征服した暁には、神殿への援助と、迷宮の攻略に力を惜しまないと言ったわ」


「何だって!?」


――ちくしょう、やられた。


字面だけ見れば空手形の口約束だが、その実態は破格だ。

迷宮攻略に意義を見出さない人間の領域。

その中でも発言力を持つ国が、それをすると言う。

それも王自ら、しかも一人で来たことで誠意と覚悟を見せた。

その上で、国としてできる最大級の支援を約束したんだ。

くそ、思っていたよりアグレッシブな王様だな。


(ダメだ、これは覆せない、それ以上の条件を提示できない。俺達の負けだ)


「ごめんなさいね。その申し出がもう少し…あと一月も早ければ協力できたんだけど」


俺達の間に漂う空気を読んだのだろう、エレインはそんな事を言った。


「だから、これは返すわね」


そう言って、テーブル上にある財宝の入った大袋を示す。


「いい、それはエレインにあげる。神殿の運営が大変なのはテアもよく知っている」


「いいのか?」


「うん、エレインには世話になった」


「そうか、分かった」


俺は無限収納袋からさらに大袋を一つ取り出した。


“どがっちゃーん!”


「こっちは俺の分だ。国が約束したのは戦後の話だろ? それまで好きに使うといい」


だが、そんな俺達にエレインは激昂した。


「――何でそこまでしてくれるの? 協力はできないって言ってるでしょう!?」


エレインは俺達の行為が理解できないらしい。少し感情的になっているようだった。


「テアが世話になったんだろう? 理由はそれで充分だ」


「うん、充分」


「…………」


理由を聞いたエレインの顔は泣きそうだ。

今まで、余程辛かったのだろうか。心が荒んでいたのかもしれない。

だが、彼女はそれでもテアを受け入れてくれたんだ。

その心意気に応えたいと思うのは悪い事じゃないだろう?


エレインは諦めたように肩を落とすとテアに向き直る。


「――明日の朝、もう一度ここにいらっしゃい。彼も一緒にね」


「分かった」


「なら、話はこれで終わりよ。私はこれでも忙しい身なの。さ、出て行って」


「うん」


間髪入れずに承諾したテアに頷くと、話はこれで終わりだとばかりに、エレインは俺達を追い出した。

それは俺が口を挟む隙も無い程素早い行動だった。







翌日、訳も分からぬまま神殿に行くと、俺には“冒険者ギルドペッテル国支部特別顧問”と言う肩書ができていた。


「何で俺だけ…」


「ザヴィアのリーダーは勇者。でもその実、パーティーの要はあなたでしょう?」


「その通り。ゼンがいなければザヴィアは回らない」


だから買被り過ぎだって言うのに。


「飽く迄ギルド内部の人事よ。でもこれで、例え勇者を欠いてもギルド肝煎りのパーティーである事に変わりは無いわ」


なるほど、考えてあるな。ありがたく貰っておく事にするか。


「助かる。けど、いいのか?」


「神殿は、あなた方に協力できないけれど、冒険者ギルドなら話は別よ」


いや、いくら何でも、それは屁理屈過ぎないだろうか。




冒険者ギルドには、ヒデとアルフによって迷宮制覇の報告が為されていたのが功を奏したようだ。

特に混乱する事も無く受け入れられたらしい。


曰く、迷宮制覇を成した勇者のパーティーならば然もありなん、と言う訳だ。

そこには俺達(ザヴィア )を国に取られたくないと言う冒険者ギルドの思惑もあるのだろうけどな。


「つまり、冒険者ランクを飛び越えてしまったって事だよな」


「そうよ。あなたは運営する側の人間と言う事。文句ある?」


俺の独り言にエレインが答えた。

文句などある訳がない。

エレインは、今できる最大限の協力をしてくれたんだ。

これで文句を言ったら罰が当たるってものだろう。


「文句なんて無いよ。無理を言ったな、ありがとう」


「そうね、大変だったけど、別にいいわ。久しぶりに気分がいいもの」


本音なのだろう、エレインは昨日と違っていい顔をしていた。




用が済んだ俺達は、神殿(ここ )を辞して宿へと戻る事にする。

すると、去り際にエレインがテアに声を掛けた。


「暇な時にでも、また来なさい」


「分かった」


短いやり取りだが、俺にはその言葉に万感の思いが込められている気がした。







 

ノー残デーって何でしょうね…


連休中に書いた部分は、ちょっと気になる事があって全面改稿中です。

できるだけ頑張って書きますが、更新は不定期が続くと思います。

(期末と期初と月初なので時間も無いのです)


※追記

 前面→全面に修正。(あとがきの部分です。orz)

※追記2

 く癖に→「く」を削除。

 見習の子→「見習いの子」に修正。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ