02-05 護り手を倒そう―初級編
逸る気を抑えて、俺は深呼吸する。
すー、はぁー
そして、皆のやる気を削ぐ一言を発した。
「よし!じゃあ、まずは腹ごしらえするか!」
「おい、ゼン!そりゃないだろ!?」
「そうですよ、この勢いのまま行くべきです」
「…………」
予想した通りの大反対。
と思いきや、テアだけは無言だ。その視線からも非難の色は見えない。
俺は、テアに意識を割きつつもヒデとアルフに説明をするべく口を開いた。
「その意見はもっともだ。だが、このまま決戦に赴く事に利があるのも承知の上で、敢えて休憩を主張する」
「だから、それは何でだよ!?」
「それは――」
「二人共興奮状態で自覚がないだけ。万全とは程遠い」
俺が説明しようとした事をテアが代わりに伝えてくれた。
なるほど、テアも気付いていたんだな。だから反対しなかったのか。
「そう言う事だ。一旦休憩して万全の状態で決戦に挑む。剣道の試合だって、そうして来ただろう?」
「う…」
「――分かりました。お二人がそう言うのでしたら従います」
言葉に詰まり逡巡したヒデと違い、アルフは素直に従った。
こうなるとヒデも文句は言えなくなる。
「分かったよ。確かに初めて護り手と戦うんだ、万全の状態で挑みたい」
と言う訳で、決戦前の休憩に入る。ここは俺の出番だ。
「よーし。じゃあ飯作るから、その間に各自で身体チェックしとけ。少しでも違和感があったら遠慮せずにテアに相談しろよ」
「任せて」
「分かりました」
「…了解だ」
ヒデは、まだ不満そうだ。でも考えは変えない、ここは一旦休憩だ。
お詫びと言う訳ではないが、俺は心を込めて調理する。
ここに来るまでの食事は普通に保存食――干し肉とか乾パン――で済ませて来たが、ここは大一番の大事なところだ。美味しい料理を食わせて士気を高める――つもりだったのに、返って士気を挫いてしまった。
だから、士気を回復させるが正解か。せめて、不満が出ないようにしよう。
俺はこの十年で、こっちの料理も結構覚えた。
それも家庭料理だけでなく、(魔国の)高級料理も、旅で役立つ野生料理(?)も色々と、ジャンルに捕らわれず勉強した。
最初はこっちの食材に戦々恐々としていたものだが、やってみれば向こうにいた頃と大差はなかった。人はやはり、食に拘るものなのだ。
しかも、こっちの世界には出汁を取ると言う習慣がなかったらしく、俺の作る料理は好評だった。出汁は味に深みを出すからな。食に通じた人ほど虜になる。
(言い換えればヒデ達転移組は、こっちの料理に不満があるはずなんだ)
ここで一発、俺の料理に舌鼓を打って貰って、さっきの不満を解消し、且つ士気を回復させる。
言葉にすると困難そうに聞こえるが、普通に作ればそれは達成できる筈なのだ。
「ふん、ふふん~」
鼻歌を歌いながら料理に勤しむ俺。
そこから少し離れた場所では、テアがヒデとアルフのケアをしていた。
「ここ」
「うああっ!?っつー…痛ってて」
「捻ってる。ソルは戦闘中しか痛みを中和できない。戦闘後は治療するべき」
《その通りだ、主よ。魔法師の言う事は聞いておく事を勧める》
「ううっ、分かったよ」
テアとソルの二人掛かりで説得されて、ヒデもやっと休憩の重要性を認めたようだ。
「アルフは、守りに関しては言う事ない。殆ど痛めた個所が無いのはさすが」
「ありがとうございます」
「でも疲労が激しい。休憩は必須」
「は、はい。分かりました」
アルフはもう切り替えたのか、素直にテアの言う事を聞いている。
テアの診断も適格だ。これは拾い物だったかもしれん。
魔法の無駄撃ちも無かったし、魔力切れも起こさなかった。人間の魔法師としちゃあ、かなり腕がいいんじゃないかな?
俺は出来上がったばかりの料理を並べていく。
「はいよ、お待たせ」
「おおおおお!?」
「す、凄いですね。とても美味しそうです」
「わわ!?早く、早く食べたい」
食事前の反応は上々だ。あとヒデ、お前は人の言葉を喋れ。
「毎回保存食ばっかりじゃ飽きるだろ?毎食は無理でも、決戦前くらいは美味しい食事をと思ってさ、準備しておいたんだ」
それを可能にしているのは、ファンタジーでお馴染みの無限収納袋だ。
俺が旅に出る際に、国宝であるこれをベル母様が持たせてくれた。
本当に、ベル母様には頭が上がらない。
この袋は収納量もそうだが、中の時間が経過しないと言う優れものだ。
同じ収納袋でも、中の時間が経過し、収納量も有限な物なら魔国にはそこそこ出回っている。勿論この十年で、俺が片っ端から “月の迷宮”の宝箱を開けて見つけた物だ。
「うまっ!?何だこれ、美味すぎる!?」
「美味しい!凄く美味しいです!」
「はぐはぐ、もぐもぐ…お代わり!」
俺が回想に耽っている間に食事は始まっていた。
と言うか、お代わりしてる奴までいた。
「はいはい。喜んで貰えたなら何よりだ。…ほら」
テアにお代わりを装ってやりながら、俺も自分の食事を始める。
ぶっちゃけ、迷宮内では大した料理はできない。
色々な具材をぶっこんだだけの鍋と焼き肉だ。
でも出汁を取り、下味を丹念に付けているので味は美味い筈。
灰汁もちゃんと取ったしな。こっちじゃ煮物でも灰汁を取らなかったりするんだよ、酷えもんだろ?
「あー、食った食った。満足した~」
ヒデが本当に満足した体でそんな事を言う。
そりゃそうだろ、一体何杯食ったんだ、お前。
「本当に美味しかった。こんなに美味しい物を食べたのは生まれて初めてです」
生まれて初めては言い過ぎだと思うが、アルフの口にも合ったようで何よりだ。
「ゼンと家族になれば、これを毎日…ごくり」
お前の意見は打算ありありだなあ!
実に分かり易いが、一応は褒め言葉として受け取っておく。
「そうか、みんな満腹か」
「おう!満足したぞ」
「はい、とても幸せです」
「うん、幸せ」
「――そうか。まだデザートがあったんだが、これはまた今度にしておくか」
俺はさも残念そうに呟いた。
「何だって!?」
「で、デザートですか!?」
「でざーと…ごくり」
「ああ、用意していたんだが、満腹なら仕方ないな。残念だが、また今度にしよう」
そう言って袋に突っ込んだ手を戻す。
「ま、待ったー!!」
「た、食べたい。今、食べたいです!」
「デザートは別腹。さあ、すぐに出す」
現金な奴らめ。まあ、期待した通りの反応を引き出せたので良しとするか。
そして、ここからまたデザートの時間が始まった。
ちなみに品目はアイスクリームだ。時間が経過しないから冷たいままなのは手間が無くていい。何もしなくていいのが便利過ぎるぜ、無限収納袋。
デザートもきっちり平らげ、食後の休憩もしっかり取った後に、俺達は最深部の扉の前に立った。
「よし!今度こそ行くぞ」
「はいはい、了解了解。もう止めねえよ」
「はい。間違いなく万全です」
「頑張る」
士気も上々のようだ。
どうなる事かと思ったが、食事前より上がっているみたいで結構な事だ。
料理の力は偉大だな。
「じゃあ、鍵を開けるぞ」
初級にも関わらず、これまでこの迷宮が一度も制覇されていない理由の一つがこれであった。
鍵がかかっているため、最深部の扉が開かないのである。
ここの鍵が発見されているのかどうかもはっきりしない。
見つかっているのなら、その鍵はどこにあるのか?何も解らない。
結果は一つ、この迷宮は制覇できないと言う事実だけだ。
「俺がいなければな」
思わず口から洩れた言葉を誤魔化す事もせず、俺は解錠の作業に入る。
“カチャカチャ…ピン”
最深部とは言え、所詮は初級。俺は迷う事もなく、罠を外し、鍵を開けた。
「開けるぞ」
俺は仲間達に告げ、最深部の扉を開ける。
“ごごごごごご――”
最深部の部屋に通じる観音扉を開けると、ヒデを先頭に仲間達は中に踏み込んだ。
「おー、でかいな」
中に踏み込んだ俺の感想だ。部屋の事ではない。
いや、確かに部屋の広さも相当だが、俺の言葉が指しているのは戦う相手だ。
《巨人族だ。主よ、強敵だぞ。油断せぬように》
「…ああ、分かってる」
そう、敵は一体だ。いや、一人と言うべきか。
見た目は人間だ。鎧を着込み、その手には剣を持ち、鋭い眼光を以て俺達を睨み付けている。
ただ、その大きさだけが人とは違った。身長は約4メートル。俺達の倍ほどもある。
「テアに至っては三倍強か」
「ゼン、何の事?」
じろり
思わず口から零れた俺の言葉にテアが反応する。睨まれた。
「ウホン。ま、相手がデカかろうがやる事は同じだ」
アルフが敵のターゲットを取り、ヒデが攻め、テアが支える。
これがザヴィアのスタイルだ。
俺?俺は適宜に各自の補助だ。攻略に穴が出ないように補強するのが仕事さ。
「我が名はアルフリーダ!巨人よ、あなたの攻撃は私が受ける!」
アルフが名乗りを上げた。さあ、ここからだ。頑張っていこう。
「“身体強化”――“全身体能力”」
テアが定番の身体強化をアルフに施す。それを受けてアルフが前に出た。
「行きます!」
巨人の視界を奪うかのように、両手を広げて駆けて行く。
その背後を、ソルを抜いたヒデが追いかけるように走って行った。
ヒデにはソルが身体強化を掛けるので、テアによる強化は無くていい。
一拍遅れて、俺とテアがその後を追う。
テアは、仲間に魔法が届く範囲ギリギリに位置取ると足を止めた。
俺は巨人の目を盗み、その背後へと――
「――む」
移動できなかった。巨人の意識が俺から外れない。
いや、俺だけじゃない。アルフやヒデは勿論だが、テアにも意識を割いている。
その装いといい、立ち姿といい、間違いない。こいつは本物の武人だ。
初級とは言え、迷宮の最深部を守る、護り手だけの事はある。
護り手――それは迷宮を攻略する際の最後の試練だ。そう、試練なのだ。
迷宮は神が定めた己の種族への課題。
最深部の護り手とは、言ってみれば試験官なのだろう。
その種族が迷宮を攻略した恩恵を受けるに相応しいか否か試しているのだ。
(あれ?そう考えると、俺が手助けしちゃダメなんじゃね?)
ふと自分の存在を否定する考えが頭に浮かんだ。
「うららあっ!“破斬”!」
俺の思考を破るかのようなヒデの気合い――厨二だけど――が響いた。
ヒデは体ごとぶつかるかのように技を繰り出す。
巨人は脅威と見做したのか、ターゲットをヒデに変えて巨大な剣を振り上げる。
「あなたの相手は私です!“盾殴打”!」
アルフは巨人のターゲットがヒデに移ったと見るや、盾で殴りつけて自分へと戻す。
「“盾の守り”」
テアは着々とアルフに魔法の守りを重ねていく。
いい判断だ。あの巨人の剣には技が見える。
ただ力任せに振るわれる剣じゃない、技術を伴った本物の剣技だ。
当たれば、ただでは済まないだろう。
「ほいっと」
俺はナイフを投げた。
“操り人形”を使って鎧の隙間を狙う。
“キン”
だが、ナイフはあっさりと巨人の剣によって弾かれた。
(俺から意識が外れていない以上、防がれるのは予想通りなんだが…)
ナイフを囮にした隙を作る事もできないとはね。
巨人は守りも鉄壁だった。ナイフを防いだ隙を突いて、ヒデに攻撃させるつもりでナイフを放ったのだが、巨人は流れるような動作によって、その隙を作らなかったのだ。
“うおおおおぉぉぉぉ――”
すると、これまで無言を貫いていた巨人が吠えた。
まずい、危険だ。あれは恐らくヒデの厨二病と同じ、必殺技の発動に違いない。
「“絶対の守りをここに”!」
すかさず、アルフが騎士の奥義を発動させる――
「きゃあっ!」
――にも拘らず、巨人はアルフを弾き飛ばした。
幸い、守りの奥義を発動していたために命に別状は無いようだが、重傷なのは間違いない。
まずいな、前線が瓦解した。
「アルフ!くそっ、化け物め!」
《待て、主よ》
ヒデが巨人に斬りかかる。
あのバカ、頭に血が上ってやがる。ソルの言葉も届いていないようだ。
その動きには、技も何もあったもんじゃない。
そんなヒデを囮に俺は再び巨人の視界から外れるように動く。だが、巨人は冷静だった。
絶対に俺から意識を外さない。常に俺を視界に入れている。つまり――
「“操られる道化”」
――それがお前の敗因だ。
巨人は一瞬、その流れるような動きを止める。
「うらあっ!“刺突”!!」
狙い過たず、ヒデの必殺技が巨人の脇腹を貫いた。
俺を視界から外さないと言う事は、俺の動きを常に視ていると言う事だ。
ならば“操られる道化”に掛ける事は容易い。
事ここに至っては、俺が活躍したらまずいかも、なんて心配は放り投げた。
まずは生き延びる事が重要だ。
「テア!アルフを頼む!」
「分かった」
テアは俺の指示に従いアルフへと駆け寄る。
しかし、それを黙って見逃すような巨人ではない。
――だが、今はそれも不可能だ。
(お前はこっちでヒデの相手をしていて貰おうか)
巨人がヒデ以外に狙いを定めた時は、俺が容赦なく動きを止めた。
俺と言うハンデを背負ったままヒデと相対するしかなくなった巨人は、徐々にその動きを鈍らせていく。
“うおおおおぉぉぉぉ――”
自由に動けなくなった巨人は正面の敵を倒す事に決めたのか、ヒデに向かって必殺技の咆哮を上げた。
「上等だ、受けて立ってやる!」
熱血好きなヒデは、それを真正面から受けて立つつもりだ。
同様に巨人に向けて必殺技を放つ構えを取る。
両手でソルを持ち、弓のように引き絞った。
(ソルが何も言わないって事は、勝機があるって事だよな?)
一応、いつでも巨人を止められるように心の準備をしながら、俺は戦いの結末を見守る事にした。いざとなれば、俺の魔法でヒデを治す心積もりだ。
「いくぜ!“刺突”!!」
引き絞った矢を解き放つが如く、自身の体ごと巨人へと飛んでいく。
――その技は“溜め”の長さで威力の調整が可能となっている――
確かソルは、そう言っていた。
今、ヒデは結構な時間を掛けて“溜めて”いたよな。
って事は――
“ドガガァァアアアアン!!”
巨人に突っ込んだヒデは、そのまま巨人を吹き飛ばして、巨人ごと壁へめり込んだ。
(おいおい、やり過ぎて自分が怪我してないだろうな)
“操られる道化”の手応えが無くなった事から、巨人が死んだのは間違いない。俺はヒデに駆け寄って声を掛ける。
「おーい、生きてるかー?」
すると巨人の巨体がもぞもぞと動いた。
「生きてるよ!生きてるけど、その声の掛け方はあんまりだろ!?」
文句を言いながらヒデが巨人の下から這い出て来た。
何だよ、どこに文句があるんだよ。
そんな俺の心の声が聞こえた訳でもないのだろうが、続けて文句を言ってくる。
「そこは、大丈夫か?とか、無事か?って聞くところだろ!?何で、生きるか死ぬかになってるんだよ!?」
「お前が考えなしに体ごと突っ込んで行ったからだ」
「うぐっ」
ほら見ろ、ぐうの音も出ないだろ。
《主の友よ、その辺にして貰えまいか。ここぞと言う場面で動けない者より、例え無謀でも敵に向かっていく者の方が勇者としては好ましいのだ》
「ほら、ソルも無謀だって言ってるぞ」
「ぐさぁっ!」
《む。いや我が言いたかったのは、そう言う事では無く――》
二人と一本でじゃれていたら、治療を終えたアルフとテアがやって来た。
「申し訳ありません、無様な姿を見せてしまいました…」
あれ、ちょっと凹んでる?
「そんな事ないぞ。あの攻撃に耐えられたのはアルフだからこそだ」
元気付けるためのお世辞ではない。本当にそう思っている。
もし、アルフ以外の者があの攻撃に晒されていたら、即死でも不思議じゃなかった。
「いきなりのあの場面で、しっかりと受けるべき者が受けたんだ。誇っていい事だぞ」
「そうだよ!アルフはやるべき事をやったんだ。自分を卑下する事なんか何もないよ!」
「ヒデと違ってな」
「そう!俺と違ってね。――って、おい、ゼン!?」
「面白い。コント?」
「違ぁう!コントじゃねぇ!」
テアの淡々とした突っ込みに、半泣きしながら訴えるヒデは三流芸人のようだった。
「――ぷっ。くすくすくす」
俺は三流だと思ったが、アルフにとっては思わず吹き出す程ウケたようだ。
「笑ったら気が抜けてしまいました。落ち込むより反省して、次に活かしたいと思います」
「前向きだな。まあ、いつまでも落ち込まれるよりいいさ」
「はい」
笑顔で答えたアルフは、言葉通り割り切ったみたいだ。
切り替えが早いのは利点だよな。
色々と反省点の多い、護り手との戦いだったが、何とか勝利を掴む事ができた。
これを足掛かりにして、立ち位置を固めていこう。
まずは、この最深部を探索してからだけどな。
書いては消し、が再発しております。