02-03 Xaver-ザヴィア-
このまま逃がす訳にはいかないが、ここは一つ惚けてみるか。
「何の事だ?“勘違い”じゃないのか?」
言霊を乗せて言葉を返す。
「――っ!?」
びくりと体を震わせる少女。だが掛かっていない。
こいつ、俺の言霊に耐えやがった。これは放置できない、本気で行く。
「“操られる道化”」
様子見は無しだ。
ここに来るまでに必要な手順は踏んである。ただ歩いてきた訳じゃないんだよ。
俺は一気に催眠の深度と強度を上げた。
「待って、テアは敵じゃな――」
言葉を言い掛けたまま少女の動きが止まる。
さすがに“操られる道化”までは耐えられなかったようだ。
もっとも、この技まで耐えられちゃうと俺が凹んじゃうけどね!
「さてと、お前は何者だ。何が目的で俺に近付いた」
少女に問いながら、俺の質問に答える動作だけを許可してやる。
「テアは巫女、バーセレミの巫女。あなたのパーティーに加えて欲しい」
バーセレミと来たか。人間の神が俺に何の用だ。
「巫女とは何だ」
何となく想像は付くが、念のため確認する。
「巫女とは、バーセレミに仕える素養を持つ者の事」
魔族で言う、魔王の因子持ちみたいなもんか。
「冒険者になりたいなら勝手になればいい。俺に近付く理由は何だ」
俺は核心に触れる問いを放つ。これでコイツの狙いが判る。
「テアに神託があった。魔族の王子様が人間の国に来るから協力するようにって。テアが役に立てば、王子様がテアの家族になってくれるってバーセレミは言った。テアはきっと役に立つ。だから一緒にいさせて欲しい」
必死に言い募る少女。
嘘は言っていない。俺にはそれが判る。だが、家族?
その必死さに、心の底から欲している事まで解ってしまう。
「ちっ」
聞かなきゃよかったぜ。なまじ嘘じゃないって判るだけに質が悪い。
(家族が欲しい…か)
ピンポイントで俺の弱点を突いて来るな、さすが神とでも言うべきか。
にしても意外な事実を聞いた。人間の神が俺に助けを寄越すなんて。
それに魔族の王子ね。人間の神が俺の正体を知らないとは考え難い。
魔神と言わなかったのは、俺とユスティスを慮っての事だろうか。
何となく人間の神と魔族の神って仲が悪いのかと思ってたけど、そうでもないのかね?それとも共通の敵に対しては力を合わせて対処するって事か?
「…!…!?」
少女はまだ何か言いたそうだが、残念だったね。俺が許可していない行動は取れないんだよ。
「お前の名前は?」
「ドロテア」
「歳は?」
「十五歳」
「同い年かよ!十歳くらいだと思ってたよ!」
「…!…!!」
おーおー、怒ってる怒ってる。でも何も言えない。ちょっと笑える。
「職は?」
「魔法師」
ふむ。パーティーとして考えたら絶対に欲しいところだ。
だがそこまで気を許せる相手かどうか。まあ、保険をかければいいか。
「付いて来るなら俺の命令には絶対服従だ。そう処置をした上でなら認めてもいい」
大っぴらに魔法を使えない俺と違って、コイツは堂々と魔法を使える。
これはメリットだ。だが念のために楔を打たせて貰うとしよう。
「うん、分かった。テアは初めからあなたに従うつもり」
「ならいいだろう、一緒に来る事を認めてやる」
俺の言葉にほっとして少女が気を抜いた瞬間。俺は“操られる道化”を使って深層心理に楔を打ち込む。これでドロテアは俺に逆らえない。
もっとも神の巫女だ。何らかの方法で解除できないとも限らない。
今後も油断だけはしないように気を付けよう。
“パチン!”
俺は指を鳴らして“操られる道化”を解除する。
「あ…動ける」
「ああ、解除したからな。んじゃあドロテア、他のメンバーに紹介するから付いて来い」
「テアでいい」
「ん、何がだ?」
「名前。テアでいい」
「別にドロテアでも平気だぞ。そんな長い名前って訳でも無いし」
「テアがいい」
「…………」
つまり俺のためではなく、自分がそう呼ばれたいと。
「ドロテアって呼ばれるのが嫌なのか?」
「可愛くない。特にドの音がダメ」
「…分かった。じゃあテア、付いて来い」
「うん」
よく分からんが、拘りがあるらしい。とにかく、俺達は魔法師をゲットした。
「分かってるとは思うが、魔族の王子様とか呼ぶんじゃないぞ」
ギルドへの帰り道、テアへ念を押しておく。
「それなら何て呼べばいい?」
「俺の名はゼンだ。ゼンでいい」
「分かった。――ゼン」
「何だ」
「テアは必ずゼンの信頼を勝ち取って見せる」
「ふん――ま、せいぜい頑張れ」
「うん、頑張る」
信頼ってのは時間の積み重ねだ。自分のした行いがそのまま返って来る。
無意識にしろ、意識しての行為にしろ同じ事だ。
それなりの時間が経たなければ結果は出ないぞ、テア。
「と言う訳で魔法師のテアだ。よろしくしてやってくれ」
俺はヒデとアルフの二人に簡単に説明してやった。
曰く逆ナンされました、と。
「よろしくして欲しい」
否定も肯定もせず、テアがぺこりと頭を下げた。
「…………」
「…………」
ヒデとアルフは無言だ。心なしか俺を見る目が白い。
結局、俺達はパーティー登録をせずに宿の部屋に舞い戻っていた。
だって仕方ないだろう?
あの場で一人増えました。しかも仲間は誰も知りません、では怪し過ぎる。
一旦二人に説明しておく必要があると判断したんだ。
「ゼン、お前…浮いた噂一つ聞かないと思ったら、幼女趣味だったなんて」
「はい、そこ!人の傷を抉らない!いつも一人だった俺が、女関係で噂される訳ないだろうが!」
「可哀想」
「人の温もりに飢えていたんですね…でも、だからと言って、こんな年端もいかない少女を誑かすのは犯罪です」
「お前らも人の傷を突くんじゃねえよ!?」
ここぞとばかりに連携して人を貶めやがって。
大体だな、俺に女ができたら、この世界は滅ぶかもしれないんだぞ?
ベル母様達なら本当にやりそうで怖い。いや、本当にやる。
俺は試験で彼女達に勝ったが、本当の意味で勝てたなどとは思っていない。
ベル母様にしろケイト姉にしろ、あの人達は本気で俺を倒そうとしていなかった。
きっと俺に対して殺す気では戦えなかったんだろう。
何だかんだ言って、あの人達は俺に甘いからな。
それを踏まえても、俺は女に現を抜かしている場合じゃないのだ。
「とにかく!このメンバーなら冒険者ギルドも文句は無い筈だ。確実に申請は通る」
「そうですね、私もそう思います」
「俺も異論は無いよ」
「大丈夫、言わせない」
何か一人、物騒な物言いをした奴がいるが、ここはスルーだ。
「問題はパーティー名だ。何かいい案は浮かんだか?」
「…………」
「…………」
何故そこで目を逸らす、貴様ら。
「Xaver」
テアが何かを呟いた。
「ん、テア?何か案があるのか?」
「だから、Xaver。新しい家と言う意味」
「ほー」
新しい家か。
俺はふと、魔国にいる家族を思い出した。
彼女達を忘れないと言う意味でも、これはアリかもしれない。
そして思う。テアの真意。
新しい家――そこに住む新しい家族、か。
「じゃあ、他に案が無ければこれに決めるか」
「それでいいよ。愉快な仲間達より全然いいし」
「私も異論はありません。愉快な仲間達より断然いいですし」
こいつら、まだ根に持ってやがったのか。
「愉快な仲間…それもいい。悩む」
(悩むのかよ)
こいつはこいつで、どこまで本気だ。
一刻の後、俺達は宿屋へ戻って来た。
いや、相談しに戻って来た訳じゃないぞ?
用が済んだから帰って来ただけだ。
「それでは、冒険者のライセンス取得と、俺達のパーティー、ザヴィア結成を祝って――乾杯!」
「はいはい、乾杯乾杯」
「乾杯!」
「…乾杯」
ヒデが音頭を取り、乾杯が行われた。ヒデはホント、祝うのが好きな。
「じゃあ、改めて自己紹介と行こうか!」
またヒデが妙な事を言い出した。
「俺から行くぞ。俺はショージ・ヒデオ!このピッテル国で勇者やってます!」
「ぶふぉっ!」
俺は二重の意味で吹いた。これ、酒じゃねーか!
「バカか、お前は!いきなり正体バラしてんじゃねえよ!」
「待て、ゼン!これには理由があるんだ」
「理由だと?」
「ああ、そうだ。俺達はこれから命を預け合う仲間になったんだ。その仲間に正体を偽ってどうする!?」
むむむ。ヒデの癖に正論吐くじゃないか。
正体を隠している俺が責められてるみたいだ。
「勇者…ショージ…」
周りを見れば、アルフは驚いている。そりゃそうだろう。
勇者こそ自分が仕えるべき主と思ってここまでやって来たんだ。
その勇者がまさか目の前の相手だなんて思いもしなかったんだろう。
「これはびっくり」
コイツはコイツで全然吃驚してるように見えないんだよ!
しかも視線はこっち向いてるし。
それはアレか、「魔族の王子が勇者と友達?変なの」って言いたいのか。
「ちなみに、こっちのゼンとはこの世界に来る前からの親友だ!」
あー、はいはい、そうですねー。もう、どうにでもなれだ。
「あ…じゃあ、ゼンがこの街で会う予定だった知り合いって」
そういや、そんな事も言ったっけな。
「ああ、そうだよ。逸れたんで探してたんだ」
嘘は言っていない。
「そうだったのですか…」
「なら、ゼンも異世界から来た?」
「そうだ」
便乗してテアも質問してきた。嘘を吐く必要を感じないので肯定する。
詳しくは出戻りらしいけどな。無自覚だけど。
「もういいや。次、俺な。俺はゼンだ。職は解除師。他、詳細はさっきヒデが言った通りだ。はい、次」
俺はとっとと次にバトンを渡す。
「早えな!でも確かにそんなもんか。じゃあ次の人~」
酔ったヒデは突っ込みが弱いな。あっさり次に順番が回った。
「では私が。アルフリーダ、騎士見習いです。みなさんの盾になります、よろしくお願いします」
「おおー、いいねいいね。楯役がいると俺も安心して攻撃に専念できるよ、嬉しいなあ」
「そう言って頂けると私も嬉しいです、勇者ショージ。私は、あなたに仕えるためにここまでやって来ました。お役に立てるよう、頑張ります!」
「ええっ!?俺なんか大した事無いよ。でもそう言って貰えると嬉しいなあ。あ、それから俺の事は今まで通りヒデって呼んで欲しい」
「分かりました。ではこれまで通りヒデさんとお呼びします。私の方こそ未熟者ですが足を引っ張らないよう頑張ります」
「いやいや、俺の方が――」
「いえ、私の方こそ――」
何やら二人で盛り上がってやがる。はいはい、よかったですねー。
「はい、次」
盛り上がってる二人をスルーしてバトンを次に回す。
自己紹介なんてさっさと終わらせたい。
「ん、テアは魔法師。ゼンに家族になって欲しいから頑張る」
「なら精々活躍する事だな」
「うん、任せて」
拘るねえ。
「家族…やっぱり、お前ら」
「家族…やはり、二人は」
こっちを見て呟く二人。
盛り上がってたんじゃなかったんかい。
「はい、そこの二人。何が『やっぱり』なんだ?」
「犯罪だけはやめとけよ?」
「もっと理性を働かせるべきです」
「よく言った。死ぬ覚悟はできてるようだな」
俺は抜き撃ちで二人に向かってナイフを投げる。
「うお!?危ね!!」
「わわ!?」
ち、避けやがった。“操り人形”を使うべきだったか。
「あ、危ないじゃないか!当たったらどうするつもりだよ!?」
「そうですよ!」
「安心しろ、ここには魔法師がいる。死にはしない、多分」
「当たったら痛いだろ!」
「当たり前だ。痛めつけるために投げたんだ」
いっぺん痛い目に遭わせないと治らないだろ、お前ら。
「それに、やっぱり犯罪はやめたほうが…」
まだ言うか。
懲りていないようだな。
「テアは十五歳。りっぱな成人。問題ない」
再びナイフを放る態勢を取ろうとしたら、テアが冷静に訂正を挟んだ。
『えええっ!?』
驚愕の叫びを上げるヒデとアルフ。お前ら失礼だろ、気持ちは解るけどさ。
ささやかな宴はそれなりに盛り上がり、日が暮れるまで続いた。
結局、俺達はこの四人部屋に落ち着く事になった。
今思えば狙い澄ましたように、この部屋だけが空いてたよなあ。
仕組まれたと思わずにいられない。
誰にって、バーセレミにだ。
下界には干渉しないと聞いていたが、この件に関しては別なのかもしれない。考えを改めるべきだな。
そんな事を考えながら、俺はヒデの枕元へ近付いた。
このために、俺は宴会の最中に“操られる道化”を使ってまで三人の眠りが深くなるよう細工しておいたのだ。
念入りに、且つ慎重にヒデの精神を調べる。すると――
(あった。やっぱり思った通り、ヒデの心に細工してやがったな)
簡単な理屈だ。精神的に追い詰めて、心のガードを崩した上で楔を打ち込んでおく。後で操りやすくするために。
奴らはヒデを使って魔族と戦争したい。
そのためにはヒデを思い通りに操れるようにしておきたい。
こんな手間をかけているのは、完全な操り人形にすると実力が発揮できなくなるからだ。
言い換えれば、奴らもヒデの才能が欲しいのだろう。
ヒデの持つ勇者の力を遺憾なく発揮し、且つ自分達の思い通りに動かしたい。
そのために、こんな手間を掛けてじわじわとヒデを追い詰めたんだろう。
「“精神治癒“…あーんど”精神防御“」
俺はヒデに治療を施す。ついでに心の守りも掛けた。
これでもう奴らに操られる事はない。
「次は、こっちか。待たせたな」
俺は脇に立てかけてあるヒデの剣――聖剣に語り掛けた。
例の昼に感じた思念。あれは聖剣から発されたものだった。
奴らは聖剣にも細工を施していたのだろう、あの思念は俺へのSOSだったのだ。
「聖剣ってのは、攻撃力だけじゃない。持ち主を守る力もあるって話だからな」
自分達の計画が邪魔されないように、また勇者が力を付け過ぎないようにコントロールしていた訳だ。
俺でも注意深く調べなければ気付かない程微弱な違和感。それを聖剣から感じていた。
(あのSOSが無ければ気付けなかった…)
そう考えると危ない所だった。
やはり油断はできない。常に注意深く観察する癖を付けないと危ない。
俺は強引に聖剣を抜くと刀身を露にする。
次いで、魔神の威圧を籠めた魔力を聖剣に浸透させていく。
分子間はおろか、原子間にすら沁みこませるイメージ。
“がたがたがたがた”
聖剣が激しく振動する。だが止めない。
“ピシッ!”
刀身が音を立てる。
“ビシビシビシ”
更に幾つもの音を立てて聖剣の刀身に亀裂が走った。
あと少しで破裂する、と言うところで変化が起こる。
“ボシュ”
聖剣の中で何かが潰れたような手応えを感じる、と同時に聖剣から違和感が消えた。
《強烈な洗礼だ。もうほんの僅かでも止めるのが遅れたら、我も昇天するところであったぞ。だが礼を言う、魔族の王子よ、我を解放してくれて感謝する》
「もういいのか?」
《うむ。我を縛っていた悪魔は死んだ。我は本来あるべき姿に戻る》
「悪魔ねぇ――何をされていたんだ?」
ある程度は予想できても詳細は見てないので解らない。
《我の意識を抑え込み、悪魔が勝手に我を振るったのだ。勇者の意に反した動きばかりで、力を与えるどころか奪う始末だった》
そりゃ勝てない訳だ。
いくらヒデでも武器に裏切られては、どうしようもなかっただろう。
「もちろん、今後はヒデの力になるんだよな?」
そうじゃないなら助けた意味が無い。
ノーと言ったら、このまま壊そう。
《む、無論だ。だからその威圧を止めてくれ》
「結構だ。だが、俺の事は言うなよ。ヒデに打ち明けるのは俺の意思、俺のタイミングで行なう」
《承知した、魔族の王子よ》
「だから、それを止めろって言ってんだよ!」
俺の感情の昂りに合わせて威圧が発動する。
“ピシッ”
更に刀身に亀裂が入った。
《しょ、承知した。今度こそ承知した。だから威圧を、や、やめ――》
「次は無いからな」
最後通牒を突き付けながら俺は威圧を解く。
《うむ、貴殿の事は一切他言しないと誓おう》
「それが懸命だ。――“魔力譲渡”」
俺は聖剣へ魔力を譲渡する。
この手の自我を持つ武具は、自らの魔力で自己修復できるからだ。
《忝い。お陰で修復が捗る》
「礼は不要だ。お前がヒデの力になるなら、俺達は仲間だ」
《心得た。実に心強い》
これで、ヒデを縛るモノは無くなった。
あの日本にいた頃ですら馬鹿げた桁違いの才能を、この異世界でも遺憾なく発揮できるようになったのだ。
聖剣も自由を取り戻した。
ヒデの勇者としての伝説は、これから紡がれるのだろう。
「まずは、その第一歩。冒険者パーティー、ザヴィアとして、その力を存分に発揮して貰おう」
迷宮攻略と同時に、ヒデには失った自信を取り戻して貰う。
奴らの干渉を振り切るためには、ヒデが十二分に力を発揮できる事が必須条件だ。
そのためのサポートをするのが俺の役目。
実績を作り、発言力を増して足場を固める。
奴らの言いなりになど、なって堪るか。
まずは、神殿を味方に付けよう。
テアがヒントをくれた。バーセレミが敵ではないのなら、この方法が取れる。
ザヴィアによる迷宮攻略は、その第一歩だ。
俺達なら“陽の迷宮”すら攻略可能と解らせる。
そうなれば向こうから近寄ってくるだろ。
(欲を言えば後衛が欲しいところだが、サエとクミが加わればその必要もなくなるか)
まずは、この四人と一本から始めよう。
書き貯めに入ります。
少なくとも連休中の更新はありません。
いえ、連休後に更新するって意味でもありません。(汗