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閑話 勇者達

閑話なので視点がゼン(チロ)では無いです。

 

 

 

 

 


隣の部屋から女性の喘ぎ声とベッドの軋む音が聞こえる。


もう何時間続いているだろう。

就寝すると言って別れてからずっとだ。

()()()()()()安宿と言う訳でもないのだけど――むしろ高級な宿だ――元々の造りが安普請なので仕方ない部分もあるのだろう。

だからと言って、ずっとこんな声と音を聞かされ続けるあたし達の身にもなって欲しい。


可哀想に、クミはノイローゼ気味だ。

あたしだって、いつまで()つか分からない。

どうして、こんな事になってしまったのだろう。

日本にいた頃――この世界に来るまでは、とても幸せだったのに…







この世界に来て、ヒデちゃんは変わってしまった。

ここの人達に言われるままに聖剣を抜き、勇者と呼ばれてから。

ううん、違う。変わってしまったのは、勇者として修行を始めてから。

今まで何でも如才なく熟してきたヒデちゃんが、初めて壁にぶつかってからだ。


剣道では負け無しだったヒデちゃんは、この世界に来てから全く勝てなくなった。

指導してくれる人――騎士団の隊長さんらしい――が言うには、特定の場所しか狙わないので防ぎやすいのだとか。

また剣の刃筋を立てると言う事ができずに叱られることも多かった。

それは仕方ないと思う。だって竹刀に刃なんて無いもの。

それなら本当は棍棒でも持った方がいいのだけど、勇者が聖剣を使えなくては民衆に示しが付かない。そう言われてしまったら、頑張って練習してできるようになるしかないのだ。


そうして初めて味わった挫折と重圧とストレスに耐えかねて、ヒデちゃんは逃げた。

王様の用意した女性へと。

ヒデちゃん付きのメイドさん、名前はシンシアさんと言ったかしら。歳はあたし達と変わらないように見えた。でも、こちらの人達は成長が早いみたいで、悪く言えば老けて見える。

それを考えると、もしかしたら彼女はあたし達より年下なのかもしれない。

シンシアさんは可愛らしく従順で、献身的にヒデちゃんに仕えている。

それ自体は好ましかったのだけれど…

だからって、それであっさりと彼女に転ばれたら、あたし達は何だったのかと思わずにはいられない。




あたしとクミとヒデちゃんは幼馴染だ。小さい頃から、ずっと一緒だった。

何でもできるカッコいいヒデちゃんに、あたし達が恋心を持つのは自然な成り行きだったと思う。


淡い恋心は思春期を迎えて、明確に恋愛感情になった。

あたしとクミは恋愛同盟を組み、抜け駆けせず正々堂々と戦う事を誓った。

だけど、それ以上に今までの関係を崩すのが怖かったのだと思う。

あたしとクミは、どちらも踏み込む事ができず、ぬるま湯の関係を続けてしまった。

その結果がこの仕打ちだと言うのなら、悔やんでも悔やみきれない。


そして気付く。

あたし達がそんな関係を続けて来られたのは、もう一人の友人がいたからだと言う事に。







カミくん。

守久禅一郎と言う、あたし達共通のその友人とは、小学校三年生の時に同じクラスになって知り合った。

ずっと虐めに遭っていたと言う彼だけど、あたしの目にはそうは映らなかった。いつも飄々としていて、虐めを苦にしているようには見えなかったからだ。


あたし達と付き合うようになってからも、その態度は変わらず飄々としていた。

一歩引いたその態度に、以前のあたしは不満だった。せっかく仲良くなったのだから、もっと近付いてくれればいいのにと、そう思ったのだ。


だけど違った。違ったのだ。

それは、あたしの思い違いだった。


彼はバランサーだ。

一歩引いたその場所から、あたし達の関係を保つように気遣ってくれていたのだ。

あの居心地のいい空間は、彼によって維持されていた。

彼がいてくれれば、今のこの事態も防いでくれたのだろうか…


この世界に来た時、彼の姿はすでに無かった。

召喚される前は一緒にいた。そして召喚陣は、目的の人物とその周囲を巻き込んでこの世界に連れてくると言う話だった。

目的の人物とはヒデちゃんの事で間違いない。そして、あたしとクミは巻き込まれた。

なら彼は?




『ヒデ!』




あの時、目の前が真っ暗になる直前、彼の切羽詰まった声が確かに聞こえた。

あれは警告だったのではないか?

彼はあたし達に迫る異常に気付いていたのではないか?

なら彼は?

彼自身はどうしたのだろうか。


彼があたし達を見捨てるとは思えない。

いつも斜に構えて他人と距離を取る彼だけど、一度受け入れた相手に対しては、むしろ献身的とも言える行動を取る。そんな彼だからこそ、あたしは好意をもっていたし、信頼もしていた。


嫌な想像があたしの脳裏を過る。彼がここにいない理由。

彼に何かあったのではないか。もしかしたら、彼はもう…


(それ以上はダメ。 考えちゃいけない)


最悪の結末を頭から振り払い、思考を切り替える。

今は、どうやってこの事態を切り抜けるかを考えないと。


王国はあたし達を魔族と戦わせようとしている。

そんな恐ろしい事をあたし達にさせようとしているのだから。




魔族。

魔神の眷属で魔法や魔術に長けた種族。

彼らは、この世界で最も発展した種族であり、その英知を使って世界を征服しようとしているらしい。


それに抗うための勇者召喚だ。

勇者のヒデちゃんだけじゃない、巻き込まれて召喚されたあたし達も一緒に戦わなければならない。

何故ならあたしとクミも召喚された際に特別な力を与えられていたからだ。

あたしには魔術師の才能が、クミには錬金術師の才能があった。


人間で魔術や錬金術に長けた者は希少らしく、お陰であたしとクミも勇者のヒデちゃんに負けず劣らずの好待遇を受ける事ができた。

挫折に苦しむヒデちゃんとは裏腹に、あたしとクミはその才能を開花させていった。


それも悪かったのかもしれない。上手くいっている私達に、ヒデちゃんは弱音を吐けなかったのではないだろうか。

だから、あっさりと他の女に引っかかってしまったのかもしれない。

弱った男性は、全てを許して甘えさせてくれる女性に縋ると、どこかの恋愛小説に書いてあった気がする。




それはともかく、それなりの力を付けたあたし達は実地での訓練を始める事になった。

だが、結果は芳しくなかった。ヒデちゃんが足を引っ張ったのだ。

あたしとクミは魔術師と錬金術師、つまり後衛だ。前衛であるヒデちゃんが、魔物を私達に近付けないよう戦いをコントロールしなければならなかった。


「ゴブリンなんて雑魚の代名詞だ。 俺一人でだって倒せるさ!」


だけど、ヒデちゃんは魔物を倒す事に夢中になり、あたし達への配慮を怠った。同行していた騎士団の人達のおかげで事なきを得たが、ヒデちゃんは隊長さんからキツイお叱りを受けていた。


「雑魚との戦いでお前が出張る必要は無い! 後衛に任せておけばいいのだ!」


勇者の仕事はボスとの決戦らしい。そこまで力を温存するのも仕事の内なのだ。

何か矛盾しているように聞こえるけれど、要は出番までは後衛を守る事も含めて、防御に徹していろと言う事のようだった。


あたし達後衛の仕事は、そこまで勇者を連れていく事。大量に現れる雑魚を魔術や錬金術で殲滅し、勇者の力を温存する。

そして、いざボスとの戦いにおいては、勇者を守る盾となる事を要求された。


「――ふう」


そこまで考えたところで、あたしは溜息を吐いた。


(彼らは本気で言っているのかしら? 何故あたし達がそんな事をしなければならないと言うの?)


あたし達がこの世界のためにそこまでしなければならない理由は無い。

ヒデちゃんは「異世界召喚もの来たぜ!」なんて言って安易に引き受けてしまったけれど、これが終われば日本へ帰れるなんて本気で思っているのかしら。


(色々と腑に落ちない点が多過ぎるのよね)


人間は魔法や魔術に劣った種族ではないのか?

魔法や魔術が劣る人間に、どうして勇者召喚なんて大それた事ができたのか?

人間の魔術師や錬金術師は希少だと言う、なら勇者召喚を行ったのは誰?


魔術を習得中にそれとなく疑問を投げかけたけど、明確な答えは得られなかった。

宮廷魔術師だと言う講師に行えないのなら、誰が行うと言うのか。

更に言えば、あたしはそんな講師を一月足らずで追い越してしまった。

いくら魔術に劣る種族だと言っても、これは酷過ぎる。

何か裏があると言っているようなものだ。


だけど、それを追求する事ができない。

ヒデちゃんはあの通り当てにできないし、クミはそんなヒデちゃんにショックを受けて弱っている。でも、あたし一人では限界があった。







(ああ、こんな時にあなたがいてくれたら…)


ここにはいない友人に、あたしは生まれて初めて弱音を吐いた。


(――会いたいよ、カミくん)







 

二章への足掛かり的なエピソードをこっそりと。

二章は週一か二で投稿したいところです。

 

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