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01-11 十年後

魔神の因子の活性を解いたら俺の外見は、ほぼ元通りになった。

ほぼと言うのは、右前髪だけが銀髪のままだったからだ。メッシュと言えば解るかな。イケメンなら似合うだろうが、俺には似合わない事、間違いなし。


「まあ!チロちゃん、カッコいいわ!」


だと言うのに、フィン姉は目覚めて一番、こう言った。きっと、この人は俺が何をやってもこう言うのだろう。嬉しいような、くすぐったいような、妙な気分だ。


「ありがと。フィン姉、体は大丈夫?」


俺に言われて、フィン姉は自分に何が起きたのかを思い出したようだ。

それを忘れてまず俺を褒めるとか、天然にも程があるだろう?


「ケイトちゃんは!?無事なの!?」


「大丈夫、怪我はベル母様が治したから。今は隣で寝てるよ」


フィン姉は部屋を見渡し、隣で静かに寝息を立てているケイト姉を確認して安堵の息を吐いた。


「ベル母様とアリスと交代で二人の様子見てたんだよ。今は俺の番って訳」


因子持ちでメイドのマリアが死んだために、今この城にはその手の仕事ができる人材がいなくなってしまったのだ。王族の私生活にまで入り込んでいたメイドは彼女だけと言う事だった。


「二人とも心身に別状は無いと思うけど、もう少し寝てた方がいいよ」


フィン姉は、俺の言葉に少し考えてから頷くと、俺を手招きした。


「ん?」


何だろう? そう思って近付いた俺の首に、フィン姉は腕を回して抱き寄せる。


「ありがとう、チロちゃん。チロちゃんが助けてくれたのね?」


そう言って、ぎゅううっと俺を抱き締める。

俺だけじゃない。ベル母様とアリスも一緒だった。

でも、それを口にする前にフィン姉が言葉を続けた。


「大好きよ、ずっと傍にいてね」


そう言うと満足したのか、また寝てしまった。

何だったんだ…


「…見せ付けてくれるじゃない」


背後からの声にビクリと背中を震わせる俺。何も疚しい事は無い筈なのに何故だ。

振り向くとケイト姉が目を覚ましていた。


「ケイト姉!体は大丈夫?」


俺は慌てて声を掛けたが、ケイト姉は無言で俺を見ているだけだ。


(あれ、機嫌が悪そう?)


首を傾げる俺に、ケイト姉は手招きする。


(何なんだ)


近付いた俺をケイト姉は強引に抱き寄せる。


(またか!)


そう思って身構える俺の首を両手で固定すると、ケイト姉は俺に口付けした。


(――!?)


額に柔らかな感触。

正直、驚いた。ケイト姉はクールな印象で、こう言った直接的な行動には出ない人だと思っていたからだ。


「あたしだってフィン姉さんに負けないくらいチロの事が好きよ」


そう言って含羞(はにか)んだケイト姉は可愛かった。

普段の凛々しい姿とのギャップが凄い。自分の言葉に先程の行為を思い出したのか、ケイト姉は慌ててベッドに潜り込むと寝てしまった。


(俺、五歳児の筈なんだけど…)


二人共ショタなんだろうか。思わぬ展開に驚きが抜けない俺だった。







その日の夕飯の後、俺は家族にこの世界と自分の身に何が起きたかを語った。

この世界が異世界の神に侵略されている事。

ユスティスだけが、それに気付いて対抗できる事。

彼に代わりこの世界を守るため、ユスティスの化身になった事。


「それで、あの力なのね」


納得した、と言う風にベル母様が言った。


「マリアが…」


事の次第を話す以上、マリアの話は避けて通れなかった。事情を知ったアリスの顔が曇る。それでも健気に涙を堪えていた。


「チロちゃん、ユスティス様の代わりって、異界の神と戦うの?」


フィン姉が俺に聞いてくる。


「そうなるよ。でも、幸いユスティスと俺は奴らを見破れるから」


大丈夫、やれる筈だ。


「でもチロは、まだまだ子供じゃない」


ケイト姉が反論する。


「あたしも一緒に手伝うからね」


ああ、それが言いたかったのね。確かに一人より心強い。


「もちろん、私も手伝うわ」


ケイト姉に続けてそう言ったのはベル母様だ。


「え、ベル母様、仕事は?」


「仕事って、これは魔神様からの依頼なんでしょう?私が率先して手伝わないでどうするのよ」


そういうものなのか?


「それで、チロちゃんはどうしたいの?」


またフィン姉が聞いてきた。


「自分を鍛えるのは今までと変わらないけど、これから十年以内に魔国から異界の神の使徒を一掃したいな」


そうしないと安心してヒデ達の元に行けない。この国は常に平和であって欲しい。


「では、その方向で調整しましょう」


ベル母様が宣言する。姉達は揃って頷いた。


こうして魔国は密やかに激動の十年を迎える事になる。

俺自身の強化に、魔国の安全を図る。それに十年と言う時間の大部分を費やすのだった。













「“操られる道化(マリオネットピエロ)”」


俺は技の名を口にする。

自分を厨二病と思ったことは無いが、言葉に出すと凄くしっくり来るんだよ。


魔神の因子を活性化させた俺は見た目からしてピエロっぽい。髪は黒と銀の二色だし、どことなく色毎の房に分かれて見えるしね。

心の師ハリー・フーディーニもそんな仕事をしていた時期があるって言うし、俺にはお似合いかもしれない。


それに気付いてからは、むしろ積極的に道化(ピエロ)と言う言葉や動作を取り入れて来た。この“操られる道化(マリオネットピエロ)”もその一つだ。

ベル母様に教わった“操り人形(マリオネット )”を基にしているのは言うまでも無いだろう。同様に反応速度や正確性を上げる事は勿論、そこにピエロの動作を混ぜて幻惑するのだ。


何だ、しょぼいな。今、そう思っただろう?

だが、それは間違いだ。俺は自分が肉弾戦に向いていない事を自覚している。

それに、ただ勝つだけなら“精神破壊マインド・バースト”で充分だ。


操られる道化(マリオネットピエロ)”の狙いは他にある。

この技は、周囲を催眠に陥れ無力化する事に優れているのだ。

手順を踏んで、徐々に催眠状態に持っていく事で、後遺症も無く対象を安全に無力化できる。手間は掛かるが、後味が宜しい。実に俺向きと言える技なのだ。


まあ、もっと恐ろしい使い方もできるんだけどな。小心者の俺には、こっちの方が望ましい。


「降参よ、チロ。 技を解除して頂戴」


自分の考えに耽っていたら、ベル母様が降参を宣言した。

それに頷きを返し、俺は指を鳴らして催眠を解除する。


「分かった」


“パチン!”


すると動きを止めていたベル母様の体が弛緩する。


「ああ、もう。 すっかりチロには勝てなくなっちゃったわね」







あれから十年経った。

使徒共は、魔国から一掃した。

もっとも、元からそれほどの数はいなかったけどな。

見破れるのが俺だけなので、そこに時間がかかったんだ。


自分の修行も順調だった。

ある程度の戦闘にも耐えるようになってからは迷宮に赴いた。

無論、成人前なので特別待遇だ。

実地で鍵開けや罠解除の数を熟していった。


迷宮でのパーティーメンバーは、勿論と言うか、家族達だ。

俺は自分の威圧をコントロールできるので誰とでも組めるのだが、家族はそれを許してくれなかった。

まったく、仕事しろ仕事。


しかし、その実力は申し分無く、実に順調だった。

前衛はベル母様。

魔法師はフィン姉。

魔術師は当然、ケイト姉。

そして、錬金術師はアリスだ。

アリスは、自分だけ留守番になるのが嫌で、猛特訓していた。

それは同様に修行している俺が見ても引いてしまう程強烈な特訓だった。


魔王とその因子を持つパーティーメンバーとは凄まじく、この十年で迷宮攻略は十層も進んでいた。


今、大した事無いと思っただろ?

だが、そうじゃないんだ。

迷宮は一層攻略するだけでも数年掛かるものなのだ。

一層を攻略するのに五年、十年掛かる事はざらだと言う。

他国なら二十年、三十年掛かるのが普通らしい。

前回、二十年で騒いでいたのは、その間に1ミリも進んでいなかったからだ。

少しずつでも進展していれば、あそこまで深刻にならなかったそうだ。


閑話休題。


結果として、俺は一流パーティーとの戦闘や連携を経験した。

これでヒデ達と組んでもやっていけるだろう。


またユスティスの因子を活性化する事にも慣れた。

事件はパーティーを組んでいる時だけ起こるとは限らない。

一人の時でも自分の身を守れないようでは、家族は安心して俺を送り出せないだろう。そんな時に頼れるものとなると、やはり化身の能力だった。

まあ、その努力の結晶がさっきの技だ。

色々と応用できる便利な技になったと自負している。

無論、それだけじゃない。他にも色々作ったぜ。まあ、その辺は追々な。


「仕方ないわね。 約束だし、国を出る事を許可するわ」


そう、実は今、ヒデ達の元に行くための試験を行っていたのだ。

一人で家族全員に勝てたら許可をくれると言う条件だった。


「ありがと、ベル母様。 姉さん達も文句無いよね?」


そう言って俺は周囲を見渡す。

ベル母様は立ったままだけど、姉さん達はへたり込んでいる。


ベル母様の容姿は十年前と少しも変わらない。

二十歳そこそこにしか見えない美しさだ。


フィン姉も若々しい。

十年経っていると言うのに二、三歳くらいしか歳を取っていないように見える。


ケイト姉も同様だ。

十年前は中学生だった外見が大学生になった。

ワンレングスは相変わらずだが、それがとても似合うようになっている。


アリスだけが歳相応に成長していた。

十六、七ほどの美少女だ。


魔族は二次性徴を終えるくらい――女性なら十六、七歳――から一気に老化しなくなるのだそうだ。

そして寿命は人間の倍以上、二百五十~三百歳になるとか。

リアルエルフか。と言ったら、エルフは別にいるのだそうだ。

やっほい! その内、見に行こう。


他にもドワーフとか獣人とかファンタジーの定番は一通り取り揃えているらしい。

異世界万歳!


冗談はさておき、俺もまたかつての姿を取り戻していた。

むしろ、あの頃より少し逞しいと思う。修行した甲斐があると言うものだ。


「チロ、本当に出て行っちゃうの?」


泣きそうな顔でアリスが言う。

彼女は美しく成長した。

そんな顔で迫られたら、俺なら一発で落ちると確信している。

だから、俺は視線を外して言った。


「ああ、行かなきゃならないんだ。 ここで行かなかったら、きっと俺は俺じゃなくなってしまう」


俺的に言ってみたかったセリフ、No.2だ。

ああごめん、俺やっぱり厨二病だったわ。


「なら私も一緒に行く!」


「ダメ、却下」


「どうしてよ!?」


アリスも一緒に、なんて言ったら家族全員が付いて来る事態になりかねないからだ。

我ながら愛されていると思うが、ヒデ達を元の世界に戻すまでは帰れない。

仮に戻す方法が無かったとしても、彼らの安全を確保できるまでは帰れない。

言い換えれば、彼らを元の世界に帰すか、安心して暮らせる場所を確保できれば帰って来られるのだ。


「用事が済んだら帰って来るよ」


だから、俺はこう言う。無論、本心だ。


「それはいつ?」


むぐ…

それを聞かれると弱い。


「用事が済んだらだ」


俺は再度同じセリフを言う。アリスは憮然とした。


「アリス、そこまでにしなさい」


見兼ねたのだろう、ベル母様がアリスを窘めた。


「お姉ちゃん達はチロがいなくなっても寂しくないの!?」


アリスが、それまで抑えていた感情を露にした。


「寂しくない訳ないでしょ」


ケイト姉がそれに答えた。


「寂しいけど、これはユスティス様の頼みと言うだけじゃないの。チロちゃん自身の願いでもあるのよ。ね?」


フィン姉がそう言って俺に視線を向ける。


「ああ、そうだ」


俺は頷き、同意を告げる。

だから待っていて欲しい。俺はちゃんと帰って来るから。


「チロ。二つだけ約束して頂戴」


会話を終わらせるべく、ベル母様が俺に会話を振って来た。


「何?ベル母様」


「絶対に無事に帰ってくる事」


「うん、もちろん。それから?」


「よそに女を作らない事」


ぶふぉっ!?


「な、何だよ、いきなり!?」


「いきなりじゃないわ。ずっと考えていたのよ」


ずっと!?


「国を出て、その間に女を作って、帰って来たと思ったら『この女性(ひと )と結婚します』なんて言われたらどうしようって」


そんな事を考えていたのかよ!しかも、ずっと!?もっと他に考える事あるだろ!?


「そんな事になったら、私は世界を滅ぼさないでいられる自信が無いわ…」


脅しかよ!?

他の三人も、うんうんって頷いてないで止めろよ!


「分かったから!大体、女なんて作る暇無いから!」


俺はモテないんだよ!

言わせんな、こんな事!自慢にもなりゃしない。


まったく、最後の最後で変な話になった。







ま、兎にも角にも準備は整った。

さあ、ヒデ達を迎えに行こうか。







――あれ?

そう言えばあいつら、人間の何て言う国に召喚されるんだっけ…?







 

一章終わり。


私事ですが、仕事が期末に入り忙しくなってきたので更新頻度が下がります。

いえ、最初からゆっくりと宣言してはいましたけどね。

一章は言わばプロローグの続きなので早く終えたかったのです。

本編である二章からは、のんびり気長にお付き合い下さい。

 

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