01-09 覚醒(2)
それは解った。だけど、解らない事がある。
『何がだい?』
どこまで本気か、ユスティスが聞いた。
「俺は?」
『うん?』
「俺は何でそんなのに巻き込まれてんの?」
『だって、自分から巻き込まれたいって言ったじゃないか』
「言った覚え無いわあああぁぁぁ!!」
そんな事を理解していて、なお巻き込まれたいと思う程、俺は酔狂じゃねえ。
『そうかい? よーく思い出してみて?僕は基本的に不干渉って言ったよ。その僕が、こんなに声をかけてくるって、おかしいとは思わなかったのかい?』
む。それは確かに。
『君は、僕に何て言った?』
「それは…」
――ヒデ達を助けたい
『そうだね。じゃあ何故、君の友達はこの世界に召喚されたと思う?』
そう、そこが不思議だった。迷宮を攻略させるためだって言うなら解る。
でも、ヒデ達が担うのは魔国との戦争だ。それは何故――――
「――おい、まさか……」
『それを画策しているのは使徒だよ。魔国を衰退させる事で、邪魔な僕の力を削ぎ、ついでに人間の国々も疲弊させるつもりなんだ』
「だから俺を…」
『奴らの中枢に入り込んだ勇者君を助けたいんでしょ?なら僕らの利害は一致するよね』
なんてこった…
漸く全てが繋がった。
何が化身だ、これじゃ唯の道化じゃないか。
『でも、君の望みは叶うよ』
ああ、それだけが唯一の救いだ。
あの時。
俺だけが十歳老けても構わないと思った。
それがこの案の罠だと思って、だけどそれでもいいと覚悟を決めた。
でも過去に戻ってみたら、体も若返っていてほっとした。
良い事尽くしだと安心したら、罠は別にあったって訳だ。
あの時。
この話を聞いていたら、俺はこの十年前に来なかったか?
そんな事は無いと思う。そんな事は無いと思いたい。
俺の思いは、そんな安っぽい物じゃないと信じたい。
ならいいだろう。
化身にでも何でもなってやる。
今から俺は、月の道化だ。
『覚悟は決まったかい?』
「ああ」
『じゃあ早速だけど、僕の因子を活性化してみてくれる?』
軽いな、おい!
俺の想い、俺の覚悟、ものすっごく軽く扱われたわ。
「…どうやるんだよ」
言っても無駄だと思って不貞腐れながらもやり方を聞く。
『こう集中して、「はああぁぁぁ!」って感じ?』
気合いかよ!てか、何で疑問形なんだよ!
『いいから、いいから。ささ、やってやって』
こ、こいつは…
――ふう、もういい。
「こうか? ……はあああぁぁぁっ!!」
“ぼうっ!”
よく解らないが、自分の体に何か変化が起きた事だけは理解できた。
『おー、中々上手にできたね。ささ、これ見て、これ』
そう言ってユスティスが鏡を取り出した。
お前はアパレルショップの店員さんか。
「どこにあったんだよ、この鏡…」
鏡を覗き込むと、微妙に変化した俺がいた。
目を引くのは、まず髪だ。右半分だけ銀髪になっている。
次に、目。左目が金色になっていた。
要は、髪が右半分と、左目だけがユスティスと同じ色になっていたのだ。
「何、この半端具合は?」
『まだ全てが覚醒するには至っていなかったんだね』
その口ぶりは予想していたんだな、こいつ。
『うん、でもその内馴染んでくるからね』
軽い。とことん軽いぜ、こいつは。
『使徒相手なら、それで充分過ぎるよ』
「ああ、そうかい」
随分と心強い助言をありがとうよ。
『完全覚醒すれば、奴とも戦えるから、安心していいよ』
――おい。親玉まで俺にやらせるつもりかよ。
『簡単に僕の力を説明しておくね』
「お、おう。そりゃ大事だな」
何も知らずに、どう戦うつもりだったんだ、俺ぇ。
『まず、君は僕の化身になりました。つまり、基本的に僕と同じ力が使えます』
「お、おう」
神様と同じとか、きっと凄いんだろうな。
『まず魔法師としては最高位になります。契約する神と同じなんだから当然だよね』
そうか…そうだな、それは凄そうだ。
『既存の魔法師と比べたらいけないレベルだよ。使う魔法は精度、強度、深度、共に桁が違うからね。むしろ使う時は注意してね』
おおお、いきなりチートだよ。これぞ異世界ものだよ。
『あと詠唱もいらないよ。でも慣れるまではイメージの補佐に詠唱してもいいかもね』
いいねいいね。それらしくなって来たじゃないか。
『次ね。あらゆる偽りを見抜きます。幻覚、幻影、変装、嘘も全て見破ります』
「ああ、さっきのアレな」
『これは魔王も持っているよ。効果は君より大分劣るけどね』
「おいい!?」
やばくね? それ、やばくね?
俺、ベル母様に嘘言ってないよな!?
『そこも、君が彼女に気に入られた理由じゃないかな』
「え? 何でそうなるんだ?」
『謁見の場でさ、君は嘘を言わなかったけど、本当の事も隠していたよね?』
「あ、ああ。確かに敢えてそうしたな」
『それが好ましかったんだと思うよ』
何で?何でそれが好感度UPに繋がるんだ?
『全てを正直に伝えるのはバカのする事だよ』
酷え言い草だけど、まあ言いたい事は解る。
『でも、嘘も良くない。嘘を吐かず、でも真実は隠すって実は難しい事だよ』
「なるほどなあ」
『更に言うと、家族になってから本当の事を教えたでしょ?あれがポイント高かったよね』
「何のポイントだよ!?」
『もちろん、好感度』
おおう。
『まあ、あの謁見はいくつもの分岐が隠れていたんだけど、一番いい結果を導き出したと思うよ』
「そ、そうか!?」
『うん、見事だったよ』
へへへ、何だろう、素直に嬉しい。
『で、次だけど、ここからは魔王には無い能力ね』
お、何だろう。
『自分の言葉を無条件で真実と思わせる事ができます。相手は全く疑わず信じ込むよ』
こわっ!その能力怖いわ。
『但し、この力は魔王には効果がありません。因子持ちには効果が薄いよ』
「なるほど。家族以外の因子持ちには注意が必要だな」
家族に対して使う気は無いし、魔国で使う事も無いと思うけど、一応な。
『ここからが本当に本題』
「まだ何かあるのか?」
『魔神だけの、スペシャルな力があるよ』
「おお、何か凄そう」
『魔力無限』
「キタコレ!チート能力!」
『魔力の可視化。これは罠を解除したい君には持って来いだね』
「ん?何でだ?」
『魔力を用いた罠は魔力回路を使って作動させているからだよ。むしろ何で君は、この力を覚醒させていない内から解析できちゃってるの?培った勘と経験だけでそこまで分析できるって凄いんだけど』
「日本には“好きこそ物の上手なれ”と言う諺があってだな――ああ、そうだよ!他にやる事が無かったんだよ!泣くぞ、ちくしょう」
それでも、この能力はありがたい。仕組みや回路が可視化できるなら、態々イメージを作らなくても実物を見て解析できるって事だ。これ以上の物は望めない程だ。
『次は魔力操作。魔力を自由自在に操れるよ。これは君のイメージ次第でどんどん使い方が広がるね』
おおお、これまた便利そうなのが来たじゃないか。
使い方次第ってのは言い換えれば俺次第で良くも悪くもなるって事だ。
気合い入って来た。絶対モノにしてやるぜ。
しかし、ここまで聞いた限りだと、直接戦闘に使えるのが無いな。
この後すぐ戦闘から再開する事が決定している身としては何か欲しいところだ。
そんな俺の心を読んだのか、ユスティスが何やら含みのある目を俺に向けた。
『ふふふ、お待たせしたね。物凄いのがあるよ』
まじか!あるのか!
ここまで引っ張るとは意地の悪い奴め。
「な、なんだよ。勿体ぶるなよな」
『じゃあ言うよ?――精神破壊。及び治癒。それも単体、範囲は自由自在』
おおお、すげーのキター!
「来たよ!これだよ!直接戦闘向きなのもあるじゃないか!」
『でも、使い過ぎると自分の心も壊れるから注意が必要だよ』
「使えねえんだよ!!」
何だよ!糠喜びかよ!ああ、確かにある意味、俺にお似合いだよ!
『まあ、揶揄うのもこれくらいにして』
「ひどっ!?酷過ぎるだろ、この扱い」
『基本的に精神、魔力に関する力が使えると思えばいいよ』
「いきなりアバウトになったな、おい」
『どんな能力になるかは君のイメージと精神力次第だよ』
魔力は無くてもいいのかよ…ああ、無限なんだっけ。
『じゃあ、元の場に戻すよ?』
「すー、はー、…ふう。 いいぞ、やってくれ」
深呼吸して、俺は覚悟を決める。
『うん、じゃ僕の化身として頑張ってね』
「やる気無くすような事言うんじゃねえよ」
『酷いなあ』
「……ありがとうな、感謝してる」
一応、礼は言っておく。感謝しているのも本当だ。
いつも何かに文句ばかり言っていた俺だ。自分の気持ちを相手に伝えるのは苦手なのだ。
『素直じゃないね』
うるせえ。
と、文句を返したところで俺の視界が暗転した。
「チロォォォオオ!」
アリスの悲鳴が聞こえた。
って、ここからかよ!どうせなら怪我する前からにしてくれよ。痛いだろ。
そんな事を考えている内に、使徒はアリスに向き直る。
くそ、結局戦いに使えそうなのは一つだけかよ。これが済んだら能力の使い方を考えないといけないな。
「チロォ!」
アリスが俺に覆い被さった。
いや、お前逃げろよ。俺が助けた意味ないだろ。
だけど俺の心は喜びで満ちていた。
アリスは――アリスもまた心の底から俺を家族と思ってくれている事が分かったからだ。
「“精神破壊”」
俺は力を解放する。
手応えがあった。…吐きそうだ。きっと、今の俺の顔は血の気を失って真っ青に違いない。
俺の心に直接、使徒の心が壊れた感触が襲いかかった。
そりゃ、こんな事を何度も続けたら自分の心が壊れるわ。
“どさり”
使徒が倒れた。
心が死んでいるんだ。こいつはもう無力だ。
「――ふう、やれやれだ」
「チロ!?大丈夫なの!?痛くない!?」
「ああ、大丈夫だ」
やられた傷は、もう治っている。勿論、魔法師の治癒魔法だ。
初めてなのに詠唱無しで使えてしまった。ほんと、神様ってチートだな。
「チロ、どうしちゃったの?その姿は…」
アリスが呆然と俺を見ている。そりゃそうか。いきなり、こんな姿になってたら驚くよな。
うーん、何と説明したものか…
「チロ!アリス!あなた達は無事!?」
そこにベル母様が駆け込んできた。
「ベル母様、俺達は無事だ。その口ぶりは、ベル母様も襲われたのか?」
「え、チロ!?その姿は…」
「え、えっと、これはその…」
だから、何て言って説明すればいいのか、まだ決まってないんだよ。
「――そう、魔神様ね?」
「う、うん」
さすが、ベル母様。俺の姿を見ただけで、俺の身に何が起きたのか理解してしまったようだ。
「それより、ベル母様、何があったんだ?」
何とかその場を取り繕って先を促す。
「そうね、それを話さなくちゃね」
ベル母様も気を取り直したみたいだ。
「落ち着いて聞いて頂戴」と前置きした上でベル母様が語った事は――
「フィンとケイトが迷宮内で消息を絶ったのよ」
――二人の姉が行方不明と言う一大事だった。