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01-07 齟齬

驚愕の事実が判明した。

なんと迷宮には十五歳にならないと入れないのだ。例の国家資格が、成人してからでないと受験できないらしい。


とは言え、もうその程度で落ち込むことは無い。何せ、まだ戦闘訓練すら終えていないのだ。そんな現状で焦ったところで無駄である。充分やっていけるだけの実力を身に付けてから考えればいい。

つまり、いつもと変わらず勉強と訓練の毎日だ。


そんな日々は充実していた。

何でだろうね?日本にいた頃と違って、勉強も訓練も苦痛じゃないのだ。

別に何でもスラスラ理解できる訳じゃないし、戦闘訓練は痛いし苦しいし、罠の訓練は楽しいけど遅々として進まないし、魔法や魔術は相変わらず使えない。

でも苦痛じゃない。むしろ楽しくすらある。

その答えは、まあ、何となく解っている。信頼できる家族がいるからなのだろう。







「ふん、ふん、ふん~」


「楽しそうね」


アリスがぼそりと呟いた。

おっと、つい鼻歌が出てしまったか。

今は錬金術の講義中だ。しっかり集中しなくては。

いや、別に集中していない訳じゃなかったんだが。


「悪い、最近なんだか毎日が楽しくてな」


「ふ~ん…いいなあ」


おや?


「アリスは何か不満でもあるのか?」


「うん」


それは良くないな。毎日は楽しくあるべきだ。この俺のように。


「話してみろ。聞くだけは聞いてやるぞ。俺で良ければ力になってやる」


アリスは大事な家族だ。

アリスが楽しく暮らせるためのお手伝いなら、喜んでさせてもらおう。


「ほんと?」


「ほんと、ほんと」


アリスの表情が輝いた。

お、中々いい感触じゃないか、その調子だ。さあ、俺に悩みを聞かせて御覧なさい。


「アリスお姉ちゃんって呼んで?」


「却下」


すまん、それだけは聞けないのだ。素直に諦めて欲しい。

そして忘れるんだ。お互いの心の平穏のために。


「何でよ~~~~!!」


「と言うか、まだ根に持ってたのかよ」


「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 何でも聞いてくれるって言ったのに!」


嘘つきと連呼しないで頂きたい。人聞きの悪い。


「嘘つきじゃないぞ。 聞くだけは聞いてやると言ったんだ」


「力になるって言った!」


む。それは確かに。


「そこはアレだ」


「何よ!」


「前言撤回」


「訳分かんない!」


済まないな、アリス。これが大人の汚いやり口なんだ。政治家と言い換えてもいい。

類似語に『記憶に御座いません』もあるぞ。

ただ、こっちは多少時間をおいてからじゃないと使えないと言う欠点が――


“コンコン”


おお、いいところに。


「おや、ノックだ。はーい」


「逃げるなー!」


俺の返事が聞こえたのか、メイドさんが入ってきた。


「失礼します」


ん?この城に、こんな人いたっけ?

この城、それも王族の居室に入るためには魔王の因子を持った者でなければならない。

王族程ではないが因子持ち。そんな人間がここにはメイドとして勤めているのだ。

当然、絶対数が少ないから忘れるほど人は多くない。

と言うか少ない。笑っちゃうほど少ない。

ああ、そうか。新人さんかもしれん。


「…マリア」


このメイドの名前か?

あれほど騒がしかったアリスが、大人しくなって呟いた。


「お嬢様、廊下にまで声が聞こえていましたよ。淑女にあるまじき振舞です」


「う…あたしのせいじゃないもん」


「人のせいにしてはいけません」


「うう…」


自分が悪いと言う自覚があるからだろう、どうにもアリスの旗色が悪かった。

俺に目で助けを訴えてくる。


「ま、まあまあ。今回は俺のせいでもあるので、それくらいにしてあげてくれないかな」


メイドは俺を一瞥すると、これみよがしに溜息を一つ吐いた。

何だよ、性格悪いなコイツ。


「ではイチロー様に免じて、今日はこれくらいに致します」


そう言うとメイドは出て行った。


「何だか性格悪いな、アイツ。アリスの教育係なのか?」


「えっ!? そ、そうだけど、チロ…何を言ってるの?」


何故かアリスが凄く吃驚した顔をしている。


「何って?」


「イチロー、何度もマリアと会ってるじゃない。忘れたの?」


はあ!?どういう事だ??




あれからアリスに詳しく聞いてみたところ、あのマリアと言うメイドは、アリス付きで、アリスがもっと小さい頃から面倒を見てきた養育係でもあるそうだ。

そして俺とも何度も会って、話をした事があると言う。


「大体、初めて会った時…そうよ、あの牢獄階でチロが脱走した時!マリアは、私と一緒にいたじゃない!」


それはよく覚えている。あの時に不思議の国のアリスみたいって思ったんだからな。

あの時、確かにもう一人誰かいたような気はするんだ。うーん、思い出せない。

よっぽど印象が薄い人だったのか?あんな()()()()()なら忘れそうもないんだけどなあ。







結局、いくら聞いても思い出せなかったので諦めた。アリスは呆れていたが。

昔から切り替えだけは早かったんだよ。後に残さないのが心の平穏を保つ秘訣だと思う。

今日も充実した一日だった。感謝して寝よう。


「ぐー…」




『やあ、こんばんは』


後に残りそうな奴が現れやがった。


『酷いなあ、僕はこれでも君の守護神なんだよ?』


だから心の声と会話するんじゃねえよ。


「契約してくれない守護神なんざいらん」


『そうは言うけど、君とは無理なんだよ』


「はいはい、才能が無いからですね」


『まあ、それはいいや』


この野郎、さくっと打ち切りやがった。


『今、君は幸せかい?』


「おかげさまで」


癪に障るが、本当にお陰様で。今の俺の幸せは、間違いなくコイツのお陰だった。

癪に障るが、本当に癪に障るが、感謝している。ありがとう。


『うん、もう少しかな』


「何がだよ」


意味不明だわ。


『今の調子なら、すぐに解るよ』


こいつ、何も説明しないつもりだな。


『じゃあ、一つだけアドバイスするね』


お、やっと役に立ちそうな情報をくれる気になったか。


『自分の目と記憶を信じるといいよ』


「だから意味不明なんだよ」


『じゃあね』


おいい!?




「…………」


夢見が悪かったせいか、実に清々しくない朝だった。







「おはよう」


清々しくない気分のまま、俺は食堂へ向かった。


「はい、おはよう」


「おはよう、チロちゃん」


「おはよう、チロ」


「チロ、おはよ」


我が家では、朝食と夕食はできる限り一緒に取る事、と家長よりお達しが出ている。

だから揃わない事は殆ど無い。むしろ偶に昼が少しずれるくらいで、全員がほぼ三食とも同席していた。


「チロ」


「何? ケイト姉」


朝食のパンとハムエッグを食べていると、珍しくケイト姉が話しかけてきた。昼や夜と違って、朝は皆余計なお喋りはしないで黙々と食べる事が多いのに。


「悪いんだけど、今日はあたしとフィン姉さんの講義は無しね」


「あれ、そうなの?」


「そうなの。 議会から要請が入っちゃったのよ。チロちゃんと会う時間が減って寂しいわ。チロちゃんも、お姉ちゃんと会えなくて寂しい?」


フィン姉が会話を受け継ぎ、甘々モードで聞いてくる。

勿論こんな時の答えは一つだ。


「うん、俺も()()()会えなくて寂しいよ」


「まあああ」(ぱあああぁぁぁ)


「あ、あら…」(もじもじ…)


フィン姉の輝くような笑顔に、ケイト姉のテレ顔頂きました。

ありがとうございました。


「…………」


ふと横を見ると、アリスの不貞腐れた顔も頂きました。

本当に、ありがとうございました。




「ところで議会の要請って?」


先程の会話で気になっていた部分をベル母様に聞いてみた。

フィン姉とケイト姉は食事を終えるとすぐに食堂を出て行ってしまった。実に忙しそうである。


「王国議会が正式名称ね。政治における王家と国民の意識のすり合わせを行う部署の事よ」


それは日本で聞いた、所謂一つの…


「中間管理職」


「その通りよ、よく勉強しているわね」


――偉い、偉い


そう言って頭を撫でられた。


「それで要請って何?」


「迷宮で、また進行を阻む扉が発見されたのよ」


「ふんふん」


俺の出番かな?


「その扉の鍵が入っていそうな宝箱を開けるのに優秀な魔法師を傍に待機させておきたいって訳ね」


「なるほど。じゃあ、ケイト姉は?」


「フィンの護衛ね」


「そっか」


俺の出番は無いらしい。って言うか、漢解除かよ! 体当たりかよ!

色々酷えなホント。

思うところは色々あるが、出てきたのは別の言葉だった。


「無事に済むといいね」


「そうね」


結局、俺が無力だからダメなんだ。こんな時、真っ先に声がかかるくらいにならないといけない。俺は更なる努力を誓った。







姉二人の講義が無くなったので、その時間は罠解除と戦闘訓練に充てた。

何と言っても、現状この二つが俺の一番の課題だからな。


“カチリ”


「いてっ」




充実した時間を過ごし、昼食を取るべく食堂に向かう。

すると廊下の端にアリスの姿があった。あいつも昼飯か。そりゃそうか。

特にスケジュールに変更が無ければ、皆この時間だ。


いつもと変わらない。

いつもと同じ光景。

だけど、いつもと違う絵面。


「何だ、あれ?」


アリスの脇に立つ…人物…?

あれを人と言っていいのか?

何だろう、見えたり消えたりしている異形の影。

強いて言うならエイリアンとかプレデターとか、そんな感じ。

人物と言うよりモンスター。うん、モンスターがしっくりくる。

それがメイド服を着ていると言う不思議。

なんかシュールだ。


「って、そうじゃない!」


俺は目一杯ダッシュした。


「アリス!!」




「チロ」


俺の声が届いたのだろう、アリスが振り向いた。

なんとなく嬉しそうに見えるのは自惚れだろうか。いや、今はそんな事はどうでもいい。

何故ならメイド姿のモンスターも一緒に振り向いたからだ。

何だろう、この下手な特撮を見ている気分は。


「チロも昼食でしょう?いくらお腹が空いているからって廊下を走ったら怒られるわよ?」


――ねえ、マリア?


そう言ってアリスは隣の()()()()()()微笑みかけた。







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