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05-10 秘策

 

 ――ここまで来れば楽勝だ


 そう考えていたのだが、敵も然るもの。そう簡単には行かせてくれないらしい。

 何しろ粘る。神ってのは、体力も無尽蔵なのか。

 肉体の基本性能では奴の方が上だ。手傷を負い、より消耗していくのは仲間達の方だった。


 確かに、場は支配した。

 しかし、終わらせるには後一手足りない。そんな状況のまま、ただ皆の疲労が蓄積していった。


「カミ君」


 サエが声をかけてくる。


「なんだ」


「みんなの動きが落ちてきたわ。もう限界なのよ」


 不安そうな顔を隠そうともせず、そう言った。そう言うサエも肩で息をしている。彼女も限界なのだ。

 分かってはいる。どれだけ傷を癒そうが体力は回復しない。いや、正確には、完全には回復しない、だ。

 前衛陣だけでなく、後衛も術を使い続ければ消耗する。疲労は確実に皆を蝕んでいる。

 俺とて、いつまでセレ姉と合体していられるか分かったものじゃない。奇蹟は長くは続かないのだ。


「カミくぅん」


 クミまで泣きそうな顔になる。


「大丈夫だ」


 だが、俺は悲観しない。

 この戦いの勝利条件。その条件を揃えるのは俺ではないと知っているからだ。


「俺は仲間を信じている」


 アイツなら、やってくれる筈だ。







 この戦いの勝利条件――それは言うまでもない。ダグラスの槍でレニアに止めを刺す事だ。それをするために必要な条件を揃える。

 だけど、それには――


『ジェス』


 俺の内からセレ姉の声が聞こえる。


 ――どうしたセレ姉、限界か?


『はい――ですが、間に合いました』


 ――本当か!?


『あなたの合図を待っていますよ』


 ――よし、やるぞ。セレ姉、力を貸してくれ!


『もちろんです』


 アイツのための条件を揃える。それに相応しいのはこれしかない!






「『“マリオネットピエロ”!』」






 “操られる道化(マリオネットピエロ)”。

 俺の切り札中の切り札。

 これまで、奴に知られることのないよう隠し続けてきた。ここぞという場面で対抗され、防がれてしまわないように。


 ここしかない。

 そんな場面で使うために。


 今がそれだ。


 そして、その効果は抜群だった。ほんの数瞬――しかし、確実に奴の動きが止まる。

 その数瞬の後――




 突然、レニアの側頭部が穿たれた。

 ()()は貫通し、レニアの頭部の両側面から噴水のように血が噴き出した。




 それをしたのはダグラス――では、勿論ない。


「――!?」


 ダグラスも事態を把握出来ていない。

 ダグラスはレニアの正面――レニアが常にダグラスを正面に取るように動いている――にいる。側頭部は狙えない。




 ――ォォォンン……




 しんと静まり返った戦場。その戦場で、微かな銃声が響いていた。


「これは――」


 ダグラスだけは気付いたようだ。

 いや、むしろダグラスにしか気付けない。だから、俺がタネ明かしをする。


「超長距離からの狙撃。こんな真似が出来るのは一人しかいないだろ」


 そう。こんな芸当が出来るのは、この世界で唯一人――シャドウだけだ。


「彼か!」


 使用した弾丸はウィルデカット謹製、ダグラスの槍と同じ金属で出来ている特別製だ。

 無論、ダグラスに頼んで“力”はチャージ済みだ。


「チロ! やっぱり彼を討伐メンバーから外したんじゃなかったのね!」


「当然だ。本気の俺を負かした唯一の奴だぞ。遊ばせておく余裕なんてある訳がない!」


 シャドウの強みは、やはり狙撃だろう。

 迷宮では彼の力を発揮出来ない。ならば迷宮の外で戦う以外にない。

 そのためだけに、ここまで念入りにお膳立てしたのだ。


『おお…お…』


 さすがにダグラスの槍と同等の弾丸を喰らって無事では済まなかったのか、レニアの足取りが覚束ない。


「効いてるぞ!」


「今だ、ダグラス!」


「おお! “ビースト・メイクオーバー”!」


 その掛け声と共にダグラスの体が黄金の体毛に覆われていく。そこに黒のストライプが加わり、見事な虎人間が生まれていた。

 以前、ここぞと言う場面でしか使わない――使えない――と言っていた“獣化”をここで使ってきたか。


『あああ!』


「危ねえ!」


 ヒデが悲鳴を上げる。ダグラス目掛けてレニアが盾を振り回したのだ。頭部に一撃喰らったとは言え、レニアはまだ戦えるようだ。


「まだ力あるぞ、慎重に行け!」


 それはダグラスも分かっているのだろう。だからこその“獣化”だ。

 しかし、勝敗は決したと言っていいだろう。

 全盛期の力を失い、致命傷に近い傷を負ったレニアと、ここまで温存していた切り札を切ったダグラス。

 すぐに天秤はダグラスに傾き、ヒデと俺の声援を受けたダグラスは、大きく槍を振りかぶる。

 もはやレニアに避ける力はない。


『うあっ』


 しかし本能か、両腕を顔の前で交差させ頭部を防ぐ。


「はあっ!」


 しかし、構わず槍を振り抜くダグラス。レニアの反応を読んでいたのか、ダグラスが狙ったのは頭部ではなく、その心臓だった。

 狙い過たず、槍はその心臓を串刺しにした。


 ――ィィイイイィィンン


「うおおおおお!」


 ここまで温存していた“力”まで放出しているのか、ダグラスは雄叫びを上げる。


『ああああああ!』


 喰らうレニアも同じような――但し、こちらは悲鳴だ――声を上げていた。

 すぐに耳や鼻、口と――果ては目からもブスブスと煙を上げ、断末魔の痙攣を繰り返す。


 ――どさり


 やがてレニアは倒れた。もうピクリとも動かない。


「――はあっ、はあっ、はあっ」


 息を切らし、ダグラスもまた膝を突いて倒れた。

 どうやら全力を使い果たしたようで、“獣化”も解けている。


「やれやれ、やっと終わったか」


 長い戦いだった。

 いや、ほんと。もう、こんなのは金輪際なしにして欲しいね。


『ジェス!』


 気を抜いたところに、セレ姉の警告が脳内に響いた。




『……こ、こらえた……ぞ』




 気が付けばレニアの上半身が起き上がっていた。

 まさか、あれに耐えたのか!?


『やって…くれたな……まさか、ここまで……追い詰められるとは』


 ゆっくりと、しかし確実に立ち上がるレニア。


『…あ、ああ! …ジェス、もう限界です…』


 悲鳴のような声を上げて、セレ姉が俺から離れていく。

 空を見れば皆既日食は終わり、夜もまた終わりを告げるかのように日の光に浸食されていた。

 まずい、もう打つ手がない。


 ――どうする? どうすればいい?


 俺の策は――もうない。

 ダグラスに止めを刺させればそれで終わると思っていた。まさか、奴がそれに耐え切るなんて想定していなかった。どうすれば…


 ――ィィイイイィィンン


『ぐああああああ!?』


 必死に頭を回転させる俺を余所に、レニアが悲鳴を上げた。

 何だ! 今度は何が起きた!?




「う~~~~~!」




 誰かが唸っている。


 ――ィィイイイィィン


 同時に聞こえる微かな甲高い音。


『がああああああああ!』


 その音に合わせるようにレニアが悲鳴を上げていた。


「う~~~~~!」


 その傍。

 可愛らしい声で唸っているのは――




 ――ラウだった。




 その小さな手は、レニアの胸に刺さったままのダグラスの槍を掴んでいた。

 その光景に、俺の頭にかつて聞いた言葉が蘇える。




 ――兄ちゃんは巫女様にしか使えない筈の金気(ごんき)を使えるんだぜ!

 ――これを操る事で、金属を変質させたり意のままにできるんだ!




 そうか、あれは金気による金属操作だ。

 かつてワイルドに聞いたダグラスの力。それとは似て非なる能力。虎族の固有神聖魔法!

 一族の巫女のラウならば、十全とは言えないまでも、槍の力を引き出せるのか!


「う~~~~~っ!」


 半ば泣きながら、それでもラウは必死に魔力を籠める。

 これは、いけるかもしれない。

 ならば、俺に出来ることは一つ。俺は自らの手をラウのそれに添えた。


「先生!?」


「手を止めるな。俺が付いてる、最後までやるぞ」


 俺に出来るのはラウに魔力を補充することだけ。そしてラウを支える事だけだ。


「はいっ!」


 後はラウに託すしかない。

 こんな小さな子にこの世界を託すなんて、みっともない事この上もないが仕方がない。

 世界が救われた後でなら、いくらでも頭を下げよう。こんな頭でよければ。


「う~~~~~っ!」


 ――ィィイイイィィンン


『がああぁぁぁ…』


 仲間達が見守る中、ラウは必死に戦い――







 いつまで続くか分からない戦いも終わりを見せる。


『あああぁぁ…………』


 長い長い断末魔が終わる。レニアの悲鳴が徐々に小さく細くなり…


 やがて、沈黙が訪れた。







 ――そして、勝利した。







 邪神(レニア)の野望は潰えたのだ。







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