05-07 決戦
“陽の迷宮”攻略は進む。
途中襲いかかってくる魔物は鬱陶しいが、即席パーティーの穴を埋めるため、連携の確認には丁度いいようだ。皆、話し合いながら結構しっかりやってくれている。
この調子なら決戦までに充分な経験を積めるだろう。
攻略階数もこれで地下六十階を通過した。
しかし、この攻略で人間の発展が進むのは何か釈然としないものがあるよな。
『発展しませんよ』
俺の心の中の独り言にセレ姉が返事を寄越した。
――そうなのか?
『当然です。これは飽くまでも異界の神を倒すためのもので、人間の発展とは別のものです』
――さすが、セレ姉。そこは混同しないんだな
『ここまで来ると、グレーゾーンを通り越して真っ黒ですからね』
まぁ、これで人間が発展したら、さすがに俺も卓袱台をひっくり返したくなる。
セレ姉とそんな馬鹿話を繰り広げていても攻略は進んでいく。
途中、休憩を何度も挟みつつも、攻略階は地下七十を越えた。これは星の神々のトップグループに並ぶ攻略深度らしい。もっとも、魔族はぶっちぎりでその二倍近く進んでいるが。
そもそも絶対神はユスティスに決まってしまったので、これ以上続ける意味があるのか俺は知らない。
『序列が決まるので、無駄ではありません』
――となると、セレ姉は逆の意味でぶっちぎりになるな
『私には“元絶対神”という肩書きがありますから、立ち位置はこれまでと変わりません』
――汚ねえ! さすがセレ姉、やり方が汚ねえ!
やる事がえげつねぇな。
『これが政治と言う物です』
どっかで聞いたセリフだなぁ、おい!神々の生々しい実情なんて知りたくなかったわ!
『馬鹿な事を言ってないで、そろそろですよ』
――む
『次は階層主のエリアです。彼も私達が来ている事には気付いている事でしょう』
――広いエリアで待ち構えていると?
『彼としては、あなたに力の差を見せ付けたいでしょうからね』
そうか。前回、俺は逃げ出したとは言え、その結果は奴にしても不本意なものだ。誰一人死なず、目的だったダグラスも無事。槍もこちらの手にある。
――今度こそ、キッチリ結果を出したい筈だと?
『更に言えば、今後彼の計画を安心して続けるためにも懸念は払拭したいところでしょう』
確かにな。
「みんな、次に進む前に休憩にしよう。小休止ではなく、がっつりした休憩だ」
「マジでっ!?」
「「ほんとう!?」」
「やった」
等々、俺の宣言に振り返った皆の顔は、だらしなく緩んでいた。この食欲魔神どもめ。期待通り、俺が作ってやるよ。渾身の品をな!
一つ不安が残るのは、この休憩中に奴に襲われないかだ。しかし、俺はその線は無いと考えている。
理由としては、すぐ後に万全の態勢で待ち構えていられると言う事。それを捨てるほど奇襲に利点が無い事。前回、奇襲が――失敗とは言わないが――成功していない事。等が挙げられる。
俺としては、一番が最大の理由と思っている。
些事には拘らない神の矜持として、俺達人間を、その用意した策ごと正面から叩き潰したいと考えているだろうからだ。
散々小賢しい事してきているのに、何を今更と俺なんかは思うんだがね。
前回、直接顔を合わせた感じ、回復出来ないという欠陥を克服したから姑息な手を使う必要は無くなったんだと意思表示しているように見えた。
恐らく、今回俺達に気付いていながらも奇襲してこなかったのは、そう言う意味もあるに違いない。
俺達に――と言うか俺に――そう思われたままなのはプライドに傷が付くのだろう。何と言っても今更なのだが、奴がそう考えている内は襲われる心配は無いと言う事だ。
「昨日も言ったが、お前とお前の槍が鍵だ。万全の状態で臨んでくれ」
休憩中、俺はダグラスに念を押した。
「魔力は優先的に補充する。ガンガン行ってくれ」
「ありがとう。でも、適度にしてくれればいいよ。“力”を使うにはMPを一度変換しなきゃならないから、効率が悪いんだ」
「そうなのか!?」
初めて聞いたぞ! そういう事は先に言えよ!
「うん。だから、要所要所では使うけど、大部分は温存しておくよ」
使い所をミスったら大惨事だな。だが――
「――やる事は変わらない。ラストアタックはお前だ、ダグラス」
「ああ、任せて欲しい」
ダグラスとの会話を終えると、次はラウに声を掛ける。
隅っこで青い顔――とまでは行かないが、不安げな顔して蹲っていたからだ。
「不安か? ちゃんとフォローするから大丈夫だ。俺に任せろ」
「…先生ぇ」
俺が近付くと、ラウは俺に抱き付き頭をぐりぐりと押し付けてくる。ほんと、動物っぽいのな、この子。
「ワガママ言って付いて来たのに、ごめんなさい…」
「いいんだ。不安に感じてない奴なんていない。いたとしたら、それは強がっているだけだ」
この世界の運命を背負っているんだからな。プレッシャーは相当なもんだろうさ。
「失敗していい。やるべきだと思った事はどんどんやれ。尻拭いは俺がする」
「先生ぇ……はい!」
ラウの精一杯の笑顔を見た後、俺は他の面子にも声を掛けていった。
その際、アリスにキスをせがまれ、耳聡くそれを聞いたサエとクミからも迫られた時はどうしようかと思ったが。
「チロ、決戦前にちゅーして?」
「おい!?」
「ちょっと! アリスばかり贔屓しないでよ!?」
「そうだよ~、するならわたし達にもしてくれないとダメなんだよ」
「そうよ!」
「――だって。チロ、サエとクミにもしてあげて」
「するか!」
結局逃げ出したのだが、代わりに戦いが終わったら、三人とも目一杯可愛がると言う事が俺抜きで勝手に決まっていた。理不尽だと思う。
それを一部始終見ていた皆はリラックス出来ていた――俺を笑いものにする事で――ので結果オーライではある。不本意だが。
――そして、決戦の場へ
そこには、やはりと言うか万全の態勢で待ち構えたレニアがいた。
『やっと来たか、待ちくたびれたぞ。我を待たせるとは身の程を弁えろ、道化』
大物感を出したいのだろうが、俺には小物の卑屈にしか見えない。
『――まあいい。では、ケリを付けようか』
しかし、実力は折り紙付きだ。こないだ身を持って知ったしな。
「――と言う訳だ。行くぞ、みんな」
奴の言葉に合わせて、戦闘の開始を仲間に告げる。
「「おうっ!」」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
すると、気合いの入った頼もしい返事が返ってきた。
『この場は任せますよ、ジェス』
――ああ。セレ姉は自分の役目に専念してくれ
こうして、異界の神との決戦が始まった。
――――――――
「先手必勝! “重力増加”」
まず、自陣に有利な場を展開しようとヒデの重力操作が炸裂する。レニアに更なる重力の枷が加わる。
ヒデは聖剣から身体強化を受けているので、支援魔法を待たずに先制出来るのが利点だ。
『む? ふむ…では、こうしよう』
一瞬、動きが鈍った奴だが、すぐに何らかの対処をしたようだ。変わらず動きに淀みがない。
『外部からの影響を受けなくなる“場”を身体の周りに展開した』
「なんだって!? …それでもこの世界にいる以上、影響は出るはずだ!」
『確かに完全には消せておらん――影響は、3%ほどか』
「3%だと!?」
その影響力の少なさに愕然とするヒデ。
「ヒデ! 惑わされるな、効果は確かに出ているんだ。そのまま続行しろ!」
「お、おう!」
まだまだ始まったばかりだ。その僅か3%が後々効いてこないと誰が言える?
そのやり取りの影ではテアとラウがそれぞれのパートナー ――アルフとダグラス――に支援魔法を掛けていた。
「“身体強化”――“全身体能力”」
「では、行きます!」
「ん」
「“身体強化”――“獣神の護符”」
「ありがとう、ラウ。行ってくるよ」
「はい、兄さん!」
これで前衛が揃った。
――と、このタイミングでレニアが巨大な円形盾を振りかぶっていた。迎撃する気か!
「させないよ~、“石の壁”」
いつもの間延びした声でクミが呪文を唱えると、狙われたダグラスだけでなく、アルフとヒデの目の前にも“石の壁”がそそり立つ。
『ふん』
それに構わず盾を振り抜き、盾の面を叩き付けるように殴りつけるレニア。
“石の壁”は然したる抵抗も見せず崩れ去った。
が、それは囮だ。
隣――アルフの前に立つ“石の壁”の影から槍の穂先が突き出された。
『ぬ』
危険を察知して、その場から飛びのくレニア。
クミの“石の壁”は、ダグラスを守るよりもレニアの視界を妨げる事に目的があった。
“石の壁”がレニアの視界を遮った瞬間、ダグラスはアルフの元へ跳び、攻撃を終えたレニアの隙をついて攻撃したのだ。
『…なるほど。前回とは違うという事か』
ここに来るまでに、この程度の連携は出来るようになっている。術者がいなかった前回とは、取れる手段の数も質も桁違いなんだよ。
『小癪な』
そう呟きながら、レニアの雰囲気が変わった。同時に身体にも変化が現れる。
それは即ち――白狼化。
『”変身“』
どうやら、早くも奴を本気にさせてしまったようだ。
禅一郎のセリフで魔力とルビをふるつもりが、ただのMPになっていたのを修正。
ついでに解説すると、ダグラスのセリフのMPはミスではありません。彼はMPという概念を知っています。他でもない、邪神に教えられました。
※追記
レニアのセリフの大部分が「」になっていたのを『』に修正。とほほ。