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01-06 罠

その後も、姉達による講義は続いている。

魔法や魔術――無論、錬金術も――を使えなくても、知識がないよりはあった方がいいのは間違いないからだ。

何より俺は、十年後に人間の国で戦闘する可能性が高い。高いと言うより、ほぼ確実に戦闘になると考えている。自分が使えなくても、戦う相手の手の内を知っていると言う事は、間違いなくアドバンテージになる筈だ。


一般常識に関しては、俺の知っているものと概ね大差なかった。

勿論、日本と同じと言う訳ではない。地球のどこかで聞いた事があるようなものが多いと言う話だ。

この辺りは、追々慣れていくしかないだろう。


歴史も学んだが、他国との交流が無いので比較ができない。だから、ピンと来ない事が多いのだ。

そもそも迷宮の攻略階層が進んだ事によって何々がこうなったとか、そんなのばっかりだ。他との違いを確認してみない事には何とも言えない。

その内に他国に出向いてみたいと思う。




そんな俺の興味を強く引いたのは、迷宮攻略の講義だ。

種族の未来がかかっているだけあって、迷宮攻略は国を挙げての至上命令であった。従って、迷宮攻略に関わる職業は、食いっぱぐれが無い人気職なのだ。

魔法師が人気なのも、ここに一因がある。まあ、魔神様の使徒になれるってのが一番の理由らしいけどね。

当然、魔術師や錬金術師も人気職なのである。俺はなれなかったけどさ…


いかん、思い出したらまた落ち込んできた…

考えるな、考えちゃいけない。

俺はできる子。よし、復活。


とは言え、迷宮にはモンスターも出るし危険が一杯だ。大切な国民を、ただ危険に晒すのはご法度である。故に迷宮攻略に従事するためには国家資格を得なければならない。

これは言葉は物々しいが、要は迷宮でやって行けるだけの実力がありますよって事を示せればいい。そこそこの戦闘力と人に負けない技術――当然、迷宮向きの――が何か一つあれば合格するのである。




迷宮か。手っ取り早くていいじゃないか。

モンスター相手に戦うんだ。強くなれるのは間違いない。

況してや、ここの迷宮は世界屈指の階層に到達している。最前線でやって行けるなら相当な実力者って事だ。


加えて、俺の気を引いたのが(トラップ )だ。

罠単独の物も多いが、宝箱などの鍵とセットになっている物がかなりあると言う。

この罠にかかり命を落とす者が後を絶たないのが実情らしい。そして罠にかかった者の死因の大部分は毒だ。

パーティーに魔法師がいればまだいい。魔法による解毒、若しくは毒遅延などの延命により帰還できれば、より高位の魔法師による治療が期待できる。

だが、魔法師の絶対数は少ないのだ。魔法師を抱えるパーティーは、全体の極僅かだった。


結果、多くの宝箱や重要と思われる鍵のかかった扉は後回しにされる傾向にあると言う。先へ進むのに、どうしても必要となった場合にのみ、犠牲を覚悟でトライするのだそうだ。

うん、色々無駄にしてるよね。手間とか時間とか宝箱の中身とか。あと命とか。


そこで俺の出番だ。

多くの罠は鍵とセットになっていると言う。ならば、やって見せようじゃないか。

俺は、この国初の解除師になってやる。罠と鍵はお任せあれってね。

そんな訳で、俺の勉強に罠解除が加わった。







“カチリ”


「いてっ」


くそ、また失敗か、やり直しだ。


“カチャカチャ…


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


“カチリ”


「いてっ」


また失敗か、やり直し。


“カチャカチャカチャ…


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


“カチリ”


「いてっ」


また失敗か、だけど一歩進んだぞ。

よしよし。順調順調。


“カチャカチャカチャカチャ…


「…………」


「…………」


「…………」


「……ねえ、楽しい?」


“カチリ”


「いてっ!」


今この部屋には、俺の他にベル母様、フィン姉、ケイト姉、アリスの四人がいた。

この部屋とは俺の部屋だ。迷宮で手に入れたと言う罠付きの宝箱を運んでもらって罠解除の訓練をしているのだ。


「何だよ、集中してるんだから声かけるなよな」


大体、何で四人揃ってここにいるんだよ。仕事しろ、仕事。


「あ、ごめんね。でも何だか、凄く幸せそうな顔をしているから、そんなに楽しいのかなって思ったの」


俺の言葉をスルーして、そんな事を聞いてくるアリス。他の三人も同じ気持ちだったのか、うんうんと頷いている。


「ああ、これな?鍵開けに通じる物があるよな。すげー充実してる」


遣り甲斐があるってこういう事を言うんだろうなって思うぜ。


「そ、そうなんだ…」


四人揃って「うわあ」って顔をしている。何だよ、そんなに変か?

気持ち悪くない趣味なんか無いって、どこかの美少女の兄貴が言ってたぞ。あれは至言だと思う。


「まあ、落ち込んでいないのなら良かったわ」


ふう、と息を吐いてベル母様が言った。


「え?」


あれ?もしかして心配されてた?


「ええ、後に引くんじゃないかと思って心配していたけど、大丈夫そうね」


これはフィン姉だ。


「そうね、この様子なら安心したわ」


「うん、よかった…」


ケイト姉とアリスも同様に安堵の表情を浮かべていた。

どうやら皆に心配をかけていたようだ。ちょっと、うるっと来た。


「心配かけてごめん。ちょっと落ち込んだけど、できない事に拘っても前に進めないしさ」


――開き直っただけなんだけどね


そうだ、俺の時間は限られている。何と言っても後十年しかないのだ。使えない力に、いつまでも未練を残していても仕方がない。それよりも自分にできる事、使える力を伸ばしていった方がいい。

そういう意味でも、罠解除は俺向きだと言えた。何より、楽しみながら訓練できるのがいい。


「あれ?どうしたの、みんな」


気が付いたら皆からじっと見詰められていた。


「うん。いい子ね、チロちゃん」


ぎゅうう


フィン姉に抱き締められた。


「うん。あたしに手伝える事があったら何でも言いなさい、チロ」


なでなで


ケイト姉に頭を撫でられた。


「うん。頑張って、チロ」


ぎゅっ


アリスが手を握ってきた。


「さ、みんな安心したのなら、自分の持ち場に戻りなさい」


“パンパン”


ベル母様が手を叩いて皆を追い立てる。


「はあい」


「はーい」


「…はい」


渋々と言った感じで三人共部屋から出て行った。


「ベル母様?」


妹達三人を部屋から追い出したベル母様は、凄く優しい眼差しで俺を見ていた。


「チロ。あなたには、やらなければならない事があるのでしょう?」


「うん」


俺はベル母様にだけは、本当の事を全て話していた。

もっとも、大体の事情はユスティスに聞いて、知っていたみたいだけどね。


「慌てず、ゆっくりでいいのよ。そして、いつでも私達を頼りなさい。あなたは私の息子なのだから」


それでもベル母様は俺を息子と呼んだ。俺を息子にしたのはベル母様の意思だ。

ユスティスからは、よろしくと言われただけで、何の指示も無かったらしい。


「うん。 分かったよ、ベル母様」


実の母親とは、一度も無かった親子の触れ合い。

心が通じたと言う感触。

まさか、異世界に来て赤の他人と経験する事になるとは思わなかった。

ベル母様は、俺のどこが気に入ったのか、全く分からないんだけどね。


「よろしい、根を詰め過ぎないようにしなさい」


ぎゅ


そう言って、優しく俺を抱き締めるとベル母様は部屋を出て行った。

…何か俺って、異世界に来てから幸せ過ぎないか?


緩みそうになる気持ちを引き締める。俺の目的は十年後だ。その時に失敗したら全てが無意味になる。

俺自身もそうだし。ヒデ達もそうだ。

そして、協力してくれた家族達だって同じだ。下手を打てばこの国も巻き込んでしまうだろう。


「うん、頑張ろう」


“カチリ”


「いてっ」







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