プロローグ
「いや〜、あんた達がいてくれて本当に助かったよ」
乗合馬車の御者がそう言って俺達を労う。
「いえ、当然の事をしたまでです」
俺の隣に立つ女戦士が誇らし気に胸を張って言った。
唯でさえ大きい胸をそんな風に張られたら、さらに強調されて目のやり場に困っちゃうよね。御者も一度胸に目をやり、その後あちらこちらに視線を彷徨わせている。美人だけど、腕っぷしも強いとなれば迂闊な事出来ないもんな。
「まあ、ここで立ち往生するのも困るからね」
そんな御者に助け舟を出すように、俺も彼女に合わせて答えた。
俺達の周囲には、十人を超える盗賊が地に倒れている。俺達の乗った乗合馬車を襲うとは、随分と運の無い盗賊達だと思う。
そんな事を思いながら投げたナイフを回収していると、俺は女戦士に声をかけられた。
「見事な腕です。一投も外さず、全てを急所に当てるなんて」
そう、俺は真面に正面から戦った訳ではない。馬車の影や彼女の背後へと移動を繰り返しながらナイフを投げていただけだ。
だって俺、弱いんだもん。人には得手不得手、向き不向きってものがあるのだ。コソコソしているのが俺にはお似合いなのさ。
俺が内心でそんな事を考えているとは知らずに、女戦士は言葉を続ける。
「この馬車で城下町へ向かうと言うことは、あなたも応募するのですか?」
ん?何か耳慣れない単語を聞いたぞ。
「応募?」
「あら、違うのですか?」
「そこんとこ詳しく」
「え、ええ。世界征服を企む魔国を滅ぼすために、異世界から召喚された勇者様が先日お披露目されたそうです。その勇者様と共に戦う仲間を募集すると言う御触れが国中になされたのです」
「…………けた」
「ど、どうしました?」
「やっと見つけたぞ!こんちくしょう!」
「え、ええ!?」
狼狽する女戦士を尻目に、俺は拳を突き上げる。実に俺らしくない行為だが、そんな事はどうでもいい。俺は、漸く友人達の手掛かりを見つけたのだから。
「大体な、人間の国は数が多すぎるんだよ。そうは思わないか、アルフリーダ」
人間の国の一つ、ペッテル国の城下町へと走る馬車の中で、俺は女戦士――アルフリーダに愚痴を零した。
「アルフで構いませんよ、アルフリーダでは長いでしょう?」
今日会ったばかりだと言うのに、愛称で呼ぶ事を許してくれるらしい。随分と心の広い女だ。
「そうですね。国の数が増え、それに伴い争いも増えた。国は疲弊し、人々の心は荒んでしまった」
おいおい、いいのかそんな事を口にして。反逆罪とかで捕まったりしないのか。自分で振っておいて何だが、心配になって来たぞ。
「父の口癖です。私の父は以前、とある国で騎士をしていたので」
そんな俺の顔が訝しんでいるように見えたのだろう、言い繕うようにアルフは言葉を足した。
「ふうん。でも、ただの騎士じゃないだろ?そんな考えができるってことは少なくとも副団長以上の立場のはずだ」
そうでなければ、そこまで俯瞰した考えには至らないだろう。
「よく判りますね、確かに父は騎士団長をしていました」
なるほど、だから国の事情ってものをよく知ってるんだな。
「ですが、そんな父の諫言を嫌ったその国の国王は、父を左遷させてしまったそうです」
然もありなん。ありがちありがち、テンプレテンプレ。
「しかし、左遷された先で母と出会い、私が生まれたそうなので、私としてはその国王に感謝するべきなのでしょうか」
少し困ったように笑うアルフはそれまでと違い、とても可愛く見えた。
アルフはそんな父の言葉を聞いて育ったからか、正義感が強く父のような騎士になりたいのだそうだ。だが同時に、仕えるべき相手を間違えると酷い目に遭う事も父に聞いて知っているために、ずっと燻ぶった思いを抱えていたらしい。
結局、彼女のお父さんは騎士を辞め、この国へと移り住んだって話だからな、そう考えるのも無理はない。
そこに舞い込んだのが例の勇者の仲間募集だ。これだ!と天啓を受けた僧侶のように勇者に仕えるべく、一途に城下町へとやってきたそうだ。
「すみません、私のことばかり話してしまって…」
本当に済まなそうな顔をしてアルフが言う。
確かにアルフが一方的に話していたが、俺としては、むしろ有難い。俺が他人に話せる事情はそう多くない。出来ればこのまま彼女の話を聞くだけで済ませてしまいたかったのだが、そうもいかないか。
「あの、お名前をお聞きしても?」
だからって名前すら名乗っていなかったのか、俺ぇ!最低だな!
「あ、ああ、俺の名前はチ……ゼンだ」
危ねえ危ねえ、つい魔国での愛称を言っちまうところだったぜ。そう呼ばれるのが自然に感じるほど長く留まっていたからなあ。
「ゼンですね、覚えました」
いや、そんな覚え難い程長い名前じゃないだろう?真面目な顔でうんうんと頷きながら「ゼン、ゼンですね」なんて繰り返すのはやめて欲しい。
「それで、勇者様の仲間になるのが目的ではないなら、ゼンは何のために城下町へ行くのですか?」
当然と言えば当然の疑問だ。
「知り合いに会うのが目的だったんだが、事情が変わった。俺も勇者の仲間に応募する」
俺の名は守久禅一郎。
勇者達と同じ現代日本からこの異世界へとやって来た道化だ。
アルフはヒロインではありません。
※ プロローグ部分、他数話を纏めて投稿します。その後は、まったり更新でいきます。