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3時間目

 ――何かを願うというのは、小さな海に少しずつ水を足していくことなのかもしれないわ。一つ一つは些細な願いでも、集まれば波は高くなる。時間さえあれば、砂浜のこちら側まで波を伸ばすことができる。もしも注ぎ込まれた水が海の容積を超えたとしたら、膨れ上がった波はいずれ陸地の家々を絡めとるでしょう。そうするとやっぱり如月先輩の「鰯の頭も信心から」って喩えもあながち間違ってはいなかったのかもしれない。


 部活動停止で夏の大会に出られなかったバスケ部は、三年生が引退した後の冬の大会ではまるでブランクなんてなかったかのように好成績を残した。目立つエースもおらず、初めて試合にでるメンバーも多かったはずなのに、あたかも長年練習を積んできたかのように連携のとれたプレーをしていたわ。冬の大会では県大会出場、年が明けてからも快進撃をつづけ、初の全国大会進出を目指せると噂されていたわ。黄金期だなんて言われていたっけ。

 ここ数年目立ったところのなかったテニス部や陸上部、吹奏楽部や書道部も、各地で成果を上げていった。対外模試での平均点が上がり、難関大への進学者も増えた。新聞部としては日々のニュースに事欠かなかった。運動部のマネージャーが必勝祈願の四門巡りをすることは常識になっていたし、センター試験前には受験生が一年生の教室の前に列を作る光景が見られた。

 決して、みんなが四門巡りのご利益を信じていたわけではない。誰もが自分たちの実力だと、これまでの努力が実ったんだと信じながら、それでも四門巡りを欠かさなかっただけなの。


 ひとの欲望というのは際限のないものだわ。バスケ部はバスケのことだけ考えているわけじゃない。大会ではいい成果を残したいし、勉強だって成績を上げたい。好きなひとがいれば結ばれたいと思うでしょうし、何かのきっかけでお金が入ってくれば嬉しいもの。

 もしかしたら、もしかしたら。そう思いながらみんな、何度も四門巡りを繰り返す。すると確かに願いが叶う。きっと心の底では信じながら、みんな偶然だと笑っていたわ。だって、そんな子供騙しを信じている自分を認めたくはないじゃない。でも、だからこそ余計に、四門巡りは気軽に流行ってしまったのかもしれない。


 ――野球部の斉藤くんは、ずっと四番に憧れていた。毎日遅くまで練習して、休日は朝から河原を走って、その努力が認められて背番号をもらったけれど、それは四番ではなかった。ジュニア野球で有名選手だった星野くんが同級生だったから。悩んだ末に斉藤くんが四門巡りを始めたのを、私も見たわ。

 斉藤くんは四番になった。でも、それはたった一回だけだった。星野くんも四門巡りを始めたの。どんな願いが叶ったとしても、一つの学校に四番は一人。それは変えられない。そしてみんなが四番を望むなら、やっぱり一番上手い人がその地位を得るの。チームの水準が上がっても、トップは変わらない。

 熾烈な四番争いは、最終的に不幸な事故で終わったわ。

 公式試合の最中に星野くんの顔面に打球が直撃した。すぐに病院に搬送されて、命に別状はなかったのだけれど、翌月になって急に野球部を引退した。片目の視力を失ってしまったそうね。

 一度だけでも四番を張れたなら、そしてチームに貢献できたのなら、それを思い出にできるひともいる。でも、斉藤くんはそうではなかったのでしょう……いえ、本当にそれが斉藤くんのせいなのか、今となっては確かめる術もないけれど。


 ――同じようなことが、それから何度か起こったわ。あるときにはどうしても片想いを諦められなかった女子が。順位があと一つ足りずに特進クラスから一般クラスへ移りそうになった男子が。クラスでの陰湿ないじめに耐えかねた男子が。一人、また一人と、事故に遭い、体調を崩し、失踪していった。

 誰もが口には出さなかったけれど、四門巡りを恐れていた。誰かに恨みを買ったりしたら、次に被害に遭うのは自分かもしれない……そんな疑心暗鬼が、学校中を覆っていたの。

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