1時間目
7/26 如月先輩の性別がふらふらしていたので修正しました。
――どこから話せば、いいのかしら。……いえ、本当は、ずっと考えて、いたの。もし、誰かにこの話をするとしたら、どうやって語ろうか、って。
その日、私は新聞部の部室で、悩んでいたの。入部して、一年と二ヶ月、あれは、六月の終わりだった。
うちの――西高の新聞部は、入部してからの半年は、ひたすら記事を書く練習をするの。十一月の文化祭で、新入生だけで号外を作って、その出来に応じて、先輩から紙面を任されるようになる。それからだって、気が抜けない。どう担当を増やしていくか、どう自分の紙面を死守するか……毎月が、陣取り合戦。文化部だけど、結構体育会系なのよね。
私は当時、運動部の取材を任されていたわ。大会の成績を聞き取って、星取表を作ったり……運動部の活躍は、上手くいけば一面になることもあるから、責任重大だし、誰にも渡したくなかった。まぁ大会のエースへの取材は先輩がやることが多かったんだけれど、それもいずれは……なんて、思っていたりして。
もう一つ任されていたのが、「見つけた」っていうコラム記事。部員が持ち回りで担当しているもので、生徒の校外活動とか次の校内行事の速報とか校内で流行りはじめたものとか、何かの“芽”になる情報を発掘することがコンセプトの企画だった。私は、バスケ部の新入生について書くつもりでいた。毎朝誰よりも早く来てモップ掛けをしている一年生の平くん。夜遅くまで公園で一人っきりで自主練しているの、私も塾の帰りに見かけたことがある。身長はそれほど高くないし、賑やかなバスケ部のなかでは大人しい子で、自己主張が少ないからあまりボールに触れていない。でも実は隣の県の中学校でエースだったらしいの。それを、同じクラスの後藤から聞いて、ぜひ記事にしたいと思っていた。私の記事がきっかけで平くんがバスケ部で注目されれば、来年はメンバーに選ばれるかもしれないなんて、思ったりもしていた。
――そんななかで起こった、バスケ部の飲酒喫煙騒動だった。やったのは三年生だけれど、集団で騒いでいたこともあって部活動停止。夏の大会には一切出場できなくなってしまった。後藤をはじめ二年生が頑張っていたのも知っていたから、腫れ物に触るような扱いになって、当然、そんななかで平くんの記事を書けるわけがないでしょう。
〆切まではあと二日。今から新しいネタを見つけるのは難しいし、翌月の担当は同級生で、相談することは自分の能力不足を認めるみたいで嫌だった。それで、私はすっかり困っていたの。
「校内で流行っている、恋のおまじないがあるらしいよ」そう言って笑ったのは、三年の如月先輩だった。
如月先輩は普段滅多に取材に行かない。最初はなんでこんな人が新聞部にいるんだろう、と思っていたけれど、皆の書いた記事を集めて組版しているのが如月先輩だった。新聞には興味がなく、パソコンを触りたいがために新聞部に入部した先輩だっていうのがもっぱらの評判で、ちょっとだけ浮いた存在だった。
あまり誰とも話さない、影響力のない先輩だったからこそ、私も相談してみる勇気が出たのだと思う。
なにかいいネタ、ないですかね? そんな私の呟きに応えるように、先輩はおまじないの話をしてくれたのだった。
「ほら、うちの学校って、東、西、南って門があるのに、北門だけがないでしょ。東、西、南の三門を巡って、最後に北側にお祈りすれば、幻の北門が現れて願いを叶えてくれるって…」
頭の中で校舎を思い浮かべてみると、駅に近いところにあってバス通学の多い学生が利用しているのが南門、南門から入ると職員駐車場があって、右手に校舎、左手にグラウンド。そうすると確かに正門は東向きにあった。西にあるグラウンド側には裏門――フェンスに挟まれた重い鉄門があって、運動部がよく利用している。一方で北側は、教室棟と特別教室棟との渡り廊下で、そこに門なんてなかった。先輩は続ける。
「この学校はもともとお墓の跡地に建てられたものだっていう噂を聞いたことはある? 正門、裏門、南門の下に塩が盛られているのは、幻の北門から悪霊が入ってくるのを封じる意味があるみたい」
「そういえば……門の下に塩の皿が置いてあります!」
さっそく確認してこよう、そう思って立ち上がった私の肩を押さえて、先輩は微笑んだ。
「……というのを今、即興で考えてみたんだけど」
「嘘!?、なんですか…?」
頭の芯がすっと白く、冷えていく。目の前の景色が、灰色のフィルムを張ったようにワントーン、褪せてしまった感じがした。
「記事になりそうかな」
そんな作り話が記事になるわけがない。今聞いた話を振り払おうと頭を振った。
「でも、今森口さん、一瞬信じたよね。うちの学校に北門がないのは本当だし、毎朝校長が門に塩を置いているのも本当。だったら、そんな噂話があってもおかしくはないんじゃない?」
それに、森口さんの記事が上がらないと僕も帰れないしね。そういって立ち上がった如月先輩の背中から西日が差して、なんだかすごく大きく見えたわ。