勇者は魔王で、魔王は勇者?
世界は二つに割れていた。
人類が支配する聖大陸、そして魔族が支配する魔境。
その大きさや数は人類のほうがはるかに上回っていたが、数多くの種族を擁する魔族は決して人類に後れを取ることはなかった。
二つの種族は決して相容れることなく、争いの歴史が続いていた。
人類は魔族に対抗する手として、勇者を育てた。
神に願い、神託をもってその加護を強く受けるものを探し当て、戦う術を与えた。
その力は絶大で、人類は沸き上がった。
これならば、魔族に勝てる。魔族におびえて暮らす日々が終わるに違いない、と。
魔族は人類に対抗するため、魔王のもとに集った。
魔力が一番強い者を魔王とし、持てる限りのすべての知識を教え込んだ。
その力は絶大で、魔族は沸き上がった。
これならば、人類に勝てる。狭い魔境で暮らす日々が終わるに違いない、と。
そして、その二つの存在が明らかとなった時、すべての人類が、すべての魔族が、気づいた。
決着の時が来たのだと。
勇者と魔王。
その二人の戦いが、人類と魔族の行く末を決めるのだ、と。
「勇者様! 勇者様!」
ああ、うるさい。無視してやろうか。
「もう、勇者様!」
「どうしました、姫?」
ため息をつきそうになるのをこらえて、なんとか笑みを作る。
「次の遠征に参加されるというのは本当ですの?」
何度聞かれたかわからないことを…。
「はい。」
表情を変えることなくそう答えると、姫はすがるように訴えてきた。
「次の魔境遠征は、今までになく大規模で行われると聞いています。一気に魔族を滅するのだと。」
「そのようですね。」
「危険すぎます! 勇者様の力は存じ上げておりますが、万が一のことがあったら…!」
それがどうした、と言いたい。
お前たちが恐れているのは僕が死ぬことじゃない。勇者をむざむざ死なせた、という汚点が残るのが嫌なんだ。
「…僕は、勇者ですから。魔境に行くとなれば、魔王が出てくるかもしれません。となれば、僕が行かないわけにはいきませんよ。」
「それは…そうですけれど。」
「国王陛下の決定です。」
「…わかりましたわ。」
ようやく静かになった姫に背を向け、歩き出す。
余計な時間を食ってしまった。早く帰ろう。
僕が勇者となったのは2年程前のことだ。
それまで僕は王都にこそ住んではいたが、何の変哲もないただの職人の息子だった。
神に願い、魔族に対抗できる存在、勇者を得るとお触れが出た時だって他人事だった。
なのに、ある日突然偉そうな(実際偉かった)神官が来て、僕を勇者だといった。
僕も両親も何かの間違いだと思った。
父の跡を継ぐつもりで、その仕事を手伝いながら育った僕は当然、戦い方なんて何一つ知らなかった。
そんな僕が勇者のはずがない、と。
だけど、その神官は間違いないといって、僕を王城へと連れて行った。
そして、僕は勇者となった。
断りたかった。
魔族となんて戦いたくなかった。
人類の未来だとか、そんな大層なもの、知ったこっちゃなかった。
だけど、この国に住む以上国王に逆らうなんて、できるはずもなかった。
家族の安全についてほのめかされ、逃げ道を封じられた。
国のためでもなく、人類のためでもなく、家族のために勇者になった。
必死で戦い方を学んだ。
魔族が出た場所に赴き、討伐をした。
魔族が住む地があると聞き、国の兵士たちと殲滅にむかったりもした。
魔族が使役している魔獣を倒し、たくさんの人々に感謝された。
だけど、僕の心は荒んでいった。
確かに魔族は人を襲う。
だけど、心を持っている。人と同じような心を。
話せばわかってくれそうな魔族もいた。
子供を守ろうと必死になっていた魔族もいた。
偉い人たちは、魔族はすべて、悪だというけれど、本当に?
僕という勇者を得て、人は活気づいた。
聖大陸に渡ってきた魔族や、隠れ住んでいる魔族だけでは飽きたらず、魔境にまで攻め込んで魔族を倒すのだという。
それは、侵略と何が違うのだろう。
魔族のしていることと同じではないのだろうか。
一度そう思ったら、戦えなくなった。
だけど、人々は勇者の名のもとに戦いつづける。
僕はいるだけで、それでも戦いは終わる。
魔族の恨みはすべて、僕に向かうことだろう。
勇者とほぼ同時に現れたという魔王。
彼、あるいは彼女は勇者を、人類をどう思っているのだろう。
きっと、彼らにとっては僕こそが悪の根源、魔王なのだろうな。
だったら、それらしく討伐されてあげないとなぁ。
なんて考えながら、僕は暖かな家族の待つ家へ帰った。
そして数日後、向かった魔境で僕は、魔王と出会った。
「魔王様! 魔王様!」
僕を呼ぶ声に、足を止めた。
「魔王様!」
「どうかしたのか?」
近づいてきた教育係に、そう返す。彼が慌てるだなんて珍しい。
「勇者を倒す旅に出るというのは本当ですか!」
「ああ、そのことか。本当だよ。」
軽くうなずいて、そう答える。
「危険すぎます! 今や勇者は人類を率いて、聖大陸にいる同胞たちを次々と…。」
言葉を濁した彼に苦笑する。
「だから、じゃないか。これ以上待っては手遅れになる。」
「それは、そうですが…。」
「僕が、魔王だ。だから、僕の好きにさせてもらうよ。」
ひらりと手を振り、歩みを再開する。
これ以上ここにいては次々と止められるに違いない。
そう思い、足を速めた。
僕が魔王になったのは2年程前のことだ。
それまで魔族は、明確な立場というものを決めたりはしていなかった。
必要があれば手を組んだり、付き従ったり、自由気ままに生きていた。
僕も、魔境の日当たりのよいところを探しては日向ぼっこをする毎日だった。
だけど、人類の侵攻が激しくなり、魔族は団結することになった。
そう聞いても、しがない猫魔人の僕には関係ないと他人事のように思っていた。
あなたが魔王だ、と大勢のものに囲まれるまでは。
猫の姿で寝ることが趣味の僕に何を言うのやら、と思って断りたかったのだけど、猫と人の姿両方を自由自在にとれる時点で規格外だと言われ、日向ぼっこのためだけに天候を変えるようなやつが何を言うと言われ、魔王にされた。これくらい普通だろうに。
おいしいお菓子1年分で手を打ったわけだけど、なった以上はやらなければならない。
魔族の目的は、自由だ。
元々、魔族には人を襲う理由がない。だけど、やられたら、やり返す。
魔族が人類を襲ったそもそものきっかけは、縄張りを荒らされたから、らしい。
当時生きていたわけではないから、本当かはわからないけど、こちらとしては自分のテリトリーに入ってきた人類を追い出したかっただけとのことだ。
人類からすれば、襲い掛かってくる凶悪な存在に見えたのかもしれないが、魔族側からすれば、人類こそが侵略者なのだ。
たまに猫として聖大陸に行く僕には両方のことが多少はわかる。
悲しいすれ違いってやつだ。
でも人類は、魔族を悪として滅ぼそうとしている。
勇者という存在を使って。
そんなことを許すわけにはいかない。
一部の魔族は人類を滅ぼすべきだと言っているけれども、それはいやだ。
おいしいミルクをくれる人や、おいしいお菓子をくれる人だっているんだ。
ただ、人類に攻め込まれることさえなくなれば、それでいい。
元の平和な日常を取り戻すためにもとりあえず勇者を止めなくてはいけない。
説得ができれば、それが一番だと思う。
平和のため、なんて、まるで人類の勇者物語に出てくる勇者みたいだ。
魔王就任と同時期に人類に現れたという勇者。
彼は魔族のことをどう思っているのだろうか。
僕のことを諸悪の根源とか考えてたりして…。ただの象徴なのに~。
そんなことを考えながら、僕は魔王城を出た。
そして数日後、聖大陸目前という場所で僕は、勇者と出会った。
「ゆーうしゃく~~ん! あっそびーましょー!」
「遊ぶかぁ!!」
思いっきり振り下ろした剣はあっさりとかわされる。
「あら、魔王君、いらっしゃい。」
「おばさん、こんちゃー。」
いきなり剣を向けられたことに文句を言うわけでもなく、当然のように家に入ってくる。
「つーか、母さんも! 何普通に迎え入れてんのさ! 僕、勇者で、こいつ、魔王!」
そう怒鳴るも、説得力がないのはわかっている。
「今更じゃない。」
「そーそー。」
そう、今更なのだ。
もはや日常だと言っても過言でないくらいに。
そして、こんな空間が心地よいと思っていることも、事実だった。
魔境へ遠征に向かったあの時、僕は、彼と出会った。
魔境に入ってすぐのところに、ポツン、と一人立っていたのだ。
最初は人だと思った。
見た目が僕たちと何ら変わらなかったから。
だけど違った。
気づけば周りにいた兵たちはすべて倒されていた。
「え?」
何をされたのかも、わからなかった。
「殺してないよー。でも、これ以上入ってこられるのは困るなぁ。」
彼はそういって、へらっと笑った。
「君が勇者だよね。お話ししない?」
選択肢はない。そう思った。
敵いっこない。逆らえば殺される。震えそうになる体を抑え込み、僕は何とかうなずいたのだった。
それが…どうしてこうなった。
「ごちそうさまでしたー。今日もおいしかったです!」
当然のようにうちでご飯を食べる魔王を軽くにらむ。
魔王の話というのは、一言でいえば「仲良くしよう」だった。
当然、はじめは信じられなかったけれども、話を聞くうちに本気なのだと分かった。
「ほら、勇者。登城の時間だろ?」
「…はいはい。」
もはや突っ込む気も失せた。
そんな僕の肩に、猫の姿となった魔王が乗る。
その姿だけを見るとただの可愛い猫にしか見えず、思わず撫でてしまいたくなる。何度かしたけど…。
この猫を見て、魔王だと思う人などひとりもいないだろう。
「行ってきます。」
魔王を連れて城に行くのには、一応理由がある。
仲良くするために上を説得しよう。というものだ。
だけど、無理なことは僕が一番分かっている。
魔族と戦うのは、危険だからというだけではないからだ。
人同士の様々な思惑がある。
魔王が和解を求めているといったところで、罠だと決めつけるだけだろう。
もちろん、魔王にもそう言った。
彼いわく、やるだけやろうぜ、だそうだ。
「これはこれは勇者殿。今日も猫を連れられているのですな。」
「ええ…まあ。」
ああ、やな奴に会ってしまった。
「この前の遠征では大活躍だったそうですな。すべての兵がやられてもなお、戦いつづけ、相打ちにまで持ち込んだとか。」
あれは相打ちではなく、完全に負けだ。
お互い、面倒事を避けるためにそういうことにしただけだ。
「魔王を滅ぼせなかったのは残念ですが、次には必ず果たしてくれるのでしょうなぁ。」
「悪しき魔族どもに目にもの見せてやりましょう。」
つらつらと、いかに魔族は愚かな存在かを語りはじめる。
ジワリと、いやな気持ちが広がりそうになったその時、顔の横を何かが通り過ぎた。
「あ。」
見事な猫パンチだった。
もはや日常になりつつあるこの光景だけれども、もうすぐ終わりを迎えるだろう。
魔族を擁護する発言をする僕を上層部はけむたがっているから。
この国にいられなくなるのも時間の問題だ。
まあ、殺される確率が一番高いのだけど、そこはほら、逃げ切れる自信があるし。
魔王のせいだというつもりはない。
この国に未練なんてなかったから。
両親も好きにしていいと言ってくれた。
何があっても魔王が守ってくれるらしいし。
お菓子職人をしている父さんのケーキを初めて食べた時の魔王の反応は面白かった。
いつでも魔境に引っ越してくるといいよ!と、満面の笑みで言っていた。
よほど気に入ったらしい。
僕にも作れるのかと聞かれたので
「習ってたけど勇者になってから作ってないからだいぶ腕は落ちたよ。」
と、答えたら
「剣を持つ必要のない世界作るから、ぜひ腕を磨こう。この味を途絶えさせるだなんてとんでもない!」
とマジ顔で言われた。
この国、滅ぼそうか? と本気で聞いてきた魔王は追加のケーキで黙らせた。
「魔境もいいけど、どこか新しいところに行くのもいいよね。」
やりきったと言わんばかりに堂々と戻ってきた魔王を抱き上げそう言うと、同意するかのようにニャーと鳴いた。
「ゆーうしゃく~~ん!あっそびーましょー!」
「遊ぶかぁ!」
いつものやり取りをしながら、勇者の家に入る。
魔境で出会った勇者は話の通じるやつだった。
争いやめて仲良くしようと言ったら、個人的には賛成だけど、上は納得しないだろう、と言った。
勇者が決定権を持ってるわけじゃないのな。
ならば説得しよう!ということで、僕は勇者の家に通っている。一緒にお城に行くのだ。
彼の父親や、彼が作るお菓子がおいしいからでは断じてない。
餌付けなんてされてないったらされてない。
「魔王君もご飯食べるわよね?」
「いただきます!」
勇者と過ごして、彼の言う通り人類との和解はほぼ不可能だというのが分かった。
僕が思っていた以上に人類というのはややこしい存在だったみたいだ。
人同士でも争ってたなんて、面倒だなぁ。
説得はあきらめた。
魔族を悪く言うやつにパンチを浴びさせ、勇者を悪く言うやつにはキックをお見舞いし、勇者を利用しようとするやつにはひっかき攻撃だ。
僕は友達を大事にするのだ。
初めてそうしたときに、お礼にとお菓子をもらったからなどではない。もらうけど。
勇者はどうやらこの国が嫌いらしい。
「だったらいつでも魔境に来るといいよ、両親と一緒に!」
と誘ったら次の日からどこかすっきりとした表情をしていた。
何かを決めたらしい。
和解が無理となると、次の手を考えないといけない。魔王城で頭を悩ませる。
勇者が脅威じゃないと分かっただけでも十分ではあるのだけれども、また攻め込まれても困る。
僕は美味しいものを食べて、ゆっくり日向ぼっこをして過ごしたいのだ。
それに、勇者には平和な場所でお菓子作りを学んでもらわなければ!
そんな場所を作ればいいのかも。
「魔王様、何を考えておられるのですか?」
「いろいろ!」
諦めたようにため息をつかれた。なぜだ。
「思ったんだけどさ、勇者、いいやつだし、もう、魔王いらなくない?」
すっかり餌付けされて…って、失礼な。
「勇者もいなくなること前提だけどさー。もう、争いやめれないなら住み分けようよ。聖大陸と魔境、簡単に行き来できないようにしてさ。」
人類が引けないなら、こっちが引けばいい。
魔境を出たかった魔族には申し訳ないけど、命には代えれないと思う。
「境界に森を作ろう。迷いの森。うん、そうしよう。」
我ながらナイスアイデア。
さすがに一人では大変だから、勇者に手伝ってもらおう。
いつも怒ってばかりだけど、なんだかんだで優しいから手伝ってくれるだろう。
彼の母親曰く、つんでれだからとのこと。よくわからない。
勇者は国を離れるつもりらしいし、その時に合わせて魔王も消えるとしよう。
不届きものにパンチを食らわせご満悦な僕は勇者の肩に顎をのせながら、ニャーと一声鳴いた。
世界は二つに割れていた。
人類が支配する聖大陸、そして魔族が支配する魔境。
その大きさや数は人類のほうがはるかに上回っていたが、数多くの種族を擁する魔族は決して人類に後れを取ることはなかった。
二つの種族は決して相容れることなく、争いの歴史が続いていた。
しかし、今やその争いはほとんど起きていない。
聖大陸と魔境。その二つを分かつ選定の森と、その中心にある国のおかげで。
他種族に悪意をもつ者は決して抜けることのできない森。
そして、かつて、勇者と魔王が作り上げたという人類と魔族が共存する国。
この二つがある限り、どちらからも侵略はできない。
その事実が知れ渡った時、人類の、そして魔族の反応は様々だった。
あるものは勇者を称えた。
あるものは勇者を罵った。
あるものは魔王を称えた。
あるものは魔王を罵った。
あるものは勇者と魔王、二人を勇者と呼んだ。
あるものは勇者と魔王、二人を魔王と呼んだ。
されどそんなことは関係なく、ただ、二人の少年が出会い、手を取り合った。ただ、それだけのことなのである。




