表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

忘れない追憶

作者: 月読水都

 貴方は、あの日の事を…覚えていますか?




 冬の闇夜は早く訪れる。夏であればまだ明るい午後6時。

 多くの人は仕事を終えて家路につく頃合だ。

「うわ…結構降ってきたな」

 お昼頃から少しずつ降り出した雪は、とうとう本降りになっていた。

 これが降り始めのはらりと舞う雪ならば綺麗に思えるのだが、ビル風もあって街中の雪は一見するとちょっとした吹雪のようにも見える。

 人々の波にのまれるように地下鉄に乗る為、地下へと潜り、改札でIC定期券を翳して、ホームでいつもと同じ時間の地下鉄の到着を待つ。

 繰り返される日常。

 何の変わりようもない、ありきたりな日々。

 そんな時、いつも思い出してしまう。

 あの日の出逢いを―――。



「これ、ですか?」

「え?は、はい。ありがとうございます」

 少し背の高い場所にあった本を取ろうとしていた時、すっと目的の本を取ってくれたのが貴方だった。

 親切な人もいるもんなんだなと、私はその時、気にも止めてはいなかった。

 また同じ本屋さんで前回買った本の続きを読みたいと訪れた時、まさか偶然だよね、そんな風に思っていた。

 でも違ったんだね。

 今なら、貴方の気持ち解るよ。

 ちょうど通っていた高校の最寄り駅に近かった大型書店。当時出来た時は、品揃えが良く絵本から専門書まで色んな書籍が揃っていた。

 私の好きな作家さんの小説もそこなら全て集められた。

 決まって買い求めていたのは友人の勧めで読み始めた可愛い恋愛小説。

 高校生になったからといって、特別色恋沙汰もあるわけでもなく、目標の大学に行くために勉強をしていた。そんな時の恋愛小説というのは、なんとも仮想恋愛体験が出来たような気持ちになれて、私はそれでも良いと感じていた。

 だからと言って勤勉というわけでもなく、恋がしたい、そんな想いがあったのも思春期としては当たり前の感情だった。

 貴方との出逢いは、きっと運命なんじゃないか?

 そんな風に感じた。


 めぐり逢い―――。


 私が決まってその本屋さんに行くと、貴方は必ずいた。

 そんな私たちの心の距離が近づく事に時間はそんなにかからなかった。

 私の好きな本の話、貴方の好きな本の話。

 貴方は私と違ってミステリー小説が好きだったよね。話を聞いていると私もミステリー小説も読むようになっていた。

 純粋な恋愛が好きだった。だけど、ミステリーに隠れている人間模様も面白いんだと貴方が教えてくれたの。

 たわいない会話を本屋さんの中にあるカフェスペースで話すうちに、私たちは気づけば恋に落ちていた。

 貴方はシックな黒ぶち眼鏡にマフラーを欠かさずしていたね。

 繋いだ手からは、優しいぬくもりを感じられた。


「え?」

 突然の貴方からの告白に私は驚いた。

 それもそのはず。もし私と同じ立場なら思わず聞き返してしまいそうになるに違いない。

 それは―――貴方の余命宣告。

 これから冬が終わり、春が来て、夏が来て、秋も…様々なイベントが二人の思い出として刻まれていくと思っていた。

 しかし、それらは許されないかもしれないという告白だった。


 今の私なら違う事が思いついたのかな?

 貴方の最期をちゃんと見届けることが出来たのかな?


 今となってはもう叶わない事だけど、ふと思ってしまう。


 思い出してみれば、貴方の手は少し痩せていた。

 力強い感じではなかったけど、私には貴方の優しさを感じられるような手だった。

 入退院を繰り返していた貴方の趣味は読書だったという。もっと色んなものを見てみたいという探究心で様々な本を読んでいたって貴方は言ってたね。

 その中で読み手を巧みに誘導していく謎がまた面白いって言ってた。

 私はいつしか勉強より貴方との時間を大切にするようにした。

 それでも成績が下がっては貴方に合わせる顔がなくて、頑張って勉強もした。

 貴方の叶えたい事が少しでも多く成せるように。


 恋って、不思議だと思う。

 本や頭では判ったつもりでいたけど、現実は違う。何がきっかけでとか理屈は関係なくて、気づけば「好き」という感情だけが心を支配していく。

 雪の降るこの季節になると貴方の事を思い出さずにはいられない。

 貴方がお勧めだから読んでみてという本を読もうとした時、1枚の折り畳まれた便箋が挟まれていた。

 そこに書かれていた言葉を私は忘れない。

 きっとこの先も忘れる事はないと思う。


 いつもと変わらない二人の日常。

 二人でいる何の変哲もない日々は、私には特別な時間だった。

 本屋さんのカフェコーナーで過ごして、地下鉄の駅までが二人の唯一の時間。決して長い時間ではないけど、私の中では一番大切で時間を忘れそうになる。

 ある日、少しカフェコーナーを出るのが遅くなって地下鉄に向かった時、貴方は私に謝っていたよね。

 そんな事まったく思っていなかったし、欲を言えば、もっと貴方と居たいとすら思っていた。

「ごめんね」

 貴方は地下鉄のホームに下りる入口で、そう言って初めてキスをしてくれた。

 人影がない暗がりの歩道。道路を走る車も私たちのことなんて気にも止めていなかったと思う。

 ただ貴方の唇のぬくもりに体温が上がったのを覚えている。

「……どうしよ…このまま帰したくなくなるよ」

 そう言って抱き締められた貴方の行動が恥ずかしいような嬉しい感情でいっぱいになった。

 私も帰りたくない、一緒にいたい。そう言いたかった。

 でも戸惑ってしまって、私はただ抱き締め返す事しか出来なかった。

「ごめん。困らせたよね…」

「ううん」

 困らせたなんて、本当はそんな事ない。

 そんな言葉を言われたら嬉しいに決まってる。

だけど、そのまま流されていいの?自問自答してしまう。

なんでこんな時に限って私は冷静なんだろう…。

「…また明日……って、言いたいんだけど、分からないんだ」

「え?」

「もしかしたら、また入院って言われるかも……」

 貴方の言葉に私は不安に襲われた。

 次に貴方に会えるのはいつ?って。

 入院しても面会に行けばいいのかもしれない。だけど、それは貴方があまり望んでいない事のように感じていた。

「…こんなこと言って、更に困らせるだけなのにね。ごめん」

「―――お願いだから、私には謝らないで…」

 ありがとうって貴方は言ってくれた。多分、病気をしたせいで家族とか色んな人に気を使ってしまった結果、貴方は「ごめん」という言葉がきっと口癖になってるように私には思えた。

 貴方は私より少し歳上で、優しい人だったから。

 抱き合う私たちに、急に雪が強く降り始めた。

 すると貴方は地下鉄の入口の階段に降りた。

「止むかな?」

「どうだろう…?」

 雪の天候なんて雨と同じくらい分からない。

 なんだかそれって、今の私たちのように感じられて、私は思わす貴方の手を強く握った。

「どうか、した?」

 雪が止んで天候が回復した朝には、雪が溶けて消えてしまう。

 私はそんな些細なことも貴方のように思えて寂しく、悲しく思えた。

「…今、私が貴方に叶えてあげられることってあるかな?」

 私は気づいていなかったけど、そう言った私の言葉は震えていたらしい。

「なくはないけど……でも…」

 どうやら離れたくなかったのは私の方だったみたいだった。

 微笑んでみせた貴方は切ない表情だったけど、きっと私は捨てられた子猫のようだったのかもしれない。

 貴方の手がそっと優しく私の頬を包み込んだ。

 お互いのおでこがくっつく。

「大丈夫だよ、俺はここに居る。ね?」

 貴方の言葉が優しすぎて私は涙が溢れて止まらなかった。

 辛いのは絶対に私じゃなくて貴方の方なのに「大丈夫」なんて、どうしてそこまで心配してくれるの?私だって貴方のこと心配してるのに。ううん、心配させてよ。

「これ以上遅くなると、お母さんに怒られるよ?」

 悪戯っぽくいう貴方。

 それも貴方の優しさだって私は知ってる。


 次の日、貴方からスマホにメールが入っていた。

 そのメールを開くのが怖かったのを覚えている。

 それでも勇気を出して読まないと、そう思ってメールを開いた。

『やっぱり、この言葉は言わないとダメみたいだ。ごめんね。今日会えない。会いたいのに会えないよ。再入院って医者に言われちゃった…。どうして、かな。俺は幸せにはなれないのかな?…ごめん、また困らせてるよね。でも…会いたい。声が聞きたい』

 病院の住所と病室が文末に書かれていた。

「…会いたい、なんて…そんなの私もだよ」

 会えない。会いたい。その言葉はこんなにも胸を締め付けて苦しいとは思わなかった。

 面会謝絶なわけではないし、会いに行ってもいいなら、少しでも、ちょっとでも構わないから貴方に会いたい。

 私も会いたい、会いたくて仕方ないよ。素直に気持ちを文面にして返信した。

 余命まで、まだ1年ある。

 奇跡があるなら信じたい。


 それからしばらく、貴方からのメールは来なかった。

 その間、私は生き甲斐をなくしたように、ただただ貴方からのメールを待つしかなかった。

 ちょっと強がって見せていた貴方。

 そんな貴方が面会に来てほしいとは、思えなかった。

 私たちは初めてすれ違いをしていたのかもしれない。

 後で聞いた話によると、私とのデートで少し体調を崩してしまっていたということだった。

 どうして、そんな簡単なことに私は気付けなかったんだろう?本当、子供だ。私は自分を責めるしか出来なかった。

 だけど、会えない期間というものは想いを強くされるものなんだと気づいた。日に日に貴方に会いたい、触れたい、声が聞きたい、そんな感情が心と脳の感情をいっぱいにしていった。

 会える距離なのに会えない…葛藤が取り巻く。

 辛いのは私だけじゃないのに…なのに、独り善がりな思考が止まらない。

 だからと言って、高校生の私に出来る事なんて何もないと思い知ると、無気力になった。


 気がつけば私は、貴方と出会う前の生活に戻っていた。

 でも、変わったところがある。

 貴方と過ごした本屋さんのカフェスペースに1人いるようになっていた。二人で過ごした決まった定位置で。

 何をするわけでもなく、貴方のお気に入りの本を何度も何度も繰り返し読む。レモンティーがまたに酸っぱく感じた時もあった。

 そんなある日の放課後、貴方からメールが着た。

 素直に嬉しかった。思わず叫びそうになった。

『元気?なんて俺がいうと変だよね。今度一時退院が決まったんだ。会いたい。会いたい。俺に1日、時間をくれないかな?それが俺の今の気持ちだから』

 会いたくないはずがない。どんなに待ち焦がれていたメールだったか…貴方には分かってもらえるかな?

 私はすぐさま返信をした。

 会いたいよ、私も。貴方に会いたい。

 貴方が生きてる証を確認させて。

 抱き締めてキスしてほしい。

 私、わがまま?

 だけど、貴方を感じられていない今。私は、貴方に会いたい。

 前みたいに手を繋いで、ゆったりした時間を過ごしたい。そして、貴方に触れたいよ。ぬくもりを私から消さないで。

 お願い…もし神様がいるなら、私から取り上げないで下さい。離さないで下さい。

 お願いします。


 貴方との約束の日がやってきた。

 いつも大体学校帰りの制服姿で会っていたから、今日はちょっとオシャレをしてみた。

 待ち合わせの場所は、いつもの本屋さんのカフェ。

 二人の定位置テーブルに、貴方の姿を見つけて、私は思わず駆け寄って後ろから抱き締めた。

「会いたかった…」

「良かった、そう言ってくれて。俺も…凄く会いたかった―――会いたかった」

 本屋さんを出てから、初めて普通のデートをした。

 映画を観て、公園でゆっくり寛いで、カラオケにも行った。

 ディナーは、貴方が用意してくれた。まるでドラマのヒロインになったような気分だった。ホテルの一室を借りて二人だけの食事。いいのかな?と思いながらも貴方は私をスマートにリードしてくれたよね。

そんな貴方が素敵に思ったし、やっぱり大人だなって感じた。

ホテルの部屋から見える景色は、街並みを彩るイルミネーションで輝いている。

こんな輝きのように私たちも消えない未来を想像したい、そう感じた。

貴方の手が私の頬に触れる。

 きっと貴方には私の考えていることなんてお見通しなのかもしれない。

 貴方となら、私は―――強くなれるよ。

 優しいキスはついばむようにお互いを確かめていくような感じがした。

「好き…貴方が、好き」

 好きで仕方ない。

 どうしてこんなに溢れて止まないんだろう。

 これが愛してるって事なのかな?

 私は貴方に促されるまま、身を委ねた。

 全てに初めての感情が押し寄せてくる。

 感じたい。

 もっと、もっと深く貴方を感じたい。

 私は貴方の肌に爪を立てるように広い背中にしがみついた。

 思わず零れた私の声。

「可愛い…。声、もっと聞かせて。抑えないで。…大丈夫、ここには俺たちしかいないよ」

 恥ずかしい事の連続だったけど、それで貴方が嬉しく思えるのならって私は自分を解放出来た気がした。

 それに、貴方を感じたかった気持ちは、私にもあったから。

 私は貴方に愛されたかった。こうして。



それから数日、貴方との日常が戻ったけど、それもほんの僅かだった。

貴方は病院に戻ることになった。

私は貴方からメールがあった時はお見舞いに行った。

会いに行けば優しいいつもの貴方の笑顔があった。

入院してる時はそうして貴方に会いに行き、一時退院出来た時は、貴方の体調を考えて無理のないデートを楽しんだ。



ある日、私は病院戻りになった貴方を驚かせようと病室を訪れた。

ビックリするかな?なんて私の気持ちはドキドキハラハラしながら、いつもと変わらない手つきで扉を開いた。

「―――え?」

 どうして?病室の番号は間違ってないのに。

 貴方のいるはずのベッドは綺麗に整えられて空だった。

 嫌な予感が体中を走る。

「すみません!」

 私は気づくと近くにいた看護師さんを呼んでいた。

「…あ、彼ね。急変して一昨日亡くなったんです」

 看護師さんの言葉に、私は言葉を失った。

 何処に視線が向いていたのかも分からないまま、その場にしゃがみこむしか出来なかった。

 看護婦さんが心配して私を呼んでいる。

 だけど私には、それどころじゃなかった。

 それを現実として受け入れられるはずもなく、でも涙だけは止めどなく流れ続けた。




「ただいまー」

「ママ!お帰りなさーい」

「いい子にしてた?」

「うん!」

 家に付くとまだ幼い息子が出迎えてくれる。

 私は両親の反対を押し切って子供も産んだ。

 笑った顔が貴方に似てて、切なくなる時がある。

 だけど、貴方が残してくれた私へのプレゼントだと思うから。

 私、決めたの。

 貴方とこの子の為に生きようって。

 

 息子が私の手を握る小さな手は、貴方のぬくもりによく似ていた。



 ―――貴方は、喜んでくれるかな?貴方はちゃんと生きてたよ。

ううん、今もこれから先の未来も私が貴方のところに行くまで、私の心の中で生きている。




『もし…じゃないかな。きっと俺はこの世から居なくなる。だけど君だけには俺を忘れないでいてほしい。なんてわがままかな?俺はね「好き」じゃなくて「愛してる」よ。ずっと、死んでも変わらない―――』


普段は漫画と小説を書いています。

その中でも得意ジャンルは、神話なのですが、実話に着色して、書いた作品です。

こうして作品に残せたこと、良かったなって感じてます。

今回はまず初めてのココのサイト投稿だったので、この話を選びました。

基本的には投稿用の作品を書いているのですが、こういうサイトで公開していくのもいいなって思っています。

何か心に響くことがあったらなら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ